軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

733.〖森羅転生〗(side:トレント)

私とアロ殿は、全力で魔獣王から距離を取る。

魔獣王の今の口振り、明らかに〖死神の種〗が自身にとって脅威となることに気が付いていた。

森の侵攻から、我々の排除へと優先順位を切り替えてくるはずである。

だが、魔獣王は私達を睨んでその場に止まったまま動かない。

「もしかして、追い掛けてこない……?」

アロ殿が不思議そうに魔獣王を振り返る。

そのときであった。

『〖森羅転生〗!』

奴の巨体を中心に、青白い光が円状に周囲へ放たれる。

範囲内の土が、石が、木が、光に照らされ、その輪郭を崩し、無数の化け物へと形を変えていった。

「もしかしてあれが、森で暴れていた、四つ目の化け物達を生み出したスキル……」

アロ殿がぽつりと呟く。

『で、ですが、森の四つ目共とは、大きさが異なるような……?』

魔獣王の周囲の化け物達は……皆、十メートル近い全長を有する四足獣であった。

巨大な獅子のような姿をしており、山羊の角と、大蛇のような尾、そして四枚の大きな翼を有していた。

顔には魔獣王と同様に、四つの目がある。

これまで見てきた四つ目獣達とは一線を画する化け物である。

優に百体以上は魔獣王の周囲に生み出されていた。

『貴様ラヲ殺スタメ用意シタ、飛行能力ト戦闘能力ニ長ケタ魔物ダ。森ヲ襲撃スルタメニ生ンダ、アノ小動物共トハ訳ガ違ウゾ。一体一体ガA級上位ニ匹敵スル』

『一体一体がA級上位!?』

それはつまり、私やアロ殿と同格の魔物が百体以上存在する、ということである。

ただ、私は最大レベルで、アロ殿もほぼ最大レベルに近い。

この手のスキルは最大レベルで出てくることは少ないため、同ランク帯であれば、ステータス的には我々の方が勝っているはずではある。

ただ、単純計算、戦力差は五十倍以上になる。

それも魔獣王本体を考慮せずに、である。

『行ケ……ベヘマ・キマイラ!』

無数の獅子のような化け物、キマイラが一斉に地面を蹴って飛び上がった。

A級上位の魔物の群れが、我々の後を追い掛けて向かって来る。

キマイラはゆっくりと、しかし着実に私達へと距離を詰めてきている。

「あのキマイラ……私達より飛行速度が速い……!」

キマイラの軍勢に続き、魔獣王も我々の方へと動き出した。

魔獣王本体も、キマイラの軍勢程ではないものの、我々が想定していたよりも遥かに移動速度が速かった。

森を踏み荒らし、大地を揺るがしながら、一直線に我々の方へと向かって来る。

このペースであれば、キマイラの相手をしていれば、あっという間に追い付かれてしまう。

「逃げるのも楽ではないと思ってたけど……」

アロ殿が唇を噛み、背後を睨む。

私も彼女の視線を追って後ろを見た。

大空の一面に、巨大なキマイラ達が広がっている。

その奥には、圧倒的な巨体を誇る魔獣王。

あれらの全てが我々の命を狙っているなんて、とても信じられなかった。

『ここまで酷いことになるとは、私も思っておりませんでした。この光景……もはや、まるで悪夢そのものですぞ……』

『神聖スキルサエ持タヌ者ガ、コノ我ニ挑ミ、神ノ試練ヲ乗リ越エヨウナドト、笑止。我ヲ怒ラセタコト、後悔シナガラ朽チテ行クガイイ!』

魔獣王から〖念話〗が放たれる。

「トレントさん……〖死神の種〗の発動まで、どれだけの時間が掛かると思う?」

アロ殿が私へと尋ねる。

『ま、魔法力の差によっても、MPを削れる速度は変わりますからな……。そもそもあれは、戦闘の中でMP切れを狙うスキルですから……こうして一方的に逃げている状態であれば、向こうもあまりスキルを使わないのではないかと……。それにあくまでも感触なのですが、あの魔獣王……パワータイプには見えますが、魔法力も決して低いわけではなさそうなのです』

どうにも〖死神の種〗で、そこまでMPを削れているような感触がないのだ。

恐らく魔獣王は私よりも数倍は魔法力が高い。

そうなると魔獣王はMP最大値が極端に低いかもしれないという、アロ殿の仮定も怪しくなってくる。

「その辺りを考慮して、どのくらいになりそう?」

『き、希望込みで、三時間……ですかな。流石に今の〖森羅転生〗だとかのスキルも、かなりMPを消耗しているはずではありますし……』

「三時間……」

アロ殿が、私の口にした数字を呟く。

これもかなり希望込みでの数字であるため、もしかしたらこの倍以上の時間が掛かるかもしれない。

せめて主殿のように細かい敵の能力が確認できれば、もっと戦略も立てられるのだが……。

不確定な上で、仮定に仮定を積み重ねて、そこに全てを賭して戦わなければならない。

そうでなければ魔獣王相手に立ち向かうことなどできないとは最初からわかっていたものの、しかしどうしても精神的にきついものがある。

私だけではなく、アロ殿の命もこの〖死神の種〗に懸かっているのだ。

「……やってみよう、トレントさん。苦しい状況だけど、勝ち目のない戦いじゃないと思う」

『え、ええ! 他に手もありませんし……ここまで来て、引き下がるわけにはいきませんからな!』

「数日竜神さまを待たないといけなかった状況と比べたら、ずっとよくなってると思う。だって、三時間逃げ切りさえしたら、魔獣王は干乾びる……。見て、トレントさん」

アロ殿が手で背後を示す。

私はまた連中の方を振り返った。

「アアアア!」

「アアアアアアアッ!」

けたたましい叫び声を上げて、無数のキマイラ達が我々の方へと向かってきている。

魔獣王の巨大な四つの目が、強い怒りの色を帯びて私達を睨んでいた。

『ひ、必死に追い掛けてきているな、としか……』

私の言葉にアロ殿が頷く。

「そう、最初は歯牙にもかけなかった私達のことを、魔獣王は必死に追い掛けて来ている。『私達に追い詰められている』ってことを自覚しているからだと思う」

『確かに……』

「今の状況は厳しい。伝説級の魔物のせいいっぱいの抵抗なんだから、苦しい状況に立たされているのは当たり前だと思う。でも、本当に追い込まれているのは、トレントさんのスキルで私達の対処に命を懸けることになった、魔獣王の方だと思う」

アロ殿の言葉に私は息を呑んだ。

確かに、魔獣王はランクの割には致命的に速度がない。

今の移動速度を見るに、せいぜい私達と同じ程度か、僅かに遅いくらいである。

恐らく魔獣王は本体の頑丈さにステータスの配分が大きく偏っている。

だから『魔物をばら撒かれて我々が追い詰められている』のではない。

本体のステータスが偏っていて、追跡能力に特化した大量の魔物を生み出さなければ私達を捉えられなかったが故の次善策なのだ。

魔獣王はこのままでは〖死神の種〗に倒されると踏んでいて、それが故の、この状況なのだ。