軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

フィロロイルカス

「チッ、氷じゃなくてワームだったってワケかよ!」

氷塊からせりあがり鎌首をもたげたそれは、蛇というよりワームと呼ぶべき生物だった。

氷塊を割ろうとしたエドガンの剣戟を受けて眠りから目覚めたのだろう、体のあちこちはまだ凍ったままのようで、動きが緩慢であったことが救いだろうか。

完全に復活するために、熱い血潮を持つ獲物を求めているのだろう。エドガンを飲み込もうと遥か頭上より下降してくるその口を軽く躱したエドガンは、後ろに飛び退る直前に双剣でワームに切りつける。

「くそ、手ごたえがねぇ!」

切りつけたワームの体は、薄い皮らしきものの下は、すべて細かい氷が流動状態にあるような、半凍結の状態になっていて、肉や脂肪はおろか、骨や体液らしきものも確認できない。全身が凍りかけのゼリーのようなものだから、切り裂くのもたやすければ再びくっつくのも抵抗がない。傷を塞ぐように体を捩った次の瞬間には、ぐずりとした傷口が凍り付いてふさがっている。

エドガンに躱されたことも、切りつけられたことさえ認識できていないように、ワームは先ほどまでエドガンが立っていた流氷に突っ込んで、ベキベキと音を立てながら厚い氷を割りながら再び海へ潜っていく。

「ヤツの狙いはオレだ! みんなは今のうちに逃げるんだ!」

普段は大層チャラくても、黒鉄輸送隊の隊長の任務と共に引き継いだ思いが、矜持があるのだろう。仲間を守るため、仲間を逃がすために、得体のしれない氷のワームと再び対峙せんと剣を握る手に力を籠めるエドガン。

その雄姿を見た黒鉄輸送隊の面々は。

「言われなくてもそうしてるし?」

「ほっほ。ではお先にですぞ。ヌイ、エペルフィッシュの料理、期待していますぞ」

「コクコク」

「夕飯までにはもどれや。おせーと先に始めちまうぞ。ニコ、荷物を拠点に置いたら『ヤグーの跳ね橋亭』で打ち上げだ」

「コクコク」

「エドガン、他の冒険者の迷惑にならないように、きっちり片付けてから帰ってきたまえ」

「えええええ!? みんなヒドくね!?」

ワームなど全く意にも介さず撤収していく黒鉄輸送隊の一行と、叫ぶエドガン。そして、黒鉄輸送隊と一緒に帰るべきか、エドガンを待つべきか戸惑うジーク。

「ジーーーーークッ! 帰るな! お前は帰るなよおぉぉぉ! 友達だろ!?」

「……分かった。さっさとあのデカ物を片付けろ、エドガン。後ろから来てるぞ」

「わかっ、てる、けどよ! こいつ、手ごたえが、ねーんだ、よっと!」

ワームは巨大で、エドガンがひょいひょいと流氷を飛び移りながら攻撃しても、さほどダメージを受けていないように思える。

「ヘイ! ジーク! レッツ サポート! ちょっぴりオレを助けようぜー!」

再び海中から現れて、氷原にそびえる大樹のように鎌首をもたげた氷のワームに取りすがり、ひょひょーいと昇りつつ攻撃を加えているエドガンがジークを誘う。身軽だ。まるで猿のようだ。新種のイエティーか。

「目でもあれば弓で狙い撃って援護の一つもするんだかなー」

ジークの方も暢気なもので、どうしたもんかと言いたげにエドガンの木登り……、ではなく戦闘を眺めている。

帰ってしまった黒鉄輸送隊もふくめた皆の反応からも明らかなように、この氷のワームはエドガン一人で倒せないような魔物ではない。やたらと大きくて、攻撃が通りにくいがそれだけだ。もちろんサイズが大きいであるとか、多少の攻撃に動じないというのは強者の特徴であるから、駆け出しの冒険者が倒せるような相手ではない。ランクで言えばBランクか、流氷の浮いていない海という環境的な条件が加わればAランクにもなるだろう。

この階層は足場に困らないほどの流氷があるし、Bランク上位のエドガンからしてみれば、ワームの動きは緩慢で攻撃手段は物理だけ。

逃げようと思えばいつでも逃げられるのだが、こんなでか物を放置するのは迷宮といえど迷惑だ。キャッチした魔物はきちんと地脈にリリースするのがマナーというものだろう。折角凍って眠っていたワームを、エドガンが剣を突き刺して起こしてしまったのだから、エドガンがきっちり倒すべきだ。もちろん、苦戦しているのなら共闘するのだけれど、エドガンはどう見たって本気を出していないのだ。

「ジーク! ヘイ! カモン!」

黒鉄輸送隊の仲間においていかれて寂しん坊モードを発症してしまったエドガンは、攻撃そっちのけで一生懸命にジークを誘っている。このままでは、ワームを倒すのにどれだけ時間がかかるかわからない。

エドガンがワームを倒せないとは思わないが、エドガンがぐずぐずしている間に、『ヤグーの跳ね橋亭』で予定されているエペルフィッシュ料理のパーティーが終わってしまう。いつもマリエラとジークの手を煩わせまくっている師匠の相手をエドガンに押し付けて、いや、エドガンなら大喜びで買って出るのだろうが――、マリエラと二人仲良くエペルフィッシュ料理に舌鼓を打つというジークの計画が台無しになってしまう。

「仕方ない」

ジークは弓を構えると、眼帯の下に隠れた精霊眼に意識を集中させる。このワームに精霊眼による攻撃力増加の効果は必要がない。そもそも倒すのはエドガンだ。ただ、弱点でも分かれば、討伐時間は短くなるだろう。

「あそこか。だから目覚めたのか」

精霊眼で弱点を探すと言っても、視覚的に印が見えるわけではない。ただ何となくどこかが分かるのだ。暗い夜道を進んだ先の分かれ道で、なんとなくこの道は危険だと感じるような感覚だ。恐らくあのあたりに、ワームの核というべきものがあるのだろう。ジークがそう感じた場所は、氷の中で眠っていたワームにエドガンが剣を突き刺したまさにその場所だった。

「エドガン、さっきの場所が急所だ! だから凍っていたのに目覚めたんだ!」

「そんなこと言ってもよー。こいつ動くしー。オレの双剣じゃーちびっとばかし長さがさー」

せっかくジークが弱点を教えたというのに、寂しんぼうモードのエドガンはデモデモダッテとジークをチラ見しながら、あっちチクチクこっちチクチクと、効いているのか分からない攻撃を繰り返すばかり。いい年をした男のデモデモダッテは少々鬱陶しくもある。

「むぅ」

これは困った。ジークは思案する。これではパーティーが終わってしまう。

氷のワーム程度、精霊眼を使わなくとも腰のミスリルの剣で倒すことは可能なのだが、エドガンのデモデモダッテのおかげで参戦する気が全く起きない。もはや腰の剣は飾りの役しか果たしていない。

これは何とかしなければ。賢さ4の頭脳で一生懸命考えたジークはエドガンに向かってこう叫んだ。

「エドガン! フレイ様が帰ってきたら一緒にあったまろうと言っていたぞ!」

もちろん、酒でだが。

しかし、酒に酔い、恋に溺れたエロガンの脳内はピンクなネオンのお花畑、いや愛の花園、楽園ヘヴンでくんずほぐれつ、おしくらまんじゅう状態だ。

「なんだと! なんだとおおおおおぉぉぉぉおおオレ! 今すぐ! 行きまーーーす!」

息継ぎなしで叫びきって駆け出すエドガン。双眼がギランギランに輝いて、やる気がみなぎっている。

「こんな氷の塊程度、すぐに葬り去ってやる!

《我が左腕は 焔(ほむら) の座、我が右腕は 雷(いかづち) の座 宿れ 双属性剣(デュアル・エレメンツ・ソード) 》 !」

「な……! 2属性を同時に!?」

覚醒した主人公よろしく左の剣に炎を右の剣に雷を宿らせたエドガンが、ほぼ垂直に屹立した氷のワームを駆けあがる。

武器に魔力を纏わせること自体はそう難しい事ではないし、その応用で魔法を乗せることも中級以上の冒険者ならば行いうる芸当だ。しかし、同時に2属性を操るというのはそう簡単なことではない。持ち前の器用さに相当な集中力、高い技術あってようやく成し得る技だろう。おぉ、とジークが驚くほどに、エドガンの技能は高いと言えた。

「だぁ!」

最初に剣を突き刺した場所、頭部よりやや下の、蛇であれば首か咽だと思われる位置に、初撃と寸分たがわぬ正確さで左手の炎の剣を深々とたたき込む。氷の塊のようなワームに突き刺さってなおも熱量の衰えない炎の剣は、ジワリとワームの肉を溶かしつつ根元まで穿たれる。けれどワームのその巨体の前では、針が刺さったようなものだろう。炎の切っ先の先にある、ワームの核に届くことはかなわない。しかし。

「これで、とどめだ!」

左手の炎の剣を離したエドガンは、体をひねり1回転して勢いをつけると、右手の雷の剣を炎の剣の柄へと叩き付けた。

エドガンの雷の剣によって先に穿たれた炎の剣は更に深くへ突き刺さり、雷の剣から放たれた電撃は炎の刀身を伝わってワームの核を焼き切った。

核を破壊されたワームは、断末魔に身を捩る。天を食もうとするように、空気を求めるかのように、真っ直ぐ上に向けて開かれた口先は、内側から4つに裂けてめくれあがっていて、離れた場所から見るジークの目にはどこか花を思わせた。

ワームは小さく震えると、そのまま根元から枯れるように、氷海へと倒れていった。

「さぁ、行こうぜ、ジーク。フレイジージャさんがオレを待ってる」

ワームが倒れた衝撃で、けぶるように吹き上がる水しぶきを背景にエドガンが氷の世界から現れる。双剣を静かに鞘に納め、先ほどの戦闘の余韻すら感じさせずに、フッ、と笑うその姿はどこのイケメンだと思わなくもない。やたらめったら速足なのはこの際指摘しないでおこう。

「あ、あぁ。帰ろう。それにしてもあのワーム、一体何だったんだろうな」

エドガンと合流し、階層階段へと歩き出すジーク。

「あれが、フィロロイルカスの成体だよ」

「!!! フレイジージャさん! もしやオレを迎えに!?」

見ていたようなタイミングで、階層階段から現れた師匠ことフレイジージャがワームの正体を説明してくれた。後ろには、なぜかマリエラまでついてきている。

「オレの冷え切った心と体を温めてくださーい」と駆け寄ったエドガンは、師匠の「ん? 寒いの? ホレ、ファイヤー」で燃やされて、心が灰になっていた。

可哀そうなエドガンをその場に残したまま、師匠はマリエラとジークを連れて流氷の上に倒れたワーム、フィロロイルカスの成体の骸の方へと歩いていく。

「フィロロイルカスは変わった生き物でね。何兆という胞子体から成体になれるのは1体いるかどうかなんだ。幼生体の段階では魔力を吸収するだけで早期成体になって初めてエサを捕食する。その後は何十年もかけて中期成体、後期成体、成熟成体と成長していき、それに合わせてどんどん深海へと潜っていって、再び海面近くに姿を現すのは産卵の時だけだから、この姿を知る者は少ないだろうね。産卵っていても単一生殖だから胞子体という方が近いだろうがね。実際の海では深海からの移動と産卵で力尽きて死んじまうんだが、ここは迷宮だからそこまで海は深くもないし、死ぬ前に凍り付いて仮死状態で生き残っていたんだな。」

うんちくを垂れ流す師匠の後を、「ふえー、さむい」と言いつつ不慣れな様子でトコトコと付いて行くマリエラ。

もこもこの防寒着で着ぶくれた様子は、太っていたマ ル(・) エラ時代が思い出されて、これはこれで可愛らしい。ジークはマルエラが転ばないように気を配りながら、二人に付いて歩いている。

「ほれ、マリエラ。こいつの体液、《薬晶化》しちまいな」

師匠に促されて、おっかなびっくりフィロロイルカスに触れてみるマリエラ。

「でも、この素材初めて……、あれ? これって……。でも、凄く薄い」

「そうだ。こいつ、これでも竜の端くれなんだよ。竜の因子を獲得し得た個体だけが、何兆分の1っていう生存率を生き残れるんだろうな。

つっても下の下もいいところだから、下位種の地竜の血より千倍くらい薄いだろ?

こんだけデカくてほとんど中身は水分だから量だけはたんとあるけど、普通に生成してたんじゃ途中で飛んで無くなっちまう。《薬晶化》でようやく『水竜の血』の薬晶が得られるんだ。水竜の血がこれだけ簡単に手に入る機会はないだろうから、マリエラさっさとやっちまいな。地竜の血と同じ感覚でやれるはずだよ」

「はい、師匠」

マリエラの《薬晶化》によって竜の因子を取り除かれたフィロロイルカスの亡骸は、小さな氷の粒に代わって、さらさらと氷の海へと流れていった。

暗い海へと落ちていく欠片は、海の中で見たならば降り注ぐ粉雪のように見えたかもしれない。フィロロイルカスの亡骸に宿る魔力を取り入れようと、フィロロイルカスの幼生体がふわふわと海の浅い層に漂っていて、まるで海の妖精の群舞のようで綺麗だった。

きっと本当の海であっても、産卵を終えて力尽きたフィロロイルカスは、海の小さな命たちの糧になっていたんだろう。

「さぁ、さっさと帰ってあったまるぞ! ほら、エドガンも!」

マリエラの《薬晶化》が終るなり、長居は無用とマリエラたちを急き立てる師匠。早く戻らないと、エペルフィッシュのフリッターが食べつくされてしまうのだ。

巨大なフィロロイルカスからは、地竜1頭分よりも少ない量の『水竜の血』の薬晶が得られた。マリエラはこの階層の流氷を思わせる薄水色の欠片を眺めたあと、大切そうに腰のポーチに瓶をしまった。

「あ、そうだ。ここ、まだまだフィロロイルカス眠ってるから、全部退治しといてな。明日からでいいから。フィロロイルカスの急所をうまく突いて起こせるヤツって、そうそういないんだよ。頼むな、エドガン」

無慈悲な師匠の依頼によって、黒鉄輸送隊は迷宮都市での休日を、エドガンは身も心も凍てつくような修練の日々が確定した。エドガンに泣きつかれたジークももちろん参加だ。

下の下であっても竜種に当たるフィロロイルカスを起こしまくり倒しまくったエドガンは、その功績が認められ、無事Aランクへと昇進した。

「オレ、Aランクより、愛がほしいよ……」

そう呟いたエドガンを、「Aランカーはモテるらしいぞ!」とジークが根拠なく慰めた。