軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

289.とある貴族の暴虐2(sideトールマン)

野営の最中、吾輩は切り株に座っていた。

切り株には厚い布を被せておるが、それでも館の椅子の座り心地には遥かに劣る。

館に比べれば、飯だって大したものも食えん。

まったく、いつまでこんな生活を送らねばならんのか。

思わず出た欠伸を手で隠す。

おお、早く戦場の高揚感を味わいたいものだ。

この吾輩が武勇に優れた人間であることを、もっと世に知らしめてやりたい。

下賤な蛮族共を殺して伝説の幻獣を手に帰れば、誰もが吾輩に心酔することであろう。

そのとき吾輩は、名実共にアーデジア国の王となるのだ。

むずむずして、つい手足を揺らしてしまう。

いかんいかん。

一国の大貴族、次期王ともあろう吾輩が、これではまるで子供のようではないか。

ふと、私兵団達の様子がおかしいことに気が付いた。

皆何かを噂するように声を潜めて話し合っておる。その口ぶりには嘲笑が混じっておるようであった。

何事かと思っておると、我が私兵団『飢えた狩人』の一番隊隊長、アザレアが吾輩の許へと向かって来た。

やはりアザレアは気が利くわい。

変化に気付いたら、吾輩に真っ先に知らせようとするとは。

「トールマン閣下、六十八番隊のデレクが戻ったようでございます」

吾輩が顔を顰めると、アザレアはすぐに言葉を補う。

「リトヴェアル族の集落への偵察に向かい、魔物に痛手を負わされた部隊の隊員でございます。行方不明になっておりました」

「ほお、そうか。よかったの」

なんだ、そんなことか。

そういえば、偵察に行って魔物に襲われて死んだ、間抜けがおったという話であったな。

生きておったのか。

どっちにしろ、どうでもいいことであるが。

「ただ、妙なことを口走っているようで。同じ隊の隊員から暴言を吐かれ、囮にされた……と。何らかの形での処罰を求めているのかもしれませんね」

「はぁ? 何を甘っちょろいことを。下っ端の雑魚を囮にするのは当然であろう」

「ええ、違いありません。トールマン閣下の気分を害するわけにもいきませんので、私の方からよく言い聞かせておきましょう」

デレクと聞いても誰かは思い出せんが、恐らく入団してから日が浅い奴なのだろう。

『飢えた狩人』のモットーは、『強い者は弱い者を虐げてもよい』である。

囮になど、される方が悪いのだ。

これは吾輩のモットーでもある。

強者が弱者を支配するのは当然のことである。

故に、この世で最も強い吾輩は万人を支配するため王になるべきなのだ。

「そうせい。目の前で犬に喚かれては、思わず剣を持つ手が滑ってしまいそうだ」

アザレアは吾輩の言葉に微かに笑っておったが、叫び声が聞こえて来ると表情を変えた。

「トールマン様と話がしたい! トールマン様はどこにいる!」

叫んでいる男は、確かに見覚えがあった。

見慣れぬ槍を手にしているが、『飢えた狩人』の制服を見に纏っておる。

あれが例のデレクなのだろう。

「申し訳ございません。私の行動が遅かったがばかりに、閣下のお目を汚してしまいました。すぐにあの犬に処罰を加えておきますので」

アザレアは素早くデレクへと近づき、前を遮った。

「おいデレク、同じ隊員に文句があるのならば彼らに直接言えばいい。わざわざトールマン閣下のお手を煩わせるような……」

しかしデレクはアザレアを無視して吾輩を見つけて、首を伸ばして再び声を上げた。

「トールマン様、すぐに今回の計画を中止してもらいたい! リトヴェアル族は、世間が言っているような野蛮な連中ではありません! 自分は魔物の襲撃に遭って怪我を負ったとき、リトヴェアル族に助けられました! 決して分別のない蛮族などではありません!」

「はぁ……?」

吾輩は思わず声を上げた。

アザレアがデレクの肩を掴んだ。

「これ以上トールマン閣下の前で不敬を重ねるというのであれば、お前の不出来な頭を今すぐ吹き飛ばしてやるが、どうする?」

「まぁ待てアザレア。デレクだったか? 面白い奴ではないか、吾輩の前に連れて来い」

アザレアはデレクの肩を掴んだまま乱暴に引っ張り、吾輩の前へと連れて来た。

デレクはやや態勢を崩しておったが、吾輩の前まで来ると掴まれた肩とは逆の手でアザレアの手を払いのけようとした。

が、アザレアの手は微動だにしない。

デレクが払おうとしてから数秒を挟み、それからゆっくりと手を放した。

デレクはアザレアを睨んだ後、吾輩へと視線を戻す。

「トールマン様、先ほど言った通り、此度のリトヴェアル族殲滅計画を中止してください」

「ふんふん、なぜだ?」

デレクは吾輩の返答にやや面食らったらしく顔を顰めた。

「だから、その……俺はリトヴェアル族に助けられて……」

「ふんふん、それで?」

「……だから、危険な蛮族というのは、森周辺の領民の思い込みなのではないかと……」

「ふんふん」

吾輩は思慮深げに頷いて見せる。

デレクがほっとしたように息を吐く。

「で?」

「え?」

「え、ではないだろう。続きがあるのだろう? 早く言うがいい」

「い、いえ……あの……」

デレクが切羽詰まる。

吾輩はフンと鼻で笑った。

「ふむ……そうだな。仮に、だ。仮にだが、リトヴェアル族が平和的な良識のある、自然を愛して静かに暮らしている民族であったとしよう」

「…………」

「で、吾輩に何か関係が?」

デレクが顔を青くし、口をパクパクと動かした。

「ほ、本気で言っているのですか?」

「貴様こそ本気で言っているのか? 此度の遠征には、莫大な金と吾輩の王への道が懸かっておるのだぞ? 出兵の許可を得るためにも、どれだけ苦労したか……馬鹿な貴様にはわからんだろうなぁ? リトヴェアル族の討伐を中断すれば、得られるはずの名声をみすみすと逃して出兵の費用を無駄にするばかりか、周囲からもトールマンが蛮族を恐れて中止したのだと笑い者にされるわい」

まったく、これだから何も考えられん馬鹿は困る。

頭の悪い、理解の遅い役立たずは嫌いなのだ。

その中でも、こうやってわざわざ吾輩に手間をかける奴は飛びぬけて嫌いなのだ。

「そもそもの話、元より幻獣カーバンクルを捜すために森を荒らす以上、リトヴェアル族との戦いは避けられんのだ。奴らの性根がどうであれ、吾輩にはなーんの関係もないわ」

吾輩は鞘ごと剣を振り、デレクの真横の地面へと叩き付けた。

「…………」

「まったく、気分が悪いわ。これだから生まれも頭も悪い馬鹿は困るのだ。アザレア、この馬鹿を吾輩の前から摘まみ出せ」

「はっ!」

アザレアがデレクの肩を掴もうとすると、デレクが下がって距離を取った。

「横暴で性悪だとは聞いてたが、ここまで酷いとは思わなかった! 蛮族蛮族って……野蛮なのはお前だろうが、トールマン! もうついて行けるか! 俺はお前のこの、最悪な私兵団を今日を持って抜ける!」

デレクが制服の上着を脱ぎ棄て、地面へ叩き付けてから吾輩を睨んだ。

それから槍を握り絞め、吾輩の前から離れようとする。

この高貴なる吾輩が、横暴で性悪で野蛮であると?

吾輩は怒りで我を失うところだったが、所詮は庶民上がりの碌な教育も受けておらん犬っころの戯言である。

吾輩はすぐ冷静に戻った。

デレクが向かおうとしている先は、森の奥である。

まさか、リトヴェアル族の集落へ行って警戒でも促すつもりなのだろうか。

どこまでこいつは馬鹿なのか。

「デレク、貴様、自分が何をしているかわかっておるのか?」

「何がだ! お前こそ、自分が何をしようとしてるのか、考え直したらどうだ!」

「わかっておらんようだな。吾輩の命令一つで、領地にいる貴様の家族の首を残らず飛ばすこともできるのだぞ?」

「なっ……」

デレクが言葉を失った。

「だが、吾輩は慈悲深い。蛮族に肩入れして愚かにも吾輩を裏切ろうとしている恩も恥も知らない貴様にも、選択肢をやろう。吾輩は、貴様がまっすぐ帰るというのならば貴様に手出しはせん。吾輩が帰るよりも先に家族を連れて領を出れば、追いもせん。だがもしも、それができなければ……」

デレクはしばし呆然と立ち、森の奥の方を再び見つめる。

その後、目を瞑り、悔しげに槍を手放した。

それから森から離れる方へと向かって駆け出していった。

吾輩はデレクの背をしばし睨んでいたが、目を離して欠伸をした。

わざわざデレクを捕まえるつもりはない。

奴が真っ直ぐ領地へと戻って家族と共に出て行くのならば、何もしないと約束した。

「おーい、アザレアー」

「はっ!」

アザレアは短く返事をして、デレクの背へと手を向けた。

「火魔法〖フレア〗」

カッと辺りを、赤い光が覆った。

目が眩むような眩さの中、一筋の赤い線が走る。

それはアザレアの手許から放たれ、デレクの背へと当たった。

デレクは悲鳴を上げる間さえなくその場に崩れ落ちる。

黒コゲになった膝から地面に落ち、炭埃が舞った。

その背には、ぽっかり大きな穴が開いている。

「アザレア、貴様は酷い奴だな」

吾輩がニヤニヤしながら答えると、アザレアはその場に跪いた。

「申し訳ございません。トールマン閣下への無礼の数々に耐え切れず、思わず手が出てしまいました。このアザレア、どのような罰でも受けましょう」

無論、アザレアは吾輩が名前を呼んだから、吾輩の意図を汲み取って魔法を放ったのだ。

「吾輩は何もしないと言った。しかし、部下が暴走して何かをしでかすとは……忠誠心の高過ぎる部下を持つと困りものだな!」

「トールマン閣下は、領地へ戻るまでにデレクが親族を連れて出て行っていなければ、諸共処刑にすると仰いましたが、どうなさいますか?」

「むむ? 決まっておろう、吾輩は約束を守る義理堅い男である。そこの主君に盾突くような消し炭のクズと違っての」

吾輩がおどけて見せると、周囲から笑い声が上がった。

と、そこへ八人組の男が現れた。

先頭に立つのは、『飢えた狩人』の第二十一番部隊長を務めているグローデルである。

赤い髪をしており、額から目の下に掛けて大きな傷がある。

「トールマン様ァ、例の魔法陣が仕掛け終わりやしたぜ! そろそろ効果が現れ始めて来てるはずでさぁ」

「おおグローデル、よくやってくれた!」

これで計画の前準備がすべて完了した。

いつでも攻め込むことができる。

「ただ姿を見られちまって口封じに三人ほどぶっ殺したんですが、とっくに死体が見つかっちまってるころでしょう。警戒されちまったかもしれやせん」

「まぁ、仕方があるまい。戦いの準備を進められても嫌であるな。効果が十分に出るまで様子を見たかったが……明日の朝、日が昇りきる前に一気に、攻撃を開始するとしよう。吾輩の愛剣も、早く蛮族共を斬り殺したいと疼いて仕方がないわ」

「いよっ! さすがトールマン様! とっととやっちまいましょうや!」

ふっふっ、ようやく久々に人間が切れるわい。

一度離れた場所で待機している奴らも集め、計画を調整し直するとするかの。