作品タイトル不明
441.メガネ君、同期を見付ける
王都に入ってからしばし、夜が明けた。
闇に紛れたまま、夜を徹してバルバラント王都の城下町を歩き回り、だいたいの地形を把握した。
岩窟王国と言うだけあって、立派な鍛冶場街があったが、それ以外は割と普通の街である。
賑やかな大通り沿いに、市場に、酒場などの夜にぎわうであろう歓楽街。スラム街もあった。
そして、少し離れた場所に、丘の上に築かれているような王城が、足元に広がる街を見下ろしている。
ハイドラがいるのはあそこだろうか。
城の牢屋にいるのだろうか。
――とりあえず、今夜から数日を掛けて、この地を密かに制していくつもりだが。
それは夜やるべきことだ。
明るい内にやることは、休息と仲間探しである。
ハイドラの「素養・ 圧潰膨裂(リバース) 」は非常に便利である。
これさえあれば、持てる荷物の量が何倍にもなる。
二年前は、画一的かつ決まった手順と決まった形にしかできなかった俺の化粧の技術は、意外……でもないか、ジョセフの指導でより上達していた。
「そろそろ男らしくなりすぎたから女装は無理かな」と言った俺に「え? 全然大丈夫でしょ、胸毛もないし」と至極真面目な顔で返した彼のことは、淀んだわだかまりとなって心に残っている。なるのに。もうすぐもじゃもじゃになるのに。なりすぎるのに。
――個人的な恨みはさておき。
荷物を「圧縮」できるので、変装道具もしっかり持ってきた。
「一部屋お願いします」
なので、宿を借りる時は、女装姿のエルとして振る舞うことにする。
俺はバルバラントに存在しないのだから。
同じ宿に泊まるのは二日。
三日目はまた違う変装をして、身形を変えて違う宿に泊まることにする。
今は平時ではないようなので、変に怪しまれて足が着いたら困るから。
早めに 違う住処(・・・・) が見つかればいいのだが。
宿を利用するとなると、最低限どうしても誰かと顔を合わせることにあってしまう。できる限り無関係な人とは接したくない。
朝から昼過ぎまで普通に睡眠を取り、宿を出た。
――サッシュの話では、同期の何人かに声を掛けたそうだ。遠くにいる者には手紙を書き、とりあえずバルバラントで会いたいという内容を送ったとか。
なので、サッシュやベルジュ以外にも、この地に到着している者がいる可能性は高い。
というかいるだろう。
救助要請の手紙を書いたマリオンは、まずいるはずだ。
どこかで待っているのか、それとももうどこかに潜り込んでいるのか、それはわからないが。
彼女の「素養・ 形態模写(レプリカ) 」は、非常に潜入に適している。
手紙を送る、サッシュが動く、それから集結する。
この三つをこなすまでの期間、彼女がまったく動かなかったというのも考えづらい。
――よし、とりあえず探してみるか。
まずは、昨夜歩いて発見した飯屋に行こう。
こんなところで大帝国で食べた蕎麦があるなんて思わなかった。
六件の食事処を巡り、パンパンになった重い腹を抱えて宿へ戻った。
少し休んで、深夜ひっそりと宿を抜け出す。
昨日より詳しく、そして細かく、時間を掛けて王都を歩いていく。
とある仕掛け(・・・・・・) をしながら、少しずつ街を制していく。
この分なら五日もあれば、城下町は押さえられそうだ。
バルバラント王都滞在二日目の昼過ぎ、再び蕎麦を食いに店に入ったところで、早くも成果があった。
「――相席いいか?」
…………
「驚いた。君もか」
「お互い考えることは同じということだ」
と、 彼女(・・) のふりをした 彼(・) は、空いている俺の向かいの椅子に座った。
ここらでは珍しい長い黒髪を下ろし、施した化粧は薄く、飾り気のなさが却って美しい東洋人の少女。
――シュレンである。
どうやら俺と同じように、彼もここにはいないことになっているようだ。
「君が来てるならここで会えると思ってたよ」
そう言いながら、さりげなく蕎麦をすする――かつてシュレンから貰ったハシを使って。
シュレンが来ている、あるいは来ることはわかっていた。
彼の居場所を知っていたサッシュが、俺と会うためにナスティアラに来る前に会ったと言っていたから。
その時「行く」と言っていたそうなので、よっぽど遅れていなければ、向こうが探してくれると思っていた。
俺にはよくわからないが、このハシは、彼や彼の同業者にならわかる目印になっているそうだから。
だから、大帝国料理店でこのハシを使っていれば、いずれ会えると思っていた。
俺とシュレンの数少ない……というか、唯一の接点と言ってもいいものだから。
きっとシュレンも、俺がどう動いて自分と接触しようとするかくらい、考えていただろう。
その答えがここ、大帝国の料理店だ。
「昨日は随分巡ったようだな」
「意外だったよ。大帝国料理を出す店が六件もあるとは思わなかった」
「正確には九件だ。庶民用の専門店は六件だが」
そうなんだ。ナスティアラ王都には一件しかないんだよな。蕎麦うまいのに。
「茶と花だんごを――現状を知っているか?」
注文を取りにきた給仕のおばちゃんに軽く注文すると、シュレンは早速本題に入った。
「全然。ここに来て会えた同期は君が初めてだよ」
「そうか。ではおまえはまず忌子に会いに行け」
忌子? ……あ、フロランタンか。
「いるの?」
「いる。というか、いるどころの話じゃない。奴はすでに根を張っている」
根を。
ああ、だからまず会いに行けと。
「スラム街の奥にカジノがある。門番にこれを見せれば通してくれるはずだ。
俺の現状もそこで聞け。ゆっくり話す機会はいずれ来るだろう」
と、必要な会話だけ交わすと、テーブルに小銭を置いてシュレンは立ち上がった。
「ここのだんごは旨い。たっぷり削り節が掛かっているからな。蕎麦が好きならきっと好きだ、食っていけ」
そして、颯爽と店を出ていった。
……行ってしまったか。あっという間に来て、あっという間にいなくなったな。
シュレンが置いていった数枚の小銭を取り上げ、中に混じっていた見覚えのないコインを抜く。これが通行証代わりになるのだろう。
スラム街のカジノか。
蕎麦とだんごを食ったら、早速行ってみよう。
すでにバルバラント王都は、しっかり歩いて確認しているので、スラム街の場所もわかっている。
今夜辺り中を歩いてみようと思っていたので、ちょうどいいと言えばちょうどいいのかな。
「――おい姉ちゃん。ここはあんたのような奴が来る場所じゃねえぞ」
怪しげな暗い路地に入るなり、なんだか胸元ががばーっと開いた派手な身なりの青年に絡まれた。
いや、絡みに来たんじゃなくて追い出しに来たのか。
「……」
俺は無言で、コインを見せた。
「……おい、そいつを誰から手に入れた?」
「東洋人」
「そうか。あんたが客か。待ってたよ」
つまり、彼が門番である。
さすがシュレン、無駄がないな。
昨日俺がバルバラント王都に到着したことを知らせようと動いていたのをすかさず察知し、フロランタンと引き合わせる段取りまで付けて、俺に会いに来たのだ。
…………
ただ、まあ、ここでどうしたって気になるのは、「スラム街のカジノでフロランタンに会え」って話そのものだ。
何やってんだあいつ。こんなところで。
門番の案内でスラムを歩く。
子供の姿がないことに、またそこまで貧困で困窮していそうな者もいないことにほっとする。
失礼かもしれないが、意外と綺麗というか、あまりスラムっぽくない。
ちょっと日当たりが悪くて道が狭い区画というだけ、といった方が近い気さえしてくる。
……まあ、建物がボロいのは、やはり……という感じではあるが。
さりげなく周囲を見ていると、前を歩く門番が振り返らずに声を掛けてくる。
「なあ、あんたもボスの知り合いなのか?
ボス?
……ボス?
…………
「ごめんなさい。不用意な発言は避けたい主義だから」
「そうかい。あんたもあの東洋人も口が堅ぇな」
そう言って、彼は振り返った。
「身持ちも堅いのかい? どっちも美人だが、俺ぁ断然あんた派だぜ? そのメガネ越しの冷たい眼差しがたまんねぇ」
…………
無性に蹴ってやりたくなった衝動を抑え込み、曖昧に頷いておいた。……やれやれ。
そんな軽口や口説き文句、酒の誘いを受けたり受けなかったりしつつ、ここらにしては立派な建物の前に立つ。
ここにも屈強なおっさんの門番がいるが、案内している男は顔見知りなのか素通りである。まあ俺はジロジロ見られたが。初対面なので警戒しているのだろう。
建物の中はがらんとしていて何もないが、地下に続く階段を降りてゆく。
「――ここが地下カジノだ。まあちょっと寂れているけどな」
安心してくれ。俺はそもそもカジノに来たことがないから、どこと比べて寂れているのか判断できない。
でも、結構客は入っていると思うが。まだ昼過ぎなのに。みんな賭け事好きだな。
勝負の結果に一喜一憂する客たちを横目に、俺たちはカジノの奥へ続くドアを行き、そして――
「エイル!? 生きとったんかワレ!?」
二年ぶりにフロランタンと再会するのだった。