軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

晩餐

「マリエラ、明日の討伐終わったらメシ行こうぜ! いい店見つけたんだ」

夕食に行こうと誘うリンクスにゴチソウだ! と喜ぶマリエラ。

ワイバーンの討伐で、行き倒れた冒険者のフリをして相当数のワイバーンを狩った三人だったが、まだAランクには至っていない。ワイバーン討伐の後も、三人は迷宮に潜って依頼をこなしている。

ワイバーン討伐が終了したあと黒鉄輸送隊は通常業務に戻って再び帝都へと出発した。今回迷宮都市に残っているのはマルロー、エドガン、リンクスの三人。副隊長のマルローは魔物除けポーションが市場に流通した後の方針を模索していて、そのためにも伸び代のあるエドガン、リンクスの戦力強化は望ましいことだった。

「あれ? ジークとエドガンさんは?」

「二人は別件だってさ。二人でいこーぜ」

てっきり皆で行くと思っていたマリエラは、翌日の討伐終了後、『木漏れ日』にたった一人で迎えに来たリンクスに首をかしげる。

ジークが迷宮都市にいるのに別々にご飯を食べるなんて初めてかもしれない。マリエラだってジーク達が討伐に出かけている間、キャロラインやエルメラさん、他の皆と昼ごはんやお茶を楽しんでいるのだし、ジークにも付き合いというものがあるのだろう。そうわかっていても、マリエラはなんだか不思議な感じがしてしまう。

「リンクスと二人で出かけるのって、私がこの街に来た日以来だね」

「おー、そうだな。あれから半年も経ったんだな」

思い出話が出来るほどにリンクスとマリエラの仲も深まった。

「ついたぜ、帝都で働いた事のある料理人がやってる店だってさ」

いつも外で食事をするときは『ヤグーの跳ね橋亭』に行くのに、リンクスが連れてきてくれた店は随分と洒落たお店だった。服装の制限がある上流階級が行くような店ではないけれど、酒に酔って大声を上げるような下品な客は一人もいない。お客さんは男女の二人組が多くて、女性は少し着飾っている。

料理も綺麗に盛り付けられたものが少しずつ載った皿が、順番に出てくるスタイルだ。どの料理もはじめて食べるものばかりで、とても美味しかったのだけれど、いつも二人分以上平らげるリンクスには物足りないんじゃないかな、とマリエラは思った。

「ごちそうさま! すっごい美味しかったよ」

お金を払おうとするマリエラに、「もう払ってあるから」とリンクスが答える。

店を出た後も、あれが美味しかった、これが美味しかったと話すマリエラを見ながら、リンクスは「しくじったかな」と内心思っていた。

若い女性に人気だと聞いて予約をした店だったが、静かに話しながら料理を少しずつ食べるスタイルはどうにも自分には似合わない。マリエラも初めてのかしこまった空間に恐縮しているのか、いつもより口数が少ないし、声も小さかった。何より料理の量が少なくて、ちっとも食べた気がしない。

折角エドガンに頼み込んで、ジークを引き離してもらったと言うのに、距離が縮まるどころかマリエラに居心地の悪い思いをさせてしまったかもしれない。

「ねぇ、リンクス」

考え事をするリンクスにマリエラが声を掛ける。

「あのさ、『ヤグーの跳ね橋亭』に行ってみない? 私ちょっと食べ足りないんだ。今度は私が出すからさ」

(ははっ、コイツ)

マリエラが満腹な事ぐらいお見通しだ。食べ足りないリンクスを気遣って提案してくれたのだろう。あの店を居心地悪く感じていた事も気付いていたのかもしれない。

「まーた、まん丸くなるぞー、マルエラー」

「もう丸くないし! マリエラだし!」

ぷぅと膨れながらも笑うマリエラ。その胸元にはリンクスが贈ったペンダントが揺れている。

日はすっかり暮れて肌寒くはあるけれど、刺すような冬の寒さは感じられない。通りにはまばらではあるが人影が見られて、時々歌を歌いながら酔っ払いが歩いていたりする。

「ああいうのって、春だなぁっていうの?」

「頭んなかは、春なんだろうなぁ」

くすくすと小声でそんな話をしながら『ヤグーの跳ね橋亭』に向かい、いつものように料理を頼む。討伐の話や『木漏れ日』の常連客の話。二人の会話は他愛の無いものだったけれど、途切れることなく盛り上がる。

(こういうトコが良いんだよな……)

さりげなく相手を気遣うところ、洒落た店に気後れするところ、さして高価でもない贈り物を大切にしてくれるところ、くだらない、けれど盛り上がる会話。

どれもこれも『普通』の事で、それがリンクスにとってはとても居心地の良い、素敵なものに思えた。

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「俺が言うのもなんだけどさ、二人で行かせちゃってよかったん? ジーク」

マリエラとリンクスが二人で食事を楽しんでいたころ、ジークとエドガンはエドガンの行きつけの酒場で飲んでいた。

「俺は毎日マリエラと二人の時間があるしな」

グラスの酒を眺めながらそう応えるジーク。

「余裕ってやつ? リンクスごときには負けねぇぜって? お前らそんなに進んでんの?」

他人の恋バナに耳をひくつかせるエドガン。本当に耳がぴくぴくと動いている。

「そんなんじゃないさ」

そう。マリエラと自分はそんな関係ではないとジークはグラスを見つめる。親子か兄弟か。マリエラが求めているのはそういう関係で、だからジークムントは保護者としてマリエラに接している。

「まー、リンクスのほうが歳は近いしなー。趣味とか価値観? まーほぼ食いモンだろうけど合ってる感じするし?」

チラッチラ、チラッチラ、ジークを見ながらエドガンが言う。

「マリエラちゃん、いい子だしな。オリジナルじゃなけりゃメシも旨いし。ああいう、ちょっとドン臭そうで普通っぽい、スレて無い子ってリンクスの好みなんだよな」

「うっ……」

ジークは地味にダメージを受けていたようだ。ぐびぐびと酒をあおって、まだ二十台半ばだと言うのにおっさん臭く項垂れる。

「俺はリンクスがうらやましい……」

「泣き言キター!」

いつも、あっちこっちの女の子に振られてはジークに慰めてもらっているのに、項垂れるジークを見てエドガンが嬉しそうだ。

「やっぱ歳の差か? そうだよなー、やっぱ歳の差ってでかいよなー。他は合わせられても歳の差だけはな! 俺がジェニファーちゃんにごめんなさいって言われたのも、きっとそのせいだと思うんだ!」

そして、自分の話をしだすエドガン。ジークをかわいそうに思ったのか、酒場のマスターが高い酒を注いで「エドガンからだ」と言ってジークに渡す。

「えー、いつの間に俺の奢りー? マスターそりゃないってー」

「うるせぇ。お前ぇもジェニファーちゃんとやらとの別れの記念に飲みゃいいだろう。自腹で」

「そうするー。おー、これいい酒じゃん。良くこんなの 迷宮都市(ココ) で手に入ったな」

「 黒鉄輸送隊(オマエら) が運んできたんじゃねぇか……」

ちなみにこの店に女性の従業員はいない。マスター一人で回せる程度の席数しかない酒場で、良い酒を飲ませる迷宮都市の隠れた名店でもある。エドガンがこんな店の常連であるとは驚きである。今日はいつもより空いていて、客は隅のテーブルでフードを被ったまま一人静かに酒を飲む男がいるくらいだ。

「んで、んで? ジークはどうすんの? Aランクなって自由になったら。それとも自由になるのやめて、奴隷のまんまでマリエラちゃんの傍にいとくって手もあるよな?」

エドガンが意地の悪い質問を続ける。うつむいて酒を飲むジークには見えないが、エドガンの目は酒に酔った男のものではない。黒鉄輸送隊の一員として、警護対象の護衛を見極めようとしているのかもしれない。まぁ、下種な好奇心もあるに違いないのだが。

「どうもしない。Aランクになって、自由になってもマリエラの護衛を続ける」

「えー? それってリンクスがマリエラちゃんとうまくいってもってこと?」

「そうだ」

「なんでー? 折角自由になれるのに? しかもAランクだぜ? 富も名誉も女も全部手に入るじゃん。そんな茨の道みたいなマネ必要ねーじゃん。人生短いんだしさー、楽しもうぜ」

うつむいて酒を飲んでいたジークは顔を上げてエドガンをみる。

「それが、命を救われるということだろう?」

エドガンを見るジークの蒼い瞳は何処までも深く、真っ直ぐだ。

その言葉に、どれだけの想いが篭められているのだろうか。

リンクスが羨ましいとジークは思う。

マリエラと年が近い事も、自分よりも強い事も。

マリエラとリンクスが並ぶ姿はとても自然で、似合いで、自分よりも釣り合いが取れているとも思う。

マリエラが望むように、マリエラに合うように、ジークはずっと努力をしてきた。けれどリンクスは出会ったときからマリエラと自然に意気投合していて、楽しげに会話をしていた。

そんなところも、どうしようもなく羨ましい。

例え奴隷から解放されたとしても、得られるものではないのだから。

けれど、それが何だというのか。

死に掛けた自分にマリエラがどれ程のものを与えてくれたのか、ジークは何一つ忘れてはいない。

治らないはずの傷を癒し、人としての尊厳を与えてくれただけではない。

剣や防具、衣食住の安定といった物質的なものだけでもない。

精霊眼を持たない身でワイバーンを倒したときに気付いたのだ。

高慢で愚かで矮小だったジークムントという人間が丸ごと救われていた事に。

これからの人生も含めた自分の命そのものを、マリエラは救ってくれたのだ。

だから、奴隷であるか自由であるかは関係が無い。リンクスを羨ましいと嫉妬する気持ちも、マリエラが欲しいと渇望する思いも、全て抱えたままマリエラに仕えていこうとジークムントは思っている。

そんな胸のうちを、ジークは言葉にはしていないけれど、エドガンの顔から軽薄な笑いは消え失せて、ジークの思いの丈を測るかのように一つしかない蒼い瞳を覗き込んでいた。

「虚を突かれた思いがした」

エドガンは小さい声で漸くそれだけ応えた。

「まぁ、それほど悲観しているわけじゃないんだ」

似合わないシリアスをかもし出すエドガンを、失意のはずのジークが励ます。

(なんでエドガンが励まされてんだよ。逆じゃねぇのか。)

という酒場のマスターの心の声は誰にも聞こえない。

「マリエラはかなり手強いからな。ちょっとやそっとじゃ気付きもしないだろうし。若いリンクスが何処まで我慢できるかな」

「おぉ? 何? ジーク強気じゃん! またなんか面白エピソードあったん?」

「何もないけどな。何もなさ過ぎて、最近、俺が風呂に入れてもマリエラは『楽ちん~』とか言いそうだと思い始めている」

「それって、介護的な意味じゃね?」

「介護的な意味だな!」

夜の大人の社交場を、沈黙が支配する。

ジークもエドガンも黙って酒を酌み交わしている。辛さを酒で流し込むのも大人の嗜みであろう。

もうその辺にしておけといつもなら止めるであろう酒場のマスターも、「今夜は夜が明けるまで営業するさ」と取って置きの酒を棚に並べる。もちろんエドガンの奢りだが。

店の隅のテーブルで一人酒を飲んでいた男が静かに席を立つ。若者たちの邪魔をすまいという心遣いなのだろう。席を立った男が店を出ると、雲間から半月が顔を出していた。

満ちては欠け、欠けては満ちる月は揺れ動く若者たちの心のようだ。

あの月はこれから満ちるのだろうか、それとも欠けていくのだろうか。

(若者たちの未来のために、月よ、満ちてくれ……!)

吹き抜ける春の風が男のフードを取り払い、満月のように光る頭が顔を出す。

「ずびし!」

誰も見てはいないのにサムズアップをぶちかまし、男は次の店へと消えていった。