軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

254. 脱出の手引き

……しばらくして、洞穴内が落ち着いた。

俺は洞穴を出るのをやめ、ここに残ることにした。

今の調子なら、洞穴内できっちりとMPを回復させることができそうだ。

夜に番人が回って来る頃には、人化するためのMPをきっちりと確保することができる。

生贄として案内してもらった方が確実だし、マンティコアの隙を突きやすいはずだ。

マンティコアを捜している間に先に感知されて怪しまれたり、集落の人間に見つかってこれ以上一悶着を起こすのは避けてぇ。

今回は子供だからどうにかなったが、考え方の固まってる大人相手だとこうはいかねぇだろう。

洞穴の中の空気は、相方が人化していた時よりも悪い。

子供達は少し距離を開いたところで、警戒気味にこちらの様子を伺っている。

辛うじて、先ほどの年長者の子はなるべく俺と近い位置に座っている。

全く脅えていないという様子ではなさそうだが、自分が言い出した手前、責任を取らなくてはというふうに見えた。

MPは休んだ分だけ順調に回復している。

この速さなら、数時間で回復しきるだろう。マンティコアとの戦いには間に合うはずだ。

このままハプニングが起きなければ、順調に奴のいる場所へと案内してもらえる。

「竜神……様、あの、あなたは、いったい、なんのためにこの洞穴に? いつでも、逃げられたんじゃ……それに、今でも……」

年長者の子が、恐る恐るといったふうに声を掛けてくる。

……また人化の術を使って口で説明してもいいが、今はMPをしっかりと回復させたい。

俺が何のために来たかは、後になれば結果からわかるはずだ。

答えるたびに人化の術を使っていて、肝心の番人が来たときに人化の術が使えなくなっちまったら目も当てられねぇ。

俺は前足を伸ばし、地面に爪を立てる。

マンティコアの姿を脳裏に浮かべる。

えっと……豹みてぇな身体で……頭が、人間とライオン混ぜたみたいな感じで……。

思い出しながら、爪先でマンティコアの絵を描いていく。

だが線がどうにもカクカクしてしまい、子供のような絵になってしまった。

……昔は陶芸とかできたのに、不器用になっちまったもんだな。

これ、やっぱ手じゃなくて前足だもんなぁ、仕方ねぇか。

まぁ人化さえ使えば器用にこなせるんだけどよ。

女の子も俺の描いた絵が何なのかわからなかったらしく、眉を寄せて首を傾げた。

俺は絵に尻尾を付け足し、その尾先に針を描き加える。

そこでようやくわかったらしく、「マンティコア……?」と呟いた。

やっぱりあの尻尾、特徴的だもんな。

俺は天井に気を付けながら頷き、それからマンティコアの胴体部分へと前足で爪を突き立て、地面を抉った。

女の子はそうっと顔を上げ、俺の目を見る。

「……マンティコアを、倒すの?」

探るような言い方だった。

半信半疑、といったところか。

「……グォッ」

俺が唸りながら頷くと、女の子はそのままの表情を崩さぬままごくりと息を呑んだ。

この子も庇ってはくれたが、完全に信用してくれているわけではなさそうだ。

長らく言われてきたことってのは、そう簡単に割り切れるもんじゃねぇだろう。

こっちに残れる空気を作ってくれただけでも感謝だな。

そのままなんとなく居心地の悪い空気の中、時間が経っていった。

俺は地面に這ってなるべく身体を休め、魔力の回復に専念した。

相方は目を瞑って眠りながら、薄目を開けて他の子の反応を伺っていた。

……気丈には振舞ってたけど、そりゃ気にしてねぇわけはないよな。

因みに他の子達は、遠巻きから心配そうに俺と年長者の子の様子を見守っている。

やがて空が夕焼けに染まり、天井の隙間からも赤い光が差し込んでくる。

魔力はもうとっくに全回復している。

後は番人が来るのを待って、全力でマンティコアの奴を叩きのめしてやるだけだ。

次こそは絶対に逃がさねぇ。

洞穴の上周辺を、誰かが歩く音が聞こえてくる。

ようやく番人が来たか。

そろそろ人化しといた方がよさそうだな。

相方、またしばらく頼むぞ。

「……いつもより、早い」

年長者の子が、小声でそう漏らした。

ガツン、ガツンと頭上から洞穴の天井を叩く音が聞こえてくる。

上を見上げれば、洞穴の天井に空いてる隙間へと何かが振り下ろされているようだった。

な、なんだ、何やってんだ。

ひょっとしてこれ、助け来ちまったんじゃねぇのか?

さっきあの子がいつもより早いっつってたし、番人じゃねぇ可能性はある。

そういや、入り口の穴を防いでいる岩はナルグとタタルクがふたりがかりで退かしていたな。

つーことは、単独で誰かがこっちに乗り込もうとしてんのか。

い、いや、それはいいんだけど、別の日にしてくれよ!

生贄にされかけてる女の子助けるために洞穴乗り込んで来るのはいいよ?

んでも、なんでよりによって俺が洞穴にいるときに来るんだよ!

俺がなんとかすっから! マンティコア倒してみせっから!

つーか番人さん何やってんだ! こういうときのための番人だろ!

なんだこれ、誰か裏で糸引いて俺の行動を邪魔しようとしてねーか!?

俺は慌てて人化の術を使う。

体中を熱が走り、身体が小さくなっていく。

自分の頭に意識を向けると、押し込まずとも自然に体内に沈んでいった。

視界が暗くなり、相方の目線と共有になる。

よしよし、人化もどうにかコントロールできてきたな。

じきに身体のコントロールが効かなくなり、相方が動かしていることがわかった。

【通常スキル〖人化の術〗のLvが7から8へと上がりました。】

お、上がった上がった。

今日は使い放題だったからな。

相方が頭を押さえ、首を揺らして自分の身体を確認する。

ドラゴンに戻った際、一層ズタボロになった服を雑に着直した。

……もうちょっと丁寧に脱ぐべきだったな。

いや、咄嗟だったから仕方ねぇんだろうけど。

先ほどから叩かれていた天井部分が砕け、岩の破片が洞穴へと落ちてくる。

裂け目が大きくなり、夕焼けの赤い光が洞穴へと差し込んだ。スポットライトのように中央を赤く照らす。

「お、おい、聞いてくれ!」

穴の上から声が聞こえてきた。

つーか、この声って……。

穴から首を覗かせたのは、番人のタタルクだった。

お、お前かよ!

そりゃ番人が仕事してねぇはずだ。

そういやタタルク、余所者だとか性格が向いてねぇだとか散々言われてたな。

やっぱし人選ミスだったんじゃねぇのか……?

「巫女の血持ちを含め、集落の重要人物は今、会議で集落奥に引っ込んでいる! 多少不審な動きをしても、気が付くのは大分後になるはずだ! 今のうちに、ここを出るんだ!」

声を聞いて、一気に洞穴内が騒めく。

「で、でも……」

「逃げろって、どこへ……」

女の子達が戸惑いの声を漏らす。

「竜神派の集落へ行け! 俺は、俺はさっき、聞いたんだ! あっちの集落に竜神が戻ってきたんだと!」

タタルクの声を聞き、女の子達が一斉に相方へと目をやる。

い、いや、その気持ちはわかるけど、怪しまれっからやめてくれ。

「きっと、竜神がマンティコアを追い払ったんだ! だからマンティコアもわざわざ小規模なこっちへ来たんだ! 向こうへ行けば、助かる! 向こうにいた俺だからこそ、わかる! マンティコアが人の少ないこっちへ移ってきたのは、それしか考えられない!」

余所者って、そういうことか。

竜神派の集落を抜けてこっちまで来たのか。

「大人ならともかく、子供を見殺しにはしないはずだ! 抵抗があるかもしれんが……頼む、俺の言うことを信じてくれ!」

元々、集落が分裂したのは竜神の力への不審感が発端だったはずだ。

タタルクが言うように、竜神の庇護下にある元の集落へ帰ることが、こっちの集落の人間がマンティコアから逃れるためには最善なのかもしれねぇ。

……もっとも、それは向こうの集落の人間が許容する限りは、という話になるが。

竜神派の集落の巫女の言動を思い返すに、こちらへの敵対意識はそれなりのものに感じた。

だからこそ、タタルクも大人はともかく子供は、と言っているのだろう。

タタルクの声を聞き、女の子達が騒つき始める。

「マンティコアを、追い払った?」

「あの、マンティコアを……?」

言いながら、相方を見る目に力を込める。

一度竜神がマンティコアと戦うのを諦めたことから考えても、恐らく竜神はマンティコアよりも弱いのだろう。

最初見かけたときにマンティコアが即座に飛びかかってきたのも、分を弁えず自分の住処付近をうろついていた竜神に灸を据えてやるつもりだったのかもしれねぇ。

年長者の子も驚いた顔で相方を見ていたが、はっと気が付いたように地面へと視線を落とし、俺のさっき描いたマンティコアの落書きへと目をやった。