軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三人の門出

「……あ」

唐突に。

テーブル越しに向かい合う彼の姿が、両親との団欒を思い出させる。

あたたかくて、優しくて、愛に溢れた。恋しい、帰りたい。

心に雫が落ちて、はらはらと絶望を溶かしていく。

霧雨のようにささやかなぬくもりに呆然とする頬に、大きく角張った手が触れた。

視線を上げると、ペリドットがほんの少し痛そうに、柔らかい光を称えて莉央を見つめている。

頬のぬくもりが、彼のものだと知る。ミシェルの身体の莉央よりもずっと逞しい、大人の。

「……ねえ、副隊長さん」

「何だ?」

低すぎも高すぎもしない、ちょっと掠れた色気のある声。

応えてくれる人がいるというのは、幸福なことなのかもしれない。こんな、異世界で。

すり、と、つい甘えるように頬を押しつけた。

「ミシェル、男の子みたいなの」

「ああ」

「けど、わたしは女だったの」

「ああ」

意味がわからないだろうに、真剣に頷いてくれる生真面目な人。

会いに行くという約束を果たすため、こんなに遠くまで来てくれる律儀な人。

包容力に満ちたこの人に、聞きたいことがいっぱいあったみたい。

「男の子って、どうやって成長するの? お風呂の入り方は? 人との距離感は?」

自分なりに手探りでやってみてはいるけれど、未知の身体での生活は、想像したよりずっと難しい。

生前一人っ子だった莉央には、手本にできる身近な人はいない。貴族の家は、自分のことすら使用人任せだった。

すり、と太い親指に目の下を撫でられて、莉央は眉を下げて笑う。

「それで、今この手にきゅんとしちゃう場合は、どうしたらいい?」

「…………」

無言のまま、カトラリーを置いた大人の男が、傍に来てぎゅっと抱きしめた。

莉央も持っていた食器を手放す。けれど、抱きしめ返していいのかがわからず、手は膝の上に乗せた。

「……私は今、あなたを抱きしめているが」

「うん」

くっついた厚い胸板から、直接声が響く。

「あなたが男でも女でも、同じようにした」

ええっと。それは、どういう意味だろう。性別なんか気にしないよ、ということかな。

うまく咀嚼できずに黙っていると、ゆっくりした仕草で髪を撫でられる。

「男だと知って驚いたが、だからといって印象が変わることはない」

「……うん」

「私の知るあなたは、寒さにも孤独にも頓着せずのびのび過ごし、殿下をせせら笑い、陛下を動揺させるほど豪胆で自由な人だ」

そうやって並べられると、割ととんでもないな。反省すべきだろうか。

ちょっぴり遠い目になりつつ、莉央はあたたかな腕の中でじっとしていた。

「そして自惚れでなく、あなたは今もなお、私だけを身近と感じている」

「うん……」

謁見の間に入って真っ先に、莉央は彼の姿を探した。家族だという人たちが傍にいたのに。

証明しろと言われた時も、家族や他の誰かじゃなく、彼の手を借りるという選択肢しかなかった。当然のように。

今も、どうにか一人で生きていける環境は整えたが、そうするしかないからだ。

だって、彼は他人だから。共にいられたのは、牢にいる罪人と近衛騎士という関係性だったから。

でも、もしもそれが、変わってくれるとしたら?

「私は、目的を果たすために会いに来た」

そっと身体を離した副隊長が、さりげなく手を引いて莉央を立ち上がらせ、おもむろに足元に跪いた。

ひゅ、と喉が鳴る。知ってる。これ。

「あなたの後生に、私も置いてくれないか。私は、あなたのいない明日を恐れている」

「……副隊長さん」

「セヴラン・ハートリックが乞う。あなたの名を最初に呼ぶ栄誉を、どうか私に」

そうか。そうだった。莉央と彼は、互いの名前すら知らなかった。

おかしくて照れくさくて嬉しくて、莉央は笑った。

恐る恐る伸ばした華奢な手が届くのを、彼は──セヴランは、身動ぎ一つせずに待っていた。

逞しい肩に触れた瞬間、震えたのはどちらだったのか。

「セヴラン」

舌に乗せると、不思議なほどしっくりと馴染む。

ペリドットの瞳が和やかに細まり、美しさに見惚れた。

「あなたを欲しがってるのは、わたしの方だよ」

知っているだろうか。寒々しい牢の中で、この人の存在がどれほど心強かったか。

寂しくなんかない莉央は、それでも。

「あなたの人生を、わたしに、莉央にください」

「……リオ」

「ふふ。うん、莉央」

大好きな両親からもらった、宝物の名前だ。

もう一度呼んでもらえるなんて、思ってもみなかった。

立ち上がったセヴランがそっと顔を近づけ、触れるだけのキスを頬に贈る。

「リオと、私と、ミシェルで生きていこう」

ああ。この人でよかった。この人だけが、よかった。

当たり前のようにミシェルを忘れず、歪な共存ごと受け入れてくれる大きな懐を持つこの人が。

広い背中を抱きしめると、心の内側にミシェルの笑顔を見た気がした。