軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第9話 扉の向こうへ

翌朝、さっそく旅装を整えたアイリスは、意気揚々と両親の部屋に向かった。

「お父様? わたくし、マーガレットお姉様に会いに行くことに決めました。国外追放されましたので……お父様、お母様、これまで長いことお世話になりました。これからも心から愛しています。お2人のことは、忘れませんわ」

「アイリスっ……!!」

「アイリス、そんな紙切れ1枚、まともに取り合う必要はない! 待ちなさい!!」

「ええ、わかっていますわ。では、侯爵令嬢の身分剥奪でも、親子の縁は切らないでいてくださいますのね? でも、せっかくのチャンスですから、お姉様とお話してきます!」

「親子の縁切り!? アイリス、何をバカなことを言っているの! そんなことするわけがないでしょうっ! こらっ! お母様の言うことを聞きなさいってば! もう、この子は時々、まっすぐ過ぎるのよ……!!」

「ローズマリー、急いでマーガレットに手紙を送るんだっ! いや、早馬を送れっ!!」

「アイリスーっ!!」

* * *

『 目(・) を(・) 開(・) け(・) て(・) 』

『もし——今までと違ったものが見えたなら。

何かを変えるチャンスなの』

(わたくしは、そうしてチャンスを掴んだわ)

心を決めたアイリスには、一切迷いはなかった。

そうして、このことを、誰よりもアナに伝えたい……。

アイリスは、そう思ったのだった。

* * *

「アイリス! お前は、俺の想いにはいつ気づいてくれるんだよ!?」

ノーフォーク侯爵から知らせを受けたユーグは、即座にアイリスの後を追いかけた。

「俺はお前の騎士だ! お前だけの騎士なんだっ!! お前が旅に出るなら、俺もついて行くからな!!」

アイリスを乗せた、ノーフォーク侯爵家の馬車は、もう目前に迫っていた。

ユーグはほっと、安堵のため息をつく。

やがて、アイリスの元に、エドワード王子からお見舞いの花束が、謝罪の言葉が書かれたカードが届くことを、アイリスはまだ知らない。

そして、幼なじみのユーグが、これから何度も何度も、アイリスにプロポーズをすることも。

あっさりエドワードを捨て、一目惚れしたノール王国国王にすり寄ったリリベルが不敬を働き、投獄されることも。

王子に婚約破棄された知らせを受け取り、心を痛めていた優しい姉が、自分を訪ねたアイリスを泣きながら思い切り抱きしめることも。

それからしばらくして。

アイリスへの仕打ちに激怒した父が、王家への忠誠を捨て、昔、王家から下賜されたという、ノーフォーク侯爵家に代々伝わる剣を叩き返した。

剣は安物の上に、ボロくなっていたので、その瞬間、真っ二つに折れた。

王家は侯爵家を恐れ、何の手立ても取れていない。

侯爵家の動向を、ただ見守るだけ。

エドワードの兄である王太子は夜会に遅れて参加したため、この騒動を目にしなかった。

しかし詳細を知って激怒、危機感のない家族との亀裂を深めることになる。

近い将来、ノーフォーク一族は、ローデールの地を後にするだろう。

ローデール国王はアイリスへの国外追放と侯爵令嬢の身分剥奪を取り消して、火消しを図ろうとするが、あの婚約破棄騒動は今さらどうしようもない。

「エドワードはただの謹慎!? ノーフォーク侯爵はどうするんです!! 剣を折って突っ返してきた侯爵がそれで納得するわけないでしょう!!」

王太子の怒りは続く。

ノーフォーク一族がローデールを見捨てる時には、王太子の激しい怒りがエドワードに向かうことは確実と思われる。

エドワードは本気で自分の将来を心配した方がいいだろう…………。

* * *

諸々の出来事が待つ未来。

しかし、そうしたことをアイリスはまだ知らない。

今は、旅を楽しんでいるのだ。

晴れやかな笑顔で。

そんな彼女でも、1つだけ、はっきりわかっていたことがある。

「ねえ、ユーグ? わたくしね、あることに気がついたのよ」

アイリスはユーグに言う。

ユーグはいつも、さりげなくアイリスに寄り添っていてくれる。

アイリスの視界にはいつも、ユーグがいた。

「1つの扉が閉まる時、もう1つの扉が開くの」

アイリスは、大切な旅の相棒になったユーグに、心からの微笑みを向けた。

「わたくし、婚約の記憶を失って、本当に良かった」

* * *

王子との婚約に関わる記憶だけを失ってしまったアイリスの話は、衝撃をもって、王国中に広まってしまった。

「よほどお嫌だったのですね」

「わかりますわ、王子があれですもの」

「それに、あの男爵令嬢がいつもびたっ! とくっついていましたものね?」

「ノール王国の国王陛下を見て、すぐ王子から乗り換えましたけどね?」

「ほんと、あの男爵令嬢ときたら……節操のない……」(失笑)

「身の程知らずとはまさにこのことですわ」

「不敬罪で投獄されていますわ」

「当然ですわね」

「あのまっすぐなアイリス様が我慢できるはずがないのです」

婚約破棄されて力なく床の上に倒れ込んだ、完璧令嬢アイリス。

やがて目を覚ましてからのアイリスの可愛らしさは印象的だったようで、貴族達は一転して、アイリスの側に付いてしまった。

1人の令嬢がずいっと身を乗り出す。

黒く艶やかな巻毛が美しい令嬢だ。

「わたくしは、アイリス様を信じていましたわ! 実は……あの夜会の前に、わたくし、アイリス様に助けていただいたのです。突然、婚約破棄され、馬車から飛び出そうとしたわたくしを助けてくださり……アイリス様は、本当に正義感の強い、お優しい方でした。あの方は——」

令嬢達の話はまだまだ続いていた。

婚約の記憶 だ(・) け(・) を失った侯爵令嬢アイリス。

彼女は、こうして、人生をやり直すことにしたのだった。

新しい扉を開けば、新しい道が見えてくる。

コンコン、と馬車の窓を叩く音に、アイリスは慌てて窓を開いた。

馬に乗って並走しているユーグが、満面の笑みで、前方を指差している。

今は、大切な旅の相棒。

でも、未来は?

もしかしたら、もっと——。

振り返るユーグの、深い森のような緑色の瞳がアイリスをまっすぐ見つめていた。

「アイリス! 見ろよ、ノール王国が見えてきたぞ!!」