軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話:至高の魔王に

悪魔の命は人族と比較すると酷く長い。

寿命はほぼ悠久の如く、年月による老化など元より存在しない。

魂の形、意志の形、渇望の形こそが存在を確固たるものとし、その強固な在り方こそがこの途方もなく広き魔界に君臨する種としている最大の要因だ。

そして同時にそれは、渇望を突き詰め続けた長命な悪魔であればあるほど、力は無制限に肥大を続けるという事でもあり――それが魔王ともなれば、本来天敵である天をも犯しうる強力な力を持っている。

覚醒した瞬間に目に入ってきたのは、だらしない格好をした生気のない男だった。無造作に切り払われた髪に、埃に塗れ薄汚れた衣。その痩身を支える、ぎしぎしと軋む音を立てる色あせた安楽椅子。

生気、活力、意志がなく、ただ莫大な力だけがあった。

まだ未熟な感覚器にすら感じられる世界を満たす、ただ深く昏く、まるで空気のように自然で静かな魔力。

――堕落の王

弱肉強食、魔王同士が優を競う魔界において存在する唯一無二の不干渉にして、ただそこに在るだけで魔王の座に上り詰めた強大な悪魔。

誰にも流されず、ただ時の流れにも置いて行かれた哀れな悪魔。

『堕落』のレイジィ

意志あるものに力が与えられるとは限らない。

また、逆も真なり。

力があるからといって、それを有効活用できるとは限らず、ことそれが怠惰ともなれば、使うとすら限らない。

『 怠惰(アケディア) 』を突き進めた魔王は、ただ何も言わずに、何も考えずに僕を見ていた。

いや、その視線は僕の方を向いていたが、僕を見てはいなかったのかもしれない。ただ虚ろに揺蕩う視線に意味はなく、その眼に宿る考えは僕何かに到底理解できる種のものではなかったのだけは確かだった。

恐らく――発生は奇跡。

手に入れた力を戯れに一度だけ使ってみた、ただそれだけの理由で僕は生まれたのだろう。

尤も、それに気づいたの大分後の話……意味もなく、何を指示されることもなく生まれた僕がレイジィという悪魔が無意識で垂れ流す魔力を吸って自意識を、そして渇望さえ手に入れた後の話だ。

勝手に指示もなく動き出した僕を見ても、レイジィは何も言わなかった。

存在の意味、生まれた意味が理解できなかった。

それは魔王の意志ですらない。その目的は力の使用だけで、結果には興味すら抱かない。

ただ、主を見ていた。

その怠惰の意志を受け、

その配下の一人すら持たない魔王のあまりにも哀れな軍を見て、

食うものも食わず、どこから拾ってきたのか汚らしい椅子と湿気ったベッドを行き来する王の姿を見て、

それでも、ありとあらゆる勇者を、賢者を、悪魔を、天使を、魔王すらも歯牙に掛けない在り方を見て、

「……ふん……これが『支配者』の在り方か……」

今でもはっきりと覚えている。

それが、それこそが僕の第一声。

くだらない。つまらない。

目的もないただ長く弛れた命に、膨れ上がり肥大化した力。

その様のなんと醜く、耐え難い事か。

それこそが僕の司る渇望

それ故に得た『 傲慢(スペルヴィア) 』の原罪。

情けない創造主の姿を、そしてそれに対して敗北を積み上げる挑戦者達の姿は、滑稽に過ぎた。

そして、同時に感じた深い羨望。

時の流れに比例して増大していったのであろうその魔力は鍛錬による研ぎ澄まされた鋭ささえなくとも、他の種を――同じ魔王でさえも、ただ圧倒的に寄せ付けない。

まさにその力だけなら己の創造主に相応しく、それは同時にこれを『優越』できれば、それこそが至高の存在として人魔問わずありとあらゆる存在の上に立つことに等しいのだろう。

そう思った。

そう思わざるを得なかった。

力に貴賎など存在しない。

それは、ほとんど思考の回らない頭ですらそう感じる程の、何よりも高く何よりも尊き力だった。

だが、同時に今のままでは絶対に越えられない。

悪魔として生を受け、想像もできない程の長い年月を掛けて魔王に至った存在は、そのライフスタイルはともかく力が強すぎた。

『優越』はできる。そのだらしない仕草、性格、覇者としてあるまじき在り方は、下に置くに十分だった。

だが、勝てない。相性がいいとかそういうレベルではなく、自力の差、経験の差、存在の差で。

優越は悪魔の位で言う、『将軍』と『魔王』の差を覆す程の戦闘能力の補正を齎す、優位なスキルだが、それでも足りない。

本能で分かった。本能でわからざるをえない位の途方も無い差があった。

――今はまだ。

睥睨する僕を見ても、怠惰の王は何も言わない。ただ、黙するのみ。

「……ふん。だが、主がコレでは僕まで低く見られてしまうな」

「……そうか」

堕落の王がつまらなさそうに布団の中から言った。そこに感情の起伏はない。

その目は僕を見上げ、尚、意志の一つすら、抱いていない。

宣言する。全ては自らのために。

それは誓いでもあった。自らの存在に刻み込むための。

「僕が父上を名実ともに至高の魔王にしてやろう」

「……いらん」

「……ふん、なってもらうぞ。堕落の王。何よりもこの……僕のために」

「……そうか」

好きにするといい。

声には出さずに唇の動きだけでつぶやくと、堕落の王は布団の中に緩慢な動作で引っ込んだ。

ずっと見ていた。ろくに意識がない頃から。

わかりきっていた反応。

だが、いいだろう。

……手始めに、この一帯を平らげよ

我が主を無害と判断し、見下し、無視してきた愚かな悪魔を制圧し、この地を我が偉大なる主の墓標とするのだ。

そして、その全てを優越したその時にこそ、この魔界に魔王をさえ超えた存在が生まれ出ることになるだろう。