軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

741.覚醒(side:トレント)

『アロ殿……いけませんぞ、退いてくだされ……』

私はアロ殿へと呼び掛けたが、アロ殿はこちらを振り返りもしなかった。

「ごめん、トレントさん」

アロ殿は前を向いたまま、そう呟いた。

目を閉じて息を整えてから、魔獣王を正面から睨み付ける。

「〖暗闇万華鏡〗!」

三体のアロ殿の姿がブレる。

それぞれが増えて、三倍の九体になった。

〖暗闇万華鏡〗の重複発動……!

これまで目にしたことがなかった。

まさか、九体に分身できるなんて思わなかった。

これならば魔獣王相手にもどうにかなるかもしれない。

そう考えたのだが……飛び回るアロ殿の、追い詰められた表情を見て、そんな甘い話があるわけがないと悟った。

ただでさえアロ殿は魔力が足りない状態に陥っていたのだ。

派手な攻撃に転じられるだけの魔力があるわけがない。

恐らく、あれはただの見せかけである。

まともに魔力を有しているのは、あの九体の内のよくて二体といったところだろう。

残りはただの囮である。

『ツマラヌ小細工ダ』

魔獣王が四つ腕を振り回す。

アロ殿が一体、また一体と、無慈悲に叩き潰されていく。

アロ殿は避ける猶予も、まともに魔法を発動する猶予もなく、次々に霧散してただの魔力へと戻されていった。

「〖亡者の霧〗!」

三体のアロ殿が、魔獣王の肩の辺りで、〖亡者の霧〗のスキルを発動した。

濃霧が漂い、魔獣王の視界を悪くしていく。

だが、次の瞬間、魔獣王の振り回した腕によって、三体纏めて消し飛ばされた。

せいいっぱいの霧も意味をなさず、一体、また一体とアロ殿の分身が潰されていく。

次の瞬間には本体が叩き潰されるのではないかと、私は見ていて気が気ではなかった。

あっという間に八体のアロ殿が潰された。

最後に残ったアロ殿が、魔獣王の頭部へと手を向ける。

「〖ゲール〗!」

アロ殿が叫んだ。

大きな竜巻が魔獣王へと向かっていく。

『我ガ獣皮ノ前ニ、コノ程度ノ魔法ハ意味ヲ為サナイ』

魔獣王の抜き手が竜巻を貫いて蹴散らし、そのまま奥にいるアロ殿の胸部を穿った。

アロ殿の身体がバラバラになり、魔力となって霧散していく。

私は目を見開き、その光景を呆然と見ていた。

アロ殿が、殺された……?

ショックで頭が真っ白になった。

私は咄嗟に身体を動かそうとしたが、HPもMPも限界に到達していた私の身体は、少しも動かなかった。

『……今ノ感触……本体デハ、ナイ?』

魔獣王の呟きに、私ははっとさせられた。

魔獣王の顔のすぐ近くで、〖亡者の霧〗のスキルの濃霧に紛れて、数体の蝙蝠が現れた。

かと思えば蝙蝠達が合わさって形を成していき、アロ殿の姿になった。

その手には、大きな紫の光球が輝いていた。

『十体目のアロ殿……!』

私はようやくアロ殿の〖亡者の霧〗の意図が分かった。

今の蝙蝠はワルプルギスのスキル、〖黒血蝙蝠〗である。

〖暗闇万華鏡〗に似ているが、こちらは己の血を蝙蝠にして飛ばすことができる。

アロ殿は九体に分身した後、魔獣王の死角に内の一体を送り込み、かつ〖亡者の霧〗に紛れて十体目の〖暗闇万華鏡〗の分身を生み出していたのだ。

そして本体は〖黒血蝙蝠〗で身体を小さく分割して蝙蝠に化け、〖亡者の霧〗の濃霧に紛れた。

濃霧と位置取りによる物理的な死角。

そこに合わせて、合計九体のはずだという意識の死角を突いたのだ。

最後の分身に最大の〖ゲール〗を撃たせて、魔獣王が〖ゲール〗ごと貫いて隙を晒したところに急接近した。

「これが私の……最後の魔力!」

魔獣の大きく開かれている眼球に、アロ殿は〖ダークスフィア〗を叩き込んだ。

頑強な獣皮と違い、眼球はさすがに脆いはず……。

私とアロ殿が真っ先に至り……そして、失敗した作戦であった。

魔獣王の眼球が出血して赤く染まり、血管が走った。

「アァアァアアッ!」

魔獣王が目を手で押さえる。

『コノ我ニ、一撃与エルトハ……!』

魔獣王の巨躯がよろめく。

『ダガ、サラバダ戦士ヨ』

魔獣王は負傷した眼球を見開く。

力なく地面へ落下してくアロ殿をぶん殴り、地面へと叩き落とした。

「あぐっ!」

アロ殿の身体が地面に叩きつけられ、無惨に肉体が爆ぜる。

『アロ殿ォッ!』

『最後ニ一矢報イタ事……見事ナリ』

私は呆然と、アロ殿の残骸を見つめていた。

今度こそアロ殿が死んだかと、そう思った。

だが、アロ殿の残骸に光が走り、次の瞬間には元の姿に戻っていた。

『ま、まだ、生きている……よかった……』

ワルプルギスは魔力がある限り死ぬことがない。

辛うじて、まだ肉体を再構築するだけの魔力が残っていたようである。

だが、アロ殿は呆然と、視界を覆い尽くさんがばかりの魔獣王の巨躯を眺めているばかりであった。

アロ殿も私と同様に、もう身体を動かすだけの体力も残っていないのだ。

『厄介ナ性質ダ。敗者ヲ甚振ラネバナラントハ』

魔獣王の手が、ゆっくりとアロ殿へと伸びていく。

このままでは、本当にアロ殿が殺されてしまう。

私がどうにかせねば。

私が、どうにか……!

どれだけ力を入れても、身体がもう動かない。

今のMPで使えて、かつ有効なスキル……。

どれだけ考えても何もない……。

〖癒しの雫〗……〖重力圧縮〗……〖妖精の呪言〗……〖クレイ〗……〖グラビティ〗……。

〖デコイ〗……〖スタチュー〗……〖ウッドカウンター〗……〖熱光線〗……〖樹籠の鎧〗……。

何周考えたって、今の状況を何も変えてはくれない。

私は、私は、私は……。

『……なぁ、トレント。何度見ても、お前のスキルに〖最終進化者〗がねえんだ。もしかしたらもずっと前に喰った、知恵の実だかのせいかもしれねぇな。もしかしたらもう一段進化できるのかもしれねぇが、何が起こるのかわからねぇから、下手に触ったりするんじゃねえぞ』

脳裏に、主殿の姿が浮かび上がった。

最終進化……。

なぜ、ずっと忘れていたのか。

私はもう、まともに身体を動かせない。

スキルの一つも使えない。

だが、それでも、進化することならできるかもしれない。

『トレント君だったね。神聖スキル持ち以外は、伝説級には絶対になれないんだ』

ンガイの森で出会った先代の勇者、ミーア殿の姿が頭に浮かんだ。

『一応、特例がないわけじゃないけれど。強引に進化できても、崩神っていう特異な状態異常が発生するんだ。そうなったら最後、絶対に助からないよ。じわじわと最大HPが減っていって、身体が崩壊するんだ。覚えておくといい』

ミーア殿、私はたとえそうなっても構いはしない。

ここで何もできず、アロ殿が嬲り殺しにされる様を見る方が……私の死などよりも、ずっと恐ろしいことだからである。

私はただ一心に念じる。

こんな、ただ受け身の姿ではない……もっと強い姿を、私は乞うた。

別に、これまでもずっと、攻めるための力が欲しかったわけではない。

ただ、主殿や、アロ殿や、アトラナート殿……。

周囲の皆を守れる力が欲しかった。

そのために攻めることが必要だというのならば、私は誰かを守るために戦う、そんな力が欲しい。

【称号スキル〖知恵の実を喰らう者〗と〖世界樹〗が呼応しました。】

【称号スキル〖叡智の樹〗を得ました。】

【特性スキル〖神の知恵〗を得ました。】

頭の中に聞いたことのない声が響く。

『誰かは知りませんが……私に、力をくだされ! その代償に、私の何を捧げても後悔はしませぬ!』

私は力いっぱいそう叫んだ。

私の身体の奥から、青白い光が溢れ出てくる。

身体の内側から、力が爆発的に溢れ出してくる。

それに従い、私は自身の身体が膨張するのを感じていた。