軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

359.イヴとの激闘(sideトレント)

……我が主も、無茶を命じる。

私は主殿が目を離したところで、組んでいた二本の枝を解き、自身の樹皮をポリポリと掻いた。

主殿のお気に入りであるアロ殿と、生意気な新入り蜘蛛に後れを取らぬため、主殿には自信ありげに返してみたが、私の目から見ても、あの一つ目の魔物が我々の手に負える相手ではないことは明白。

アロ殿が慌てふためいているのも無理はない。

元より、あの動きの素早い一つ目を一か所に留めておくことは、我々の手では困難である、

どうすべきか。

とりあえず主殿に頑張っていたことだけ伝わるよう、見えやすいタイミングで重力波でも撃ってみるか。

アロ殿も面蜘蛛も、あまり足の速い性質ではない。

木である私などもっての他である。

私は幹を捻り、形だけでも追いかけてみるかと根を伸ばすと、アロ殿が私に手を触れる。

「多分……向こうから、ここに来る。もう少しで」

むむ、どういうことか?

私が強く念じて問いかければ、アロ殿は黙って主殿の方へと目を向ける。

主殿が身を引き、ヒトガタの攻撃を肩で受け止める。

はて? あれならば、いつもの主殿では避けれたのでは?

「竜神さまは、わざと受けたの」

アロ殿の言葉を証明するかの様に、主殿が素早くヒトガタへと喰らい付き、首を上下に振って床へと叩きつけた。

ヒトガタは強引に主殿の牙を手で抉じ開け、口の中から脱する。だが、半身が自身の血に塗れていた。

ヒトガタがちらりとこちらを振り返ると、一つ目が我々目掛けて走ってくる。

ようやくアロ殿がこちらに来ると言った意味が分かった。

どうやら主殿は、二体のヒトガタと戦いながらも、壁や自身の図体を活かして、相手の撤退ルートを上手く狭めておられるようであった。

ヒトガタが素早く撤退して一つ目の治療を受けるには、我々の位置で落ち合う必要があるのだ。

他のルートでは、傷ついた身体で主殿へ隙を晒すことになってしまう。

一つ目も下手に主殿に近づけない以上、自身からヒトガタへとあまり近づくこともできない。

一つ目が我々を睨む。

私が意識を向ければ、『ソコヲ退キナサイ』という禍々しい思念を感じる。

私は他者の意思を拾ったり、逆に意思を伝えたりすることができる。

主殿の言うところの〖念話〗である。私が手に入れたときには、主殿は目に見えて悔しがっておられた。アロ殿に怒られてしまいそうだが、強大な主殿が私の得た力を羨むのは、正直ちょっと心地よかった。

ただ嫌われては元も子もないので、主殿にはあまり使わないようにしている。私が使いこなしているのを見れば、主殿は悔しさのあまり私への対応が今よりも雑になるやもしれない。能あるトレントは〖念話〗を隠すのだ。

一つ目が、髪を振り乱しながらこちらへと跳ねて向かって来る。

殺ス。

そう強い思念を感じた。

我々全員を瞬殺するつもりだろう。

あの速度が、我々との格の証明であった。

……一番最初に逃げるわけにはいかない。

沽券に拘ることだ。面蜘蛛殿が逃げてから逃げよう。

それに面蜘蛛は引き際をよく理解している。後をついていけば間違いはない。

主殿第一主義のアロ殿は恐らく最後まで残ろうとするが、それ故に『主殿が悲しむぞ』と伝えればすぐに諦めるだろう。

あの一つ目も、我々など本当はどうでもいいはずだ。逃げれば敢えては追ってこまい。

アロ殿は前傾し、床が欠けていて土が露出しているところへと手を触れる。

私も使える土魔法の〖クレイ〗かと思ったが、そうではないようだ。

土が盛り上がり、二つの小山を作る。

それが人の形を象り、すぐにアロ殿そっくりになった。

二体の土くれのアロ殿は、どちらも片腕だけ肥大化させている。

アロ殿の戦闘態勢の形態である。

土製アロ殿の表面を魔力の輝きが覆い、すぐさま着色される。

こうしてアロ殿の前に、二体のコピーが現れる。

「……〖土人形〗」

以前、兎を作っていたときとは規模も精度も違う。

進化によって得た力なのだろう。

下手に攻撃を受ければ死に直結する。

土人形を前面に立たせ、我々で距離を置いたところからの一斉攻撃か。

「トレントさん……」

む、どうしたアロ殿?

「攻撃力低下魔法を、どうにかあの魔物に当てて……」

……むむ、〖アンチパワー〗か。

しかし、アレは当たる気がしないので、とりあえず見栄えがする〖グラビティ〗を撃てるだけ撃とうと考えていたのだが……まぁ、善処しよう。

アロ殿がにこっと笑う。

アロ殿よ。申し訳ないが、当たるかどうかはまた別の話であるぞ。

アロ殿は表情を引き締め、空に手を掲げる。

さぁっと、辺りに濃い霧が広がっていき、辺りの視界が悪くなった。

アロ殿は多彩で羨ましい。

アロ殿が何を考えているかはわからないが……何か、考えあってのことだろう。

幸い、あの一つ目の足音は派手で目立つ。

この視界の中でも位置を絞ることは難しくない。

しばらく意味もなくウロウロしていたが、奇怪な足音を聞き分けたため、やや脅えながらも向かってみる。

影が四つ。

二体が対峙しており、その間に二体が立ち塞がっているようだ。

恐らく、アロ殿、二体のコピーアロ殿、そして例の一つ目である。

例の一つ目は二体のアロ殿へと奇妙な動きと、とてつもない速度で接近していく。

この調子では、五秒も持つまい……と思ったが、コピーアロ殿が身体を傾かせると、不意に一つ目の動きが鈍る。

どうやら二体のコピーアロ殿の間に、面蜘蛛殿の糸が張ってあったらしい。

ふむむ、なるほど。あれならこの障害物の少ない広間でも、臨機応変に相手を引っ掛けることができる。

私は〖アンチパワー〗の魔法を、一つ目の背……というより、後頭部へと目掛けてそっとかける。

黒い光が漂い、一つ目の後頭部へと当たる。

これで攻撃力が下がった……はずだ。

しかし、あんな化け物に、私の魔法が通用するものだろうか。

気休めにはなるか……。

一つ目が、動いたのがわかった。私を振り返ったのだ。

私はぶるりと身体を震わせ、えっちらおっちらと一つ目から離れた。

こ、殺されるところだった……。

振り返ると、一つ目は私から興味は既に失せているようだった。

身を振るい糸を解くと同時に、跳び上がって土人形アロ殿の片割れの頭上へと跳ぶ。

土人形アロ殿は、肥大化した腕を盾の様に構えようとしたが、全く間に合っていない。

一つ目の足は、アロ殿の上げ損ねた腕を擦り抜け、肩から心臓部までを深々と抉った。

その反動で、土人形アロ殿が後方へ弾き飛ばされる。

土人形アロ殿は、身体が千切れかけている上に、首が折れていた。

ただの蹴りが、とんでもない威力だ。やはり我々の関与できる戦いではなかったのでは……?

しかし、私から標的が外れていることはありがたい。

そのまま距離を取ろうとして、ふと、今では他の魔法も当たるのでは? という考えが浮かんだ。

そうっと戻り、魔力を溜め、〖クレイスフィア〗を放つ準備をする。

しかし放つ間もなく、もう片方の土人形の腹へ、一つ目の繰り出した踵が突き刺さった。

も、もう潰されたか……。

土人形は、アロ殿よりも遥かに脆いようだった。

一つ目に〖アンチパワー〗を掛けたところで、大差はなかったか……と思ったが、腹部を貫かれた土人形の手が伸びて、一つ目の大きな目玉へと触れた。

む? まだ動くのか?

一体目の土人形よりも、随分と頑丈だ。

魔力の掛け方が違うのか……? それにしても、何か妙な気もする。

「……ゲ、〖ゲール〗」

至近距離から放たれた風魔法が、一つ目のあからさまな弱点を綺麗に直撃した。

「アァァァァァァアァァァァッ!」

禍々しい悲鳴が上がり、一つ目の身体が弾き飛び、床を転がった。

同時に、風に巻き込まれた霧が晴れていく。

土人形が、呪文を詠唱した?

いや、違う。今腹部を貫かれたのが、本物のアロ殿だったのだ。

後方に構えているアロ殿が、ただの土人形だったのだ。

腕を肥大化させたのは、霧の中でもシルエットで区別がつくように仕掛けた、先入観を助長させる罠だったのだろう。

姿を見せつけた後に、霧に隠れて腕の形状を入れ替える。

一撃を受けるつもりだったからこそ、気休め程度でも敵の攻撃力を下げておきたかったのか。

これだけ素早さに差がある相手を捕らえるには、近くにいるが相手が油断している状況を作り出すしかない。

見事な戦術であった。

アロ殿の魔法攻撃の威力は絶大である。

如何に格上とはいえど、弱点に至近距離から攻撃を受ければ、まず立ち上がれまい……と思ったのだが、一つ目は脚を曲げて器用に立ち上がった。

真っ赤な一つ目が、アロ殿を睨んでいる。

完全に怒っている。

一つ目の身体が発光し、見る見るうちに身体の怪我が完治していく。

回復魔法の類らしい。

い、今ので、アロ殿の決死の攻撃は無為になったと見るべきなのでは?

対するアロ殿は、腹部に空いた大穴を押さえながら、しゃがみ込んでいる。

体力も魔力も、限界が近いように見える。

そのアロ殿へ、ゆっくりと一つ目が近づいていく。

私は縮小させていた〖クレイスフィア〗に再び魔力を込め、一つ目へと放った。

土を固めた球体は一つ目の手前で砕け散った。

ぱちり、私は瞬きする。

恐らく一つ目が頭を振って弾いたのだろうが、動きが、まるで目で追えなかった。

一つ目の後頭部へと、面蜘蛛の糸が近づく。

しかしそれも途中でプツンと切れ、宙に消えた。

速すぎる。

霧も囮もなしに、まともに接近していい相手ではない。

アロ殿の大掛かりな陽動がなくなった今、抗う術がまったくない。

……あ、主殿、そろそろダメかもしれませぬ。

「グゥオオオオオォオオオォオッッ!」

私が呆然としていると、大きな咆哮が響き渡る。

それを聞いて一つ目が振り返り、目を見開いた。

こちらへ向かってきた主殿は、珍しく大怪我を負われていた。

胸部に抉られた跡があり、背の鱗も一部割られ、あちらこちらから蒼い血を流されておられた。

だが、一つ目の大きな眼に、それは好機とは映らなかったであろう。

主殿は、もう一つの頭に、二体のヒトガタを咥えておられた。

二体の人型が重ねられ、牙で串刺しにされている。

二つ目の頭が天井を見上げ、口を動かす。

ぐちゃり、ぐちゃり、二体が潰れ、混じる音が響く。

歯の狭間からは赤い血が垂れていた。

「ア……アァァァァァァァッ!」

一つ目が叫びながら、地面を蹴った。

次の瞬間、一つ目の姿が見えなくなる。

一つ目の後を追って見回していると、アロ殿が主殿の方を見上げていたので目線を追ってみた。

主殿が、上げていた前足をすさまじい速度で振り下ろした。

ダンッと鋭い音が響く。主殿が前足を上げると、その下には拉げた一つ目の姿があった。

大きな眼球は割れており、太い足はあらぬ方向にへし曲がっている。

私はそれを見て、ようやく安堵の息を漏らすことができた。

少し慌てましたぞ、主殿よ。