軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

437.メガネ君、迷子になる

ナスティアラ王国から北西に位置する小国である、岩窟王国バルバラント。

そこが目指すべき場所である。

「――バルバラントですか」

ワイズ・リーヴァントは相変わらず忙しく、ここ一ヵ月は王都に戻ってきていなかった。

一応ギリギリまで待ってみたが、やはり帰ってくることはなかった。

仕方ないので、彼には挨拶なしで行くことにしよう。

俺の準備と仕事の後片付けが済んでしまったので、出発の直前にリーヴァントの屋敷を訪ねて、門の前で老執事ダスカにこれから旅に出ることを告げた。

ワイズがいない時、ひそかに屋敷の全権を握っているのは彼である。

といっても、組織としては開店休業に近いので、全権があったところでやることもないらしいが。

どこへ向かうのかと問われて、バルバラントだと答えると、ダスカはこんなことを言った。

「我々の最速記録は、四日ですよ」

「え?」

「ここナスティアラ王都から、バルバラントの国に入るまでの移動時間です。全盛期のアミさんの記録ですが。未だに破った者はいません」

アミは、リーヴァント家の使用人の老婆である。ダスカとともによく俺の訓練に付き合ってくれている。

はっきりいって二人とも化け物である。

「俺が調べたところによると、馬車でだいたい二週間くらいだって聞いてますが」

「道を選ばなければどうとでも短縮できるでしょう? 馬でも馬車でも、走る場所を選ぶ。我々にとっては走るのがもっとも速い移動手段です」

「いや、それでも四日は速すぎませんか?」

二週間を四日にするってどんな足だ。馬車ってのは、人が寝てたり休んでたりしても進めるものなんだぞ。

――いや、秘術込みか。それなら現実味はあるかもしれない。……俺はたぶんできないけど。

「まあ、今時身体を壊しかねないほど無茶なことをしろ、なんて言いませんが――」

ダスカの目が冷たく光る。

「君なら六日くらいで行ってほしいですな。仮にもこの時代に七つの秘術すべてを納めた者として、それなりの意地を見せてほしい」

…………

「嫌なプレッシャー掛けますね」

意地って言われても。秘術だって覚える機会は二度とないから勿体ない、と思ったから習得したようなものなのに。誇る気なんて一切ないのに。

渋っている俺に、ダスカは話は終わったとばかりに背を向けた。

「――君は少しばかり無茶な課題を出された方が、やる気が出る性質でしょう?」

土産話を楽しみにしていますよ、と彼は屋敷に引き返していった。

……まあ、何事も安定と安全策を優先して選びたい俺には、確かにこういうことでもないとあまり無茶はしないからな。

二週間の旅程を、六日で、か。

十四日を、半分以上削らないといけないのか。

――まあ、がんばるだけがんばってみようかな。

昨日までぐずついていた空だが、今日からはまた晴れそうだ。

まだ暗い早朝である。

俺は最後に、顔馴染みの門番にしばらく留守にすることを伝え、そのまま走って移動を開始した。

基本は徒歩で。

疲れたら馬車に乗る。

漠然と、旅程はそんな風に考えていたが……ダスカに課題を出されたから、というわけでもないが、俺は六日チャレンジに挑戦することにした。

岩窟王国バルバラントまでは、だいたい馬車で二週間。

暗殺者組織に残っている最速記録は、アミの四日。

老いた今でさえ化け物じみている彼女の全盛期時代の記録に、果たして今の俺がどこまで通用するのか、少しだけ試してみたくなった。

「素養・ 圧潰膨裂(リバース) 」で荷物を最小限にして身に付け、とにかく体力と魔力の尽きるまで秘術「疾行術」で走り続けるのだ。

「疾行術」は、短距離の超速移動技術である。

鍛えれば鍛えるほど速くもなるし、移動できる距離も伸びる。サッシュの「素養・ 即迅足(ファストブーツ) 」と同じ性質を持つ。

卒業してから、毎日訓練を欠かしたことはない。

多少向き不向きがあるようだが、七つの秘術はきちんと磨き続けてきた。……ああ、「禁行術」だけはちょっと違うが。

まあとにかく。

今までこんな移動はしたことがなかったが、意外と走れるものだと驚いている。

この分なら、少なくとも二週間以内には到着するだろう。六日は……まあ、やってみないとわからない。

とりあえずの目標は六日、ということにしておこう。

サッシュとベルジュは、二日前に先に行ってしまった。

どのルートを行ったのかわからないので、追いつける気はしない。きっと会うとすれば現地で、ということになるだろう。

…………

それにしても猫の速いこと速いこと。

俺はひたすら北西方面に走っている。「疾行術」を繰り返して距離を稼ぎ、疲れたら走りながら魔力の回復を待つ。

その繰り返しだ。

秘術は魔力を消耗する。

使いすぎると体力まで削ってしまうので、程々にしているが……

そんな全速力を越えた速度で移動している俺の周りで、猫は非常に自由である。

並走したと思えばどこかへ行き、どこかへ行ったかと思えば後方からものすごい速度で追いついてきたりする。

なんというか、ネロにとっては俺の走る速さなんて、寄り道しても追いつける程度のものなのだろう。

何せ今や秘術まで使えるからな、この猫は。

可愛い上に最強とか、もうこの世の神秘としか言いようがない。

……あるいは人類最悪の脅威とも言えるのかもしれないが。

まあ、可愛いからなんでもいいか。

二日目の昼、川の近くで倒れるように休憩に入る。

限界だ。

体力も魔力もがったがただ。そろそろ小休憩とかじゃなくちゃんと休まないと倒れる。

ここらで飯を食って夕方まで睡眠を取り、夜になったらまた移動することにしよう。

俺が寝ている間はネロが見張りに着くので、なんの心配もいらない。

正直へとへとだ。ぶっ倒れそうなくらい消耗している。ここまで自分を追い込んだのは久しぶりである。

眠りに落ちる前に、体力を回復するための食事をして、地図と方位だけは確認しておく。

直線距離なら、だいたい半分は来ていると思う。

明日は森を突っ切って、崖を飛び降りて、また森だ。

自分でも思ったより速い。

結構やれるもんだな。

干し芋と干し肉でスープを作り、腹に納めて就寝。ネロにも干し肉の塊をやった。

「おお……!」

さすがに飛び降りるには高かった。

久しぶりに「素養・浮遊」を使用した。

ある程度自重を操作できるとはいえ、目が眩むような高さの切り立った崖から飛ぶのは、なかなか怖かった。落ちたら確実に死ぬ高さである。

まあ、飛んだが。

「霧化」で実体を消しつつ着地し、無事に下の大地に降り立った。ふう、怖かった。

猫を呼び出し、また走る。

森を走っている間、何度か魔物と遭遇したが、無視して普通に通り抜ける。

ネロは少し遊んで、後から追い付いてくる。まあその辺の魔物ではネロの相手にはならないだろう。可愛いし。

四日目の夜、予定にない街道に出た。

「あれ?」

ここどこだ?

地図を見てもわからない。

そもそも自分のいる位置がわからない。

星を見て方角を確認し、北西方面にまっすぐ来たことは間違いないと判断できる。

ただ、ここがどの辺かと言うと……

…………

誰かに聞こうにも、見える範囲には誰もいないし、人がいそうな場所も見えない。

これは、アレか?

もしかしてアレなのか?

「……ネロ。俺、迷子になったかも」

あまり認めたくはなかったが、もし道を誤っていたら、ただただ時間を無駄にするだけだ。

ここは素直に認めて、素早く修正するべきである。

しかし猫は興味なさそうに欠伸していた。まあ猫だもんな。迷子かどうかなんて興味ないよな。

仕方ないので、ここからは道なりに行くことにする。

街道は、街から街に繋がっているものだ。この道を行けばいずれ必ず街だか集落だかに着くはずだ。

四日目の夜に迷子か。

とりあえず、新記録はならず、と。