軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

******の物語 その4

「ジークまだかな、ジークまだかな」

念願の眼球特化型の特級ポーションを完成させたマリエラは、『木漏れ日』の店内をウロウロ、ウロウロ落ち着きなく歩き回っていた。

夕食にはまだ早い時間だけれど、食事の支度もとっくに済ませてある。

人目を忍んで錬金術スキルを活用し、たくさんご馳走を用意した。だってジークの眼が治るのだ。特化型の特級ポーションなんてまだまだ市場に出回らないから、しばらくは眼帯を付けたまま秘密にしないといけないけれど、身内だけでもお祝いするのだ。

今日は師匠が羽目を外して、ストックしたお酒を飲みほしたって、広い心で許せるとマリエラは思っていた。

なのに、こんな日に限ってジークは地竜討伐に駆り出されていて、夕方まで帰ってこない。帰ってきたらすぐにでもポーションを飲んでもらいたいのに、師匠が珍しくまっとうな意見で邪魔をする。

「特化型の特級ポーションの初使用なんだから、しかるべきメンツの前で飲むべきだ」

確かにもっともだ。戦闘中に眼をやられた時など、どれくらいの時間で回復するのかだとかが分かっていれば、運用しやすいだろう。このポーションは安いものでも簡単に作れるものでもないのだから、貴重な機会というわけだ。

全くもってその通りだけれど、どうしてこんな時だけまともなことを師匠は言うのか。ジークがやっと眼を取り戻せるって時くらい、後先考えなくてもいいだろうに。

不満気に口を尖らすマリエラを尻目に、師匠は何やら紙に書きつけると、

「センセ、これ将軍兄弟に渡してきて」

と、ニーレンバーグをパシリに使った。師匠は相変わらず無敵すぎる。

ヒエラルキーの頂点を極める師匠に文句を言うのを諦めたマリエラに、部屋の隅に集まっていた子供たちが声を掛ける。

「マリねーちゃん、一緒にご本読もう? エミリーが読んであげるよ!」

優しい子だ。爪の垢を煎じて師匠に呑ませてやりたいくらいだ。そんなポーションはないのだろうか。そんなことを考えながら、マリエラはエミリーたちのそばに行く。

「ありがとう、エミリーちゃん。何の本読んでるの?」

「『エンダルジアの物語』っていうんだよ。途中からだけど読むね!」

そう言って、エミリーちゃんは簡単にあらすじを説明した後、手に持った本を読み始めた。

*****************************

倒しても倒しても押し寄せてくる魔物たちとの戦いで、ついに狩人は命を落としてしまいます。

なんということでしょう。

呼んでも泣いても叫んでも、狩人はあの綺麗な蒼い瞳で精霊の女王を見つめてはくれません。

悲嘆にくれる精霊の女王。

けれど泣いてばかりはいられません。

精霊の女王にはかわいい息子がいるのです。

大好きな狩人と同じ蒼い瞳を持つ、最愛の息子が。

生まれたばかりのわが子を守らなければいけません。

精霊の女王は狩人の妹に赤ん坊を預けるとこういいました。

「私は今から地脈と一体化します。地脈の力を借りれば、この地を魔物から護れるでしょう。私がこの地を護っている限り、この地が魔物に襲われることは無いでしょう。」

精霊の女王はかわいいわが子を抱き締めたあと、狩人の妹に預けます。

「いつまでも見守っていますよ。私のかわいい子」

それだけ告げると精霊の女王は大地に消えていきました。

一体どんな奇跡を使ったのでしょう。

精霊の女王が消えると同時に、魔物達はまるで見えない手で追い立てられるように森のほうへ帰っていきました。

精霊の女王と狩人の子供や、一緒に暮らしていたにんげんたちは、すんでのところで助かったのです。

それ以来、精霊の女王が言ったとおり、狩人たちの村は不思議な力に守られて、魔物達が近づくことはありませんでした。

魔物の来ない、安全で豊かな大地には人間がたくさんやってきて、やがて村は町に、町は国へと成長しました。

人々は、精霊の女王にとてもとても感謝して、精霊の女王と狩人の子供を大切に育てました。

やがて、精霊の女王と狩人の血を引く男の子が王様となったその国は、精霊の女王の名前をとって『エンダルジア王国』と呼ばれるようになりました。

森の精霊の女王の名前は、エンダルジアといったのです。

こうして、エンダルジア王国は長く長く栄え、狩人の子孫たちは幸せに暮らしましたとさ。

「めでたし、めでたし」

エミリーは児童書を読み終えると、1冊読み終えた達成感に、むふーと満足そうに本を閉じた。

それを見ていた師匠は「上手に読めたな」とエミリーの頭を撫でた後、「でも、真実はね、その話とちょっと違うんだ」とエミリーの本をパラパラめくって言った。

「どう違うの?」

不思議そうに聞き返すエミリー。周りの子供たちも知りたそうにしている。

流石師匠。子供心を掴むのが上手い。

師匠は、子供たちを見回すと、いつもとは違う、静かな口調で話して聞かせた。

「森の精霊の女王は狩人の妹に赤ん坊を預けるとこう言ったんだよ。

『私は今から地脈と一体化します。地脈の力を借りれば、この地を魔物から守れるでしょう。守りの力を発揮するには よりしろ(・・・・) が必要です。だから、私の右目をこの子に与えます。この“精霊眼”がこの地にある限り、この地が魔物に襲われることは無いでしょう。』

後は本とおんなじさ。エンダルジアの力によって、村は守られやがて人間の国になった。

エンダルジアの精霊眼を受け継いだ男の子の右目は森の木々のように深い緑で、そして狩人の血を引く左目は美しい蒼色だったそうだよ。

そして、男の子が亡くなったあとも、エンダルジア王国では緑色の精霊眼と蒼い左目をもつ男の子が必ず一人だけ現れて、精霊の女王エンダルジアは王国を護り続けたそうだ」

「へええ! そっちのお話の方が面白いね!」

眼を輝かせるエミリーに、うんうんと頷くエルメラの息子エリオ。

兄のパロワは少し考えた後、「でもさ、精霊が護ってるんだったら、どうしてエンダルジア王国は亡びたんですか?」と師匠に尋ねた。

「そりゃ、精霊の護りが無くなったからさ」

師匠は見てきたようにそう言うと、「さーて、暗くなる前に子供は家に帰る時間だ」と子どもたち4人を家に帰した。

「師匠、さっきの話……」

エミリーちゃんが読んでいた『エンダルジアの物語』を読み返しながら、マリエラがつぶやく。初めて聞く話だったけれど、200年前にエンダルジア王国の輝くような王城を遠目に見た時、師匠は「精霊が祝福しているから輝いている」のだと話してくれた。

だからマリエラには今の師匠の話が作り話だとは思えない。

つまり、エンダルジアの王様は、精霊の血と護りを引き継ぐ者で、精霊の力の拠り所こそが――。

「ただいま。ん? どうした、マリエラ。深刻そうな顔をして。ほら、今日は地竜の肉を分けてもらったんだ」

「おかえり、ジーク! わぁ、地竜のお肉だ! 果物まであるよ、大猟だね」

マリエラの思考は、帰ってきたジークによって遮られた。正確には土産の肉だ。

ジークは肉さえ与えておけばマリエラが喜ぶと思っているのではないだろうか。マリエラとて年ごろの娘なのだが。しかし、花を渡しても素材になるかならないかで喜びようが変わるのだから、確実に喜ぶ肉を与える判断は、あながち間違っていないだろう。

「晩御飯いっぱいあるけど、ちょっとだけ焼こうかな」

などと言いながらウキウキと肉を持って台所に向かうマリエラ。

師匠はジークに汗を流してくるように言い、屋敷へ帰ろうとするロバートを引き止めて『木漏れ日』中の窓を閉めるように伝えた。

肉を調理しやすいサイズに切り分けて冷凍の魔道具にしまい終わったマリエラが、作った料理を温めなおして夕食の支度をするより早く、師匠にお使いを頼まれたニーレンバーグがもどってきた。夕食はしばらくお預けになりそうだ。

「お二人とも来られるそうだ。地下を開けさせてもらうぞ」

そう言ってニーレンバーグは地下に降りると、間もなくレオンハルトとウェイスハルトをつれて『木漏れ日』の店内に戻ってきた。

「え? レオンハルト様まで?」

ここにきてようやくいつもと違う様子だとマリエラは気が付く。

汗を流して戻ってきたジークもどうしたことかと訝しんでいる。

「眼球特化型の特級ポーションができたそうだね」

「は、はい」

ウェイスハルトに問われてマリエラが頷く。師匠は『然るべきメンツの前で』と言っていたけれど、レオンハルトまで来るなんて。

外から覗かれないように天窓以外のすべての窓を閉め切った『木漏れ日』の店内には、マリエラ、ジーク、師匠の他に、ロバート、ニーレンバーグ、そして迷宮討伐軍の将軍と副将軍であるレオンハルトとウェイスハルトが立っていた。

この二人を呼びつけるなど、師匠は何を考えているのか。ジークがポーションを飲むところを見せる必要があるなら、こちらから出向くべきだろう。

なんて恐れ多いとマリエラはレオンハルトたちを見るのだが、二人は機嫌を損ねた様子も見せない。

一人状況の分からないジークだけがどうしたことかと訝しみつつも、護衛としての定位置であるマリエラの方へ歩み寄った。

「始めたまえ」

レオンハルトがマリエラに促し、皆の視線がジークに集まる。マリエラはレオンハルトに頷くと、困惑げなジークに1本のポーション瓶を差し出した。

「えと、あのね。ジーク、これ、眼球特化型の特級ポーション。ようやくできたの。随分待たせてごめんね。皆さんは、ジークの眼が治るところを見るためにお越しになったの」

眼球特化型の特級ポーション。

マリエラのその一言に、ジークの動きがぴたりと止まる。

残された左目が大きく見開かれ、マリエラが差し出す瓶を凝視する。

(どうして、今なのだろう――)

マリエラが差し出すポーション瓶を見つめながらジークムントは考える。

これは、このポーションはジークが切望してきたものだ。

精霊眼を失ってから、坂を転がり落ちるが如く、足元が崩れ去るかの如く転落していくただ中で、渇望し続けた物なのだ。

切望し、渇望し、その望みがやがて絶望に変わり果て、この街に流れ着いたのだ。

マリエラに救われてからだって、精霊眼があればと何度思ったことか知れない。

マリエラは迷宮都市の 地脈と契約した(コントラクタの) 錬金術師で、いつか取り戻せるかもしれないと、わずかな希望に縋った日もある。

けれどそんな一縷の望みは、いつしか忘れ去っていた。

今日だって、遠くから地竜の眼を弓で射貫き、マリエラからもらったミスリルの剣で止めを刺してきた。チームを組んだ迷宮討伐軍のメンツと力を合わせて強敵を倒し、拳を合わせて勝利を祝った。

もう、誰に囚われる身分でもなく、自分の意思で帰りたいと願う家がある。

少々、手はかかるけれど、掛け替えのない笑顔が迎えてくれる。

ジークムントは今、この上なく満たされているのだ。

彼にとって意味があり、価値のあるすべては、既に得られている。

いつしか心のどこかで、精霊眼を失ったことは、今あるすべての対価であると、そんな風にさえ感じていたのに。

(どうして今なのか――)

眼球特化型の特級ポーションが手に入ったなら、長年の望みが叶うと、積年の苦節が実ると感極まって受け取るものだと思っていた。

けれどジークの胸中は不思議なほどに凪いでいる。

むしろ感極まって嬉しそうにしているのは、目の前でポーションを差し出すマリエラの方だ。

「ありがとう」

そういってジークはマリエラからポーションを受け取る。

マリエラが期待に満ちた顔でジークを見ている。

彼女の気持ちはシンプルだ。怪我が治るのはいい事だ、嬉しいことだという、それだけだ。

美味しい料理を食べさせたいと願うような、慈愛に満ちた感情だ。

隻眼で見るこの表情を、今日の日の情景を目に焼き付けておこうとジークは『木漏れ日』の店内を見渡す。

狭くはない店内だけれど、7人もの人間が入り口側の半分に集まっている。

レオンハルトらの来訪は急なもので、マリエラも予測していなかったのだろう。すっかり日の暮れた『木漏れ日』の店内は、みなが集まっているこちら側の半分しか明かりが灯っていないから少し薄暗い。いつもは日の光が差し込んで陽だまりを作っている辺りには、月の光が差し込んでいる。

月の光が店内に広がる様子は幻想的ともいえるのに、皆の視線はジークに向いていて、早くポーションを飲んで見せろと忙しない。

ジークは皆によく見えるように眼帯を外すと、マリエラから受け取ったポーションのふたをきゅぽんと開けた。

(マリエラが初めてポーションを作ってくれた時、瓶ごと口に突っ込まれたな……)

驚きのあまりぽかんと口を開けて呆けていたら、「えい」とばかりに突っ込まれたのだ。普段はどんくさいくせに、人にポーションを飲ませるときだけ抜群のコントロールを見せるのだ。そんな事さえ懐かしく、ジークは眼球特化型の特級ポーションを飲み干した。

とても不思議な感覚だった。

力と言うほど強いものではなく、光と言うほどまばゆいものではない、形がなく、存在がなく、けれど自分の中にも存在し、手を、足を、筋肉を動かし、血を巡らせている源が、膨らみ溢れかえりそうになる。

肉体という、決まった質量に行き渡り、体躯の境目を超えて外へと噴き出しそうな奔流は、けれど渦を巻くように、定められた体の流れに沿うように、ジークムントの体を循環しながら一点へと集っていく。

まるで、巨大な湖沼の底に穴が開いたように、満天の星空に穿たれた暗黒の空間のように、ジークの体を満たしていた源は、彼の右眼に吸い込まれていく。

どんどん、どんどん。

まるで底のない穴に落ちていくが如く。

不思議なことに、ジークという存在の内側は、根源的な何かに繋がっているかのようで、どれだけ右眼に流れ込んでも、彼を満たす源は尽きることなく、ただ一点を満たしていくのだ。

どんどん、どんどん。

集った光が確かな密度をもって現出するが如く。

「ジーク?」

心配そうなマリエラの声に、ジークムントは閉じていた両目を開く。

その瞳は、深い蒼と森の緑。

「ジーク、良かった!」

「ふむ、これほど早く修復されるのか」

「これが、精霊眼というものか……」

嬉しそうなマリエラの声、ポーションの効果を確認するニーレンバーグの声に、ジークの瞳に驚くウェイスハルトの声。そして。

「あぁ……」

ジークムントの唇を割って漏れる、感嘆の声。

「あぁ、世界は、こんなにも、精霊の光に満ちていたのか……」

それは、幼い頃に見た光景。

まだ何ものにもなれてはいない、弱い、弱い光の粒が、そこかしこに満ちている。

マリエラが大切そうに磨いていたカウンターに、常連客が憩う椅子に。

スタイリッシュな光る茶を淹れた茶器など、真似をしているのかたくさんの光が集まってまばゆいばかりだ。

あれほど薄暗かった『木漏れ日』は、昼日中の客で賑わう店内さながらに明るく温かい光に満ち溢れている。

楽しいのだと、嬉しいのだと、居心地がいいのだと精霊たちの喜ぶ気持ちが伝わって来るようだ。

ジークが傲慢になるにつれ、失われていった鮮やかな世界が、今、彼の周りに広がっていた。

戻ってきてくれたのだ、そばにいてくれたのだ。

マリエラが築いた温かな陽だまりは、精霊たちにとっても温かな場所だったのだ。

ジークムントは込み上げる涙を抑えることができなかった。

つられて涙ぐむマリエラの笑顔と精霊の光が、まつ毛を濡らす涙に乱反射して夢の世界のように美しい。

そんな、美しい世界の真ん中に。

聖樹の梢を抜けて天窓から注ぎ込む月光の中心に。

緑の髪と緑の瞳の、一人の少女が立っていた。