軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

324.ベラとの別れ

ネルへの頼み事を終えた俺は、集落へと向かっていた。

その道中で、ベラがリトヴェアル族の戦士を治療しているところへと遭遇した。

どうやら数名のリトヴェアル族を率いて散策し、戦場で倒れたリトヴェアル族を集め、魔法や薬での治療を行っていたようだ。

リトヴェアル族達は俺を見ると、歓声を上げて駆け寄ってくる。

ベラは他の興奮するリトヴェアル族を制し、治療してた人を横にいるリトヴェアル族へと託すと、俺の許へと駆け寄ってきた。

いつも通り呪文を口にしてから目を閉じ、〖念話〗の態勢へと入った。

『竜神様! 子供達は、先ほど全員帰ってきました! もう、もうすべて、終わったのですね!』

ベラは俺へと近づこうとする他のリトヴェアル族を諫めていた割には、普通に興奮気味であった。

目を閉じている顔からも、薄っすらと笑みが漏れている。

この歳で、竜神との接触、分かれていた集落との和解、敵集団への対応策、実戦での指揮、戦場での治療を担っていたのだ。

気が緩んで、歳相応の態度が出てしまうのは仕方のないことだろう。

俺はそんなベラの様子を、微笑ましいと思いながら見つめていた。

ようやく、これですべて終わったのだ。

新天地の隣人達、リトヴェアル族に降りかかった災禍は。

マンティコア、二つの集落の対立、異常増殖したアビス……そして、あの馬鹿貴族の私兵軍。

危険が尽きなかったこの森も、ちょっとは住みやすくなっただろう。

……住みやすくなったところで、出て行かなきゃなんねぇのが辛いところだけどな。

だが、無駄だったなんて、そんなことは絶対に思わねぇ。思えるはずがねぇ。

これでようやく、リトヴェアル族とこの森に平穏が戻ったのだから。

「……竜神様?」

ベラは俺の様子を訝しんでか、薄目を開けて俺を見た。

それから自身が〖念話〗ではなく素で話していたことに気が付いたのか、慌てて目を閉じ直していた。

……別に、普通に通じるんだけどな。ただこっちから伝えるのにゃ、ちょっと手間が掛かっちまうけど。

「ガァ……」

相方が、やや寂しげに横目で俺を見る。

俺は首を横に振り、すぅっと息を吸ってから口を閉ざし、ベラへと念じる。

悪いが、俺はここの集落を出ようと思っている。

逃げた敵の残兵達から、ここに俺がいることはわかっちまったはずだ。

恐らく、周辺に住まう人間達へと一気に知らされていく。

そうなったら、今度こそこの森は火の海になっちまうかもしれねぇ。

「え、え……?」

ベラは目を閉じたまま、困惑した様子でそう口にする。

俺達の不穏な様子を嗅ぎ取ってか、ベラの後ろで笑っていたリトヴェアル族達からも表情が消えていく。

『わ、私達は、竜神様が付いてくださっているのならば、どのような者達が攻めて来ようとも怖くはございません。ですから……』

俺はベラの泣き顔を見つめながら、ゆっくりと首を振った。

どんな奴が来るかなんて、まったくわからねぇ。

そこへリトヴェアル族を巻き込むわけにはいかねぇ。

トールマンが最期口にしていたことが気に掛かる。

『どこに逃げようが無駄なことよ! 貴様がどれほど強かろうが、いずれは勇者や聖女が貴様を討つ! 必ずだ!』

……あの言葉から察するに、勇者やあのスライムに匹敵するような何かが、まだこの世界には潜んでいるのだろう。

恐らくは、そいつの背後には〖神の声〗がいるはずだ。

前例を思うと、ロクな奴だとは思えねぇ。

俺がこれだけ有名になっちまったのならば、もう逃げられねぇ。

俺のランクであるAランクに匹敵する魔物は、今まで一度も目にしたことがない。

この世界において、俺の存在はかなりの脅威のはずだ。勇者亡き今、その聖女とやらが差し向けられてくる可能性は高い。

聖女がもしも勇者以上の力を持っているとしたら、リトヴェアル族がいくら束になっても、敵うはずがない。

そんな戦いに巻き込むわけには絶対にいかねぇ。

必要に駆られていた、こうするしかなかったとはいえ、厄介な道へと進化しちまったもんだ。

俺の様子を見て、残る気がないのだと知ったベラは、垂らしていた両手でぎゅっと固く握り拳を作った。

目を力なく開き、涙を零す。

「りゅ、竜神様がいなくなったら……竜神様がまたいなくなったら……私は、私達は、どうすればいいのか……」

決心が、つい燻りそうになる。

ここまで言ってくれているのだ、残ってもいいではないか、と。

それに保険は重ねて打っているが、本当にリトヴェアル族へ向けられていた目をすべて俺に移すことができるのか、そんな保証だってないのだ。

第一……俺だって頑張ったはずだ。

たまには、もうちょっと報われたっていいはずだ。

また知らない土地に行って……それも、今度は本当に誰とも関わるわけにはいかない。

ウロボロスは、決して人里に存在してはならない魔物なのだ。

人間は絶対に俺の存在を認めはしない。力が、圧倒的すぎるのだ。トールマンの私兵と戦って、そのことはよくわかった。

何百の兵をあっさりと迎え討てる者は、それこそ神か化け物のどちらかになるしかないのだ。

ここを出て行けば、俺が自分の竜の身体と何らかの形で決着を付けるまでは、きっとまともに人間と関わることはないだろう。

それがいつまでになるかは、わからない。一年なのか、十年なのか。もしかしたらドラゴンの寿命を考えたら、千年以上掛かるかもしれねぇ。

……だから、ずっととは言わなくとも、もうちっとここにいったって、いいんじゃねぇのか?

俺が考え事をしながらベラを眺めていると、ベラは俺が何か言いたいのではないかと察したらしく、袖で涙を拭って目を固く瞑った。

ベラ、なぁ……俺は……。

……そこまで考えて、思考が固まる。

脳裏にふと、森中で倒れるリトヴェアル族と、その中央にあの勇者が笑いながら立っている光景が過った。

リトヴェアル族がずっと無事でいられるかどうかなんて、俺にはわからねぇ。

だが、俺がここにいたら、間違いなく聖女とやらが乗り込んでくるだろう。

そのことだけは、妙な確信があった。〖神の声〗の性格の悪さを、俺はよくわかっている。

敵なのか、味方なのか、そもそも逆らえるような相手なのかもわからねぇ。

しかし俺が死のうが、俺の周囲がどうなろうか、知ったことではないと考えているというのは、間違いねぇだろう。

目を瞑ったまま待っているベラへと、俺は向き直った。

ベラの顔に、少し力が入る。

また……いつか戻ってくるからな。

それは十年後になっちまうかもしれねぇし……もしかしたら、千年後になるかもしれねぇ。

でも、絶対にまた戻ってくるからな。

少し、沈黙が続く。

ベラが一度嗚咽を上げ、鼻を啜る。

『はい……お待ちしています。例え、そのときに私がいなかったとしても、リトヴェアル族が、我々が、竜神様達をお待ちしております』

……これ以上は、決心が鈍っちまいそうだ。

悪いが、他のリトヴェアル族達は、ベラに任せることとしよう。

後は、アロや蜘蛛、トレント達と話を……。

そう考えていると、集落の方から、笛のような音が聞こえてきた。

これは確か……グラファントの骨から作った、トルーガとかいう連絡用のものだったか。

リトヴェアル族の無事を祝い、誰かがふざけて鳴らしているようだ。

俺は笑い、最後にその場にいるリトヴェアル族の顔を眺めてから去ろうとした。

全員、顔が青褪めていた。

そこで俺は察した。

トルーガは、決しておふざけで鳴らすようなものではないのだ。

「ま、まさか、残党が再び集落へ……」

ベラが呟く。

あんだけ俺が暴れたのに……ちょっと離れた隙に、最後にリトヴェアル族にちょっかい掛けてやろうって馬鹿がいたのかよ!?

俺は大慌てで、トルーガの音が聞こえた方へと駆け出した。