軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

455.最後の逃走劇

俺は黒蜥蜴に急かされるまま、人化状態から、更に身体を小さくしようと試みる。

頭を抱えて丸くなり、身体を圧縮していく。恐らく今の俺の姿は、青白い鱗の丸い塊のようになっていることだろう。

身体の造形に拘らなくていい分、MPの消耗はマシのようだが、今の俺のMPは、本当にギリギリだ。

いつ尽きたっておかしくはない。

『な、なぁ、これに何の意味が……? なぁ、お前まさか……』

俺の身体を、温かい粘液が包み込む。

一瞬思考が停止した後、気が付いた。

黒蜥蜴が俺を口の中に隠したのだ。

……いや、これ、口の中か? 腹の近くまで落とされてねぇか?

玉兎みたいに腹に収拾するスキルでも手に入れたのかもしれない。

『お、おい、やっぱり無茶だ! 奴には〖気配感知〗だって……』

「キシィッ!」

急に、身体が上下、左右に大きく揺さぶられる。

こ、これは〖転がる〗!?

まさか、これで俺を運んで、逃げ切るつもりか!?

いける……か?

いや、元々、俺が転がってベルゼバブから逃げるつもりだったが、奴の人化状態の速度を考えると、それでも大分危うかった。

今も、大急ぎで俺を追いかけてきているはずだ。

おまけに黒蜥蜴は、俺というでっかい団子を無理矢理押し込んで走っている状態だ。

体勢も重心も不完全なのだ。

奴を振り切ることができるかどうかは怪しい。

『や、やっぱり、無理だ! 俺を吐いて逃げ……』

……俺は〖念話〗で思念を送ろうとして、途中で止めた。

黒蜥蜴は、俺を置いて逃げ出せる奴じゃない。んなことは、森で一緒だった俺がよく知っている。

『すまねぇ、黒蜥蜴……。鉱山のある方向、わかるか? そっちを目指してもらえねぇか?』

「キシッ」

黒蜥蜴の鳴き声が返って来る。

まだ、まだ、見つかるって決まったわけじゃねえ。

ベルゼバブはリリクシーラ程賢くはねぇ。さっきだって、無意味に大技使って、俺を取り逃がしちまったくらいだ。

言動からも、あまり鋭いタイプとは思えない。

感知だって、そこまで広範囲なわけじゃないはずだ。

このまま距離を広げ続ければ、いずれは奴を振り切れる。

俺の巨体を見失った時点で、状況を理解できず、諦めてリリクシーラの許へとすごすご逃げ帰ってくれる、そんな可能性だってあるかもしれない。

俺は、俺は、死にたくない。

リリクシーラの悪意とスライムの執念に付き纏われて、もう何回も死を覚悟した。

それでも、ここまで奇跡的に逃げることができたんだ。

絶対に逃げ遂せてやる。そんで、アロ達との……そして、相方との約束を果たすんだ。

しばらく時間が経った。

まだ、ベルゼバブは追いかけて来ない。

逃げ切れたのだと、そう実感して俺はほっと息を吐いた。

もう半端な〖人化の術〗も、限界が近づいてきていた。

『黒蜥蜴、そろそろ……』

急に〖転がる〗の速度が増した。

なんだ、どうしたんだ?

黒蜥蜴に問おうとしたが、その前に、強大な気配を、俺の〖気配感知〗が感じ取った。

う、嘘だろ? まさか……?

「マジで驚かされちまったぜェ、こんな間抜けを俺様が晒しちまうとはよォ! 認めてやろう、確かにお前は諦めが悪くて無様だが、ただのビビリにはこんな真似はできねぇだろう」

ベルゼバブの大声が響く。

まだ、かなり距離がある、遠い。だが、来ている! しかも〖念話〗じゃなくてただの肉声だから、人化状態だ!

黒蜥蜴の速度じゃあ、まず逃げきれない!

「出て来い、死に損ない! 早くしねぇとよォ、纏めてやっちまうからなァ!」

くそ! なんで、なんで見つかった!

また配下を生み出して、そいつに偵察させて怪しいものでも探させていたのかもしれねぇ。

迂闊だった。奴が配下と視界を共有できることを、せめて黒蜥蜴に伝えておくべきだった。

こいつは頭が回る方でもないし、目的のために手段を選ばないタイプでもない。

だが、少なくとも、馬鹿じゃねぇ。

『黒蜥蜴! もう無理だ! 奴は、お前は見逃すと言っている! 早く吐き出せ!』

だが、黒蜥蜴は速度を増す一方で、止まる気配を見せない。

『お、おい、黒蜥蜴!』

「グズグズ考える時間はやらねぇぞォ! 悪いが俺様も、待ってやる余裕はないんでなァ!」

黒蜥蜴は止まらない。

ここまで、なのか? 黒蜥蜴を巻き添えにしただけで……!

「んァ……? ぐぅっ! クソッタレがァ!」

鎖の様な音が響き、同時にベルゼバブが止まる。

な、なんでだ? もう、後一秒もあれば回り込めるところまで来ていたはずだ。

『光ッテル鎖、雁字搦メニシテル』

黒蜥蜴の思考を〖念話〗で拾い、視覚情報を伝えてもらう。

光っている鎖……? 特殊なスキルによるものか?

だとしたら……もしかしたら、〖スピリット・サーヴァント〗の射程の限界に達したのか!?

いや、それしか考えられねぇ!

ついにベルゼバブを振り切ったのだ。

王城に突入以降、窮地の連続だった。

だが、ようやくそれが終わったのだ。

スライムはルインへと変わり果て、相方という犠牲によって、今度こそ完全に消滅した。

そしてリリクシーラは、恐らくセラピムを失い、もう一体の〖スピリット・サーヴァント〗であるベルゼバブの射程からも外れた。

リリクシーラは今、王都か、その近辺に留まっているはずだ。

彼女にここでまったく匂わせていなかった秘密兵器があるならお手上げだが、さすがに奴も弾切れだろう。

ベルゼバブからの距離は取った。

ここから〖蠅王の暴風〗を飛ばされるのは痛いが、距離は既に稼いでいる。

ここまで届く前に威力は落ちるはずだ。そもそも黒蜥蜴には毒に対する完全耐性がある。

「俺様も足掻かせてもらうぞイルシアァ!!」

ベルゼバブの叫び声が響く。

同時に後方から感じていた圧迫感が跳ね上がる。

来るか、〖インハーラ〗の悪足掻きが!

だが、これだけ距離があるのならば〖転がる〗で対抗できるはずだ!

『黒蜥蜴、気をつけろ! 吸引魔法が来るぞ!』

「キシィッ!」

……直後、ベルゼバブの方向から無数の気配を感じる。

「……キシィ?」

あ、あれ、なんか間違えたか?

『置き土産だァ! 俺様のありったけのHPとMPで、この地を地獄に変えてくれるぜェエエ! こんな決着は好きじゃねぇがァ、俺様もできることはやらねぇといけねぇからなァ! つまんねー死に方すんじゃねぇぞォォオ!』

な、なにかが十体くらい、ベルゼバブの中心から現れて、俺へと向かってきている。

これはまさか〖眷属増殖〗……?

まさか、奴の眷属は、〖スピリット・サーヴァント〗の範囲制限から脱せるのか!?

や、奴の配下は、C+だ!

悪いが黒蜥蜴、どうにか逃げてくれ!

「キシィイイイ!」

俺のMPも、実のところ限界が来ている。

身体全身が熱い、痛い。

C+を複数相手取るのも、多分……今は、できねぇだろう。

HP・MPもそうだが、今の俺は、人化時に受けた〖蠅王の暴風〗のせいで、四肢が全部駄目になっているのだ。

感じる。

十体の蠅の気配が、俺達をつけ回して飛んでいる。

ジリジリと距離を詰めてきている。

これは、かなり厳しい。

逃走劇の中、ついに、先頭の蠅が黒蜥蜴の背を蹴っ飛ばした。

「キシッ!」

俺は吐き出され、地の上を転がった。

どうにか潰れた手足を這わせ、身体を元のサイズに戻していく。

無理な人化の反動か、身体全身が痺れた様に痛い。

俺の横には、大きな岩に身体をぶつけた黒蜥蜴が倒れていた。

俺は黒蜥蜴の前へと身体を這わせ、迫る蠅共から守る盾となる。

ク、クソ、こんなところで……。

黒蜥蜴を巻き込んだ、だけだったのか……?

ふと俺は、辺りの赤褐色の大地に気が付く。

あれ、ここって……アルバン大鉱山の……。

「〖ゲール〗!」

頭上から聞こえて来た呪文の詠唱と共に竜巻が生じ、俺に迫ってきていた蠅共が、竜巻に呑まれて散り散りに飛んで逃れる。

『ア、アロ! 待っていてくれたんだな!』

「お帰りなさい、竜神さま」

アロは前方に腕を延ばしながら、にっこりと俺に微笑んだ。