軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

528.悪童鬼との指切り

アルアネを乗せたゾンビフェンリルが、木々を薙ぎ倒して駆ける。

アルアネは俺を見上げ、にへらと気味の悪い笑みを浮かべていた。

……なるほど、大した速度じゃねえか。

だが、俺に敵うほどじゃあねえ。

俺は容易に距離を詰め、あっさりと追い抜かし、ゾンビフェンリルの前を横切った。

すれ違いざまに〖次元爪〗でゾンビフェンリルの胸部を裂いた。

ゾンビフェンリルが引っ繰り返り、アルアネはその頭部を蹴とばして地面へ着地する。

『アロ、トレント、しっかりと掴んでろ!』

俺は翼を広げて縦に大きく回転し、アルアネの目前に着地した。

そのまま爪先をアルアネの顔へと向ける。

アルアネは確かに強い。

人間の中でははっきり言って異常なレベルだ。

しかし、強いといっても、スキルが少なくて応用の利かない、〖スピリット・サーヴァント〗なしのリリクシーラ程度だ。

俺はリリクシーラ、エルディア、ベルゼバブが同時に掛かって来ても互角以上に戦うことができた。

アルアネ単体くらいならば、すぐに終わらせられる。

それよりもまず、俺は聞かなければいけないことがあった。

『アルアネだな。アトラナートをどこへやった?』

「…………」

俺はアルアネへと〖念話〗を向ける。

アルアネは掴みどころのない笑みのまま、俺を、俺の目をじっと見つめていた。

身体に悪寒が走った。

心を覗かれた様な、嫌な感じだった。

だが、すぐにそれを弾いた感覚があった。

奴の特性スキルにあった〖読心の魔眼〗だったのかもしれないが……魔力に差がありすぎたため、まともに通らなかったのだろう。

『状況が理解できてねえのか? 質問に応じろ、こっちは今すぐテメェを引き裂いてやってもいいんだぞ』

俺は答えを催促する。

だが、アルアネは貼り付いたような笑みを崩さない。

少しの間睨み合いが続く。

俺はアルアネに脅しを掛けるため、前脚に力を込めた。

アルアネはぺろりと舌舐めずりをする。

涎が顎を伝うが、彼女はそれを拭いもしなかった。

「どうしよう……魔物なのに、人間じゃないのに、ドラゴンさんって美味しそう。これだけ大きかったら……ああ、アルアネもね、アルアネも、お腹いっぱい食べられるだろうなあ」

この状況を、本当に理解できていないとでもいうのだろうか。

アルアネのステータスを調べたときは、吸血鬼とエルフの血が混じっているとでてきた。

だから外見年齢は当てにならない。レベルも高いので、年齢は恐らく見かけよりもずっと上だろうと考えていた。

だが……彼女の精神年齢は、外見よりもむしろ低く見える。

アルアネの言葉はあまりに悍ましかったが……アトラナートのことがあり、焦りと怒りが先行していたからだろう。

恐怖や不気味さを感じることはなく、単純に苛立ちが募った。

俺は〖次元爪〗を放った。

辛うじて動いていたゾンビフェンリルの腹部の毛皮が大きく抉られ、赤黒い血と内臓が垂れ流しになる。

『次ふざけたことほざいてみやがれ。手足バラバラにして聞き出してからぶっ殺してやる』

アルアネは表情を変えず、困った様に首を傾げる。

「……ね、ドラゴンさんは、アルアネが素直に答えたらどうするの? ね? 見逃してくれるの? ね? それとも、答えても殺しちゃうの? ね?」

……無論、見逃すつもりはない。

奴はリリクシーラの一味で、おまけに素性は分からないが人喰い鬼であることだけはわかっている。

単体では脅威ではないが、リリクシーラや奴の〖スピリット・サーヴァント〗と同時に掛かって来れば、アルアネはかなり厄介だ。

スキルの〖ブラッド・ドール〗も不吉だ。

『こっちが質問してるんだ。アトラナートはどうした? 答える気がねえってことでいいんだな』

アルアネは目をぎゅっと瞑ってから大きく開き、また独特な笑みを浮かべる。

「いいよ、教えてあげても。アルアネはね、アルアネは別にね、聖女様に命懸けで従わなくてもいいの。後のこと考えると聖女様に褒めてもらえるように頑張らきゃダメなんだけど……アルアネを自由してくれるなら、別に魔王様の方でもいいの。ね?」

……こいつ、別に忠誠や思想の共通なんかでリリクシーラに手を貸してるわけではねぇのか?

いや、今までの言動とステータスを見るに、そんな真っ当な動機がある方が不自然だ。

言葉から察するに、どこかに囚われていたところか殺される寸前だったところを、リリクシーラとの取引で助けられたのかもしれねえ。

「アルアネを見逃してくれて、聖女様を殺した後にこの地からアルアネを連れ出してくれるのなら、別に敵対しないし、蜘蛛の子を返してあげてもいいよ、ね? アルアネが、スパイ、やってあげてもいいよ。鞍替えするなら、ドラゴンさんに勝ってもらわないと困るもの」

『……本気か?』

「うん、アルアネは、本気だよ。ね、だって、アルアネには聖女様に義理立てする理由がないもの。それに……聖女様、ああ、凄く美味しそうなんだもの」

リリクシーラも慎重に見えてとんでもねぇ爆弾を背負い込んだものだ。

ステータスといい、言動といい、こいつには真っ当なところが一つもねえ。

俺への対抗戦力となり得る人材がおらず、選り好みしている余裕はなかったのだろうが。

『生きてるんだな?』

俺にはアトラナートの残した〖ドッペルコクーン〗の編みぐるみも残っているので、生存はわかっていた。

だが、一応の確認と、アルアネへの探りもあり、俺はそう尋ねた。

「うん、生きてるよ。でも、アルアネがね、アルアネが、蜘蛛の子は捕まえておいていい? 全部終わって、それでもアルアネが生きていたら、返してあげる。ね?」

『提案には乗ってやる。死にたくねぇなら、今すぐに案内しろ』

「……うう、うう。わかった、いいよ、いいの。どうせこうなった時点で、アルアネには従うしかないもの」

アルアネが肩を落として残念そうな顔をするが、またすぐに笑みへと戻った。

「じゃあ、ね、ね、ドラゴンさん、約束だからね? アルアネを外に連れて行ってね? 指切りしよ? 指切り」

アルアネが無邪気に俺へと腕を伸ばす。

『早くしろ。余計なことをして、時間を稼ぐつもりか?』

アルアネが肩をすぼめて腕を下げる。

……アルアネとの約束を、俺は守るつもりはない。

アルアネは信用ならない。

仮に本気でアルアネが俺の味方をすると言っていたとしてもその保証はないのだし、何よりもこいつは爆弾すぎる。

絶対に人里に戻していい存在ではない。

それだけは、はっきりとわかる。