釘は刺しましたからね?
作者: へんりん毎朝7時投稿
本文
「ケイトリー!お前との婚約を破棄する!俺は真実の愛を見つけたのだ!ここにいるミーニャと婚約をするのだ!」
――フッ。決まったな。学園生徒の視線。ケイトリーからの視線。そして横にいるミーニャからの熱い視線。惚れた女のために決められた婚約を投げ捨てる俺、決まってるわぁ。
ミーニャは完全に惚れ直している。目を合わせると満面の笑みで見てくるし。周りの生徒も尊敬のまなざしだ。――あんまり格好つけるつもりは無かったんだけどなぁ。あふれ出ちゃってたか。俺のキラキラ。
「……そうですか。パッパリー様、おめでとうございます」
会場でたった一人の冷たい奴。これだからこの女は婚約破棄されたのだ。それに気が付いていないのだろう。哀れなことだ。しっかり伝えてやった方が相手の為になるのかもしれんが、そんな気持ちはぐっと飲み込む。――不満飲み込める俺ってすごくね!?天才じゃね!?
「ただ、それは国王の許可は取っているのでしょうか?」
「な、なぜそこで父の名が出てくるのだ!?」
「何故って当たり前でしょう?婚約は家同士の取り決めなのですから」
へ?そうなの?婚約って家同士が決めた事なの?ケイトリーに初めて会ったとき、可愛いなって思ったから父にそう言ったら、次の日に婚約が決まっていて。てっきり俺の判断で決めたのだと……
「ゴ、ゴホン!そんなこと知っておったわ!後で父の許可もとっておく!」
「でしたら一つ、お約束を。――必ず公的な手段で国王の同意があるとお伝えください。国王様直々におっしゃっていただくでも、 国璽(こくじ) の印が入った紙で伝達でも、何でも良いですが、――偽装だけはお止めくださいね?」
「そんなこと分かっておるわ!すぐに送ってやる!翌日配送だ!」
まぁ父は私に甘い。婚約を決めたのも家柄とかそんなんじゃ無くて、俺が可愛いと言ったからだろう。はぁ、昔はあんなにかわいかったのに、今ではこんなに――あんまり顔は変わってないな。……そうか!性格か!性格がねじ曲がってしまったのだ!なんと嘆かわしい。正式に婚約破棄して、元の純粋な性格に戻してやろう!
あぁ、婚約破棄をする相手にまで優しく出来る俺!一周回って女神!
「ケイトリー嬢と婚約破棄がしたい!?バカもん!そんな事許されるわけなかろう!」
「で、でも父さん!」
「でももクソもあるか!あの家と婚姻関係を結ぶのがどれほど大切か!公爵家の下には我が王国貴族の三分の一程がいるのだ。婚約破棄なんてしてみろ!お前は多くの貴族を敵に回すことになるぞ!」
「で、でも、もう皆の前で言っちゃったし……」
「関係ない!土下座でも何でもして、どうにかケイトリー嬢との婚約破棄を取り下げろ!しっかりご機嫌を取れ!とにかく何でもいいから、しっかり謝ってこい!」
父はそう言って俺を執務室から追い出した。
ど、どうしよう。謝れだって?でも皆の前で格好よく宣言しちゃったし、いまさら「嘘でした!テヘペロ!」は通用しないよな……それに謝ったらケイトリーがつけあがるし、うん、謝るのは得策ではない。俺が嫌だとかがメインでは断じて無く、総合的に判断してやるべきではない。うん。
――しかし、今の父から婚約破棄の許可をもらえる未来が見えない。一体どうすれば。
……そうだ!その手があったか!やっぱり俺は天才だなぁ!
******
学園寮でお茶を飲んでいた私の手元に、一枚の書状が届いた。書状には汚い字で簡潔にこう記されていた。
『主文 パッパリー王子とケイトリー公爵令嬢の婚約を破棄する』
その下には 国璽(こくじ) の印が押されている。私はそれを指でなぞる。予想通りの最悪の行動。王子は名前を、パッパリーから脳みそパッパラーに改名した方がいい。
私は思わず上がる口角を抑え、侍女に言った。
「王都に早馬を出して。偽物の国璽が出回っていると。これは国家を揺るがす大事件であると」
******
ど、どうしてこうなった!
王都にいる俺の部下から火急の連絡がきた。国璽の偽物が出回ったと、そして父は犯人が俺であると疑っている、いや確信しているようだ、と。
すぐにでも俺を捕まえに、学園に軍が押し寄せにくるに違いない。父は行動が早いのだ。
クソ!なんだ。何がいけなかったのだ!国璽は綺麗に複製したつもりだ。俺の図工の成績はかなり良いのだ。そりゃ多少違う部分はあったかも知れないが、一目で分かるような代物では無かったはず。
――もしかして、俺ははめられたのか!?そうだ。そうに違いない。ケイトリーだ。あいつが催眠魔法かなんかを使って、俺に国璽の複製を作るよう暗示したのだ!
そうでなければ説明が付かん!
俺は足早に女子寮に押し入る。管理人に止められるが、「俺は王子だ!邪魔したらどうなるか分かってるのだろうな!」と怒鳴りつけ、そのまま進む。
見えた。ケイトリーの部屋だ。俺はノックせずにドアを思いっきり開く。そこでは優雅に紅茶を飲んでいるケイトリーと、側に立っている侍女が一人いた。
「ケイトリー!お前、はめやがったな!」
「何の事でしょうか?」
「催眠魔法なんか使いやがって!卑怯な奴だ!」
「……本当に何の事でしょうか?」
「今さら言い訳しても無駄だ!俺に卑怯な真似をした罪、償わせてやる!」
俺はケイトリーに向かって飛びかかる。いや飛びかかろうとした。
空中でガクッと体が止まる。侍女だ。侍女が片手で俺をつかんでいる。俺の体はそれだけで空中に浮いていた。
「は、離せ!」
俺は必死にもがく。でも、ケイトリーの侍女は無表情のまま、びくとも動かない。
な、何が起きているんだ!何なんだこいつ!熊なのか?人型の熊なのか!?
「そのまま王家の軍が来るまで拘束してなさい」
「ま、まて!ふざけるな!このクソ野郎!アバズレが!離せと命令しろ!」
俺の言葉に、ケイトリーはピクリと眉を動かすと、紅茶を机に置き、立ち上がった。
「そうですか。――さすがに軍が来るまでの拘束は、あなたでも厳しそうですか。では壁に少し押さえつけてください。私が拘束しましょう」
ケイトリーがそう言うやいなや、体が壁に叩きつけられる。一瞬呼吸が止まり、戻る。目を開くと、ケイトリーは両手に何かを持っている。見覚えがある。あれは釘とハンマーだ。
「重要指名手配犯を拘束する。これは致し方ないことですよね?」
ケイトリーの問いかけに、侍女はコクリと頷いた。
何をしようとしたか、分かった。理解してしまった。
「止めろ!止めてくれ!」
「まずは右手から」
押さえつけられた右手に鋭い痛みが走る。何度か、ゴツンと言う音と共に、衝撃が全身を 木霊(こだま) する。見たくないのに、目を向けてしまう。そこには釘が貫通し、壁に固定された俺の手のひらがあった。
「ギィヤァァァァァ!!」
俺の悲鳴など聞こえていないのか。ケイトリーは休まずもう一つ釘を取り出し、再度右手に叩きつけた。
「消毒はしていますので、安心してくださいね?」
にっこり笑いながら、追加で釘を打ち付ける。ケイトリーの笑みは、昔を思い出させる純粋無垢な笑顔だった。あんなに可愛く思っていた純粋無垢さが、この世の物では無いほどおぞましい物に見える。まるで悪魔を相手取っているような、そんな気がした。
俺の記憶はそこで途切れた。
******
パッパリー王子は国璽の偽物を作成したと、国家反逆の罪で投獄された。王族と言えど、国璽の複製は国を揺るがす一大事だ。許されるはずが無かった。
国璽の複製を見抜き、速やかに報告をしたケイトリー公爵令嬢には、王家より多額の謝礼金が送られたという。しかもケイトリー嬢はパッパリーを釘を用いて拘束までしていたそうだ。一部拘束方法について意義を唱える者もいたが、パッパリーのしでかした事の大きさの前にかき消された。
今では「釘のケイトリー」として学園だけでなく、社交界でも注目の人物となっている。
――ちなみに、パッパリーの両手に空いた六つの空洞は、未だ塞がる気配が無いのだとか。