軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話:彼らは最低だ

優越(オーバー・ルール)

それは 傲慢(スペルヴィア) の悪魔が持つ最も有名な力だ。

下らないスキルだと思う。そんなもの、本来ならば必要ないはずだ。

――本当の傲慢ならば

スキルとして顕すまでもなく、私は全てを『優越』しているのだから。

……お姉ちゃん以外は

そんな私の眼の前でミディアさんがゆっくりと倒れた。魔王達の魔力が渦巻く中、この中では非常に小さいその力がまるで儚い蝋燭の火であったかのようにあっさりと掻き消える。

さすがにその途中退出は想定の範囲外で、思わず目を大きく見開いてミディアさんの矮躯を見た。

身体の中心に大きな穴が空いている。それは明らかに、ミディアさんの身体を『貫通』している。

まるで向こう側が見えそうな程大きな穴だった。

久しぶりに会ったミディアさんは大きく堕落していた。もう彼女は何のために生きているんだろう。私にはとてもじゃないけどできない生き方だ。ある意味尊敬できる。

そういう意味では、私はミディアさんがそれほど嫌いなわけではない。

例え、ぎりぎりで逃げられその結果私がハードさんに殺されそうになったとしても――まぁ……ミディアさんは……哀れな悪魔だ。その存在の事を思うだけで私の力が少し強くなった気さえする程の。その存在は私が今まで悪魔の中でも一、二位を争う程卑小で、背は私よりも少し高いのに胸は私よりも遥かに貧相だった。お姉ちゃんなどとは比べるべくもない。

それだけで全てを許せてしまう。

そして全て許せるというのは同時に、どうでもいいといいということであり、私にとってはミディアさんは正真正銘、取るに足らない存在だった。

だけど、それでも、知り合いの悪魔が討滅される寸前の光景は、多少くるものがある。

私は誰にも聞こえないくらいの小声でただ呆然と呟いた。

「ミディアさん……無様」

もはや乾いた笑いさえ出ない。でも同時に、円卓会議が始まる前に退場するその在り方はミディアさんにある意味ぴったりだった。死を持って役割を成すとは、大したプロ意識だ。

……わざとやっているなら、だけど。

ここは死地だ。悪魔が集まる所に死は引き寄せられる。それが魔王ともなれば、敵だとか味方だとか関係ない。

彼らは、呼吸をするように他者を害する。だからこそ私だって、 魔王様(ハードさん) の後ろに隠れているというのに……

全然わかっていない。仮にも将軍級のはずなのに、その隙だらけな様子は、『力の総量的』には格下のはずの私が、鼻で笑うレベルでダメダメだった。

ハードさんの後ろで愕然とそれをただ見つめる私の耳に、舌打ちが聞こえた。

「チッ……」

傲慢独尊のハード・ローダー。

唯一の怠惰の魔王に仕え続けた第一位の王様が、テーブルの上で仰向けに倒れたままの魔王を睥睨していた。

完全に吹き飛ばした頭を一瞬で治癒した魔王を前にしても、その傲慢は僅かな限りも見せない。そのゴミでも見るかのような眼は、私とは異なるけど、同じ 傲慢(スペルヴィア) だということを如実に感じさせる。

きっとそれは、強大なるレイジィ様に対するコンプレックスが入り交じっているのだろう。

そして私はそれを見る度にこう思うのだ。

そんな生き方で――疲れないんですか? と。

その視線だけで討滅されてしまいかねない強い殺気を孕んだ風が会議室内を舐める。

「シトウ、僕は『よせ』と言ったはずだ」

「? 何を?」

テーブルの上で仰向けになったまま、女悪魔が答えた。

ハードさんがレイジィ様から引き継いだ軍は魔王の中でも随一の規模を誇る。

それだけ人数がいれば情報もそれなりに集まるわけで、私には『シトウ』の名に聞き覚えが合った。

シトウ・ツカサ。

強欲を司る魔王にして、『蒐集』の二つ名を持つ新参の魔王だ。序列は今のレイジィ様の一個上で、支配する領域も大魔王軍ではレイジィ様を除いて最も狭い。

しかし、それでいて、初めて出席したはずの円卓会議で先輩である傲慢の王に喧嘩をふっかける様はさすが、魔王と言えるだろう。

会うのはもちろん初めてだけど、大魔王たるカノンさんを凌駕するほどの研ぎ澄まされた魔力を持つハードさんを前にして微塵も揺るがない胆力は例えただの無知による無謀だったとしても、賞賛に値する。

でも、ただそれだけだ。きっと彼女は噛ませ犬に違いない。

だってシトウさんは――容姿はまぁまぁ悪くはないけど、胸が小さい。

シトウさんがゆっくりと起き上がる。

その表情は、まるで本当に戸惑っているかのようで、黒曜石のような艶のある黒の虹彩がハードさんを見ていた。

自らの頭を潰した者への怒りも何もなく、まるで迷子の子供のような顔だ。純粋であるが故に悍ましい。

そんなわけでもないだろうに、本当に何故攻撃を受けたのかわからないかのような表情をしている。

でも、ただそれだけだ。きっと噛ませ犬に違いない。

だってシトウさんは――容姿は悪くはないけど、胸が小さい。

ミディアさんと同じくらいだという事は、彼女の価値はせいぜいがミディア・ルクセリアハート程度だ。間違いない。私にとっては取るに足らない存在だ。

考えるまでもなく、出会った瞬間、あるべき姿として、私はシトウさんを『優越』している。

ハードさんが眉を顰める。不機嫌な証拠だ。

何だかんだいって、ハード・ローダーという魔王は力は強力ではあっても、その精神は盤石ではない。ハードさんは戦闘狂だ。多分、レイジィ様が寝ている間、ずっと戦い続けてきたのだろう。数万年を越えるであろうその研鑽は確かにその性格に影響を与えている。

だが、力は本当にめちゃくちゃだ。魔王ともなれば皆が皆、馬鹿げた力を誇っているがその中でもハードさんの力は群を抜いている。

ハードさんは典型的な脳筋だった。

私は、謂れ無き理由で修行という名目で強引に拉致されてからずっとこれを見てきた。

ハードさんの辞書に我慢の文字はない。如何なる理由か、最近ずっと不機嫌なハードさんの沸点は異常に低く、仮にも怠惰の魔王を一度は打倒しかけたその力量は、防御に秀でていない並の魔王に取っては致死のそれ。

レイジィ様にぼこぼこにやられたにも関わらず、どういう理由かその優越は微塵も揺らいでいない。

そんなハード・ローダーにとって、曾ての部下とは言え、嫉妬の悪魔であるミディアさんなんてゴミみたいなものだろう。

だけど、そんなのは、 傲慢(スペルヴィア) の王にとっては、自身の指示を聞かなかった魔王を討滅しない理由にはならない。

傲慢の言葉は王の言葉、神の言葉だ。

如何なる悪魔をも跪かせなくては気が済まないその性は、私にしてみれば些事を気にしている度量の狭い男にしか見えないけど、共感はできなくても理解はできる。

そして、私の想像を裏付けるように何の前触れもなくハードさんの微かに身体がぶれた。

ほぼ同時に、視界の片隅におさまっていたミディアさんの死体が幻のようにかき消える。

一拍置いて、シトウさんの胴が、四肢が破裂し、真っ赤な霧となって四散する。唯一、彼女の眼と同じ色の黒曜石のような魂核が円卓の上に乾いた音を立てて虚しく転がった。

攻撃手法は己の拳のみ。ただし、全く意味の分からない攻撃力と速度は傲慢と呼ぶにはあまりにも野蛮な力だ。私じゃ視線ですら追えない。

そして、私でなくても追えなかったのだろう。シトウさんに両腕を取られた魔王が僅かに息を飲んだのがわかった。

彼も同じく傲慢の魔王だったはず……もう今の拳を見た以上、彼がハードさんを越える可能性は零に等しくなった。

無様な事だ。心が負ければ傲慢は成せない。彼にはもう緩やかな破滅しかないだろう。

ミディアさんの真ん前に座っていた枯れ枝のような翁の王が、そんな凄惨な光景を気にすることもなく、浴びたシトウさんの残骸を気にする事もなく、呆れたように呟いた。

「……分装幻舞……あの娘…… 色欲(ルクセリア) の悪魔か。生ける幻影……どうりであっけないと思ったわい」

「……ミディアめ……魔王の代替だというのに、幻をよこすとは……」

ハードさんの眉がはっきりと引きつっていた。怒気がまるで目に見えるかのようだ。怖い……

円卓会議とは魔王の力を示す場でもある。ただでさえ、傲慢は誇りを乱されることを酷く嫌う。

ましてや、ミディアさんはあくまで代わり。

元とはいえ、ハードさんの主だった……いや、それ以上に、自分の主であるレイジィ様の代わりとして出席しているというのに、よりにもよって幻を寄越すというのは、虚仮にしているにも程がある。

私はミディアさんのその無駄な度胸に密かに感心した。

ミディアさんは本当に無様を魅せつける事に関しては他の追随を許さない。レイジィ様に無視され、ハードさんにぼこぼこにされ、それでも生き延びる生き汚さを見ただけでわかるけど、彼女にはきっと悲劇の才能がある。

「くすくすくす……」

そして、それに踊らされる王たちのなんと哀れな事か。

自然と笑いがこみ上げてくる。確かに魔王級はその名の如く、力は強い。戦闘能力だけなら私が束になっても敵わないだろう。

だが、それだけではどうしようもない程に彼らは最低だ。

席に座っている魔王の一人がこちらに視線を向けてくる。

ただそれだけで感じる魂を震わせるような重圧に、私はハードさんの陰に隠れた。

本能で感じる、優越のスキルでどうにかなる範囲を超えている彼我の力量差は、しかし、恐らく時間さえかければ容易に埋まりうるものだ。

私には唯一つ、時間だけが足りていない。この魂が渇望を糧に成長するための時間だけが。

ハードさんが僅かにこちらを窺う仕草をするが、すぐに視線を正す。

くすくす。そうそう。私はか弱い女の子です。殴ったら死んじゃいますよ……

カノンさんもさすがにこの状況は予想外だったのか、消えたミディアさんの方を見て僅かに眉を潜めるが、すぐに大きくため息をついた。

「……まぁ、仕方ない。怠惰の王にはリーゼ、監察官の貴様から伝えるがいい」

「……はっ」

大魔王の言葉を受け、レイジィ様の監察官であるリーゼさんが畏まる。そこに張り詰めた雰囲気はなく、惚れ惚れするほど堂々とした態度で空席となった椅子の後ろに立った。

そこが妥協点。どちらにせよ、序列が下がり影寝殿という魔界で恐らく最も安全な地に引きこもるレイジィ様にとって、大抵の事は無関係である。

続いて、カノンさんの血のような赤の双眸がテーブルを射抜くように睥睨する。

魂核が剥き出しになるレベルで身体を砕かれたはずの蒐集の魔王に。

私はハードさんの後ろで息を飲んだが、ハードさんの態度もカノンさんの態度も乱れていない。

まるで至極当然のものでも見るかのように、いつの間にか完全にその体を復元している魔王を見ていた。

「シトウ・ツカサ……次に友軍に手を出したら破滅の名にかけて貴様を処分する。分をわきまえるがよい」

「……? 何が?」

まるで何事も起こっていないような振る舞い。

シトウさんはその鋭い視線も、それだけで萎縮するような覇気にも一切頓着する様子もなく、自身の席に座った。

両腕を奪われたままの傲慢の魔王が腰を上げかけるが、ハードさんがそちらに視線を向けると、無言でそのまま大人しく座った。

カノンさんが場を仕切りなおすかのように無言の視線でもう一度周囲を見回す。

燃えるような重圧が、魔王の持つ突き詰められた渇望を、戦意を、本能を抑えるように場に広がっていく。

それは、大魔王たる資格が知恵でも地位でもカリスマでも才能でもなく、ただ力によって成立するものだと理解させるのに十分なものだ。

大魔王軍に与する配下の魔王は全部で十九柱とされていた。だが、この場には半分以下しか来ていない。

大円卓に設置された席にはひと目見ただけで歯抜けがあった。

カノンさんが今あった醜態を何もなかったかのように魔王達を労う。

それが開始の合図だ。弱い魔王なんて魔王たる価値はない。そういう意味では、幻だとは言え、開始前に殺されてしまったミディアさんは正しく、レイジィ様の代替たる資格に満たなかったのだろう。

「全員揃ったか……よくぞ参った。王たちよ」

「……ふん、これで全員、か。大分減ったもんだな」

ハードさんが嘆くように首を振る。

魔王という存在はそう易易と増減するものではない。

悪魔という種族に明確な寿命というものが存在せず、長く生きれば生きるほどに強大になる以上、魔王ともなればその生存能力は他の悪魔と比較しても圧倒的に高い。

「悪食のゼブルに食われた二柱にゼブル自身で合計三柱。残りは 件(くだん) の天使か。ふん……天使なんぞに討滅されるとは……情けない」

恫喝するようにハードさんが出席者に視線を投げかける。

まるで敗北する前に貴様らは自身の手で屠ってやる、とでも言うかのように。

ハードさんの生き方は厳しすぎる。私には真似できないし、馬鹿だと思う。

だから私を巻き込まないでくださいよ。いや、本当に。

「しかし、本当に大分減ったようじゃなあ。十番以降が来ておらんようだが……」

老人が言う。

身長はハードさんの半分しかないであろう、吹けば飛ぶような枯れ木のような痩身の悪魔だ。

だが、其の視線にはねっとりと粘りつくような闇があった。

大魔王軍の序列は決して強さだけを基準としているわけではない。

基本的には序列の高さは強さの順番と等価だが、直接の要因は大魔王軍へ打ち立てた功績だ。だから、十一番以降は十番以内の魔王と比べれば、打ち立てた功績が少ないという事になる。

それはつまり、若いという事。

其の意味する所は決して生きた年月ではなく、魔王となってからの年月がそれほど経っていないという事だ。

魔王として新米。

それでも、きっと私よりも長くは生きているのだろうけど、私よりも長く生きて天使に討滅されるなんて、なんて無駄な人生だったんだろう。

「はい。十八位」

「はーい、十一位だよ」

「ほっほっほ、悪かったのぉ。全員が全員いないわけでもなさそうじゃ……」

シトウさんが手をあげ、誰も座っていない座席からまるで緊張感のない甲高い声が上がる。

その緊張感のない様に、私は少し力が抜けた。

「ふん……たかが一匹の戦乙女に敗北するなど、魔王としての資格がない。どうせいつか野垂れ死にする運命だ。気にしなくていいだろう」

「そう言ってくれるな、ハード・ローダー。今回の敵は……相当『やる』ようだ。今回貴公らを招集したのもその件だ」

ハードさんの言葉に、疲れたようにカノンさんがため息を付く。

獅子身中の虫、と呼ぶには多すぎる敵を内に抱える大魔王。その憤怒は天を焦がし、地を焼き払う。常に極度のストレスにさらされている彼女が大魔王となっているのも当然だと言えた。やっぱり地位なんて下らない。

「ほう?」

カノンさんの言葉に、ハードさんが眼を微かに見開いた。

その目に僅かに光りが灯ったのを私が見た。

戦意の光だ。

ハードさんは傲慢であるが故か、強敵であれば有るほど率先して自分から出ていこうとする。

それは、自身の力を鍛えあげるため、とだけ呼ぶには少しばかり激しすぎる程に。

恐らくレイジィ様に敗北したためだろう。その結果、私は許されたからまだいいのだが、それでも厄介なことには変わらない。

カノンさんはもう一度無言のまま、全ての魔王の顔を見て、存在を震わせるような激情を乗せてその言葉を吐いた。

「先日、件の戦乙女――セルジュ・セレナーデに第七位が討滅された」

「第……七位……」

それは、初めての十番以内の魔王の討滅だった。

魔王が討滅されることすら滅多にないというのに、序列の高いものが死ぬ事などさらに珍しい。

その意味に、会合の場の空気が一瞬だけ高まる。

老人が眼を大きく開き、カノンさんを睨めつける。

「ほぅ……第七位……シェル・アフレイド、か。傲慢の若造が死んだか……」

「……ふん、なるほどな……確かに、どうしてなかなかやるらしい。カノン、貴様の憂慮を認めよう」

私は会ったことがないが、ハードさんは知っているらしい。

それにしても、なんでハードさんはそんなにカノンさんに対して傲慢に出れるのだろうか。私にはわからない。

喧嘩を売っても良い事何もないと思うけど……

私の後ろに立っていたハードさんの監察官も、もう慣れたように疲れたため息をつくのみだった。

大魔王である当の本人も、傲慢の扱いには慣れているのだろう。その神をも恐れぬ言い方をスルーして次の言葉を続ける。

「シェル・アフレイドは弱い魔王ではなかった。少なくとも、並の天使程度ならばいくら襲ってきても敗北しない程度には、だ」

悪魔の力は天使の住まう天界では極端に削られる。

だが、逆に言うのならば魔界の魔王は超越的に強い。

「で、それがどうしましたか? カノン様。たった一人、魔王が死んだだけじゃないですか」

詰まらなさそうな表情で、カノンさんの隣に座った風船のような男が聞いた。

膨らんだ風船のような巨体は胴体だけでハードさんの身長を上回り、一際高い位置に申し訳程度に出ている頭から、白い眼球が色のない視線でカノンさんを見下ろす。

「諸君らにも監察官を通じて伝えてある通り、此度の事態、十番内までが討滅された以上、これ以上の暴挙を放っておくわけにはいかん。我が 計画(せかいせいふく) に支障が出る」

カノンさんがもう一度周りを見直す。

平静に見えてその実内面に煮えたぎる熱が、直接視線を受けたわけでもない私にも感じられる。

……世界征服、か。

馬鹿らしいと思う。他者を、愚物を制した所で何の意味があるだろうか。

やるなら……そう、上澄みだけをすくい取るような手法がベスト。何もかもを制した後で美しい綺麗なものだけをすくい取って残りは押し付ける。

くすくす……

「んー。第七位が殺されたってことは……まさか次は私ですかー?」

席に座る……と言うよりは、席の真上をふわふわ浮遊していた少女が素っ頓狂な声を上げた。

私は密かに眉を顰めてその姿を目に焼き付けた。

見た目、とても魔王には見えない痩身の少女だ。その在り方があやふやとかそれ以前にその身体は宙を浮いている。

とても悪魔とは思えない間の抜けた声。

だけど、彼女は要注意人物だ。

だって、痩せてるのにあんなに胸が大きい……

淡青色の着物に紺色の帯は確か特殊な地方の伝統衣装だったはずだ……それはスマートなその体格によく会っていたが、胸部だけが不釣り合いに盛り上がっている。

さすが魔王……か。

「次などない。そのために全員集めた。そうだろ?」

「ああ、その通りだ。今まで、はどうせ野垂れ死にすると思って放っておいたが……七位が殺されたとなれば事態に一切の猶予はない。天使に舐められたままにしておくわけにもいかん……」

魔王を集めるなど、そうそう在ることではない。

その冷静な態度を見るととても憤怒を司っているようには見えないが、その実、大魔王の内面は煮えたぎっている。

カノンさんは苛烈だ。そして、それの使い所を知っている。

「こちらから打って出る。戦乙女の他にも…… 天界(そら) の動きがおかしいという報告は聞いている。ヴァニティ、そうだな?」

「……うむ」

ハードさんとはまた違った鋼の肉体を持つ山のような男が吠えた。

ヴァニティ・サイドスローン

ハードさんの次に強力な傲慢の悪魔。

なんで傲慢って皆筋肉ダルマなんだろう……とても不思議だ。全然美しくない

もちろん、金属の身体なんて論外です。

ろ・ん・が・い!

「襲撃は……二度。敵は天使が五体で最後のみ十。我軍の被害は――およそ百」

つまらなさそうな表情で周りの魔王がその言葉を聞いている。

百という数字は多くはないが決して少なくもない。

しかし、こちらから打って出たのではなく襲撃を受けて壊滅するというのは異例だ。

その意味を知るものは、自身の渇望を突き詰めることに全力を尽くす魔王の中にはほとんどいない。魔王は馬鹿ばっかりだ。

そして、ハードさんはハードさんで相変わらずだった。知っていて、興味がないのは知らないよりよほど質が悪い。

腕を組んだまま険しい視線でヴァニティさんを睥睨する。

「ふん、手でも抜いたのか? たった百とは言え、貴様がいながらたかが五体の天使を討滅できないとは……」

「……否……我軍は……最強」

ヴァニティさんが負けず劣らない殺意さえこもっているような強烈な視線でそれを迎え撃つ。そこに躊躇はない。

傲慢同士の意志のぶつかり合いに空気がびりびりと震える。

それを払拭するように、カノンさんが深くため息をついた。

「ここでこれ以上、面倒をかけさせるな。ハード、ヴァニティ。……ヴァニティ、敵は聖王級の天使だと聞いたがそれは真か?」

「聖王級……」

それは、天使の最上位だ。悪魔で言う魔王に代わる天使という種族の最強格。

同時に魔界ではそうそうに見られない存在でもあった。

私も話に聞いているだけで実際に見たことはない。いや、大抵の魔王は見たことがないだろう。

だが、逆に聖王級が現れて、こちら側の被害が百人足らずというのは不思議だ。

セルジュとかなんとかいう戦乙女よりよほど大物のはず……それとも、たった百人の犠牲で王を撃退できる程、ヴァニティの軍は強いのか?

私はレイジィ様に仕えるためだけのために花嫁修業をしていたのでその辺りは全然詳しくない。

ヴァニティさんが重々しく首肯する。

それだけで、魔王達が僅かにざわめいた。皆が、やっと異常事態だという事に気づいたのだ。

変わらなかったのはヴァニティさん、ハードさん、カノンさんの三人。初めから事態を知っていた三人のみ。

カノン様の隣に座っていた風船男が手をばたつかせて意見した。

醜い。醜いが……この男、第二位だ。つまり、元第一位の魔王。世も末だと思う。

「って事は……二つに分ける必要がありますね。カノン様にお考えが?」

「そうだな……」

カノンさんは既に結論を出していたのだろう。

いや、恐らくは集める前からずっと。

これはただの会合の名を変えた出撃命令。

「全員動かすつもりはない。貴公らには他領の魔王を下す役割もある。そうだな――二人。二人で十分だ」

「天使共は……我がやる」

ヴァニティさんが爛々と輝く銀の目、視線でカノンさんを貫く。

怒り……ではない。だが、その雷が落ちたかのような声には力があった。

カノンさんがその声に、にやりと笑う。

「ふっ……いいだろう、ヴァニティ。存分にその力を振るうといい」

「セルジュの方は……僕が出よう」

他の魔王が口を開く前に、ハードさんが宣言した。

どこか不機嫌そうな表情。

どうやら、両方やりたかったらしい。最近はハードさんを恐れてか、敵方の魔王が全く襲ってこなくなっている。

それでも自ら攻め込んで次々と敵を下しているのだが、皆弱く全く手応えがないらしい。

そのフラストレーションをこちらにぶつけるかのように私の修行がより無茶なものになっていて、閉口していた所だった。

無理ですって……素手で山を割るなんて……

でも、もしかしたらやっと……解放されるのか? 早くレイジィ様の元に戻りたい……

私は忙しいのだ。ハードさんのお遊びに付き合っている暇などない。

カノンさんはそんなハードさんの現況を知ってか知らずか、その言葉に一度頷くのみ。

「ああ、ハード・ローダー。貴様なら必ずや下せるだろう。奴の位置は割れている……」

「……セルジュの位置がわかるのか?」

「ああ、嫉妬の悪魔が討滅の現場を目撃している。奴はもはや籠の中の鳥だ」

「ふん……いいだろう。せいぜい僕の糧になってもらおう」

他の魔王にも意見がないようだ。

それはそうだ。彼らには動機がない。命令ならばともかく、好んでハードさんとカノンさんに逆らうような真似はないだろう。

とか何とか言っている間に、幽霊少女が早速意見していた。

「ねー、ハードさん。別に貴方が戦乙女を狙うのは問題ないですが……襲われたら、さすがに殺しますよ?」

「ふん……構わん、第六位。七位を討滅する程の力、戦ってみたいという気持ちもわかる」

私にはわからない。

「……いやいやいやいや、私はただ邪魔されるのが嫌いなだけですけどー?」

幽霊少女にもわからなかったようだ。

心外、とでもいうように腕でばってんを作っている。無駄に大きな胸が強調されていた。

あざとい……やっぱりこの女、手強い。

「天使って、いい部品持ってるの?」

「しらん」

その向かい側では、シトウさんが、こともあろうに自分が両腕を奪った魔王に下らない事を聞いて無下にされている。

厚顔無恥……やっぱり最低だった。

そして、天敵の話をしているのにこの緊張感のなさ。

まぁ……好きにするといい。どうせその無様のつけを払うことになるのは自分なのだから……

私の眼には、その油断が原因で討滅される魔王達の姿がはっきりと浮かんでいた。自業自得だ。

くすくす……

無様。何もかもがふざけている。所詮悪魔の王と言えど、この場にいる者達は凡百の悪魔の延長線上でしかない。

私は――眼中にすらない。私が己を示したいのはただ一人、レイジィ様だけだ。それがスタート地点。まず、それなくして私の生は始まらない。

ひとしきり周囲がざわめき、僅かに空白ができた瞬間に、ヴァニティがふと思いついたようにとんでもない事を言った。

「……そういえば、かの悪食が……生きていた、ぞ」

不思議とはっきりと耳に届くヴァニティの雷声。

室内に響いていた喧騒が、まるで波が引くように一瞬で収束する。

声はともかく、口調自体はまるで何でもないことでも報告するかのような口調。

だが、私は偶然に見ていた。

ヴァニティさんの席はちょうどハードさんの右後ろに立つ私からはよく見える。

だから、多分気づいたのは私だけだ。

ヴァニティさんの目が一瞬、ほんの一瞬だけ不気味な色を帯びた事に。