軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

迷宮の核

――ありがとう、愛しき子らよ……。ああ皆、本当に立派になりましたね。

たくさんたくさんつらい思いをしたというのに、ああ、なんて強く温かい心なのでしょう。

エンダルジアは、ジークを、レオンハルトを、マリエラやディック、ニーレンバーグやこの場所に辿り着いた一人一人の顔をゆっくりと見ていった。全員を慈しむように見回した後、エンダルジアはジークに視線を移す。

――その瞳、あの人にそっくりな綺麗な蒼。貴方には特に苦労を掛けましたね。

精霊の、我が目を受け継ぎし愛し子よ。そして、私の愛しい子供たち。貴方がたにこれを託しましょう……。

エンダルジアがジークの方へ手をかざすように伸ばすと、ジークの目の前に黒くくすんだ、鈍い光を放つ珠が浮かび上がった。

「これは……?」

――それは、迷宮の核。地脈の管理者の力の結晶でもあります。

ずっと貴方たちを見守っていたいのだけれど、私にはもう、力が残されていないの。

だから、力ある精霊に、我が後継足りうる聖樹の精へ渡してください。

今は、魔物の瘴気で穢れてしまっているけれど、いつか浄化できた時、この地を再び守ってくれることでしょう。

愛しい者を見るように、大切な者を見るように、優しく優しくエンダルジアは微笑みをたたえる。

迷宮の核は地脈の管理者の力の結晶。長く迷宮の主に喰らい付かれて存在を削り続けたエンダルジアには、精霊として存在する力さえもはや残されてはいないのだろう。

迷宮が生まれて以来の200年、迷宮の主に喰らわれながらも耐え続け、この日を待ち続けたエンダルジア。

200年よりはるか昔から、この地を、人々を守り続けたエンダルジア。

その慈悲に、大恩に報いることもできないまま、我々この地に住まう人間は、エンダルジアを失ってしまうのか。我らが母なる精霊を。

迷宮の核を手に、ジークムントはレオンハルトを振り返る。

方法は、エンダルジアを救う手立てはたった一つだけ存在するのだ。そしてそれは、大きな代償を伴なうもので、その決断はこの地で戦い続け、人々を守り続けたシューゼンワルド辺境伯家を継ぐレオンハルトにのみ下せるものだ。

ジークムントの視線を受けて、レオンハルトは静かに頷く。

「マリエラよ、200年の時間を超えて遣わされし錬金術師よ……。

精霊エンダルジアを救いたまえ。

迷宮の核を糧に、錬金術の至宝、『エリクサー』を今こそ錬成し賜え」

エリクサー。

伝説の秘薬。至高の秘薬。

どれ程の怪我も病もたちどころに癒やす錬金術の究極。

その難易度は、誰もたどり着けぬほどに高く、そしてその材料は――。

このレオンハルトとジーク、そしてマリエラは、遠征の直前に、炎災の賢者・フレイジージャから聞かされていたのだ。

「今のマリエラにはまだ作れない。しかし、もう時間がない。だからマリエラを連れていく。どのみちこいつが居合わせなけりゃ錬成できないんだ。なに、後ちょっとだろうよ。道中でたっぷりポーションをつくりまくれば、恐らく間に合うはずだ」

アグウィナス家が100年以上かけてため込んできた地脈の欠片。その大半は遠征前にすでに特級ポーションや特級の リジェネ(再生) 薬に錬成していたけれど、まだ材料は残っていた。《薬晶化》した各種ポーションの材料とともに、マナポーションや不足したポーションを、この遠征の最中にも、マリエラは休まず作り続けてきた。

持って来た地脈の欠片がなくなっても、途中で得られた地脈の欠片を使って、何本も、何本も。

一つの街が100年以上かけて生産するような、莫大な量のポーションをたった一人で作ってきたのだ。

その熟練、果てのない研鑽の末に、未だ誰もたどり着けなかった頂へと、 錬金術師(マリエラ) は至っただろうか。

けれど、 錬金術師(マリエラ) にその技能が備わっていたとして、材料がなければその伝説のポーションは、エリクサーは錬成できないのだ。

迷宮の核。地脈の管理者の力の結晶。

正しく力ある精霊に渡し、穢れを払えたならば、この迷宮都市はかつてのエンダルジア王国のように魔物を寄せ付けぬ安住の地となるのだろう。

そしてまた、その力を人が得たなら、どれほどの魔力を振るえるだろうか。

エリクサーの材料は、迷宮の核なのだ。それを使うということは、永劫の平和を、絶大な力を手放すことに他ならない。

けれどレオンハルトは僅かも迷う様子を見せず、マリエラにエリクサーの錬成を命じた。

「約束された安寧は堕落を、過ぎたる力は滅びを招く。研鑽なき日々に我々の存続はない。迷宮都市は我ら人間の街だ。我ら人の手で守り抜く」

レオンハルトの決意と共に、エリクサーの材料たる迷宮の核は、ジークの手からマリエラへと渡された。

マリエラの両手の上で、黒く穢れに染まりながらも、消えぬ光を放つ迷宮の核。

それはどんな絶望にも負けぬ人の強さを象徴しているようだ。

「これが迷宮の核……。あ、あの……、私……」

両手のひらの迷宮の核をじっと見つめた後マリエラは、ジークとそしてレオンハルトに向き直る。その顔は、何かを決意したかのような深刻なものだ。

「あの、私……、

まだエリクサー、作れません……!!」

「え?」

「ええぇ!?」

耳を疑うジークとレオンハルト。

そして「どうしよう……」とうなだれるマリエラ。

迷宮の核をどうするか、それについては何度も自問自答を繰り返し、十二分に検討してきたレオンハルトであったけれど、この展開は微塵も想像していなかった。

どうするよ?

いつもクールなレオンハルトが、そんな顔でジークムントを見つめている。

今まで散々、残念な展開に巻き込まれてきたジークと言えど、この土壇場でエリクサーに至れないとは考えだにしなかったろう。

どうしましょう、と疑問に疑問でかえすような表情で、レオンハルトを見返している。

誰も返す言葉を持たないサイレントな状況だというのに、互いの考えが顔に出すぎてよくわかる。

「迷宮の主まで辿り着けたなら、マリエラはエリクサー作れるようになってるよ、ヨユーヨユー」とばかりに話していた酔っぱらい賢者の言うことを鵜呑みにしたのが間違いだったか。いつも酔っぱらっては禄でもない言動を繰り返すのに、未来のすべてを見透かすように、肝心の点はちゃんと押さえているようだったから、うっかり信じてしまっていた。

「うぅ……、師匠の言うことを信じたのが間違いだった……。やっぱり師匠はただのロクデナシだった……」

こんなことなら師匠の言うことなんか鵜呑みにせずに、特級ポーションを作り始めた練習の時から地脈の欠片を大事に使っておくんだったと、困惑げな二人の横で、マリエラもがっくりと項垂れる。

「うぅ、もうだめだ、もうおしまいだ。ぜんぶぜんぶ、ししょーのせいだ……」

つい先ほどまで、マリエラの中の師匠は尊い犠牲的な雰囲気で、ただ一人迷宮58階層に残ったカッコイイ勇姿だったのに、いつもの駄目な酔っぱらいにすり替わっていく。

あの瞬間の師匠の評価がプラスに振り切り過ぎたため、その反動は果てしない。

この世のすべてが師匠のせいだといわんばかりのマイナスっぷりだ。ことが事だけに涙がポロリと零れてしまいそうだ。

「ししょーのロクデナシー! いい加減―! 責任を追及するー!」

自らの至らなさをさっくり棚に上げて師匠をディスり始めるマリエラ。死人に鞭打つ非道っぷりだ。あの師匠にしてこの弟子と言えなくもない。

その時。

「だーれがロクデナシだ。この馬鹿弟子が!」

「ふぇっ!? 師匠!?」

炎災の賢者・フレイジージャが、この迷宮の最下層に、愛弟子マリエラと迷宮都市の大ピンチに駆け付けた。

「し、ししょうー、ししょううぅー! ぶっぶじでぇー!?」

あうあうと、混乱のあまり半泣きになりながら師匠の無事を喜ぶマリエラ。フレイジージャは服のあちこちが焼け焦げているけれど、大きな怪我は無いらしい。

「これは、炎災の賢者殿。あの大群の中、よくぞご無事で」

まさかあれほどの死人の大群と相対して生き残り、無傷でここまでたどり着けるとは。レオンハルトでさえ、フレイジージャの訪れを驚きつつも喜んでいる。

「あー、はいはい。マリエラはちょっと落ち着こうなー。いやなにね、死人の大半が死蝋化してたからさー、何発かブチ込んだら後はボーボーボーボー勝手に燃えてくれちゃって。おかげで息ができなかったから、ちょーっと上階に避難してたもんで、こっち来るの遅くなっちゃったんだけどさ」

有り難さが一気に半減する説明だ。確かに炎災の賢者の炎の精霊魔法はすさまじかった。階層を駆け抜けた端まで伝わる爆風に、背筋の寒くなる思いさえした。

けれど物量というのは侮れないものだ。特に痛みを感じぬ死人の群れは、魔力が切れたその隙に雪崩のように押し寄せて呑み込まれてしまうのではないかと思っていたのに。

(死蝋化……延焼したのか……)

数がたくさんいた上に、全員が狭い階層階段めがけて押し寄せたせいで、一部に着いた炎が次から次へと燃え広がって火祭りファイヤー状態だったらしい。

「どうせ師匠のことだから、上の階層から階層階段めがけて風とか送り込んでたんじゃないですか?」

「お、マリエラ鋭いー」

師匠は火魔法が大好きで、水魔法なんかはへたっぴだけれど、炎を煽り立てる風の魔法は結構上手に使えたりする。魔法のセレクトが火力中心なのが師匠らしいが、とにかく燃え盛る死人がきっちりしっかり燃え尽きるように、比較的安全な上階からせっせと酸素供給していたらしい。流石は賢者と言うべきか。いや『炎災』の二つ名は伊達でないというべきか。どちらにせよ、あまり褒める気が湧いてこない。

「無事を祝いたいところであるが、一つ困ったことがあるのだ」

一気に脱力した空気の中で、話を本題に戻すレオンハルトは流石である。

「あぁ、マリエラの経験値が足りないんだろ?」

「師匠……、知ってて?」

「ふふ、だから来たんだよ。マリエラにあたしの錬金術の経験を丸ごと譲渡するためにね」

「経験値の……譲渡?」

「あぁ。地脈とラインを結んだ時、地脈から連れ戻すために経験値を譲渡したろ? あれの応用だ。本来だったら肉体にいる間は譲渡できないんだけどね、ここはひどく地脈に近い。ここなら、制限なく全部マリエラに与えてやれる」

にっこり笑ってそういう師匠。

「でっ、でも、そんなことしたら師匠はポーションが……」

ポーションが作れなくなる。それはずっとポーションを作り続け、錬金術に自らの存在意義さえ見出していたマリエラにとっては、耐えがたいことだった。

そんな大変なことをと顔を歪めるマリエラに師匠は。

「いや、もともとポーションつくってなかったし。めんどいから」

とあっさりと答えた。

(そうだった……、だから師匠は中級しか作れないんだった……)

日々、「我こそは偉大なるししょー」とばかりに色んなことを教えてくれるものだから、てっきり錬金術の師匠なのだと思っていたけれど、炎災の賢者・フレイジージャは錬金術に限らずに、なんかマルチに師匠的な人なのだった。

「ハイ、わかりました。よろしくお願いします、師匠」

師匠の突拍子の無さで、少々和んでしまったけれど、今は僅かな時間さえない。こうしている間にもエンダルジアはどんどん存在を薄くして、消えそうになっている。

「うん。じゃあ受け取れ、マリエラ」

迷宮の核を持つマリエラの両手を師匠の両手が包み込み、師匠のおでこがマリエラのおでこにこつんとぶつかる。

《我が 研鑽(けんさん) を、我が弟子に 伝えよ、我らが 導(しるべ) の先へ》

何度もやられた《転写》みたいに、痛みを伴うものだと思っていたのに、経験値の譲渡はひどく優しく温かいものだった。幼い日、師匠に手を引かれ家へと帰って行くような、穏やかで温かいものにマリエラは包まれていた。

「完了。あたしがマリエラにやれるものは、これで全部だよ」

「ししょう……」

師匠は優しい人なのだ。酒飲みで、傍若無人で、人様に迷惑をかけてしまうしようのない人だけれど、マリエラのように錬金術しか特技のない子供に全力で愛情を注いでくれるような、そんな素敵な人なのだ。

迷宮の深部で死人の群れを一人で引き受けて、皆に道を示してくれて、本当は恐ろしく危険なはずなのに、さらりと危機を脱してしまう。そしてこうして、マリエラのピンチには絶妙なタイミングで駆け付けてくれるのだ。

なんでも知っているくせに、家事は何にもできなくて、不器用でおっちょこちょいだったりもする。

だから……。だから、こんなことがあっても、ちっとも不思議ではないのだ。

なんだかひどく納得しながら、マリエラは師匠に向かってこう叫んだ。

「ししょー! もうちょっとだけ経験値が足りません!!!!!」