軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

713.神話の剣士(side:ヴォルク)

『まさか、剣士としてオレと対峙する者が再び現れるとは……! 何秒持つか楽しみだ』

「悪いが簡単にはくたばらんぞ。それが我の強みだ」

アーレスの言葉に、我はそう答える。

ただ、強がってこそみたものの、アーレスに気圧されつつあった。

なにせ奴は、ただ剣一振りの〖衝撃波〗で聖堂の天井を吹き飛ばしたのだ。

とてもではないが、アーレスを剣士の枠には見られない。

膂力が桁外れ過ぎる。

我の〖自己再生〗も、まともに回復の機会があるとは思えなかった。

『防グノハ無理デアル、避ケルシカナイ』

マギアタイトの化けている〖黄金魔鋼の霊剣〗が、我へとそう助言を投げかけてくる。

「……そうであろうな」

アーレスからは、鬼神が如くどす黒いオーラが滲み出ていた。

明らかに人間の有するオーラではない。

恐らくアーレスの、今の人の姿は仮初のものなのだ。

我の剣士の勘は、相手が殺意を向けている場所……そこに立っていれば、次の瞬間に受けきれない攻撃が来るかもしれない場所を色で感覚的に察知することができる。

危険な場所が僅かに薄暗く見えるのだ。

だが、伝説の剣士であったハウグレーと対峙したとき、この能力はまともに機能しなかった。

ハウグレーの周囲一帯に黒い靄が常に掛かっており、とてもではないが剣で戦う上でそこに踏み込み続けることを避けられなかったからである。

あれは我とハウグレーの力量差が開いていたが故に、どう近づいても斬り殺される可能性があった、ということであろう。

そして今は、それよりなお酷いことが生じていた。

アーレスに意識を向けた瞬間から、我の目に映る世界そのものが暗闇に包まれていた。

我が聖堂の壁に大穴を開けた、そのずっと向こう側でさえも、である。

アーレスはその気になれば、次の瞬間には我の視界の届く範囲内の全てを攻撃範囲にすることができるのだ。

そんなもの、もはや剣士とは呼べない。

勝機など本当にあるのか?

アーレスが本気になれば、このハレナエごと我など消し飛ばされてお終いだ。

我は息を整え、集中する。

戦う前から諦めるな。

我はハウグレー相手の際にも、『絶対に勝てる相手ではない』と心が折れかけてしまっていた。

だが、それでも、最後に立っていたのは我だったのだ。

それに我にはマギアタイトに、アトラナートもついている。

『格の差というものを教えてやろう。〖 多影歩(たえいほ) 〗』

アーレスがすぅっと横へ移動する。

どうやら対象に剣先で狙いを付けながら、相手の感覚を崩すように動く歩術スキルのようであった。

ただ、恐ろしいのはその速度である。

ステータスの差が如実に出ている。

前にいたと思えば、気が付けば死角へ回り込まれている。

やれる……やれるはずだ。

ハウグレーは、自身に遥かにステータスで勝るイルシアの攻撃さえ躱し続けていた。

我も奴との一戦で多くのことを学んだつもりである。

さすがにあの反則染みたスキルの合わせ技はとても再現できそうになかったが、相手の動きを先読みして翻弄する動きは、少なからず取り込めた自負がある。

これまでの全ての経験で、我の剣士としての勘を一段階上へと押し上げろ。

そうすればきっと近づくはずなのだ。

ハウグレーの見ていた景色に。

ハウグレーの〖神落万斬〗を捌き切ったときのことを思い返す。

あのときの極限まで高められていた戦闘勘の感覚を自在に引き出せれば、きっとアーレスの動きでさえ見切れるはずであった。

『この世界は、ただの造り物である』

『この老いぼれは、自身の歩んできた人生の意味を見失ったまま消えるのが恐ろしいのだ。ただ、それだけに過ぎぬ。聖女様を経由して、この世界の意義を、そして真実を、神に問う。それがワシの目的だ』

『……ヴォルクよ、この先どんな残酷な運命が待っていようが、決して折れるのではないぞ。ただ、自分の信じる方へと真っ直ぐに歩めばよい』

ハウグレーはこの世界が虚構でないかと疑っていた。

それは彼の行き着いた剣の極致が、世界の歪を突くことであったからだ。

我にはその感覚はわからない。

だが、ハウグレーは、聖女について神の声に会えば、真実を得られると信じていた。

そしてハウグレーは、恐らくその答えに勘づいている。

「……あなたの悲願は我が継ぐ。ハウグレー、力を貸してくれ!」

目を瞑り、精神を統一する。

『お前には、このオレの偉大さを叩き込んでから殺してやる! 自身が敵に回したものの強大さを知り、絶望に沈むがいい! 偉大で絶対なるこのオレと戦うということは、海や大地、世界の理そのものに刃向かうが如く愚行と知れ! まずは腕の一本をいただく!』

アーレスの放つ、神速の大振り。

ただそれだけで暴風が巻き起こる。

叩かれた床が爆ぜ、土飛沫が上がった。

その一撃が振り下ろされてから気が付いた。

我が、アーレスの一撃を無意識に回避していたことに。

『何故、避けられる……? 有り得ん、反応できるわけがない! 神聖スキルさえ持たぬ男が、このオレの一撃を躱してみせたというのか?』

「強者との一戦は、我を高みへ導いてくれる。三騎士メフィスト、聖騎士アレクシオ……悪食家ハウグレー、そして貴様……勇者アーレス。こればかりは巡り合わせに助けられたとしかいえん。お陰で我は、この境地に達することができた」

言うまでもなく、ハウグレーとの戦いが最も大きい。

アーレスは強大な化け物だ。

だが、剣士としての完成系は、間違いなくハウグレーであった。

アーレスが史上最強の勇者だということはわかる。

だからこそハウグレーの異常さが際立つ。

アーレスでさえ、剣の精緻だけを引き合いに出せば、ハウグレーには遠く及ばないであろう。

ただ剣を極めただけで、この世界の歪みに気が付いたというだけはある。

『見事……オレの一撃をこうも見切れる者など、お前の他に世界にはおるまい。お前の傲慢もまた理解できようというものだ』

アーレスの言葉に、先程までの他者を見下したような色はなかった。

自身の剣を避けた我に対して、手放しの称賛を送ってくる。

『これほどまでの剣士は初めて見た。面白い男だが、だからこそ口惜しい。オレがニンゲンの領域であった頃に一戦交えてみたかったものだ』

だが、勝敗はすぐに決するだろうという、その考えに変わりはないようであった。