軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ツェントからの呼び出し 前編

アレキサンドリアと情報交換をした翌日、皆が講義に出ている時間帯をわたくしはコルドゥラと自室で勉強をして過ごしていました。

「ハンネローレ姫様、明日には講義に出ても大丈夫だと思いますよ。下級貴族にも女神の御力を感じられなくなってきたと報告がございました」

「それは嬉しいですね。こうして一人で部屋にいるのは気詰まりですもの」

女神の御力は自分で感じることができないのですが、周囲には軽い威圧のように感じられることもあるようです。側近達を含め、周囲の者をあまり驚かせないように自室で過ごしていますが、一人で過ごすと何だか時間を持て余してしまいます。

明日からは外へ出られそうで安堵の息を吐いたところへオルドナンツが飛んできました。くるりと部屋を回るように飛んだ後、白い鳥はわたくしの手元へ降り立ちました。

「ハンネローレ様、ツェント・エグランティーヌです」

ツェントからオルドナンツが届くなんて全く予想していませんでした。わたくしは白い鳥を見つめながら思わず姿勢を正してしまいます。

「わたくしも降臨した女神とローゼマイン様について事情を伺いたいと思っています。ハンネローレ様が講義へ出席して他領の方々と接触する前に、他者を排した状態で一度お話ししたいのですけれど、明日の午前中のご都合はいかがでしょう?」

エグランティーヌ様の言葉を三回繰り返し、オルドナンツは黄色の魔石に戻ります。それを摘まんで、わたくしは首を傾げました。

「何故ツェントがわたくしの目覚めをご存じなのでしょう?」

「あの現場にいたケントリプス達を呼び出して事情を尋ねたくらいです。神々と接触した姫様からの報告を待ち望んでいらっしゃると考えるのは当然でしょう? アレキサンドリアに知らせる際、わたくしからツェントにも報告の木札を提出しておきました」

優秀な側仕えに、わたくしはそっと息を吐きました。報告は必要だとわかっていますが、非常に緊張するのでツェントのいらっしゃる王宮へ足を運ぶなんて、可能であれば避けたいのです。胃の辺りを押さえて、「うぅ……」と小さく唸ると、コルドゥラが呆れた顔でわたくしを見下ろします。

「しっかりなさいませ。どのようなことをお話しすれば良いのか、皆様が望む情報がどのようなものか、昨日のアレキサンドリアとのお茶会で少しは学ばれたでしょう? 神々の世界へ招かれたのがハンネローレ姫様だけなのですから、誰にも代理はできません」

「わかっています。他者を排した状態で、と言われましたもの。コルドゥラも排されるのでしょう?」

一人でツェントと向き合うなんて無理です。泣きたい気持ちのわたくしに対して、コルドゥラは冷静に頷いています。

「ツェントは本当に他者を排して極秘にしたいのでしょう。わざわざアナスタージウス様が講義しなければならない時間を選んでいらっしゃるくらいですもの」

「そういえば、明日は領主候補生コースでアナスタージウス先生の講義がありますよね? まさかそれほど極秘の報告だと思いませんでした。……お父様達にも事後報告にした方が良いでしょうか?」

普通ならば、領地にツェントからの呼び出しがあったことを報告し、どのように振る舞うか相談をします。

「呼び出しがあったことを報告する分には特に問題ないと思います。神々の世界で起こったことはダンケルフェルガーにも報告されていますから」

わたくしがコルドゥラに話したことやアレキサンドリアとのお茶会で彼女が見聞きしたことの報告はダンケルフェルガーに送っています。ただ、神々の世界やアレキサンドリアの情報について、わたくしが知る全てを報告したわけではありません。

……全てを報告できるのはローゼマイン様が戻られて、話し合いを終えてからですよね。

ローゼマイン様が失敗したら二十年分の歴史が消えるとか、フェルディナンド様の存在が消えそうだとか、妙な不安を煽るだけで何の解決策もない事柄については領地にも秘匿しておくつもりです。

「それから、ローゼマイン様や神々の世界についての報告も大事ですが……」

コルドゥラが躊躇うように少し眉を寄せて、言葉を一度止めました。わたくしは少し首を傾げて続きを促します。

「嫁盗りディッターについて、ツェント・エグランティーヌとよくよく話し合いをしてきた方が良いと思います。ディッターの中でも嫁盗りディッターは少々特殊です。それをこれだけ大規模に行うなど、前例がございません」

嫁盗りディッターは親の決めた婚約者のいる女性に対して、横恋慕する男性が仕掛けてくる戦いです。ちなみに、女性と恋仲の男性が仕掛ける場合は嫁取りディッターと呼ばれます。

どちらにせよ女性側親族と横恋慕の男性によるディッターですが、何人もの男性から同時に申し込まれることはまずありません。それが別の領地から同時に複数となれば尚更です。ダンケルフェルガーにとっても前例がない事態なのです。

……それだけ女神の化身と呼ばれる立場は魅力的なのでしょうね。

女神が降臨した途端、この騒ぎです。皆様がわたくし自身ではなく、女神の化身に魅力を感じていることはよくわかります。

「エーレンフェストとのディッターのように、お互いに思い違いや勘違いがあっては大変なことになります。ダンケルフェルガーの常識と、他領の知識や常識、ツェントのお考えを摺り合わせておく必要があるのではございませんか?」

「ツェントはダンケルフェルガーのこともよくご存じでしょうけれど、摺り合わせは大事ですよね。何度も同じ失敗をするわけには参りませんもの」

今回はわたくしから隠して事態を動かそうとするお兄様がいらっしゃらない代わりに、事態を引っかき回しそうなラオフェレーグがいます。少なくとも対外的な事柄を引き受けてくださっていたお兄様と違って、邪魔しかしないラオフェレーグはよく見張っておく必要があるでしょう。

「ディッターに興奮する殿方がいる時は、女性がよくよく目を光らせておかなければならない、とお母様がおっしゃいましたものね」

わたくしに手綱を握ることができるかどうかわかりませんが、最低限の努力をしなければわたくしがお母様に叱られてしまいます。

「わかりました。ローゼマイン様のことと、嫁盗りディッターについてツェントとお話ししてきましょう」

わたくしはツェントへ「明日の三の鐘に伺います」と返事をすると、勉強道具を脇に退けてコルドゥラと打ち合わせをすることになりました。

……嫁盗りディッターを申し込んでくるくらいです。今回の参加者はディッターのことを知っているでしょう。

「ようこそいらっしゃいました、ハンネローレ様」

ニコリと微笑んで出迎えてくださったエグランティーヌ様は、お茶の支度をさせると側近達を下がらせます。そして、何かを思い出すようにクスリと笑って、わたくしにお茶とお菓子を勧めてくださいました。

「神々の世界で起こったことは、どこまで広げて良いかわからないことも多いですものね。他者がいない方がお話ししやすいでしょう?」

「そうおっしゃるということは、ツェントも神々との接触があるのですか?」

女神の化身と騒がれているのはローゼマイン様だけだったので、まさかエグランティーヌ様と神々が接触したと思っていませんでした。

「わたくしは白の庭でエアヴェルミーン様を拝見しただけですから、女神が降臨したわけではありません。けれど、神々の御力に翻弄されるローゼマイン様を間近で見ました。神々との接触における大変さや、不用意に口にできないことが多々あることも存じています」

わたくしを安心させるように笑ったエグランティーヌ様でしたが、「あら」とわたくしを見つめて何度か目を瞬かせます。

「ハンネローレ様からは女神の御力を感じませんね。ダンケルフェルガーからの報告では御力が溢れているということでしたけれど……」

「えぇ、アレキサンドリアの方々によると、ローゼマイン様は長く影響があったようですね。けれど、わたくしはすぐに影響が消えました。わたくしはローゼマイン様と違って、女神の御力を受け取りにくく、魔力がとても染まりにくい性質だそうです」

わたくしが時の女神のお言葉を思い出していると、エグランティーヌ様がホッとしたように微笑みました。

「ローゼマイン様がいらっしゃらないのであれば、わたくしから女神の御力を消すための方法を伝えなければならないかと考えていましたが、すでに影響がなくなっているようで何よりです」

どうやらローゼマイン様の時は非常に大変だったことが窺えます。早く影響が消えてよかったです。

「おそらく神々にとっての重要度、もしくは、女神が降臨されていた時間によるものではないかと思っています。ローゼマイン様は長時間女神が降臨していたのでしょう」

「……そうですね。長時間、神々の御力に翻弄されていらっしゃいました」

頷いているエグランティーヌ様に、わたくしは銀の布を返すことを伝えました。コルドゥラが持っているので今すぐに返却はできませんが、もう必要ないので持参しています。銀の布は他国から持ち込まれた物で、使い方によっては非常に危険なのです。

「では、こちらを。他者に聞かせられない報告をしていただいて良いかしら? フェルディナンド様に一大事が起こり、ユルゲンシュミットの歴史が二十年くらい崩れそうになっていること、それを修復するためにローゼマイン様が呼ばれたことは報告を受けて存じています」

エグランティーヌ様はそう言いながら盗聴防止の魔術具を差し出しました。わたくしは手に取ります。

「……ハンネローレ様は時の女神 ドレッファングーアが何故フェルディナンド様を救おうとしたのかご存じですか?」

「え?」

エグランティーヌ様の表情には女神の降臨によって歴史が守られる安堵より、無念さが強く出ているように感じられて、わたくしは少し不思議な気持ちになりました。

「あの、ツェント。それはどういう意味でしょう?」

「……ごめんなさいね。フェルディナンド様とユルゲンシュミットが救われる機会があったことにはわたくしも安堵しています。ですが、同時に、政変が起こり、数多の人々が犠牲になったことは神々にとって重要ではなかったのかと思わずにいられないのです。わたくしの家族が殺された時は女神の降臨などございませんでしたし、修復の機会などいただけませんでしたから」

その言葉に、わたくしは初めてエグランティーヌ様の過去を直視した気分になりました。わたくしとエグランティーヌ様との年齢差、それから、政変に対する認識の違いを実感します。エグランティーヌ様が元王族の姫ということは知っていましたが、政変によって家族を失い、王族としての立場を失ったことに対する苦悩や涙まで思いを巡らせることができていなかったのです。

わたくしは政変による損失や影響が最も少なかったダンケルフェルガーで生まれ育ちました。わたくし自身には政変で失ったものなどありません。政変やそれに伴う粛清は幼い頃の出来事ですし、領地の城の中では特に政変を意識して過ごした記憶はありません。歴史を学ぶまで知らずに育ったので、わたくしにとって政変は自分に関わりのあることではなく、人々の口から聞く遠い過去の出来事です。

……もしかすると、二十年分の歴史が消えた方が喜ぶ方は多いのでしょうか?

ダンケルフェルガーでは騎士達の記憶が戻ったことに騒いでいただけなので、わかりませんでした。何故フェルディナンド様だけが救われるのか、そう考える方はたくさんいらっしゃるかもしれません。

……ツェントに理解していただかなければ!

上に立つ者が神々と人間の違いを理解していなければ、他者へ説明できないでしょう。それに、今のままでは何故フェルディナンド様だけが救われるのかという思いが知らず知らずの内に滲み出るでしょう。

……たとえ不敬になったとしても、決して引いてはなりません。

自分にとっての正念場だと、肌にピリッとした感覚が走ったことでわかりました。わたくしは王の剣であるダンケルフェルガーの領主候補生です。必要な諫言や助言を躊躇ってはなりません。わたくしは膝の上できつく拳を握りました。

「ツェント・エグランティーヌ」

わたくしの呼びかけで上がったエグランティーヌ様の顔は、わたくしがよく知る王族の、ものになっています。

「時の女神が降臨されたのは、フェルディナンド様が害されたからではありません。機織りの女神 ヴェントゥヒーテが織った今の歴史を気に入っていて、崩壊させたくないと嘆いたからです」

わたくしが答えると、エグランティーヌ様はポカンと困惑した顔になりました。呆然としてしまう気持ちはわかります。神々の会話を聞いていた時、わたくしも気が遠くなりそうでした。

「神々によると、時の女神が紡ぐフェルディナンド様の運命の糸がどなたかに切られたそうです。けれど、それが原因で歴史が崩れようと、リーベスクヒルフェ様はたった二十年程度ならば織り直せば良いとおっしゃいました。おそらく切れた糸を修復するより織り直す方が手軽なのだと思います」

「リーベスクヒルフェ様というと、縁結びの女神ですよね……? 降臨したのは時の女神で、機織りの女神が嘆いたからではございませんでしたか?」

複数の神々と接触があったことはご存じなかったようです。理解できないような顔をしているエグランティーヌ様に、わたくしは「リーベスクヒルフェ様もいらっしゃったので間違いありません」と一つ頷きました。

「機織りの女神が嘆かなければ、おそらく時の女神は動きませんでした。その場合、わたくし達が認識しない間に二十年分の歴史は解かれ、消えていたでしょう。今回は女神の気紛れによって、たまたま修復の機会を得ただけなのです」

エグランティーヌ様が「たまたま……」と小さく呟きました。信じたくないのでしょうけれど、本当に二十年分の歴史など気にかけていらっしゃらない神々の方が多いのです。

「機織りの女神の嘆きに加え、ローゼマイン様がフェルディナンド様と同じ色になれる糸だったこと、ローゼマイン様が唯一メスティオノーラの書を持つツェント候補で関与が可能だったこと、ローゼマイン様が星結びで同化させた自分の糸の一部を代償にしてフェルディナンド様の糸を繋ぐのに躊躇しなかったこと、女神達が星の神シュテルラートの説得に成功したことなど、本当にあらゆる偶然が重なった結果で……」

「待ってくださいませ、ハンネローレ様! 聞き流せないことがあまりにも多くございます」

狼狽した様子で言葉を遮られ、わたくしは質問に答えながら神々の世界で起こったことを改めて丁寧に説明しました。全てを聞き終えたエグランティーヌ様は、額を押さえて深い深い溜息を吐きました。

「ハンネローレ様、メスティオノーラの書を持つツェント候補がローゼマイン様だけであることを誰かに話しましたか?」

「いいえ。エグランティーヌ様はメスティオノーラの書を授けられたと思っていたので驚きましたけれど、口にすべきではないと判断しました」

エグランティーヌ様によると、ローゼマイン様から授けられたのは魔術具のグルトリスハイトだそうです。ローゼマイン様がユルゲンシュミットの崩壊を救って時間を稼いでくださったので、今エグランティーヌ様は自力で手にできるように努力しているそうです。

「アウブ・ダンケルフェルガーは事情をご存じですけれど、内緒にしておいてくださいませ」

わたくしは頷きました。既に持っているのに、自力で得ようとする姿が非常にエグランティーヌ様らしく感じられます。

「では、神々による星結びが行われたことはどの程度広がっていますか?」

「誰にも……ダンケルフェルガーにもアレキサンドリアにも伝えていません」

意外そうな顔でエグランティーヌ様がわたくしを見つめます。わたくしも神々に認められた運命の恋人ではないかと浮かれていましたけれど、現実を考えれば冷静にもなります。

「救済を目的とした星結びですし、未成年の既婚者がどのような目で見られるのかわからない以上、わたくしが不用意に広めることではないでしょう?」

「えぇ。貴女が慎重な方で良かったと心から思います」

きちんと事情を聴いてくれる方より、変に聞きかじったことで面白おかしく噂する貴族の方が多いのです。すでに星結びを終えていたことが広がると、二十年の歴史を救うために奮闘したにもかかわらずローゼマイン様が周囲から品性に欠けた目で見られる可能性もあるのです。特にダンケルフェルガーは噂に惑わされてエーレンフェストに迷惑をかけてきました。わたくしが噂の根源となり、ローゼマイン様に迷惑をかけることは避けたいです。

「ローゼマイン様が戻ってから、フェルディナンド様を含めて当人達でどの程度の情報をいつどのように公表するのか決めた方が良いと思います」

正直なことを言うならば、フェルディナンド様がいないところで勝手に決めるのは怖いのです。決定がフェルディナンド様にとって不本意だった場合、情報提供したわたくしやダンケルフェルガーはどれほど睨まれ、恨まれるでしょうか。ランツェナーヴェ戦における戦略の数々、謀反を起こした者達に対する処分、王族相手でも全く容赦しない性格など、今までの経験上、絶対に敵に回したくありません。

「そうですね。……ですが、ハンネローレ様。もしローゼマイン様がフェルディナンド様を救えなければどうなると思いますか?」

不安そうにエグランティーヌ様が尋ねます。ですが、その答えは簡単です。

「どうにもなりません。ヴェントゥヒーテ様が織った歴史が解かれるだけでしょう。わたくし達にできることなど、何もありません」

「……もし、二十年分のユルゲンシュミットの歴史が織り直された時は、政変を回避できるかもしれません。そうは考えられませんか?」

一縷の希望を持っているように見えるエグランティーヌ様に、わたくしは少しだけ顔を顰めました。わたくしも一度は神々にやり直しを願ったのです。過去の幸せを望み、不本意な結果だった部分をやり直したいと思う気持ちはわかります。けれど、エグランティーヌ様は過去に失った家族を取り戻すことしか考えておらず、今の幸せが目に入っていないように思えます。仮に失ったものを手に入れることができても、自分にとって大事なものを手放すことになるでしょう。

「政変の原因にフェルディナンド様が深く関わっていれば回避できるかもしれません。ですが、わたくしはフェルディナンド様の存在がない状態で二十年分の歴史をやり直した場合、政変の回避よりランツェナーヴェの者にグルトリスハイトを奪われて王族が敗北する可能性の方がよほど高いと思います」

「……あ……」

「それに、エグランティーヌ様は御子の存在が消えることについては考えていらっしゃらないのでしょうか?」

公表はされていなくても、エグランティーヌ様が出産したことは知っています。その子を守るためにツェントになったと、わたくしはお父様から聞きました。

「あの子が消える? ランツェナーヴェの者達に殺されるということですか?」

「いいえ。フェルディナンド様はローゼマイン様の教育係であり、後見人です。実の両親や養父母に加えて、後見人が必要な背景がエーレンフェストにはあったはずです。二十年前の時点でフェルディナンド様を失えば、ローゼマイン様が今と同じようにいらっしゃるとは思えません。ローゼマイン様が取り持たなかった場合……」

エグランティーヌ様は合点がいったように目を見張った後、そっと目を伏せました。

「わたくしは周囲の思惑に抗えず、アナスタージウス様ではなくジギスヴァルト様を選んだでしょうね」

エグランティーヌ様争いを厭う性格から、ジギスヴァルト様を選ぶ方が上手くまとまると思われていたのです。だからこそ、アナスタージウス様の手を取ったことは、貴族達を非常に驚かせました。ローゼマイン様がいなければ起こらなかったことです。

「わたくしはローゼマイン様やフェルディナンド様と協力して勝ち得た今のユルゲンシュミットが一番良いと思っています。自分の選択を積み重ねてきた日々の中で、得たものがあります。わたくしはたった一年であっても、やり直したくありません」

ぐっとエグランティーヌ様が顔を上げました。それまでと違い、迷いを振り切った清々しい表情になっています。

「失った家族のことを思うと今でも辛いです。けれど、今、共にある家族も失いたくありません。それに、ようやくグルトリスハイトを得て、ユルゲンシュミットを平和に導くことができるのですもの。わたくしも、もう歴史の織り直しを望みません」

顔を見合わせてニコリと笑い合います。穏やかな笑みの浮かぶ明るいオレンジの瞳が見えました。正念場で勝利をもぎ取った安堵が押し寄せてきます。わたくしは何だかとても誇らしい気持ちになりました。

……わたくし、ダンケルフェルガーの姫としての役目を果たせた気がします。もうケントリプスにも頼りないとか泣き虫姫とは言わせません!

少々浮かれた気分であったことは否定しません。わたくしはもう全てやりきった気分になっていました。

「わたくしが神々の世界を去る前に、一つ修復が終わったと伺いました。ローゼマイン様を信じて待ちましょう」

「では、ハンネローレ様。フェルディナンド様と神々の世界のことはローゼマイン様にお任せして、わたくし達はユルゲンシュミットの平和について考えましょう」

それはわたくしが考えることでしょうか。意味がよくわからず、わたくしは首を傾げました。わたくしとしては嫁盗りディッターのことを話したいのですが、ツェントの話を遮ることはできません。エグランティーヌ様が手ずから淹れ直し、差し出してくださったお茶を受け取ります。

「嫁盗りディッターについて相談に乗ってほしいのです」

「え?」

エグランティーヌ様は真剣な顔でそうおっしゃいましたが、わたくしはすぐに理解できません。

「ユルゲンシュミットの平和についての話題が嫁盗りディッターなのですか? たかが一領主候補生の結婚相手を決めることがユルゲンシュミットの平和とおっしゃられても……」

「……あの、ハンネローレ様。結婚を賭けて複数の領地が全力で戦うのが嫁盗りディッターですよね? 平和からは程遠いと思うのですけれど」

……あら? そう言われると、確かに平和からは遠いような気がしますね。

「わたくしも力のない領地から奪うためにダンケルフェルガーがディッターを仕掛ける場合は平和から程遠いと感じますが、ダンケルフェルガーが挑戦を受ける場合はそれなりに平和的な解決方法だと思っていました。最も後腐れなく物事が決定するのですよ」

「ディッターが平和的な解決方法なのですか」

わたくしは今コルドゥラに言われたダンケルフェルガーと他領のディッターに対する意識や考え方の違いを目の当たりにしました。

……どうしましょう? わたくし、意外とダンケルフェルガーの常識に染まっているかもしれません。