軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話:ふーざーけーるーなー!

もうほんっとうに勘弁して欲しい。

怠惰のスキルを披露されるたびにもう私のストレスがやばい。

わかったことは、この魔王が第三位に相応しい域までクラスを進めているということくらいだ。

そして、本来ならば私にとって喜ぶべきはずのその事実は知るたびに悪魔としての自信を失わせていくのだ。

私にはどれだけの欲を満たせば『時を戻す』スキルなんてデタラメなスキルを得られるのかがさっぱりわからなかった。正確に言えば蓄積した経験を乖離し消し去るスキルらしいが、そんなことどうだっていい。

直接攻撃的なスキルが多い憤怒と比べて怠惰のスキルは非常に自由過ぎて、効果も意味不明でもうなんていうか……凄く気持ちが悪い。

滅多に使わないから、使用された時のダメージがやばいのだ。レイジィ様は絶対に私を憤死させようとしている。周囲と共謀して。

この職場ヤバイわ。……もう胃が痛い。

なんで前任者の怠惰を司る悪魔がさじを投げた理由が今ならば凄くよく分かるのだ。同じ怠惰の悪魔が諦めたのに憤怒の私が耐えきれるわけがない。

いくら怒りをぶつけても平然としているから私のストレスは全然消えないのだった。

カノン様からの期待と、現場の環境によって私は完全に板挟みになっていた。

だが、もし放っておいていいのならば、ここほど楽な派遣先はないだろう。

なんせ監視しなくても結局こいつら絶対に反乱とかしないし、別に力を貸さなくても最終的にはなんとでもなる。

と思ってたらこの様だよ!

キリキリ痛む胃を抑えながら、椅子の上に深く腰を掛けているレイジィ様に聞き返す。

「はぁぁ? 今、なんて言いました?」

「……なんでもない」

あからさまに言うの面倒臭えなあという顔をして、レイジィ様が顔を背けた。ほぼほぼ無表情の魔王様の表情をわかるようになってしまったのもある種の成長だろう。こんな成長いらねえ……

ダメだ……こいつ、どうにもならない。

大きく深呼吸をして怒りを抑える。私の懐はここに来る前と比べたら大分広くなっているに違いない。

怒りを制御するのだ……もはや怒鳴りつけるという行為すら勿体無い。

「……勅命の内容を覚えていますか?」

「……」

眼……眼を、閉じるな。頼むから、聞いて……

大丈夫、大丈夫だ……落ち着け……怒ったら負けだ……

深呼吸をして、ゆっくりとレイジィ様に聞きやすいよう声を落として聞く。

「言いましたよね? 今回の指令は……魔王が相手だって」

「……いや?」

く……こいつ……

手の平をぎりぎりと握りしめる。握りすぎて爪が皮膚を突き破って手の平に熱い痛みが生じる。

馬鹿にしてるのか? 否。とぼけているわけでもなく、もう完全に記憶にないのだ。

私は……言ったよ! 絶対に、言った! カノン様から命令をもらってきたのは私で、苦労してレイジィ様にそれを伝えたのも私で、今回は相手が強力な魔王なので直接出撃しないと将軍級悪魔を無駄死させることになると、わざわざ忠告したのも私だ!

忠告しないと絶対に自分から出ないと思ったからだ!

脳みそを突き破ってその辺りを蹂躙しそうになる憤怒を腹式呼吸を何度も繰り返す事によってなだめる。

「ねえねえ、お姉ちゃん。リーゼさん、大人しくなったよね、最近」

「いいから、ちゃんと端を持って!」

あああああああああああああ!

レイジィ様の次に私を苛つかせる姉妹が、人事のように言った。

ヒイロの主君への無様な様を後から聞いたらしく、メイド修行という名目で最近では二人でくるようになっていた。

こっちに聞こえるようにわざと会話をする性格の悪い傲慢な妹に、一度一方的に殺されたにも関わらず全くこっちに興味を持っていない若干天然が入った姉のコンビによって、私のストレスは倍近くまで膨れ上がっている。本当に最悪だ。

傲慢の系統樹の本質は、『優越』した相手に対する絶対的な補正である。

簡単に言うと、彼らは自分より弱いと思った者に対しては絶対的に強く、自分より少しでも優っていると思った者に対しては絶対的に弱くなるという特性……スキルがあった。

故に、姉であるローナが復活した以上、ヒイロはまた二位の地位に甘んじなければならなくなったらしい。本来傲慢の特性上、一度『優越』すればそう簡単にそれは覆らないはずだが、同年齢程度まで戻されて尚はっきりわかる容姿の差異(主に胸)がヒイロを再び叩きのめされたらしく、今の所は若干レイジィ様を恐れている様子はあるものの、大人しく姉の言うことを聞いていた。

まぁ、そんなことはとりあえず今はどうでもいい。

問題は、悪戯でも仕込むようにベッドメイキングをしながらこちらをちらちら見るヒイロにあった。

こちらを嫌らしくニヤニヤ笑いながら言う。

「リーゼさん、全然怒らなくなったよね……もうレイジィ様の力を見て諦めたのかな?」

「当然の事よ。いくらなんでも魔王様に手を出すなど、今までがおかしかったんだから!」

ああああああああああああああ!

脳内に今にも爆発寸前なほどに膨れ上がった憤怒にさらなる燃料が投下される。

手の平から血が吹き出してぽたぽたと床を血が濡らした。

思わず力を入れすぎて、床にヒビが入る。

全精神力を使って自らの情動と戦う。

冷静に……冷静になるんだ。リーゼ・ブラッドクロス

こんなの所詮は子供の戯言……

王なのに何一つ自ら動かないこの男に比べたら――

笑顔だ。笑顔を作るんだ。

「ま、魔王、様? い、言いましたよね? 相手はあの……悪食の魔王だと」

「……それ誰?」

あああああああああああああああああああああああああああ

誰かこの男を何とかしてくれえええええええええええええええ!

悪食のゼブル・グラコスの名前を知らない悪魔がカノン様の配下にいるわけがない。

でも、多分この魔王様は本当に知らない。いやっほおおおおおおおおお。

だから、私、説明した。知らないと思ったから説明した! 絶対に説明した!

あああああああ、助けて下さいカノン様ああああああああああ!

ガンガン頭をベッドの柱に打ち付けて怒りを忘れようと試みる健気な私を、ローナが気味の悪いものを見るような眼で見ていた。

お前の主君のせいだあああああああああああ!

「……ご……五位の、 暴食(グラ) を司る、魔王ですよ。十五位と、十六位の魔王を、僅か3日で平らげた。凶悪な……魔王、です」

「……それって、凄いのか?」

「ぐッ……す、凄いですよッ! いいですか? 五位ってことは、カノン様の配下の魔王の中で、五番目に強いって言うことなんですよ!」

「……お前より強いのか?」

いやああああああああああああああ!

将軍級と……魔王級を比べるなあああああああ!

血の涙を流す思いで答える。くそ、なんで私はこんな思いをしなければならないんだ。

「ま、まあ……そうですね……」

「……そうか」

興味なさげな台詞に、とうとう私はキレた。

別に意味がないなら聞くんじゃねええええええ!

ああああああああああああ!

「いやー、凄いね……リーゼさん。あそこまで言われて、まだ黙っているなんて……」

「当然です。大体、今までのリーゼの魔王様への口の利き方の方がおかしかったんだから」

脳内ではもう何千何万回も殺しているけどな!

あああああああああああああああ。もうやばい……死ねる。

憤怒のあまり涙が出てきた。なんで私が……

「うくっ……だ、か、ら、魔王様が、行かないと、やばい、です! 最悪、全滅しま、す!」

大体、魔王との戦いには魔王が相対するのは悪魔同士の戦いに置いては常識だ。

ましてや今回は、相手の軍団はゼブル自らが率いているという事実が事前にわかっていた。

こんなこと、普通の魔王なら言わなくても知っているはずだ。だけど、きっとレイジィ様は知らないと思ったから言ったのだ!

私の努力を返せ!

長々と話を聞いたレイジィ様は欠伸をして眠そうな眼で言う。

「……よは」

「大魔王様に、下賜された、軍を全滅させたら、絶対に処分されますよ!? わかっているんですか!?」

もしかしたら、あの様子を見た感じなら、他の魔王ならいざしらず、レイジィ様が相手ならばカノン様もお許しになられるかもしれない。

が、そんなことはもちろん言わない。言ったら間違いなく外に出てくれないからだ。

何故本人がなにも考えていないのに、ただ監視のために派遣されてきた私がここまで考えなければいけないのか!!

「……」

こーどーもーかー!!

無言で眼をつぶるレイジィ様の腕を引っ張る。

私が、ローナから、デジとミディアが出撃したと聞き、レイジィ様を問い詰めたのが数時間前の話。

急がないと全滅する。いや、既に全滅していてもおかしくない。

というか、本来ならば一言くらい言うべきだ! 一緒に出撃して欲しいって!

全く動く様子のないレイジィ様に、私の中で諦めがよぎったその時、予期せぬ所から救世主が来た。

ヒイロが興味津々の眼でレイジィ様を引っ張る。

「レイジィ様、私も見てみたいです! 戦っている所!」

いやいや、そんな趣旨じゃないけどね?

ヒイロは私以上に魔王様に対する遠慮が抜けている。あろうことか膝の上によじ登ってレイジィ様の肩をがくがく揺らした。

妹の突然の暴挙に姉の方が慌ててヒイロを捕まえる。だが、残念ながら歩んできた年月を消し飛ばされ、体力も能力も落ちているローナには完全にヒイロを引き離すことはできない。

「こら、やめなさい! レイジィ様になんてご無礼を――」

「え? いや、だってお姉ちゃんだって、たまには魔王様の戦っている姿、見たいでしょ?」

「え それは――」

妹の率直な問いに、ローナが一瞬迷った。

何だかんだ、何もしない魔王に仕えているローナにもそういった感情はあるらしい。ちょっとホッとする。

時間まで戻して復活させた忠実なメイドの様子が変わったことに気づいたのか、レイジィ様が目を開いて一言だけ言う。

本当に一言だけ。最近やっと覚えたらしい名前を。

「ローナ」

「ヒイロ、ほら! レイジィ様はお疲れです。お手を煩わせずにさっさと私達はすべきことをしないと!」

一瞬でローナが迷いなく意見を翻した。両腕でがっしりヒイロの身体を捉え、そのままレイジィ様から引き離す。

暴れるヒイロを引っ張りながらも、恍惚とした笑みをレイジィ様に向け、頭を深く下げた。

その笑顔に興味を抱く事なく、再び眼を閉じるレイジィ様。

ローナの腕の中でヒイロが抵抗し、叫ぶ。

「だ、だってお姉ちゃん! 毎晩、レイジィ様でオナッ――!」

……は?

それを聞いた瞬間、ローナが、色欲に相応しからぬ、絶対に何かのスキルで補正がかかっていそうな素早さでヒイロの顔にアイアンクローをかけた。

無表情でヒイロを見下ろす。眼が笑っていない。あれは、まな板の上の魚を如何に調理するのか考えている時の表情だった。

普段穏やかな気質の者を怒らせたらどうなるのか、今ここに眠れる獅子が目覚めていた。

「ヒイロ……それ以上言ったら、ふふ……私、憤怒を得ちゃうかもしれないわ……」

「ひ!? は……はひ!」

ガチで妹に殺意をかける姉がそこにはいた。

ヒイロが獅子の尾を踏みつけた事に気づき、青褪めた顔でこくこくと頷く。

ちらちらとローナが顔を真っ赤にして主君の方を見るが、もう完全に寝る体勢だったレイジィ様が聞いているはずがない。そもそも、聞いていたとして、恐らく気にも留めないだろう。

でも……そうか、なるほど…… 色欲(ルクセリア) か。淫乱なお姉ちゃん……ヒイロがそんなこと言うわけだ。

レイジィ様の様子を見て、ローナがほっと胸を撫で下ろす。

私は久しぶりに心の底から嗤った。

……でも、ここにいるのは、レイジィ様だけじゃないんだなあ。これが。

ちょいちょいとローナの肩を叩く。

ローナは振り返り、私の微笑みを見て気づいたのか、顔を真っ青にした。

ローナの手の中で、ヒイロは泡を吹いて気絶している。

「リ……リーゼ?」

私は、助けを求めているローナの視線を完全に無視して、何気ない口調で世間話でもするかのように言う。

「なるほどねえ……まさか、真面目そうな顔をして貴方がそんな事を……さすがは 色欲(ルクセリア) って所なのかしら?」

「ちょ……!?」

「色欲を司っているって聞いて意外だと思ったけど、まさか、事もあろうに仕える主君を使って毎晩自――」

「待った、待った、待った、待った!」

ローナが今まで見たことのない表情で私の襟を掴み、詰め寄る。

若干、幼気になってしまったとは言え、十分完成した美貌を至近距離で見て、同姓にもかかわらず少しドキドキする。

くっくっく、色欲……色欲……ねぇ。

涙目のローナから視線を背ける。

どうしよう、凄い楽しい。

「いくら色欲の悪魔っていっても、業が深すぎでしょ? まさかストイックに見えて、内心そんな方向でルクセリアのクラスを進めるなんて……さすが、妹が淫乱呼ばわりするだけの事があるわね。それも毎日だなんて……貴方、そろそろ色欲の魔王になれるんじゃない?」

「待って、違うの! リーゼ! そうじゃないの! そう、これはヒイロの勘違い――」

ガクガクと肩を揺らされる。

そんな涙目で顔を真っ赤に火照らせて言う言葉にどんな説得力があるというのか。

そもそもそれが真実であろうと虚構であろうと私にはどっちでもいいのだ。

「大体、そんなまどろっこしい事しないで、ヒイロみたいにレイジィ様に言えばいいのに。性奉仕でもなんでもお申し付けくださいって、喜んで当たらせて頂きます、って。くっくっく、レイジィ様もさすがに驚かれると思うわ。いつも食事や掃除の世話をしてくれたローナがまさか、内心そんな事考えているって知ったら」

「…………ッ!!」

声にならない悲鳴を上げるローナに止めを刺した。

情けは無用だ。ローナのりんごのように真っ赤な頬を手の平で触れる。

「あ、言いづらいなら私の方から伝えてあげましょうか? この間殺してしまったお詫びに。ふふ、レイジィ様は幸せな魔王ね。 色欲(ルクセリア) の悪魔にそこまで想われる上に『初めて』を捧げられるなんて」

「ひっ……うっ……違、そんなんじゃ――私は……」

しどろもどろになって座り込むローナ。

ちなみに、レイジィ様はけっこう騒いでいるにもかかわらず全く身動き一つしていない。

世界の終わりみたいな顔をしているローナの肩を叩いた。このままじゃ本当に憤怒に目覚めかねない。

「ねえ、ローナ。取引しましょう?」

「取……引……?」

捨てられた子犬みたいな眼でこちらを見上げるローナに、言ってやった。

私には私のやるべきことがあり、ローナにはローナのやるべきことがあり、それを成すためには互いに助け合うことができる。くっくっく、これこそが相互扶助ってものじゃない?

「ええ……ローナ。私は……レイジィ様の『戦っている姿』を見たいのよ。もしレイジィ様がゼブルを討滅する瞬間なんて眼にしてしまったら、ここで聞いた話なんて完全に忘れてしまうと思うわ」

「ぐ……う……この悪魔ぁ」

何を今更。

最後の瞬間で希望を与えられても尚、逡巡するローナの姿。まさにそれは忠義の鏡といえるだろう。自分の主君で毎晩オナニーするような淫乱な娘だけどね。

「あ、もしあれなら、戦っている姿を映写結晶に撮影してきてもいいわよ? くっくっく、いいおかずになるんじゃない?」

「わ、分かった! 分かったから! も、もうやめて!」

ローナが白旗を上げる。

やっぱり勝利するっていいわね。 憤怒(イーラ) を使ったわけでもないけど、久しぶりに清々しい気分だった。

後の問題は、ローナがレイジィ様を説得できるか否かなんだが……

もしかしてそれが一番の問題?

ローナが安らかに眠るレイジィ様の服の裾を遠慮がちに引く。

「レイジィ様……」

「…………」

いつも食事の刻を告げているから反射的に起きるようになっているのか、レイジィ様は驚くべきことにたった一度の声掛けで眼を開けた。

ローナがまだ真っ赤に染まっている顔で交渉を開始する。

「僭越ながら一つお願いがあるのですが……」

「やだ」

……仮にもメイド相手に容赦ねえ。

そりゃそうか。レイジィ様は、復活させるスキルを持っているにも関わらず、ヒイロの扱いが面倒になるまでそれを使わなかった男だ。ローナ程度で何ら対応が変わるわけがない。

だが、ローナは私以上にレイジィ様の対応に慣れているのか、全くその言葉を気にした様子はない。

「リーゼと一緒に……敵対する魔王ゼブルを討滅して頂けないでしょうか?」

「……何故?」

何故?

何故だって? それが大魔王様からの命令だからだ!

近づこうとした私を、ローナが止めた。

そのまま優しい眼差しで問いかける。

「レイジィ様、今晩何か食べたいものはございますか?」

「……カレーライス」

「では、今晩はカレーライスに致しましょう。レイジィ様、腕によりをかけて作ります。少し運動をなされるのも良いかと存じますが」

「……不要だ」

「レイジィ様、デザートは如何でしょう?」

「……アップルパイ」

子供か。

「では、アップルパイも焼きましょう。レイジィ様、少々お時間がかかります。運動などはいかがですか?」

「嫌いなんだ」

「戦いは?」

「平和主義なんだ」

だから平和主義の魔王ってなんなんだよ

「それは素晴らしい事です、レイジィ様」

「特に相手が強いなら尚更嫌だ。面倒臭い」

「……魔王様に比べれば微々たる力です」

いやいや、そんな事ないからね?

相手は第五位だからね? それに比べてレイジィ様はつい最近三位になられたばかり。

ゼブルよりは格上なのは間違いないが、そう簡単に勝てるかというと難しいと言わざるをえないだろう。相性もあるし、私は怠惰のスキルをほとんど知らない。

レイジィ様が面倒くさそうにローナの眼を見る。

「……そうか。ローナ……そこまでして俺に、戦って欲しいのか?」

「……はい」

「それは誰のために?」

「……私のためです。後で……拝見させていただきます。リーゼに……撮ってきてもらうので」

「ぶっ……!」

思わず吹き出した。

ローナがゆでダコのように顔を真っ赤に染めてこちらを睨みつけている。視線でそういう意味じゃないと言っているが、私から見たらそういう意味にしか見えなかった。

分かった、分かった。撮ってきてあげるから! 好きなだけおかずにするといいわ。

「……そうか……」

「……申し訳ございません」

「……はぁ……」

「……申し訳ございません」

「……何かお腹痛いなあ……」

全然辛くなさそうな表情で魔王様がのたまう。

そこまでか! そこまで戦いたくないのか! レイジィ・スロータードールズ!

仮病使うんなら、せめて痛そうな顔くらいしろよ!

「……本当に申し訳ございません。レイジィ様」

それに対して、ローナは本当に申し訳なさそうな顔で深く頭を下げた。

レイジィ様はそれを見てもなんとも思っていないらしく、そのままそっぽを向いて丸くなった。

こんなの絶対に無理だろ……

「……さ、リーゼ。レイジィ様も了解して頂けたから」

「……え!? マジで!?」

これで? これでいいの?

本当にいいの? どこからどう見ても、拒否しているようにしか見えないんだけど?

魔王様は、椅子の上で身体を縮めている。ベッドをメイクする時間に問い詰めて正解だった。もしベッドの時間だったら間違いなく布団の中に引きこもっている。

ローナがさらに信じられない事を言った。

「……リーゼ、レイジィ様をお連れしなさい。何もできなくてもそれくらいならできるでしょ?」

……何もできなくてもって、非常に失礼だ。私がどれだけ苦労していると……

だが、まだいい。それはまだいい。問題は……お連れしなさい?

「……え? 背負っていけと?」

「……魔王様に動いていただくのです。それくらい当然です」

何が当然だ……動けよ!

そもそも、影寝殿はレイジィ様に与えられた広大な地の中心にあるのだ。どこで接敵するかについては大体わかっているが、そこまで背負っていく……?

考えたくない。大体、力自体は足りていても、自身より背の低い女に背負われて魔王様のプライドはそれでいいのか?

……いいんだろうなあ。

やるせなさに湧き上がりかけた憤怒が食われる。なんで私がそこまでしなくちゃならないんだかわからないが、もういいか。この際いいか。

そうだ、広い心を持って――そもそも、歩いていけるような距離じゃない。いや、いけない事もないが時間がかかるので、魔界の移動手段はほとんどが飛竜である。

だから今回も、所詮背負っていくと言っても飛竜乗り場に行くまでの間だ。

「……わかったわ……背負っていくから……」

「それでいいのです。さ、レイジィ様……申し訳ございませんが――」

「……実は、俺、ベッドから一時間以上出ると死んでしまうんだ」

この期に及んで往生際の悪い事をいう魔王様はもはや威厳などない。

っていうか、平然と嘘つくな! そんな魔王いるわけがないだろ!

大体、飛竜を使っても片道だけで一時間はかかる。

「……飛竜を使っても片道で一時間以上かかりますけど……」

「はっ? 一時間以上……だと? お前、俺を殺す気かッ!!」

それは、ここに来て聞いた中で一番覇気に満ちた声だった。

そんなに嫌か……この男。

胃がキリキリ痛む。

「ふざけるな! 万歩譲って戦うのは……まだいい。適当にスキル使うだけだからな。だが、戦って欲しいのならば、敵のなんとかとかいう魔王とやらをこの部屋まで連れて来い!」

「そ、そんな事できるわけないじゃないですか! ほら、行きますよ!」

駄々をこねる魔王様の腕を思い切り引く。

「……いーやーだー! 俺は、絶対に働かないぞ!」

「ほら、我儘言わない! 大魔王様からの命令なんですから!」

「クソ、なんで俺がこんな目に……もう、魔王、やめる!」

こいつ……本気だ。そんなに動きたくないか。

大体、言うほど働いてないだろ、お前!

そしてこの期に及んで、この魔王様は相手に全く興味を持っていない。

「……ほら、ふざけたこと言わないで! 行くまでは寝てていいので!」

憤怒の私にここまで譲歩を引き出した男は今までこいつだけだ。

「……戦闘中も寝てていい?」

頭沸いてんのかこの魔王。

てか、死ぬぞ! いくらなんでも死ぬ! 相手は将軍級じゃない、同じ 魔王(デーモン・ロード) なんだぞ!

分かってんのか、こいつ!

「……もうダメだ、カノンに伝えろ。お前が戦え、と」

無駄に自信に満ちた目で言い切った。こいつ、仮にも大魔王相手に恐れを知らねえ。

もし誰か大魔王様の手の者に見られたら不敬罪で断罪されてもおかしくない。

「そんな事言えるわけないでしょ! 大体、別に飛竜じゃなくてもいいんですよ? それが一番早い手段ですけど。ワープでも瞬間移動でもなんでも好きにやってください! 絶対に戦ってもらいますから! それが貴方の責務なんですから!」

「……はぁ……」

レイジィ様がため息をつく。

役立たずだなあこいつ。

てか、この会話をするのが面倒くさい。

と、目が語っている。

それに対してさらに言い返そうとした瞬間、身体が宙に投げ出されるような浮遊感が全身を襲った。

視界が一瞬で切り替わる。

「へ……?」

宙に投げ出されたレイジィ様が受け身も取らずに声もあげず地面に転がった。

急に浮いた身体を慌てて立て直し着地する。

何一つ遮蔽物がない暗黒の荒野が地平線の先まで広がっている。真っ青な月が木々一つ生えていない荒涼とした大地に光を投げかけている。

「へ? ちょ……な……え?」

幻でも見ているのか?

今の今まで城の中にいたはずなのに、なんでこんな所に……

混乱の極みにいる私に比べて、突然地面に投げ出された魔王様には全く慌てた様子がない。

闇そのものを形にしたような漆黒の土は暗獄の地特有の土で、死の 魔力(マナ) で満ちている証だ。

「……ゾーン……もっと、向こう……」

「は? ちょ……」

不吉な声が聞こえた。

再び視界が切り替わる。

何もない平野から、血と肉と炎の匂いが渦巻く平野に。

レイジィ様が無様に転がる。

刹那の瞬間で本能が知覚した。

レイジィ様の存在とは異なる――だが同じくらい巨大な存在の気配を。てか、対象が目の前にいた。

空間に空いた穴のように真っ黒な光すら逃さない外套を羽織った小さな影である。

緑の髪をした小さな顔が困惑の表情でこちらを見ている。むしろどちらかと言うと私の困惑の方が強かった。

ゼブル・グラコス

悪食の王。魔王様から聞いていた姿とその容姿は一致していた。

馬鹿な……夢でも見ているのか!?

混乱の極みにある私を無視して、レイジィ様がふらふらと起き上がる。

ゼブルの目の前に、生まれたての子鹿のようなおぼつかない足取りで歩いてきて、その場で倒れこむように仰向けに寝転がって、ため息をついた。

声を出さずに口の動きだけで泣き言を言う。

「……ちょ……無理……ダメ、こいつ、強い……やだ……聞いてない」

頭の中が刹那の瞬間でツッコミで埋まる。

ちょ、やってるのお前かよ!

確かに、瞬間移動でもなんでもやれっていったのは私だけどさ!

これも怠惰のスキルか? いや、怠惰にピッタリなスキルだな、おい!

それに、諦めるの早いわ!

レイジィ様はちらりとゼブルを見て、首をゆっくりと横に振った。

胃がぞくりと、気味の悪い痛み方をした。穴が開いてるかもしれない。

何にせよ、ふーざーけーるーなー!