軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

焔の契約

師匠とシューゼンワルド家の会食から1週間後。迷宮都市の商人ギルドの住居管理部門には街中の人が詰めかけて長蛇の列を作っていて、住居管理部門だけでなく商人ギルドが総出で対応に追われていた。

「引換券は全戸分用意してありますから、押さないでくださーい。そこー、喧嘩は外でお願いしまーす」

「はーい、次の30名さま、第4会議室へお願いしまーす」

一般住民相手の説明会ではあるが、ここは冒険者の多い迷宮都市。男女を問わず気性の荒い者ばかりで、やれ割り込んだだの、押しただの、足を踏んだだのと列に並んでいる間も小競り合いが耐えない。

「一体いつまで待たせるつもりだ! 俺は朝から並んでんだぞ。さっさと家に帰らせろ!」

「だいたい、本当にポーションなんて手にはいんのかよ! だったら引換券なんて紙切れじゃなくて本物をよこせや!」

「そーだそーだ!」

朝から並んでいるといっても、まだ数刻しか経っていないのだが、気が短くて手の早い連中は既に我慢の限界らしい。そして、我慢の限界に達してたいそう気性が荒くなっている女性がここにも一人。

「私は! もう何日も! 家に帰っていないんですよー!!」

バチバチバチッ!

「他におとなしく並べない人はっ!?」

バチバチと体中を帯電させながら、雷帝モードのエルメラが暴れる住人を強制的に静かにさせる。

「おぉ~」

「いいぞ、もっとやれ~」

パチパチと拍手と歓声が巻き起こる。Aランク冒険者『雷帝 エルシー』を間近で見れるなんて、なかなかない機会だ。どさくさに紛れに、握手をしようと手を伸ばした男が強烈な静電気にやられて悲鳴を上げている。

初めのうちはいつものひっつめ髪に紺のワンピースの薬草部門長、エルメラ・シールとして応援作業に当たっていたエルメラだったが、朝から夕方まで説明会の人員整理、夕方以降は書類整理に引換券の作成と、やってもやっても仕事が終わらない。商人ギルド総出で働いているのにだ。

なにせ書類の偽造や揉め事が想定以上に多いのだ。諌めても宥めても大声で小競り合いを続ける連中のせいで、残業どころか家にすら帰れなくなったエルメラは、2日目にして雷帝モードを発動し、行儀の悪い住人を武力で黙らせる英断にでた。毎日、夫のヴォイドが子供達と共に着替えと差し入れを持って来てくれているので、まだ手加減できる程度の荒れ狂いようなのだが、滅多に人前に姿を現さない『雷帝』に痺れさせてもらいたい冒険者などがわざと小競り合いを起こしているから、一定時間毎にショータイムが開催されるありさまだ。

小競り合いを収拾するまでの時間は圧倒的に短くなったが、揉め事自体は増えたのか減ったのかわからない。いずれにせよ『雷帝エルシー』のお仕置きは、並ぶのに飽きた住人達のたった一つの娯楽となっている。エルメラにとっては不幸なことだが、商人ギルドの説明会はあと1週間は終わらないだろう。

なにしろ説明会の内容は、『ポーション販売の開始と引換券の配布について』なのだから。

ごねたり暴れたり書類を偽造して、人より多く手に入れようとするものは、しばらく後を絶たないに違いない。

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マリエラの師匠がレオンハルト、ウェイスハルトにしたオハナシとはマリエラが今の4~5倍はポーションが作れる、というぶっちゃけ話だった。

迷宮都市が抱える問題のいくつかは、実はシンプルなものなのだ。

迷宮を倒す。階層の更新が出来なくても人が入って魔物を倒せば成長を抑制できる。

本来はこれだけだ。

但し、50階層を超える魔窟であるから圧倒的に人手が足りない。迷宮討伐軍が全力で討伐を続けても成長を止められているか疑問なほどだ。迷宮都市自体、人手が不足しているのだ。迷宮に送り込みたくても数は限られてしまう。

そして迷宮都市の人口、特に冒険者不足の原因は、迷宮に入った冒険者達の死亡あるいは重傷率の高さと、迷宮都市と帝都を繋ぐ街道の不便さにある。

この二つの問題は、ポーションによって大きく緩和できるのだ。

ポーションが帝都並みの価格で市販されれば冒険者達の死亡率は大きく下がるし、魔物除けポーションさえあれば魔の森を抜けて帝都と行き来する事も容易になる。これはいずれもマリエラのポーションを使ってきた迷宮討伐軍や黒鉄輸送隊が証明してきた事でもあった。

今までマリエラが迷宮討伐軍に納めてきたポーションは上級換算で日に100本。迷宮討伐軍が迷宮の成長を抑えるために討伐を行っても余剰がでる本数だ。勿論、貴重なものとして最低限の使用に留めてきたからでもあるが、マリエラのポーション作成能力は、迷宮討伐軍の使用量をすでに上回っている。それが、さらに何倍もの余力があるのだと師匠が言うのだ。

「こんなカードがあるんだ。どう切る?」

マリエラをカードに例え、にやりと笑って問いかける師匠とシューゼンワルド兄弟の視線が絡む。

レオンハルト、ウェイスハルトの表情は先ほどまでの友好的なものでなく、迷宮都市を預かる権力者のそれになっている。

マリエラに全力でポーションを作らせれば、迷宮討伐軍だけでなく民間にもポーションを供給することができる。それによって冒険者の負傷率は下がり迷宮探索は活発化する。迷宮の力をより多く殺ぐことができるだろう。

それに魔物除けポーションを市販できれば、魔の森の街道を抜けて帝都との交易を行うことができるようになる。フォレスト・ウルフのように弱いがしつこい魔物が大量に襲ってくる心配がなくなるから、万一強い魔物がきたときのために、数名の護衛さえ付けておけば、通常の商隊でも魔の森を抜けることができるようになる。

迷宮の素材を安く帝都に運べるようになるから迷宮都市の経済状況は良化するし、何より迷宮で一旗上げようと目論む低~中級の冒険者を迷宮都市に呼び込むことができるだろう。

迷宮都市を治めるシューゼンワルド辺境伯家として、この情報を聞いてポーションを市販しないという選択肢はありえない。『カードをどう切るか』と問われれば、『ポーションを大量製造し民間へ供給する』と答えるのが普通だろう。咽から手が出るほどに欲しいカードに違いない。

けれどレオンハルトは、じっくりと考えを巡らせた後、こう答えた。

「確かに、状況を大きく動かせるカードだが、そのカードは我々のものではない」

レオンハルトの答えを聞いた師匠は、満足そうに口角を上げた。

「合格だ。うん、悪くない。特別に貸してやってもいいだろう」

(やはり、か……)

レオンハルトは正しい答えを導けたことに安堵する。

眼前に座る炎災の賢者と呼ばれる女性は、精霊魔法が使えるだとか、迷宮内では戦力になれないだとか、 錬金術師(マリエラ) の師匠であるのに中級までしかポーションが作れないだとか、酷く迂闊な言動を繰り返している。短慮そうな若い見た目にその言動はひどく似合っていて、対峙した者の気持ちを気安いものに、悪く言えば侮るような気分にさせる。

(おそらく試されていたのだろうな)

フレイジージャにとってマリエラは弟子で自らに属する者であるが、シューゼンワルド辺境伯家は主従でもなんでもない。辺境伯の威光など、いや、皇帝の威光であってもSランカーにとっては伏すべきものでないのだ。レオンハルト以外のSランカーが身を隠し、隠遁を決めていることが良い証拠だ。

権力者として 錬金術師(マリエラ) を物のように扱うことは許さない。暗にそう言っているのだと、レオンハルトは理解した。

もし、レオンハルトがマリエラを辺境伯家の、迷宮討伐軍のカードとして扱ったならば、炎災の賢者はマリエラをどこかレオンハルトらの手が届かない場所へ連れ去ってしまったかも知れない。

レオンハルトには、眼前の人物が人の姿をした焔のように思えた。手を伸ばせば熱くこの身を焼き尽くすのに、掴むことなどできはしない。燃え盛る炎は、 薪炭(しんたん) を喰らい尽くせばたちまちいずこかへ消え失せる。 薪炭(対価) を差し出す以外に、この焔をこの地に留めることはできないだろう。

「対価は?」

フレイジージャが言った「貸してやる」は「マリエラを通じて力を貸してやろう」ということだろう。思わぬありがたい申し出だ。気まぐれな焔が燃え移る先を変えてしまう前に、望む対価を差し出そうと、レオンハルトが対価を尋ねる。

「さっき話したマリエラの秘密だよ」

「承知した。我が名にかけて守ると誓おう」

契約は交わされた。何らかの契約術式を介した物ではないけれど、決して破ることは許されない。これはそういった類のものだとレオンハルトは感じていた。

「なるほど……。それならば、経済もむしろ活性化が見込めるか……」

兄レオンハルトとフレイジージャの契約が成立するまで控えていたウェイスハルトが、師匠が提示した『対価』に深く納得する。

シューゼンワルド辺境伯家に属さない錬金術師としてマリエラが大量にポーションを作った場合、当然対価が発生する。現在ですら今までのポーション代金として大量の金貨が『木漏れ日』の地下に眠っているのだ。金というのは皆が使ってこそ街全体が潤うのであって、埋蔵していては経済の停滞を招いてしまう。

フレイジージャはこれから錬成されるであろう大量のポーションの対価に、金銭ではなく、マリエラが普通の錬金術師ではありえないほどの魔力を、ポーションの生産能力を持つという秘密を守り、彼女を保護し続けることを挙げたのだ。最初にマリエラの秘密を明らかにした事だって、レオンハルトらの人品を見極めさえすれば力を貸してくれるつもりだったのだろう。

(流石は『賢者』を冠する方だ……。だが、我々に都合が良すぎはしないか?)

ウェイスハルトは心中で頭を垂れつつも、わずかばかりの疑念を抱く。無論、兄レオンハルトの決定に異論がある訳ではない。ウェイスハルトであっても同じ答えをしただろうし、他に選択肢などは無かった。

(炎災の賢者の目的はなんだ?)

目の前で酒を楽しむ女性からは、言葉以上の意図は読み取れない。

(今は借りる以外に道はなしか……。ならば、最良の道を探すまで)

ウェイスハルトは 錬金術師(マリエラ) の負担を最小に、かつポーションを最大限製造する方法を模索する。 錬金術師(マリエラ) をただ働きさせるつもりはないが、ポーションの対価に一本幾らの代金が不要ならば、迷宮都市の住人に可能な限り分業させて住人達にも対価を支払えばよい。民間にポーションを流通させ、得られた代金を材料や中間処理を受け持つ多くの住人を通じて迷宮都市に還元する。街の中で金貨は巡り経済も活性化するというものだ。

「流石は炎災の賢者殿。御見それした」

師匠を褒め称えるシューゼンワルド兄弟と、たいそう気分良さげに高いお酒をおかわりする師匠。

三人の間には何やら合意が形成されつつあるが、何の話をしているのか、マリエラだけがちっとも分かっていなかった。

見事なまでに蚊帳の外である。

(私の話だって事と、ろくでもない話だって事だけは分かるけどね!)

そこだけわかっていれば、マリエラとしては問題ない。いつもの事という奴だ。表情だけはわかってるカオでマリエラも「あいわかった」とばかりに頷いた。

こうして渦中のマリエラが話の内容を理解しないまま、ポーションの大量生産計画が決定されたのだった。