軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13

太陽が空高く昇ってくる頃、セルジュは町に続く森に入った。その途中、反対側から来る一台の馬車と鉢合った。

「止まれ!」

馬車の前に出て無理やり停めると、御者が激しい剣幕で怒鳴ってきた。しかし、セルジュが腰の剣を抜いて御者の男に突きつけると、辺りはシン……と静まり返った。

「ランドリー侯爵家から出た馬車だな。女を一人乗せたはずだ」

「あ、い、え……乗せて」

「乗せたはずだ。私の屋敷から出たと報告を受けている」

そう言ってセルジュは被っていた外套のフードを外し、懐から侯爵家の紋章が入ったブローチを見せた。

「こ、侯爵様……っ!」

男はすぐに頭を下げてきた。額には冷や汗が滲み、顔はみるみる蒼褪めていく。

「それで、女はどうした? 町で降ろしたばかりか?」

「……いや、それが、その」

「正直に話した方が身のためだぞ」

御者として貴族といる時間が長い男は、高貴な者たちにとって平民の命など、家畜ほどの価値しかないことを知っていた。

首元に剣先を押し当てられ、男は悲鳴を上げて両手をすり合わせた。

「も、申し訳、ありません、侯爵様! あの女を乗せて町に入ったら、町の連中に何をされるか分からず! し、仕方なかったんですっ!」

それでどうしたのか尋ねれば「町の手前で降ろした」と白状する御者に、セルジュはその後も脅すだけ脅したが、返ってくる言葉は同じだった。

今のところ、ソフィアの無事が確認できただけでも良しとするべきか。セルジュは剣を鞘に納めた。怯え切った男に「行っていい」と声をかければ、停まっていた馬車は車体を揺らしながら、あっという間に走り去っていった。

一方、セルジュは馬車を見送ることもなく、馬と共に森の中を一気に駆け抜けた。

やけに長く感じる森を抜け、町までの一本道を休まず進んだ。馬が限界を超える前に町へ辿り着くと、セルジュは馬から降りて門番に身分を明かした。

「ここに、ソフィアは戻ってきたか」

「はっ、はい! ひどい姿でしたが、ソフィ……ソフィア・クアンで間違いなかったです!」

「なん、だと……」

道の途中で馬車から降ろされたせいだろうか。それともここへ着く前に、動物にでも襲われたのか。不安だけが高まっていく。

こんなことなら、軽率に侯爵邸から追い出すのではなかった。──数年前の、あの時のように。セルジュは町に入り、すぐさまソフィアが世話になっていた宿屋へ向かった。

だが、向かった先で見た無残な光景に、一瞬声を失った。

初めてここを訪れたのは数日前のことだ。その時は、酒場も営んでいる立派な宿屋で、ソフィアが働きながら暮らしていることに嫉妬した。彼女目当てに訪れる客もいたことだろう。

……しかし、今はどうだろうか。

記憶に残っている宿屋とは程遠い姿に、セルジュは動揺を隠せなかった。

ソフィアの素性が知られてしまったことで、宿屋が嫌がらせを受けたことは容易に分かる。ランドリー侯爵家の紋章をつけた馬車を停まらせ、堂々とソフィアを連れて行ったからだ。もし、今ここへ戻ってこなければ、このような残酷な光景を目撃することはなかっただろう。

「──ソフィアはいるか」

荒れ果てた宿屋に入ると、箒を持ってぽつんと佇む女がいた。ソフィアであることを期待したが、宿屋の女将だった。

「あの女なら、さっき追い出したさ」

「──……」

女将は希望を失い、虚無感に陥った目をしていた。まるで、妻の裏切りに絶望した時の自分を見ているようで、それ以上問い詰めることはできなかった。

ただ、ソフィアがここへ戻ってきたことは分かった。セルジュは踵を返して、大人しく待っていた馬の手綱を引いて、彼女を捜し始めた。

門番の様子から、町の外へ出たとは考えにくい。

だからこそ、余計に良くないことを考えてしまう。行き場のない町で、留まっていることに違和感を覚えたからだ。

ただ、宿屋の息子がいなかったことも気にかかる。彼らが一緒にいるとすれば、どんな顔で会えばよいだろうか。

「ソフィア……」

それでも、レオンの泣き声が耳に残って離れなかった。体裁を気にしている場合ではない。今はソフィアを見つけることだけに専念し、セルジュは町中を駆け回った。

馬を連れ歩いていたセルジュを旅人だと思い、声をかけてくる人は多くいたが、ソフィアの居所を尋ねると皆「知らない」と答え、そそくさといなくなってしまった。

何の手掛かりもなくさ迷っていると、見知った男が森林の中へ入っていくのが見えた。

「あれは、宿屋の」

間違いなく宿屋の息子だった。ソフィアから「ハリー」と呼ばれていた男だ。

けれど、彼もまた必死で誰かを捜している様子だった。ますます嫌な予感がして、セルジュは馬に跨ってハリーの後を追った。

森林の中を進んでいくと、川沿いの町外れに一軒家が建っていた。家は高い柵に覆われ、微かに薬品の臭いがした。

馬から降りて中の様子を確認すれば、家を取り囲むように畑が作られ、数多くの作物や薬草が栽培されていた。

「……で、無くなった薬草は!」

「んー、なんだったか……。ああ、そうだ! バレリアンだ! その薬草がいくつか抜かれている!」

建物の裏から男同士の言い合うような声がした。一人はハリーだろう。そしてもう一人は、この家の主かもしれない。

それより、思いがけない薬草の名を聞いて、セルジュはじっとしていることができなかった。

「おい、無くなった薬草はバレリアンで間違いないのか!」

「な、なんだ、いきなり人の家に入ってきて……っ」

彼らの前に勢いよく飛び出すと、二人は驚きのあまり目を丸くしていた。建物の裏にある畑は、表で栽培している薬草とは違って、取り扱いを間違うと毒にもなる物ばかりだった。

「あ、貴方は……ランドリー侯爵様」

「なんだって!? それじゃ、あんたが……」

ハリーがセルジュの顔を覚えてくれていたおかげで、自ら素性を明かすことはなかった。一方、白衣を着た初老の男は、セルジュの正体を知って厳しい表情を浮かべた。

「それで、ソフィアは!? 彼女がここへ立ち寄ったという形跡はあるのか!」

「い、いいえ……! ただ、他のところは捜したので、残るはここだけ……」

ハリーもまたソフィアを捜していたのだ。

最初こそ、彼と一緒にいることを望まなかったが、今は一緒に過ごしていてくれたほうが、ずっとマシだったと唇を噛む。誰かと一緒なら、彼女の安否まで心配する必要はなかったからだ。

バレリアンは別名「神様の睡眠薬」と呼ばれ、王都でも珍しくない薬草だ。修道院の薬草園でも栽培され、不眠症や精神不調の治療に効果的だ。

一先ず毒でないことに安堵するも、使い方次第では命を絶つ手段にもなり得る。

早く見つけなければと焦るセルジュの横で、ハリーが真っ青な顔で呟くように言った。

「……川だ。薬草を飲むのに、水場に向かったのかもしれない」

「くそっ、川だな……!」

薬草を手にしたそばで、川を流れる水の音がすれば自然とそこへ向かうのも頷ける。セルジュは身を翻し、敷地を飛び出して川辺に続く急な斜面を駆け下りた。

「ソフィア、ソフィア! 頼む、返事をしてくれ!」

水底が見えるほど透き通った川は、向こう岸まで渡れるほどの浅瀬もあれば、急に深くなって流れが激しくなっている箇所もあった。

「ソフィ! いたら返事をしてくれ! 君を迎えにきたんだっ!」

セルジュの後を追ってハリーもやって来ると、ソフィアの名を呼びながら捜し始めた。

「ソフィア、君の息子が……レオンが、君の帰りを待っているんだ!」

酷い仕打ちをした自分の前には、無事であっても姿を見せてくれる気がせず、卑怯にも彼女の息子の名を出した。それでもソフィアの無事が確認できるなら、何でも利用するつもりだった。

その時、川の上流から白い花のついた植物が流れてきた。

セルジュはハリーと顔を合わせ、二人は急いで川の上流へ向かった。川の流れは穏やかであるものの深さは増していき、彼らは走る足に力を込めた。

刹那、川辺の大きな岩の前で、一人の女性が川に浸かった姿で座っていた。

「──ソフィア!」

「ソフィ……っ! ああ、なんてことを!」

間違いなく、それはソフィアだった。

彼女は腰まで川に浸かり、眠っているように見えた。しかし、実際は彼女の顔は水面についており、呼吸できる状態ではなかった。

セルジュとハリーは濡れることも忘れ、水しぶきを上げながらソフィアの元へ駆けて行った。