軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

680.聖女ヨルネスの力(side:ミリア)

シリウスさんの構えている矢が、眩い光を放っている。

ヨルネスはこちらを見下ろしたまま、シリウスさんには全く気が付いていない様子だ。

シリウスさんの真紅の矢は、宮殿内にあった過去の勇者ロビンの像を壊し、強引に外して持ってきたものである。

勇者ロビンが討伐した魔獣王アメミットの牙を研いで、直々に造ったものだそうだ。

こんな真似は平時であれば死罪になると、シリウスさんはそう零していた。

ただの下見で使っていいアイテムだとは思えないが、それくらいしなければ下見にさえならなさそうなのが現実である。

『ヨルネス様よ、何故この時代に戻られたのです! 何故、我ら聖都の民に仇を為すのです! 何故、何も答えていただけないのです!』

ラッダさんが〖念話〗の呼びかけを続ける。

ヨルネスの口が動いた、まさにその瞬間だった。

「〖ドラゴンショット〗!」

魔力の爆ぜる音と同時に、シリウスさんの弓から矢が放たれた。

矢は赤い光を纏い、小さなドラゴンとなってヨルネスの背へと一直線に吸い込まれていく。

ヨルネスが、シリウスさんへと振り返る。

刹那のことだったが、彼女の目は、しっかりと矢を捉えている。

避けられる、私は直感的にそう思った。

だが、放たれた矢は、そのままヨルネスの胸部に突き刺さった。

ヨルネスの身体が揺れる。

「あ、浅いが、刺さった! 刺さっている! 見ろ!」

「避けられなかった! 攻撃を当てるのも、不可能じゃない! 地上に引き摺り下ろして罠に掛けて囲めば、どうにかなるかもしれない!」

僧兵達が声を上げて喜び合う。

攻撃が少しでも通るかどうかは、大きな指標の一つになる。

体表の厚い過去の魔王は、千の兵から矢を放たれても全くの無傷であったという。

シリウスさんの矢が刺さったということは、やり方と状況次第では数頼みで討伐し得る、ということだ。

「よ、よし! ヨルネスに攻撃は当たる……攻撃も通る! ミリア、撤退するぞ!」

メルティアさんが私へと言う。

だが、私は、空に浮かぶヨルネスへと釘付けになっていた。

「あの人、何やって……」

ヨルネスはシリウスさん達を睨んだまま、矢の尾を掴み、ぐりぐりと自身の胸部深くへと突き刺していた。

そして抉られた肉体からは、一切の血が流れ出ていない。

そもそも彼女は、本当に人間なのだろうか。

ヨルネスが、逃げるシリウスさん達へと指先を向けた。

何か、するつもりだ。

「散って逃げてください! 狙われています!」

私は声を張り上げて叫んだ。

「〖エンパス〗」

ヨルネスの指先が、微かに光った。

次の瞬間、シリウスさんの隊の五人が、一斉に身体から血を噴き出してその場に倒れた。

「え……う、嘘……」

一目で致死量と分かる血液量だった。

本当に一瞬だった。

避ける、避けないの次元ではない。

ヨルネスは退屈そうに、自身の胸元に突き刺さっていた矢を抜き、下へと放り投げた。

「し、死角だ! 死角に逃げ込め! 睨まれたら血を噴き出して死ぬことになる!」

「シリウス様の死体は回収しないと……! もしも三度目の〖ニルヴァーナ〗が来たときに恐ろしいことになる……!」

「そんな悠長なことをしていたら、俺達は今ここで終わりだ!」

こちらの隊の僧兵達が、悲鳴を上げながら瓦礫へと散り散りに隠れる。

私はその場に立ち尽くしたまま、シリウスさん達の亡骸を眺めていた。

「何をしているミリア! 早く死角に隠れろ! やはり、あんな化け物を相手取るのは無理だ! 何十人で挑もうが、ヨルネスがその気になれば、全員一瞬で殺されて終わりだ!」

「シリウスさん達……全員、胸に穴が開いてる」

ヨルネスに矢が突き刺さった位置と、全く同じ位置だ。

「そんなことより、今は逃げるぞ! 私達まで壊滅しては、宮殿の拠点もお終いだ!」

メルティアさんが叫ぶ。

ただ、ヨルネスは既に、こちらに関心を向けてはいない様子だった。

今ので、ヨルネスの目的が具体的に見えてきた。

やはりヨルネスは、何かを……或いは、誰かを待っているのだ。

ラッダさんの〖念話〗に反応したのもそう。

シリウスさんからの攻撃に対しても、あくまで同じ攻撃をやり返す、という対応を取った。

ヨルネスは聖都リドムを支配しているという状況を保ちながら、時間を掛けてゆっくりとこの都市を滅ぼしたいのだ。

その可能性は元々考えていたが、今回の件でそれが確信に変わった。

やはりヨルネスの討伐は不可能だ。

戦闘能力が違い過ぎる。

彼女の目的に則って、少しでも聖都リドムの壊滅を遅らせられるように抵抗するしかない。

いずれ来る、ヨルネスの待つ何か、を信じて。

「……隠れてヨルネスが落ち着くのを待つより、急いで戻りましょう、メルティアさん。それに、他の方も言っていましたが、やっぱりシリウスさん達の亡骸も、せめて埋葬してあげましょう。彼らの亡骸が化け物になれば、きっと私達ではもう対応できません」

私はシリウスさん達の亡骸へと目を向けた。

騒動を終わらせる戦いではなく、少しでも長く耐える戦いに切り替えるしかない。

その場合、シリウスさん達の亡骸を放置しておくわけには絶対に行かない。

死者を媒介にして生まれる化け物の強さは、生前のレベルに由来する。

シリウスさんのレベルは、私やメルティアさんよりもずっと高かったはずだ。

「ヨルネスは、ヨルネスのルールで動いている。彼女の周囲を動き回るのは嫌ですが……こちらから仕掛けなければ、直接的な反撃には出てこないはずです」

「ミリア、しかし……」

そのとき、遠くから大きな音が聞こえてきた。

廃墟の屋根に、全長四メートルはある、巨大な化け物が立っていた。

両手が異様に大きく、頭部と腹部に、一つずつ顔を持つ。

その特徴には、覚えがあった。

北区の大教会を滅ぼした、二度目の〖ニルヴァーナ〗で誕生したらしいと推測されていた化け物だ。

目線の先に私達を捉えている。

「……これ以上、外に留まっていれば化け物共が来るはずだと言いたかったのだが、遅かったようだな」

メルティアさんが声を震わせてそう口にした。