軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

537.悪童鬼の出生(side.アルヒス)

――遡ること百年前のリーアルム聖国にて、怪事件が起こった。

ある富豪の家で、当主と若い夫婦、そして使用人数名が惨殺された事件が発生したのだ。

生き残った使用人の証言によって、その犯人がどうやら、その富豪家の地下室に閉じ込められていた幼い少女であったらしい、ということがわかった。

異常な力を持って生まれた赤子を、彼らは匿って育て続けていたのだ。

時折、珍しいスキルを手にして生まれて来る赤子が存在する。

血筋や先祖の能力や経歴、経験が複雑に絡まった結果だとされているが、詳しいところは誰にもわかっていない。

ただ、特異なスキル持ちの赤子は、将来的に剣士や魔術師として、歴史に名を残す偉業を成し遂げることが多かった。

特にリーアルム聖国においては、彼らのスキルを『聖神からの祝福』として讃えることが多かった。

その子供も、どうやら『聖神からの祝福』と呼ぶべきスキルを持って生まれていた、ということがわかった。

……ただ彼女は、その異様な力と能力の代償に、人の血を求めて暴れる凶悪な性質を有していた。

森深くへと逃げ込んだ少女は、奥地に住まう凶悪な魔物を殺しては喰らい、近隣の村を訪れては滅ぼし、森を横断しようとする商人を殺し、討伐に向かってきた一流の冒険者さえ殺し返したという。

当時の聖騎士団長ベランジェがついに彼女を捕らえた際にも、聖騎士団に所属していた聖騎士の半数近くが喰い殺されていたと、今でもそう恐れられている。

****

重傷のアルアネを回収して戦地を離れたアルヒスは、彼女の捕らえたアトラナートを回収するために騎竜を用いて空を飛んでいた。

リリクシーラの〖スピリット・サーヴァント〗かアルアネの〖ブラッドドール〗によってアトラナートを操り、武器として用いれば、身体能力面では付け入る隙のないイルシアに対して大きな揺さぶりを掛けることができるはずだった。

「オウル殿、早くアルアネ殿を治癒しろ」

アルヒスが、騎竜へ同伴している再生師のオウルへと命じる。

オウルは身体を縮めて固まった姿勢のまま動かなかった。

「……い、嫌だ」

オウルが消え入りそうな小さな声で漏らす。

「この土壇場で、そのような我儘を口にしないでいただきたい。貴方は、そのためにここへ連れて来られた」

アルヒスの言葉には焦りと苛立ちがあった。

アルアネはイルシアに対して決定打を取れるステータスを有しており、スキルも優秀でアトラナートを用いてのイルシアへの精神攻撃もできる、優秀な手駒なのだ。

それをどうにか失う寸前で命懸けで回収できたかと思えば、頼りにしていたオウルからの、アルアネに対する回復行為の拒絶である。

オウルは頭を抱えたまま固まり、話を聞き入れること自体を拒否していた。

おまけにこの揉め事の中心であるアルアネも、自身の危機だというのにそれを楽しむかのようにヘラヘラと笑っていた。

「……いいか、オウル殿よ。後方から、例の邪竜の手先のアンデッドが追ってきている。こちらの方が足は速いが、方向はもうバレている。下手に迂回して振り切れば、先に蜘蛛の魔物を回収されかねない」

アルヒスは騎竜から背後へと目をやる。

イルシアの部下のアンデッドの少女が、死んだ騎竜の亡骸を操り、地を駆けて後を追ってきていた。

アンデッドの少女にもアルアネ同様の死体を操る力があるようだったが、どうやら騎竜の死体に翼を使わせて空を飛ぶことはできないらしかった。

アンデッドの少女の傍らには、木の仮面が貼り付いた奇妙な魔物が同席している。

イルシアの部下の一体、トレントの別形態だということはアルヒスにも既にわかっていた。

「アルアネを起こさなければ、我々にあのアンデッドへの対処法はない。私もオウル殿も、殺されるだけだろう。それがわかっていてのその行動なのだろうな?」

アルヒスが声を荒げ、剣の鞘へと手を触れる。

「こっ、殺すなら殺せ! もう、もう、滅茶苦茶だあ……こんなのは、こんなのは聞いていない。おまけにそんな、気の触れた化け物をオイラに回復しろと言うのか? そのままそんな化け物、死なせてしまえばいいんだ!」

既にオウルは状況に頭が追いついておらず、錯乱してまともに話の通じる状態ではないようであった。

先程から何を言ってもこの調子である。

ただし、アルヒスも限定的ながら、オウルの言葉に共感するところがあった。

元々アルヒスも、悪童鬼アルアネを地下監獄から解放することには否定的だったのだ。

手駒が少ないとはいえ、アルアネを引き入れるのは危険過ぎる判断であると、そう考えていた。

どこか最悪の盤面で裏切ってくるのではないかと脅えていた。

……アルアネの力という恩恵だけ受けて安全なラインで切り捨てるならば、今が最後の好機であるのかもしれない。

アルヒスの中にも、そういった考えがあった。

リリクシーラの命令が、アルアネを連れ出してオウルに回復させてアトラナートを回収しろというものだったので従ってはいるが……アルアネの様子を近くから見れば見る程、本当にこれでいいのか疑わしくなってきていた。

命懸けでアルアネを助け出したところではあったものの、リリクシーラの言葉と自分の考えを天秤に掛けて悩み続けている。

「ね、ね、オウルさん。オウルさんはね、オウルさんは、どうしてもアルアネの身体、治してくれないの? すっごく血が出て、身体の中がぐちゃぐちゃでね、本当に辛いの。ねぇ、ねぇ、どうして?」

アルアネが血塗れの顔を上げて首を傾げ、オウルへと尋ねる。

「ひ、ひぃっ! オイラを見るな! 触るな化け物ォ!」

オウルが騎竜の上で大きく仰け反り、地上へと落下しそうになった。

オウルが短い悲鳴を上げる。

アルヒスは慌ててオウルの身体を掴んで引き戻した。

「リリクシーラ様も、無理を言う……。臆病なオウル殿は本当に必要な場所で役に立たないかもしれないと、私は何度も言ったというのに」

アルヒスがそう呟くのを、アルアネはきょとんとした顔で見守っていた。

だが、アルアネは目を瞬かせると、ニヘラと笑った。

「……なんだ、聖女様、こういう場面も想定してたんだね、ね」