軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15 友人

タリクの予言じみた言葉は当たった。

天文台で見つけた本から浮かび出てきた詩は、太古の昔に失われた一篇だったらしい。断片だけが伝わっていたものの完全体を見つけ、それをレポートにしたためたことで、ナディアはその課題で首位を獲得して星見の巫女役になった。

そして、タリクも星見の祭典で剣舞を披露する役に選ばれたという。

「祭典での剣舞って、志願者の中から選ばれるんですよね? 殿下が立候補したんですか?」

「そうだ。君に『心のままに』と言われたから」

タリクはそう言って微笑む。

「私も君に倣って少しは努力せねばと思って」

倣って、だなんて身に余る言葉だ。それでも、そんなふうに言われると誇らしい。

そう思っていたら、タリクが「しかし……」と小さなため息をついた。

「皆、呆れるほどあからさまだな」

パンをちぎりながらタリクは吐き捨てるように言う。

「星見の巫女に選ばれた途端にこれだ。手のひら返しも甚だしい」

夕食をとるタリクとナディアの傍を通りがかる人が軽い調子で声をかけてくるのだ。「巫女選出おめでとう」とか「さすが」とか「きっとナディアだと思ってたよ」とか。

星見の巫女が発表されて以来、ナディアに声をかけてくる学生が一気に増えた。新たに課せられた七年生のグループ課題の班も――いつもならナディアは最後まで余るのに――すぐに決まった。早速今日から皆で図書室に集まって資料探しを始めることも決まっている。

ナディアは新しい友人ができるのではと、密かに心を躍らせていた。タリクは八年生だから、じきに卒業してしまう。残り一年の学院生活を一緒に過ごせるような友人ができたらいい。

だがタリクはというと、不機嫌な顔でナディアに話しかけてくる人を見つめるばかりだ。

「信ずるに値する人間かどうかを見極めろ」

「どういう意味ですか?」

「星見の巫女に選出されるのは名誉なことだ。そのおこぼれにあずかろうとする人間も近づいてくる」

彼の言葉が胸にチクリと刺さった。「目的があって近づいているだけだ」と言われたようで。

「私の目には皆よい人に見えますが」

「君は善人だからそう見えるんだろうが――」

そこまで聞いて、ナディアは片目の下まぶたを指でひっぱり舌を突き出した。「あっかんべー」の顔だ。

子供っぽい自覚はあった。でも、人生で初めて人気者になって浮かれている気持ちに水を差された苛立ちが勝った。

「このあと図書館でグループの人たちと一緒に課題をやる約束をしてるので、お先に失礼します」

ナディアは立ち上がると、ガタガタ音を立てて椅子をしまい、つかつかと食堂を出た。

タリクも夕食のあとは剣舞の稽古だと言っていたから、数時間は離れて過ごすことになる。

今日ばかりは巣箱をカリカリしていても放っておこう、とナディアは心に決めた。

はずだった。

数時間後には、彼の言葉の意味を思い知っていた。

図書館で集合して資料を探し、手分けしてそれを読み込み、情報をまとめるという話になっていた。だがいざ始めてみると、彼らの資料探しは手近な書架からタイトルを見てそれっぽい本を集めてきただけだし、読み込むのに飽きて机に落書きを始めるし、情報は散らかる一方でまとまる気配がない。しまいには「やっぱりこういうのは得意な人がやるのが一番早いから」とナディアに丸投げして雑談を始める始末だ。

「あの、もしよかったら、まとめ方とか……私でよければ説明を……」

「うーん、でもナディアは説明が得意ってタイプでもないじゃない? だから教えてもらって私たちがやるより、ナディアがやるほうが手っ取り早いと思う」

――つまり……私をグループに誘ったのは、便利だから……?

星見の祭典で一緒に夜店を回ろうとか、同級生の誰と誰がイイ感じだとか、休暇中の旅行が楽しかったねとか、彼らの間で交わされる雑談を聞きながらナディアは資料を読む。

彼らから「ナディアを攻撃しよう」というような明確な悪意は感じない。ただナディアに関心がないだけだ。ナディアが今どんな気持ちでいるかを、想像しようともしないだけだ。

人に囲まれているのに、遠巻きにされていたときよりも孤独だ。

怒りはなく、ただ惨めだった。

日もすっかり暮れた頃にようやく資料集めを終え、図書館を出た。

部屋に戻る途中でフィオレンシアを見かけた。八年生と一緒に、何か楽しげに話しながら歩いていた。目が合った、と思う。でも声をかける前に、彼女はフイとそっぽを向いて角を曲がって行ってしまった。

――気づかなかったのかな。それとも……

防御魔術の小考査が終わったからナディアは用無し、ということだろうか。

*****

部屋に戻ると静かだった。

窓の外からは何の音も聞こえない。ガリガリボリボリという掘削作業の気配もない。どうやら剣舞の稽古がまだ終わっていないらしい。

両手で抱えていた資料を机の上に置いてフゥと息をつく。

――殿下の言うとおりだった。

机を占領している資料たちは班の皆が「疲れたから今日はもう終わりでいいよね」と去ったあとも、ナディアひとりで残って集めたものだ。中には今回の課題との関連性が薄いものも混じっているだろうから、読んで選別しなければならない。期限は来週。ひとりでやるとなると、今日中には読み終えたい。

でもすぐに読む気が起きなくて、ベッドに腰を下ろした。そして膝の間に顔を埋める。

――恥ずかしい。本当に。

ナディアを思って警告してくれたタリクに、あんな顔をして食堂を出てきてしまった。

――わかってたのに。殿下は優しさから言ってくれてるんだって、ちゃんとわかってたのに。

大切な友人にはあんな態度をとれるくせに、自分を利用しようとした同級生には何も言えないなんて――

ハッ

ナディアは思わず大きく息を吸った。

違う。

大切な友人 だから(・・・) 、あんな態度をとれたんだ。

彼はきっと許してくれるとわかっているから。

――甘えてるなぁ、私。

膝から頭を上げた。

――ちゃんと謝らなきゃ。

勢いをつけて立ち上がった。

タリクが帰ってくるのを待つのは嫌だ。謝るなら自分から出向くべきだ、と思った。

寮を出て校舎へ。長い廊下を抜けて練習場に向かう。

遠くからでも、ざわめきが聞こえる。

扉の手前で足を止めた。半開きの扉の隙間から明かりの灯った練習場が見えた。

稽古はちょうど終わったところらしい。タリクが剣を鞘に納めるところだった。

そんな彼の周りに人だかりができる。

「すごかったです殿下!」「さすがです!」「祭典がとっても楽しみです!」――そんな声が次々と上がる。ナディアが星見の巫女に選ばれた途端に声をかけてきた人たちと同じ顔ぶれだった。課題のグループの人たちの姿もある。

タリクは人だかりの中央で汗を拭っていた。

手ぬぐいで首筋を拭い、ひとつ息をつく。愛想よくしているわけでも、露骨に嫌そうにしているわけでもない。「よろしければ私の手巾をどうぞ!」なんていう声を無表情のまま手で制している。周囲の歓声に応えようとしない姿は、たしかに不機嫌にも見える。

――でも「不機嫌」とはちょっと違うような……?

もっと……なんというのか、空っぽな感じがする。

――あぁ。

ナディアはそのとき初めて理解した。彼はずっとこの景色の中にいたのだ、と。

ナディアが図書館で感じた孤独を、彼はずっと前から知っていた。

――だから警告してくれたんだ。私に同じ思いをさせないために。

そう思ったら、さっきまでの惨めさや哀しさよりも、もっと別のものが胸を満たした。うまく名前のつけられない、温かくて、でもなぜか少し苦い感情だった。

そのとき、タリクがふと顔を上げた。

目が合った。

その瞬間、無だった彼の顔に表情が宿った。

目尻をさげ、口角を上げ、人の波をかき分けてこちらに歩いてくる。

「……ごめんなさい」

「気にするな」

あっさりとした返事だった。口にせずとも、何が起きたかわかっているのだろう。

「あの……お詫びにこれを」

ナディアはそう言って術印を結ぶ。と、タリクの肌を濡らしていた汗が消えた。

「……便利な術だな」

「古典的なものですが」

話しながら練習棟を出て校舎の廊下を歩く。

上空を 鷹(サマーリ) が飛んでいる。

「『言わんこっちゃない』って、言わないんですか?」

「言うわけないだろう。思ってもいない。ただ、君が傷ついたのと同じだけ奴らを傷つけてやりたい、とは思う」

ナディアが「やめてくださいね」と言おうとしたのがわかったのだろう。口を開くより先に彼は「やらないが」と付け足した。

ナディアは下を向き、自分のつま先を見つめた。

「……浮かれてたんです」

「悪いことじゃない」

「それに、甘えてたんです。殿下に。許してくれるってわかってたから、あんな態度を」

ふ、とタリクが笑った。

二つの足音が響く。

「甘えられる存在になれているならよかった」

先ほどは長く感じた廊下が、彼と一緒だとあっという間だ。

寮に近い空き教室に入る。スナネズミになるためだ。

彼がスナネズミになってしまう。当たり前なのに、どうしてかそれを寂しいと思ってしまう。もう少し人間の姿の彼と話していたい、と。

そんなナディアの願いむなしく、小さくなった彼の体を掬い上げ、ポケットの中に入れる。

部屋に戻ると、彼を窓枠に置いた。

「チチチチチ」

スナネズミがそう鳴く。

「『おやすみ』? にしてはちょっと長い……?」

「チチチチチッ」

「なんだろう……『巣箱ヤだ』?」

指を折って文字数を数えていたら、スナネズミがぎゅんと縦に伸びた。

「早く寝ろ、だ。その机の上の資料が気になってな」

「ええとその……グループ課題を進めておかないと……」

「全部君がやるつもりじゃないだろうな?」

「やらないと班全員の成績が下がってしまいます。私も含めて」

成績が下がると奨学生の資格を失うかもしれない。そんな危険は冒せない。

タリクが大きなため息をついた。

「……手伝う」

でも、と反論しかけたナディアの言葉をタリクは手で遮った。

「君が寝ずにいるのを窓の外でヤキモキしながら見てるのは健康に悪い。イライラして、そのうち禿げそうだ」

彼は「さぁ、やっつけるぞ。この時間に教室を使う人もいないだろうし、ここでいいだろう。資料を持ってくるんだ」と言う。

「あのでも、私がやるべきことで」

「グループ全員でやるべきことを押し付けられたんだろ? 資料を軽く読んで仕分けるくらい手伝ってもらったからってバチは当たらない。どうせ窓の外でイライラするくらいなら、読みながらイライラしたほうがマシだ。君も少しは頼ることを覚えないと。ほら、一分一秒も惜しい。言い争っている暇はないぞ」

そう言って資料に視線を落とす。

月明かりに縁どられた横顔を見ながら「私……この学院に来て、殿下に出会えてよかった。ここに殿下がいてくださってよかったです」と呟いた。答えはなかった。琥珀色の瞳が一瞬ちらりとナディアを見て、また資料に戻った。