軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

82.あれから一ヵ月 5

「――グモオオオオオオオオオ!!!!」

死が吠えた。

高らかに。

地を割り、奈落まで落とさんばかりに。

どうしても消えなかった影だが、なんとか口には出さずにいた。

口に出してはいけないことだと思っていたから。

悪いことは、言葉にしたら現実になる。

実戦となると、切っても切り離せない影――「死」という最悪の結果。

その最悪が、目の前で行われた。

たった数秒前までサッシュは生きていたのに、今はもう……

「サッ――」

殴り飛ばされ、視界から消えた青髪の少年を追うように、セリエが声を上げようとした瞬間だった。

「――早く立てぇ!!!!」

雄たけびを上げる 鉄兜(アイアンヘッド) に負けないほどの覇気ある声で、“ 紙燕(スワロー) ”が吠えた。

「――まだ寝ていいなんて言ってない!! さっさと立ち上がって戦え!!」

遠くまで森が騒ぎ出す。

鳥が飛び立ち、近くにいた動物や魔物が、森を鳴らしながらここから離れているのだ。

動物や魔物が本能的に恐怖するくらいには、“紙燕”の怒声は荒々しい闘気を帯びていた。

手負いとなり、余計に闘争心が漲ってきた鉄兜でさえ、前に出るはずの足が止まるほどだった。

一瞬の迷いが見えたあと――やはり鉄兜は引くことはなく、候補生たちに向かって一歩足を踏み出した。

刹那。

「――モゴブォ!?」

殴り飛ばされて消えた場所から、風を置いてきたような速さのサッシュの槍の一撃が伸びた。

穂先は見事に、鉄兜の左あばら骨から右のあばら骨まで、胴体を深々と貫いた。

「……やりゃできるじゃん」

小さく呟いた“紙燕”の声には、わずかながら安堵の色があった。

本当に最後の力を振り絞ったのだろうサッシュは、その場に倒れた。

そして、気が付けば“紙燕”が、予想外の致命傷を負って立ち尽くす鉄兜の目の前にいた。

サッシュの動きも目で追えないほど速かったが、師匠も同じくらい速い。

「よいしょっと」

己の倍以上はある鉄兜の身体を駆け上り、ふわりと重さを感じない動きで同じ目線まで飛び――身体がブレた。

ゴギンッ

明らかに、何か固い物が砕けた音がした。

動きも攻撃そのものもまったく見えなかったが、体勢から見るなら、“紙燕”が訓練用の鉄棒で鉄兜の首を、横なぎに殴ったのだろう。

振り抜かれた“紙燕”の体勢と、殴られて横にぶっ飛ばされる鉄兜。

「――よしよし、よくがんばったね」

前のめりに倒れているサッシュの頭をぐりぐり撫でる……が、ほかならぬサッシュ自身が右手でその手を払った。

「おまえは、師匠だけど、年下の女だからな……気安く頭撫でんな……」

息も絶え絶えで強がる辺り、命に別状はなさそうだ。

大丈夫そうだと思ったのだろう“紙燕”は、「かわいくないね」とかわいく笑った。

命に別状はなかった。

まあ、かろうじて、という言葉がつくが。

「当たる瞬間、ギリで庇ったからな」

サッシュに回復魔法を掛けるセリエは、すぐに気づいた。

左肩、左鎖骨、左腕数か所、左のあばら骨も数本ほど、完全に折れていた。

本人が言う通り、致命傷を避けるために、左腕でぎりぎり防御したのだろう。

鉄兜の一撃がそれだけ重かった、というのもあるが。

それよりだ。

「よく動けたね」

都合二回目の攻撃となる、胴体を貫通した一撃。

あれはこのひどい手負いの状態から繰り出されたのだ。本当によく動けたものだ。

「……反射的に身体が動いただけだよ。もう『立て』って言われると嫌でも立ち上がっちまう」

語るサッシュには、どこか元気がない。

どうやら彼には、もう悲しい習性が身についているようだ。

訓練のたまものと言えば聞こえはいいが、何度も「反射的に動く」まで、毎日のようにガンガン肉体的にも精神的にも追い詰められた結果身に付けた習性なのだから。

いや。

元々サッシュの体力は驚くべきものがあったし、なんというか、根性というか、追い詰められてからの粘り強さというか、そういうのは目を見張るものがあった。

きっと、気持ちが強いのだろう。

精神が肉体を凌駕しがちなタイプなのだろう。

「そろそろ動ける?」

鉄兜を運ぶため、指笛を鳴らして村の男たちを呼び交渉を済ませた“紙燕”が、こちらにやってきた。

ちなみにその鉄兜は、フロランタン主導で、六人ほどやってきた男たちと村に運び出している最中である。

「おう、歩くくらいならできるぜ」

治療している最中のセリエからすれば、まだすべての骨を接いでいないサッシュを歩かせるなんてとんでもない話だが。

そもそもかなり痛いはずだ。歩ける状態じゃないと思うが。

「そりゃよかった。早めに撤収したいからね」

なんなら誰かに運んでもらおうと思ってたよ、と“紙燕”。態度からは感じないが、言葉からは何やら焦りのようなものを感じる。

「何かあるの?」

セリエが訊けば、「うーん」と“紙燕”は唸った。

「……山の様子がちょっとおかしい気がしてね。どうもいつもより魔物が減ってるみたいでね。今日も鉄兜を探すのに時間が掛かっちゃったし、なにかが起こってる感じがするんだよね」

山の様子がおかしい。

魔物が減っている。

何かが起こっている感じがする。

なかなか曖昧な情報である。

だが、通常の山の様子を知らないので、セリエには何とも言えないものがある。

ただあまり歓迎するようなことではなさそうだ、というのは“紙燕”の警戒する様子でわかる。

「何かってなんだ?」

サッシュが問うが、“紙燕”は「わかんない」と返した。

「私の思い過ごしかもしれないしね。それならそれでいいよね。でも何かあるなら、近い内に情報が入ってくると思うけどね」

と、手を差し出す。

「ほれ、師匠が手を貸してあげるぞ。帰って鉄兜食おう。肉固いけど結構うまいんだよね」

「いい。セリエに借りるから」

「えっ」

寝耳に水である。

手を貸すとは一言も言っていない。

……まあ、怪我人にせがまれれば拒む気もしないが。

セリエにしがみつくようにして、全身の激しい痛みに震えながらなんとか立ち上がったサッシュに、師匠は少し真面目な顔で言った。

「ほんとによくやったね。実戦で一番怖いのは、心が折れることだからね」

「心……?」

「うん。傷跡が心に残るっていうか、一度痛い目に遭うと、魔物に近づくのが怖くなっちゃうんだよね。

それで冒険者引退とか、意外と多いんだよね。

言ってしまえば『魔物は強い、怖い、痛い』って心底学習しちゃって、危うい存在には近づかないって結論を出しちゃうのよね。

それが、心が折れるって話。

荒事に従事するなら、いつか必ずぶち当たって、克服しなきゃいけない壁なんだよね」

いつか必ずぶち当たる、克服しなきゃいけない壁。

この話は、セリエにとっても他人事ではないようだ。

「でもサッシュはバカだから、速攻で乗り越えてくれたよね。やられた直後によく立ち向かったね。――まあバカだから恐怖を学習する能力が低いだけだろうけどね」

「……年上だったら素直に聞くんだけどなぁ」

思わずポロッと出たのかなんなのか。

サッシュが漏らしたそれは、まぎれもない本音、本心だろう。

それを聞きつけ、“紙燕”はニヤ~と笑った。

「はっはっはっ、今はそれでいいよね。これからみっちり師匠の偉大さを身体に教えてあげるからね。すっごいえげつない訓練とか用意するから楽しみにしててね」

…………

サッシュじゃないが、本当に子供とは思えないほどしっかり師匠しているものだ。