軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

517.世界最強の剣士(side:ヴォルク)

レチェルタが口に毒を蓄え、頬を膨らませる。

だが、我は首を振った。

「……今はよい、視界が潰れる」

それに、高速で飛び回る空中戦では、先程の様に息を止めて真っ直ぐに突き進まれては、毒の効果もほとんど機能しなくなる。

通常ならば十分な牽制にはなるはずなのだが、アレクシオは迷いなく飛び込んできた。

奴相手では、単純な視界潰しでは、力で劣る我がむしろ不利になる。

「キシ……」

レチェルタは、頬に含んでいた毒をごくりと呑み、喉へと戻す。

「ゆくぞ竜狩り!」

アレクシオが向かいながら剣を振るい、〖衝撃波〗を放つ。

我もそれを〖衝撃波〗で撃ち落としていく。

「……〖クイック〗」

距離が埋まったところでアレクシオが呟き、剣の構えを変えた。

さきほど剣を交わした時点で、既にアレクシオに速さの分があった。

だが、あれよりもまだ速くなるというのか。

騎竜とレチェルタが交差する。

「さあ、貴様に余の剣が見切れるか!」

アレクシオが剣を振るう。

剣で受けるべく我は動いた。

だが、アレクシオは、元の位置で剣を構えたままだった。

シンプルなフェイントであった。

ワンテンポ、意図して動作を遅らせる。

だが、アレクシオのフェイントが凡の剣士と違うのは、その動作の精巧さにあった。

一撃目、二撃目、三撃目を辛うじて受け止める。

だが、この時点で我の方の体勢が崩されていた。

最初の出遅れが響いている。

四撃目を防いだところで、剣を持つ腕が上に跳ね上げられた。

五撃目が、我の胸部を斬った。

「ぐっ……!」

剣で腹部への刺突を牽制し、誘って身体を捻って避けたつもりだったが、想定よりも更に速かった。

「竜狩りヴォルクよ、その名に恥じぬ強者であった。誇るがよい!」

……無傷のままで、よく言ってくれるものだ。

我は胸部の皮を押さえ付けて強引に止血し、〖自己再生〗で一気に回復させる。

傷は深かったが、この程度、我にとっては致命傷ではない。

「……なんと、仕留め切れぬかったか。噂以上の頑丈さだな。よかろう、綺麗に終わらせてやる」

またアレクシオが向かって来る。

三度目の衝突となる。

アレクシオは剣を空へと掲げたが、途中で手を降ろした。

「いや、小細工は不要だろう。お互い、この間合いでの牽制で揺らぐ様な半端者ではあるまい」

アレクシオは剣を戻し、構えを戻す。

「貴様の剣は、動作の全てが大きすぎる。嫌いな剣ではないが、我にその様な剣が通ることはないと思え!」

アレクシオの牽制で真っ直ぐに突かれた剣を、我は上から叩いて弾き、そのまま首を狙う。

防ぐために戻った剣に対し、大回りして相手の想定とは逆側から打ち込む。

アレクシオの剣が、大きく横へ逸れた。

「なっ!」

「はぁぁぁぁあああっ!」

空いた身体へと、横の一閃を放つ。

当たる寸前に、アレクシオが構え直した剣で防いだ。

さすがに、大振りが過ぎたか……。

入るかと思ったのだが。

「レチェルタ! すぐに追撃せよ!」

「キシィ!」

レチェルタが身を翻し、アレクシオへと迫る。

「……油断したつもりはなかったのだが、まさかこの余が、こうもあっさりと機先を制されるとは。だが、次はない」

四度目の剣の衝突。

我は相手の剣を受け止めつつ、剣を下げて反動を流し、手首を返して素早く斬りつける。

我の剣先は、素早く戻されたアレクシオの剣のすぐ上を掠める様に抜け、肩を深く抉っていた。

血が舞い、我が剣の刃と奴の顔が、赤に染まる。

「なぜだ、なぜ、間に合わない……!」

「強敵であったぞ、聖騎士アレクシオよ」

このまま上から、奴の身体を叩き斬る。

アレクシオは我の剣を止めるべく剣を振るう。

だが、その剣は、我の剣を止められない。

「そこまでじゃ」

突如、頭上から現れた何者かが、我の剣の腹を、手で押して弾いた。

そいつはそのままアレクシオが突き出した剣を脚で押し戻し、我の肩を逆の脚で蹴り飛ばした。

現れた人物は、そのままレチェルタと騎竜の合間を抜けて落ちて行き、他の聖騎士の乗る騎竜へと飛び乗っていた。

「すまぬが、少し邪魔をさせてもらうぞ」

我はレチェルタから身を乗り出し、男を確認する。

少年と見紛えるかの様な体躯の、小綺麗に整えられた口髭の目立つ、老人であった。

続けて頭上を睨む。

老人が飛び降りたらしい騎竜が飛行している。

「……まさか、騎竜から騎竜へと狙って飛び移り、その間に我とアレクシオの剣を止めたのか?」

言っていて、信じられない。

だが、意図してそれを行ったのだとしか、考えられぬ。

我は肩に手を当てる。

さほど痛くはない。

〖自己再生〗も不要なくらいだ。

あれだけの剣の達人であれば、膂力も尋常ではないはずだと思ったのだが……。

「なぜ邪魔をした! ハウグレー!」

アレクシオが叫ぶ。

「ハウグレー……だと?」

それは、我も知っている名であった。

行方知れずの伝説の剣士、アニス・ハウグレーに間違いない。

我が、十年以上捜していた剣士である。

どの地へ向かおうが怪しい噂しか出て来ず、本当は実在しない剣士ではないのかと、疑ったこともあったほどであった。

「お前では、あの男には勝てぬ」

「そんな馬鹿な! あの剣を凌げば、次の斬り合いでは……!」

「わからぬのか? 剣を重ねる度に、お前がどんどんと後れを取っていたことを」

激昂するアレクシオに、ハウグレーは淡々と応じる。

「既にお前の剣は、見切られておる。確かにあの剣は凌げたかもしれぬ。だがそれでも、次にぶつかれば、死んでいたのはお前の方であっただろう」

「な、なんだと……?」

「竜狩りは、あの頑丈さ故に、剣を受けることに慣れておる。だからこそ、速さと力で勝る相手の剣のクセを読むことに長けておるのだ。ここまで長引けば、試合ではともかく、殺し合いではお前に勝ちの芽はなかろう」

ハウグレーの指摘に、アレクシオが顔を赤くし、歯を食い縛る。

「まだ、わかりはせぬ! 引っ込んでおるがいい『悪食家』!」

『悪食家』は、ハウグレーに付けられた通り名である。

ハウグレーは旅の間、人里から離れた地では、自身の食べる分しか魔物を狩らないという禁を己に課していたという。

その際に、毒のある魔物も、奇妙な化け物も必ず食したために『悪食家』という名で呼ばれるようになったとされている。

「今のお前は、指揮官であろう。目的を見失うでない、聖女様が失望なさるぞ」

アレクシオは何かを言い返しかけたが、額を抑えて首を振った。

「……そう、であるな。かたじけない、ハウグレー殿」

アレクシオが構えていた剣を降ろし、〖レスト〗で自身の肩を治療する。

我との一騎打ちは、中断するつもりらしい。

こちらからしつこく攻め込んでもよいが、深追いすれば地上のアロ達から離れる上に、次はハウグレーも相手につくことであろう。

「なぜ、ハウグレーがここにいる……? 聖女が、連れて来たとでもいうのか?」

あの女を舐めていた。

我は十年掛けてもほとんど手掛かりも得られなかった。

それにハウグレーは、一か所に留まることを嫌い、誰にも仕えなかったことでも有名である。

まさか、そのハウグレーを容易く手中に収めていたとは。

自身の背が震える。

ハウグレーは、今代最強の剣士、いや、数百年遡っても彼に剣で太刀打ちできる者はいないだろうとされたほどの剣士である。

我が剣がハウグレーに届くのか、試してみたい。

そういった願望が抑え切れぬ。

それに、気になることがある。

本当にハウグレーが、剣士として強いのか、ということである。

我の蹴られた肩にはさほどダメージはない。

我とアレクシオの剣を同時に止めたことは驚愕であったが、どうにもハウグレーの剣士としての実力には疑問が残る。

ハウグレーはまともな剣も身に着けていない。

短剣が腰の帯に挟まれているが、まさかあれで戦うつもりでいるのだろうか?

それに、強大な魔物や剣士と対峙したときに感じる威圧感が、ハウグレーからは全く感じ取れないのだ。

そういった点を全て踏まえて、未知の剣士であるハウグレーと、正々堂々、正面から剣を交えたくて仕方がない。

元々我は、ハウグレーを超えることを目的として長く旅をしていたのだ。

いや、だが、わかっている。

この場での我の役目は、空中の竜騎兵を牽制し、アロ達が一方的に攻撃されることを避けることにある。

ハウグレーの登場は予想外であったが、その役割は大きくは変わらない。

一対一で実力不明のハウグレーと戦うことは避けるべきである。

ここで我の執るべき行動は、実力の不確定なハウグレーから間合いを保ちつつ、どうにかアロ達と挟み撃ちにして有利な状況へ持っていくことだ。

ハウグレーが腰の短剣に手を当て、我へと振り返った。

「さて、団長殿には指揮に戻っていただくとして……お前の相手は、ワシが務めさせてもらおうか」

ハウグレーと、目が合った。

「久しいな……人間を殺すことになるのは、四十年は昔になるか。もう二度と、そんな機会はあるまいと思っておったのだがな」

これまでまったく反応しなかった我の危機感知能力が、けたたましく警鐘を鳴らし始めた。

まともな戦いになっては、まず間違いなく殺されるであろうという確信があった。