軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話:さぁ、簒奪を始めよう

暴食を司る魔王、ゼブル・グラコス――悪食のゼブルは最凶の魔王だ。

魔界で最大勢力を誇る大魔王であるカノン・イーラロードの配下の魔王の中でも十指に入るだろう。単純な戦闘能力に直結しているわけではないが、大魔王軍配下の魔王に与えられる序列も、五位だった。

目の前に整列する軍団の前で大仰に問う。

「それがどういう意味だかわかるか? 諸君」

「…………」

常識だが、悪魔の見た目は決して人型だけじゃねえ。

力が強ければ強い程に人型を取る傾向が高いが、その姿形は全て個々人の本質を示してる。

多種多様な容貌をした異形の悪魔が大勢を成して規則正しく並んだ様は、魔王の軍団の中ではあまり見られない秩序に満ちていた。

全てはこの地を支配している旦那のスキルによるものである。魔王のスキルによりその力が満ちた地は友軍に力を与える。

魔王の共通するクラススキルであり、最も有名なスキルでもある『 混沌なる王領(アビス・ゾーン) 』

それこそが、悪魔の戦いの有利不利の最大の要素が、軍団の大小ではなく、地の利でもなく、所属する魔王同士の格の差となる理由。

レイジィの旦那は前線には出ていないが、既に魔王同士の目に見えぬ争いは既に始まっている。

悪食のゼブラのゾーンは目に見えないだけで、怠惰のレイジィのゾーンを侵食し、自軍に有利な力場を生み出そうとしているはずだ。

きっきっき、せいぜい頑張ってくれよ。

まぁ、多少は俺もやるけどよお。

「それはつまりだな……俺たちに魔王を……しかも、上級クラスの魔王を討滅する栄誉が与えられたってことだ。きっきっき、旦那もなかなか隅に置けないねえ。俺たちにでかいチャンスを与えてくれなんて……」

願わくばもう少し手加減して欲しいもんだが、それは無理ってもんだ。

多分旦那はゼブルが攻めてくることすら覚えてねえに違いねえ。

だがそんなことは現場で直接戦闘を行う俺たちには無関係だ。

強欲を満たすにはリスクを踏むことを恐れちゃいけねえぜ。そんなんじゃ田舎の一悪魔で人生終わっちまう。

腰にさした一振りの剣を抜く。

魔剣セレステ

剣士ならば……いや、悪魔ならば誰もが知る伝説の剣を。

燃える剣身に視線が集中する。

太陽の如く真紅に輝く魔力が担い手である俺の手によってまるで光柱のように魔界の赤い空を突き破る。その力は俺自身が内包するそれを遥かに超えた力だ。

きっきっき、これさえあれば百人力だぜ。

おまけにセレステにはさすがに劣るが、これよりもちょいと下ぐらいのランクの魔剣を俺は数振り持ってる。

「行くぜてめえら。金も名誉も力も女も思いのままだ。欲望を解放し、我らが魔王、レイジィ・スロータードールズに、そして大魔王、カノン・イーラロードに己が力を証明せよ。暴食の魔王に破滅の間際、思い知らせるのだ。己が一体何に――喧嘩を売ったのか」

異形の集団が雷鳴のように喝采した。

こいつらも馬鹿じゃねえ。強力な魔王には強力な配下が集まる。大魔王の下賜とか、そういう話ではなく、それは運命を引き寄せる力だ。

闘争心を満たす凶悪な気配に悪魔の本能が追随する。

炎上する炎の空に浮かぶ虚無的な 青い月(ブルームーン)

領域は未だ旦那のものだ。遠く荒地に疾走する黒い暴食の軍勢の影が見える。

ミディアがゆらりと立ち上がった。

まるで霧のようにその輪郭は確かじゃなく、その威圧だけがその存在がそこにいることを示している。

俺とこいつは軍の性質上共闘することが滅多にねえ。だが、そのわずかたった一つの動作だけでこいつの悪魔としての能力の格がわかる。

色欲のスキルは俺にとって未知の世界も同然だ。もちろん相手にしたことがないわけじゃないが、将軍級ともなるとそう簡単に出会えるレベルの悪魔じゃねえ。

高い精神汚染耐性を持つ悪魔の五感を謀る高位の幻術。

好色そうな目でミディアを見ていた部下共の視線が変わる。

きっきっき、こいつはおっかねえ女なんだぜ? なんたって、この軍団で唯一女にして司令官を勤めてるんだからなあ。なめてると魂を抜かれちまう。

「私が先に行く。異論は?」

「きっきっき、好きにするといい、 色欲(ルクセリア) 。嬢ちゃんは今日はゲストだからなあ」

ファーストアタックなどいくらでもくれてやる。俺が欲するのは結果のみだ。

まずは悪食の力を見極めさせてもらうとしよう。それはルクセリアの得意分野だろう?

ミディアの姿が再び大きくぶれる。それは、目のかすみにも似ているが、戻る事はない。二体に増えた嬢ちゃんがそっくりの口調で偉そうにいった。

「 強欲(アワリティア) 、感謝する」

「……そんなのいらないねえ。せいぜい一撃で殺されないように注意することだ」

「ふっ……」

色欲(ルクセリア) が俺の言葉を鼻で笑う。

同時に、刹那の間もなく、その姿が二人から一瞬で数えきれないくらい無数に増えた。

これが……色欲のスキルツリー。誘惑と夢幻を存在証明とする悪魔の所業。

予想外だ。この俺の目を欺く幻を……一瞬でこれだけの数展開するだと?

おいおい、化け物じゃねえか。精神汚染抵抗のスキルで全然、 抵抗(レジスト) できてねえ。

内心で驚きつつ、それを表情に出さないように全力で飲み込む。

こいつに比べれば俺が今まで見てきた色欲の悪魔の技など児戯に等しい。

スキルには階位がある。直前のスキルまで取らないと次のスキルがわからないので把握できてねえが、一体どの程度、色欲を満たせばこれだけの幻惑のスキルが手に入るんだ?

ミディアが唇を妖艶な仕草でペロリと舐める。紅が塗られたかのように唇が血の色で染まる。その動作は、その司る属性を信じさせる程度にはそれらしい。

「じゃあお先に」

純白のローブが翻る。

それぞれ全てが異なる動作で外套を揺らすと、全てのミディアが疾走した。

荒野を僅かな音もなく、その仕草にもかかわらず目立たずに。それでいて凄まじい速度で。

陽炎のように揺らめくその存在感は淡く、油断すれば見失ってしまう程、五感にも魔力探知にも引っかからない。

馬鹿な馬鹿な馬鹿な。まずいぞ。こいつの能力……その名に違わねえ。

前評判通りだと? 冗談じゃねえ。それ以上だ。俺のスキルで抵抗できねえってことは、暴食の 軍団(レギオン) のメンバーもそうそう見破れるとは思えねえ。

このままじゃ……騙し殺されかねない。

俺なんざ出るまでもねえ。

ルクセリアのスキルは上位になると随一でおぞましいと聞いてたが、まさかこんな所でお目にかかるとはねえ。世の中わからねえもんだ。味方でよかったぜ。

まぁ、味方でも厄介だがねえ。これじゃあ俺の手柄にならねえじゃねえか

「おい、てめえら。遊んでる場合じゃないぜえ? ミディアに続いて全軍突撃だっ! このままじゃ嬢ちゃんに全ての手柄を取られっちまうぜ?」

俺の言葉にようやく気づいたのか、配下の悪魔が後に続いて疾走する。だがその視線は無数のミディアに注がれている。

やれやれ、全員が全員騙されちまってる。敵に色欲がいたら厄介だぜえ。耐性の装備を揃えさせるべきか?

いや、そもそも魔具程度でこの幻想に抵抗できるのか?

砂埃を上げて丘を下る悪魔の軍勢の中、唯一残った側近に聞く。

嫉妬(インヴィディア) の悪魔。リベル・アイジェンス。小柄で力こそないものの、その知識の深さは比類ない学者然とした悪魔だ。同時に俺がこの軍に来るときに共に来た盟友でもある。

悪魔の戦争において相手のスキルの正体を見破る事は重要な要素だ。それによって戦術が変わっちまうからなあ。

博識の悪魔に聞く。敵ではなく、味方の情報を。

「おい、あのスキル、見覚えはあるかい?」

リベルは紫の瞳でじろじろと無遠慮にミディアを追っかけていたがすぐに答えた。きっきっき、ガキのような形をしているが、この男は曾ての天界の連中との闘争で勲章を頂いた程の知識人でもある。

俺の友人の中では最も悪魔の知識に深い男だ。

「見覚えはないが聞いたことがある……色欲の最上位スキル……SS級スキルである『分装幻舞』のスキル、実体を持つ幻を生み出すスキルだ……」

ぎりぎりと凄まじい悪鬼羅刹の表情で下唇を噛みしめ、リベルが地獄の底から響き渡るような声を上げた。

だがそんな表情などどうでもいい。その言葉は俺の想定の外だった。

「……は? おいおい、冗談じゃねえ。 SS級スキル? そんなの将軍級の器を超えてるだろ?」

「……信じられん。いや……だが、間違いない。君よりも遥かにレベルの高い精神耐性を持つこの私の目で見通せないなど……」

その言葉に嘘はない。嫉妬のスキルの性質上、リベルの耐性スキルは俺を遥かに超えてる。

おいおい、マジかよ。

SS級の色欲ツリーのスキル? 間違いなく魔王の領域だ。

同じ将軍級の俺ですら、強欲のスキルは上位クラス……S級までしか得ていない。

あの淡白そうな嬢ちゃんがそれを達した? どうやって?

いや、内心に秘めているのか? 外に出さずに? むっつりスケベ? いやいや、そんな馬鹿な話あってたまるか。悪魔の渇望はそんな生半可なものじゃねえ。どんな絡繰だ?

いや、そもそもどうしてそこまで達成できて――まだ色欲の魔王になっていない?

違うな。今考えるべき所はそこじゃねえ。

魔王(デーモン・ロード) のスキルは 悪魔(デーモン) のスキルを大きく超えている。何個スキルを使えるのか知らねえが、ルクセリアのスキルをSS級まで自在に操れるとなると、いくら上位の魔王と言っても苦戦は免れねえだろう。なにせ相手は前情報がねえはずだからなあ。何しろ、上位の色欲の悪魔は数がとにかく少ない。

やべえ、このままじゃ暴食の魔王を食われちまうかもしれないぜ?

異空間から剣を取り出し、左手に握る。セレステを抜き、荒野の先――接敵するお嬢ちゃんを遠目に睨む。

純白の外套。目立つ姿であるにもかかわらず、その視線はお嬢ちゃんを捉えていない。

「チッ、仕方ねえ。俺も出る。リベル、お前は、嬢ちゃんのスキルを『嫉妬』しろ」

「……だが、私の枠は既に埋まってる」

やれやれ、わかってねえ男だ。ルクセリアの最上級スキルを嫉妬出来る機会なんてそうそうないんだぜ?

『 嫉妬(インヴィディア) 』のクラススキルはピーキーだ。あまり欲を持ちすぎると使い所を見失って何もできない凡百の悪魔になっちまう。

「リベル、俺の『簒奪』を捨てろ」

「……なるほどな。便利だったんだが」

リベルはすぐに納得がいったように頷く。そういう物分かりがいいところ、俺は好きだぜえ?

だから俺はリベルと盟友なんだからよお。

「きっきっき、なーに。お前のツリーが拡張されればすぐに枠が空く。色欲の上位スキルさえ使えるようになれば簡単にあげられるだろうよ。幸いなことに条件ももう殆ど満たしてる。だろ?」

「ああ、そうするか」

嫉妬のスキルは他者のスキルを回数制限付き且つ厳しい取得制限があるが、完全に模倣する。

便利なスキルだ。なんたって、条件さえ満たせば魔王クラスのスキルでさえ使用が可能になる。

これはチャンスだぜえ。魔王様にはそう簡単に近づけねえ。取得制限を満たせねえからなあ。

今ミディアが披露したスキルは強力だ。汎用性もある。それさえ使えるようになれば、俺は更に強くなれる。

さらに魔王に近づける。簒奪のデジと探求のリベルが組めば最強だ。

きっきっき、どうやら俺の運もいよいよ向いてきたってこった。

さぁ、簒奪を始めよう。

「嬢ちゃん、悪いな。そのスキル、俺がいただくぜ」

力も名誉も宝物も何もかもは俺のものだ。