軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

711.双頭の魔犬(side:アドフ)

『立つがいい。まさか、今の攻撃で死んだわけではないだろうに。わざわざお前達に丁度いい魔物を生み出してやったのだ。挨拶で死ぬなど、オレを興覚めさせるなよ』

アーレスの〖念話〗が響く。

アドフとディランは、辛うじて剣を杖代わりに立ち上がった。

「……参ったな、言うまでもないが、明らかに俺達の手に負えない、高ランクの魔物だ。速さも力もまるで及ばない。一発捉えられたら終わりだぞ」

この世界では相手のステータスやレベルの大まかな数値を確かめるために、相手のパラメーターをまず一つ見極める、といった手法がよく取られる。

確認しやすいのは移動を見た時点である程度測れる【素早さ】、そして矢を射ればその深さから判断できる【防御力】である。

【攻撃力】や【魔法力】は状況や力の入れ具合、スキルで大きな幅ができるため、この手の指標としてはやや信憑性に欠ける。

アドフの〖衝撃波〗で血を流さなかったオルトロスは、最低でもB級以上の魔物であることが窺えていた。

この域になってくると、ただの冒険者や小国ではロクに対応できない、災害として扱われる。

オルトロス一体に対して、ハレナエが総力を挙げて対処法を講じるべき規模の相手である。

「アドフの兄貴よ、こういう化け物染みた魔物を相手取るときのコツみてぇなのはないのか」

「ハレナエの兵法指南にあるさ。どう足掻いても勝てっこないから、スキルを使ってどうにか逃げることだな。敵わない相手から逃げることは恥じゃない。情報を持ち帰ることも重要な任務だ。国にとっても経験のある戦力は貴重、余計な意地を張って死なれた方が困る。次のある、取り返しのつく場面に限るがな」

「なるほど、わかったぜ。死ぬ気でやるしかないってことがよ」

オルトロスは二つの顔の目でアドフとディランを見比べた後、ディランの方へと飛び掛かった。

弱い方から確実に倒すのが戦いの定石ではある。

しかしこの場合、オルトロスはアーレスのために戦いを少しでも盛り上げようと、決着の余地を先延ばしにする行為であった。

「うぐっ!」

ディランは剣を構え、飛び掛かってくるオルトロスを睨む。

まともに狙いを付けられては対応する術がなかった。

「〖クレイ〗!」

アドフが土の大きな柱をディランの前へと出現させる。

ディランは土の柱を盾にするように回り込む。

オルトロスの爪が一撃で土の柱を吹き飛ばしたが、ディランは辛うじてその餌食になることは免れた。

「た、助かったぜ、アドフの兄貴!」

「〖クレイ〗! 〖クレイ〗!」

アドフが続けて魔法を用いて、土の柱を出現させる。

『なるほど、遮蔽物を増やしたか。猿知恵だが面白い』

アーレスが興味深そうに頷く。

「アドフの兄貴、そんなデカい柱なんざ連発してたら、魔力が持つわけが……」

「後のことなんて考えるな! 次の瞬間には死んでるかもしれないんだぞ!」

「は、はい……!」

オルトロスは土の柱を薙ぎ倒しながら、ディランへと突進していく。

「ひっ、またこっちに来やがった……!」

「そこだ! 〖クレイ〗!」

アドフの叫びと同時に、オルトロスの足場に輝きが走った。

遮蔽物の第二の役割は、オルトロスの動きを制限することであった。

アドフは戦士の経験から、オルトロスが自身らを相手に、遊んでいることはわかっていた。

オルトロスが本気になっていれば、自分もディランもとっくに殺されている。

だからこそ、わざと土の柱を壊しながら、そしてまたディランを狙うだろうと見当を付けていたのだ。

後は〖クレイ〗を連発して土煙で足場を見えにくくして、通りそうな足場に魔法陣を準備しておいた。

オルトロスが上に来た瞬間に串刺しにできるように、である。

ただ、ここまでやって得られるのは、ほんの一瞬オルトロスが〖クレイ〗に気が付くのが遅れるというだけである。

読み勝っても、このステータス差では当たるかどうかは運であった。

大博打だが、ただの攻撃ではどうせダメージにさえならない。

床から伸びた巨大な針が、オルトロスの腹部を突き刺した。

「グッ!」

「当たった……!」

ディランが嬉しそうに叫ぶ。

だが、何事もなかったかのように、オルトロスは床へと着地した。

〖衝撃波〗を受けたとき同様に、血の一滴も流れていない。

「う、嘘だろ……あれでも無傷だってのかよ!」

『無駄だったな。剣士が本命の攻撃に魔法を選んだところで意味があるまい』

アーレスが冷酷にそう評価する。

オルトロスはそのまま、間近にいるディランへと迫っていく。

「ディラン!」

アドフがディランとオルトロスの許へと駆ける。

「舐めやがって……俺様のとっておき見せてやらぁ、犬野郎が!」

ディランがすぅっと息を吸い込む。

「〖毒霧〗!」

ディランの口から紫の煙が放たれる。

彼のスキル〖毒霧〗。

名の通り、息に魔力を混ぜ込み、毒煙にして吐き出すスキルであった。

「グゥ……」

オルトロスが毒煙を嫌って、僅かに首を退いた。

「からの〖騙し討ち〗!」

ディランが毒煙の中を突っ切り、剣を振るいながら跳び上がった。

スキル、〖騙し討ち〗。

魔力で腕や足を強化して、如何なる体勢や状態からでも、初速から最速での一撃をお見舞いできるスキルである。

効果に対してMP消費は激しいが、名の通り〖騙し討ち〗や、今のように後がない場面での速度の底上げには有用なスキルであった。

〖毒霧〗で視界を奪ってからの、相手の不意を突ける〖騙し討ち〗。

ディランの得意戦術であった。

決まれば傷口に毒を与えることまでできる。

だが、ディランの命懸けの〖騙し討ち〗は、決まらなかった。

オルトロスのすぐ顔の下まで来たところで、呆気なくその前脚に叩き落とされることになった。

「がぁっ!」

ディランの身体に深い爪痕が走る。

床に叩き落とされ、腹部から夥しい量の血が流れる。

手から離れた剣が落ちる。

致命傷であることは明らかであった。

いや、ステータスの差を考えれば、即死でなかったことが奇跡なのだ。

『雑魚なりに健闘したといったところか。物足りんが、最低限の見世物にはなった……』

「よくやってくれたぞ、ディラン!」

ディランが飛び込んだのに合わせて、アドフもまたオルトロスへと飛び掛かっていた。

彼はディランの〖毒霧〗と〖騙し討ち〗に合わせて二頭の死角に滑り込み、自身の作った〖クレイ〗の柱を足場に蹴飛ばし、宙を舞っていた。

「〖精神統一〗……!」

アドフが目を閉じる。

『やれ、オルトロス。ショーはここまでだ』

「やってくれ……アドフの兄貴!」

瀕死のディランが、声を振り絞ってそう叫んだ。

「グゥオオオッ!」

オルトロスの爪が、遅れて宙のアドフを狙う。

アドフは目を閉じたまま、身体を傾けてそれを躱してみせた。

「〖鎧通し〗!」

アドフはまっすぐ剣を引く。

オルトロスは無防備に宙にいるアドフを今度こそ仕留めるべく、大きな口を開いて彼へと喰らい掛かった。

アドフの剣と、オルトロスの牙が交差する。

『ほう……見事』

アドフは床へ落下し、受け身も取れずに身体を叩きつけることになった。

「ぐはっ!」

アドフの左肩は、剣諸共オルトロスに喰い千切られていた。

彼は右腕が赤蟻との戦いで使い物にならなくなっている。

これで両腕を失ったことになる。

「グゥオオオオオッ!」

オルトロスの左の頭が、血を吐き散らしながら、首を激しく左右に振った。

「ク、クク……さすがに効いたか。口の中までは頑丈じゃないからな」

アドフは血溜まりの中で不敵に笑った。

アドフはオルトロスに左腕を喰われたのではない。

喉に防御力貫通効果のある〖鎧通し〗のスキルを叩き込むために、敢えてくれてやったのである。