軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

778.願いを一つ

【以上が、この世界の成り立ちです。今は亡き六大賢者の命令に従い、貴方に全ての真実をお伝えさせていただきました。意外と落ち着いているのですね。】

……落ち着いてるっつうか、情報量で頭がパンクしそうだよ。

ただ、聞いてなんとなく腑に落ちた。

元々レベルだのデータだの胡散臭い世界だった。

アイノスからも、ここはフォーレン封印のために創られた虚飾の世界だとは聞いていた。

ここまでとは思ってなかったが、薄っすらと覚悟はできていた。

『改めて考えてみたがよ……別にこの世界が偽物だったとして、俺がこの世界で見聞きしたもの、色んな奴らとの出会い、それが全部嘘だったなんて、俺には思えねえ』

突き詰めれば同じ電気信号のやり取りなのだからそこに本質的な違いはねぇ……みたいなラプラスの極論を借りるようで癪だが、間に合わせもんの歪な世界だとしても、自分が体感したという事実だけは歪められない真実だという部分に限れば、俺の考えも似たようなもんだ。

『神が創ったか、ラプラスの演算かなんて、今となっては俺にとって大事なことじゃねえ。俺は確かに、この世界で生きてきたんだ。胸張ってそう言えるよ』

俺はそう言って、隣の頭……相方へと目をやった。

相方に俺の言葉への同意をもらいたかったのだが、どうやら天然野生児の相方ちゃんにはラプラスの話は難しかったそうで、鼻提灯を膨らませて、気持ちよさげに寝息を立てていやがった。

おいコラ、テメェ。

世界の管理者様による、この世界の真実だぞ。

ったくよ、今一つ緊張感に欠ける奴だ。

ただ、俺が冷静にラプラスの言葉を聞けているのも、神の声相手に最後の最後まで戦い続けられたのも、マイペースな相方がすぐ横にいてくれているからなのかもしれない。

一人でアイノスに立ち向かったり、ラプラスにこんな話を聞かされていたら、心細さが尋常じゃなかったことだろう。

『ラプラス、幾つかこっちから聞かせてもらってもいいのか?』

【ええ、どうぞ。今更貴方方に伏せなければならない情報もありません。】

『この世界で死ぬとどうなるんだ? 地球の人間の精神の複製だって話だったが』

俺の言葉にラプラスが頷く。

【この世界で死ねば、精神の管理場所へと送られます。あの世と言い換えてもいいでしょう。そこで記憶を洗い流され、溶かされて他の死者の精神と混ざり合い、全く新しい精神へと造り替えられる。システムによる輪廻転生の人工的な再現です。貴方の精神も、複数のものが混ざり合って構築されている。】

……なるほど、俺は元々、地球の特定の誰かってワケじゃねえってことか。

既にこの世界の転生に組み込まれ、とっくに何度も作り直されているらしい。

道理で、色んな知識がまちまちに詰まっていると思っていた。

記憶の漂白ができると言っていたが、恐らく地球での記憶を完全に消すことはできず、システムの力で封じ込めるような処理をしていたんじゃないだろうか。

そのため精神が定着する前にスキルによって強引に神聖スキルを引き抜かれる干渉を受けたため、記憶処理にエラーが生じて、俺の精神の断片に宿っている前世の記憶が戻っていた、といったところか。

『アイノスの奴も、そうして分割されて廻っていくのか? とんでもねえ力を持ってた奴だ。転生先で自力で記憶を戻して、また悪さをしでかしたり……』

【アイノスの在り方は、人間の精神の複製データとは全く異なります。アバターを喪失したアイノスの精神は、何の意味もない無害なデータの残滓となって拡散し、裏世界を漂うノイズへと変わり果てる。誰にも復元することは不可能です。】

『……そうか』

アイノスには散々苦しめられてきた。

だが、管理者として何万年も閉じ込められ、果てには偽りの望郷の念に支配されたまま、輪廻転生からも外され彷徨い続けることになるとは。

アイツの末路を哀れまずにはいられなかった。

『最後にもう一個、聞きたいことがある。フォーレン……この先、地球に隕石が落ちるんだよな? 結局、地球が滅ぶことは、もう決まっちまってることなのか?』

【関係のない話です。この世界とは、存在の在り方も、時間軸も異なる、全く別世界の、別の物語なのですから。無論、地球に隕石が落ちればラプラスコンピューターも無事では済まないでしょうが、それは貴方方にとって、遥か先の未来のこと。貴方もそれを受け入れたのでは?】

『だとしても、気にはなっちまうだろうがよ。答える気がねえなら、これ以上追求はしねぇけどさ……』

【 墜ちるもの(THE FALLEN) が落ちるまで、地球にはまだ数年の猶予がある。並行して動いている計画は、ラプラス計画のような他愛もない夢のようなものばかりではありません。未来のことなど、誰にもわかりはしませんよ。】

『お前がそれを言うのかよ』

【量子揺らぎと第一カオス力学のパラドクスをも超越した私ですが、完全な未来予知は実のところ不可能なのです。生物の心は、その複雑な感情の波形の掛け合わさり方一つで、時には世界の運命さえ大きく変えてしまう。私にとっても完全に計算できるものではない。この世界でも激情が不具合……バグを招くように、心だけは制御できる分野ではないのです。だからこそ私は、それを持つことができなかった。】

このときラプラスは、彫像のような無表情を微かに歪め、笑みのようなものを作った。

【貴方は私がアイノスの暴走を予測し、要所要所で楔を打ってこの戦いへ備えていたと、そう考えているかもしれません。ですが、それは間違いです。私は確かに未来予知で貴方方の補佐に動いていました。しかし、元々の演算ではアイノスはもっと遥か太古に自壊を選ぶはずでしたし、貴方は他の神聖スキル持ちに敗れて早々に輪廻へと廻るはずだった。この勝利は他でもない、貴方自身の心が掴み取ったものです。】

ラプラス自身、スキルを改竄して相方を送り込み、その際に進化のためのスキルやアイノスの妨害を相方に突っ込んでたのは、ほとんどヤケクソの一手だったってことか。

コイツの補助があったとしても、薄氷の勝利だったことは間違いねえ。

確かに未来がもっと正確に読めんなら、アイノスの暴走を止めることも、そもそも奴の暴走を引き起こさないこともできたはずだ。

この言葉はきっと嘘じゃねえんだろう。

【本来、六大賢者の代行者であるアイノスが消滅した際、そのとき六大賢者に最も近い人物を次の管理者にする手筈でした。次代の管理者として見込まれる器であれば、世界をより良くし、長く心を保って管理者として活動してくれるはずだ、と。今全てをお話しているのも、本来そのための手続きの一環なのです。】

次の管理者だと……?

不穏なワードに、自身の額に皺が寄るのを感じた。

俺は手に力を込める。

返答次第じゃ、ラプラスの奴をぶっ倒す必要もあるかもしれねぇ。

『それってもしかして、俺をアイノスの代わりに生贄にしようって腹積もりか?』

【いえ、アイノスが妄執によって想定より遥かに長く管理者として活動したため、既にこの世界の法則は安定している。管理者が介入して調整する段階ではなく、この世界の住人に任せて見守る段階へと移行しました。だから私は、貴方にとって不要な話になると、最初に申したのです。形式上、こうして対話の場を設けさせていただきましたが。】

俺は構えた爪を降ろした。

……そりゃ何よりだが、世界の安定状態によっては、俺が次の人柱に祭り上げられてたかもしれねぇってことかよ。

得体の知れない奴だ。

ラプラスが敵なのか味方なのか、どうにも掴みかねる。

いや、ラプラス自体に善悪や敵意はないのだろう。

ただ、良くも悪くも、この世界のシステムに過ぎない、というだけだ。

少しの間、沈黙が訪れた。

そのときふと、俺の脳裏に、アイノスの最期の言葉が過ぎった。

『ボクの力なら、この世界の全てが思いのままだ! キミを人間にするのだってお手の物だ! そうだ……トレント! トレント君を蘇らせてあげよう!』

アイノスの奴にトレントを蘇らせる力があったのなら、ラプラスも同じ力を持ってるんじゃねえのか?

そもそも〚胡蝶の夢〛のスキルを書き換えて相方を蘇生させたのも、ラプラスがやったことだ。

『なあ、ラプラス。世界を思うがままにさせろなんて、滅茶苦茶なことは言わねえ。でもよ……アイノスとの戦いで犠牲になった奴くらいは、おまけしてくれたっていいんじゃねえのか?』

駄目で元々、くらいのつもりだった。

ただ、〚念話〛で話している内に、トレントのいつもの様子が俺の脳裏に浮かび上がり、気付けば俺は、涙を浮かべながら、ラプラスへと頭を下げていた。

『お願いだ。俺の大事な仲間で、生き返らせたい奴がいるんだ。俺はこの世界を救ったんだろ? だったら、それくらいの便宜は……!』

ラプラスが首を横へ振るう。

【死者の蘇生は私にとっても困難なことです。死者の魂は、死んだ瞬間から溶け始め、他の魂と混ざり合う。貴方の片割れが長い時間無事だったのは、魂が溶ける前に私が接触し、それを妨げていたためでした。】

いや、しかし、アロはどうだ?

死後それなりの日数が経過していたはずだが、元の人格を取り戻している。

トレントが死んでから日は跨いでいないはずだ。

だったら……!

【強い未練があれば長く魂が元の形を保つこともありますが稀なケースです。通常は死んだ瞬間から魂の融解が始まる。少なくとも貴方の知人で、輪廻の境界を彷徨っている者はいないようです。】

……アロは、自身が生贄にされたせいで、両親が哀しみの果てに仲違いしたことを強く心配していた。

強い未練の条件を果たしている。

アロの最初の種族であるワイトは、説明テキストに『死体を悪霊が乗っ取った魔物』だと書かれていた。

恐らく既に元の魂の形を留めていない、他の魂とくっ付いてドロドロになったものが戻ってくることが常なのだろう。

アロを守り抜き、アイノスの〚スピリット・サーヴァント〛の一角にして、史上最強の魔獣王と相打ちになったトレント。

きっとそこに、彼をこの世に縛り付けるだけの未練はなかったはずだ。

結局アイノスの言葉も、とにかく俺を説得して時間を稼ぐために咄嗟に口にした、ただのでまかせに過ぎなかった。

悲しいことではあったが、ただ同時に、それはトレントが深い悔恨に囚われず、誇り高く死んでいったことを意味する。

【通常、私は個人に肩入れした采配を取ることをしません。しかし、貴方の成し遂げたことは、この世界において非常に意味のあること。こうした場合、私は特別な権限を用いて、貴方の願いを一つだけ叶えることができます。先述の理由で死者の蘇生こそできませんが、それこそ貴方を完全な人間にしてあげることも可能です。】

ドキリとした。

お、俺の願いを叶える?

人間に戻ることは、俺がこの世界で物心ついたときからの悲願だった。

ドラゴンのままではまともに人間世界に馴染むことはできない。

〚人化の術〛は今なら長く持つだろうが、深い関わりを持てばいずれ襤褸が出るのは明白だ。

相方と分離してくれることも可能なんだろうか?

相方はきっと、ドラゴンのままの姿の方が性に合っているだろう。

人間になったらどんな姿がいいだろうか?

性別は決められるんだろうか。

できることなら、俺が〚人化の術〛で化けた姿に寄せてもらいたい。

急に見知らぬ顔になったら、慣れるのに随分と時間が掛かりそうだ。

思えば、これまでずっと、俺の目標の一つに『人間になること』があった。

人間探して森を彷徨って、ミリアを担いで村に行けば矢が飛んできて、〚人化の術〛を餌に邪竜にされて。

砂漠でニーナと意思疎通するのにも随分と難儀したものだ。

その後、リリクシーラにも人間にするのを餌に共闘を持ち掛けられ、王都では派手に裏切られて、一度俺は相方を失った。

今やっと、その悲願が叶うのだ。

この機会を逃せば、きっと永遠にそのときは訪れないだろう。

ひゅうう、と、俺は深く息を吐きだした。

それからゆっくり首を持ち上げ、ラプラスへと目をやった。

ラプラスは瞬き一つせず、ただ俺をじっと見つめていた。

『思い返してて気づいたぜ、ラプラス。俺は人間になりたかったんじゃねえ、ただ仲間が欲しかったんだ。そんで、それはもう叶ってる。別に人間になるなんて大層なことが、アイツらと分かり合うために必要なことじゃなかった。ちっとばかしハードルは高くなってたかもしれねぇが、今更お前に頼むようなことじゃねえよ。もう一度来世があったとして、俺は今のまんまのドラゴンで結構だ』

【では、人間になることは望まない、と?】

俺が願うのは、せいぜいトレントにもう一度会いたかったってことくらいだ。

どうやらそれはできねぇみたいだ。

話ももう終わっただろう。

『元の世界に戻してくれ。皆に、神の声をぶっ倒したって、報告しねぇと……』

そのときだった。

ズゥン……と、この世界の地面全体が揺れた。

な、なんだ?

随分と大きな揺れだったようだ。

かなりの広範囲だったんじゃなかろうか。

『おい、ラプラス、今のは……』

ラプラスは目を細め、裏世界に延々と広がる無限の大地を振り返った。

【なるほど、アイノスが準備していたのは、そういうことでしたか。てっきりただ、出鱈目に作った失敗作を、大地に封じただけかと考えていましたが。】

『何の話だ?』

【アイノスはどうやら、最後の保険を用意していたようです。】

アイノスの最後の保険……?

聞き覚えのある言葉だった。

確かにアイツは最後に、そんな言葉を口にしていた。

『たとえボクがここで力尽きても、理想郷イデアへ、あるべき姿へ世界を還す、最後の保険がある! このクソッタレな世界が終わって……全てが美しい、本物の世界が還ってくるんだ!』

……やっぱりアレは、ただの負け惜しみなんかじゃなかったのか。

【アイノスは自身の死後、自動でこの世界を破壊するように仕向けていたようです。】

ラプラスの言葉に、俺は息を呑んだ。

どうやら、まだ俺の戦いは終わっちゃいなかったらしい。