軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

433.メガネ君、伝言を聞く

再会の挨拶もそこそこに、気が付けば会わなかった空白の時間を埋めるように、飯と酒と会話が進んでいった。

「あれ? おまえ飲めなかったよな?」

「二年前はね。飲めないことで不利益が出るようになったから、がんばって慣れたよ」

「ああ、わかるわそれ。俺も強くなかったけど、付き合いだなんだで結構飲むようになったぜ。おまえはどうだ、ベルジュ?」

「俺もだ。話には聞いていたが、社会に出ると本当に飲む機会は多いし、つまみの要求も多くなった。俺もすっかり酒の肴のレパートリーが増えた」

誰しもが、二年前は違った。

俺はまったく飲めなかったし、サッシュも飲めるけどそこまで好きではないって感じだったし、ベルジュも酒の肴のレシピはそんなに多くなかったはずだ。

二年か。

過ぎてしまえば瞬きのように短かった気もするけど。

でも、確かに過ぎた時間なのだと実感する。

この二年。

暗殺者育成学校を卒業してから、それぞれの生活は始まっていた。

サッシュは、いつだったか卒業後は冒険者になると言っていた気がする。

その希望通り、今は冒険者として活躍し、「 丸殻盾(アルマジロ) 兵団」という急成長中の冒険者グループの一員になったのだとか。

「――実はここ、 裏の連中(・・・・) が作った新設チームでな。関係者ばっかなんだ」

サッシュがこっそり教えてくれたが、なるほど暗殺者関係の就職先として作られたグループらしい。

名前は聞いたことがないが、サッシュをはじめ暗殺者関係の連中が多数いるなら、弱いわけがないだろう。

「ハリアタンとリッセも同じチームなんだ。懐かしいだろ」

確かに懐かしい名前である。

「――俺はつい先月、獣人の国からナスティアラに来たところだ」

料理修行中のベルジュは各地を巡り、いろんな食材や調味料、レシピを探し歩いてきたそうだ。

これも、事前に聞いていたことである。

「東に行くって言ってなかった? 生の魚のことを知りたいとか言ってた気がするけど」

俺、確かベルジュと話している時に「寿司食いたいな」って思った記憶がある。うまいんだよな、あれ。今でも時々海老のうまさを思い出す。

「卒業のあとサジータさんに誘われて、少しだけ獣人の国を回ってな。あの国の果実の種類や味、そしてそれらを使った料理……まあ調味料が多かったんだが、思った以上に奥が深かった。おかげで知りたいことばかりで動けなくなってしまってな」

「でもあの国の女性って……」

あまり思い出したくないが、女に連れて行かれた同期の魔術師が、思いっきり殴られて泣きながら帰ってくるという、ショッキングな事件もあったと記憶しているが。

「――それが、竜人族の里の女たちが俺を追い駆けてきてな」

えっ。

「なんだてめぇこの野郎! 恋人できたのか!?」

「できてない。あれは料理の弟子たちだ」

そういえばベルジュは、竜人族の里で仲の良い女の子ができていたな。そうそう確か料理関係の弟子って言っていた気がする。三人いたっけ。

「あいつらが一緒だったから、いい女除けになってくれたよ。共に獣人の国を回って料理の腕を磨いたんだ。

俺が獣人の国を離れると言ったら、付いていくだの行かないだのと意見が割れたんだが、とにかく一度は里に戻ってから決めると言っていた。俺もそれを勧めた。里を抜け出して来たと言っていたからな。

いずれ追いかけてくるかもしれんし、来ないかもしれん」

へえ。

竜人族の里か…… 四足紅竜(ラウジオ) とか懐かしいなぁ。「丸かじり」、元気かなぁ。

「兄ちゃんたち、盛り上がってるところ悪いけど時間だよ」

店員のおばちゃんに言われて、初めて周りのテーブルががらがらになっていたことに気づく。

話に夢中で、周りを気にすることさえ失念していた。

まあ不穏な動きがあれば嫌でも気づいたと思うが。

「店変えようぜ。どうせ明日の用件は今目の前にいるからな。とことん行こうや」

明日は俺に会うという用事しかなかったらしいが、俺が来たことで、明日の予定はなしとなった。

とことんまで行く気はないが、俺ももう少しだけ付き合うことにする。

この時間なら、さすがに冒険者ギルドも空いているだろうという情報の下、普通に降り出していた雨の中を三人走り、食堂兼宿から程近い冒険者ギルド王都支部へ移動した。

まばらな客入りの中、隅の方のテーブルに着いて改めて乾杯し、話の続きをする。

「次はエイルだな。おまえこの二年何してた?」

「語るほどのことはないんだけど」

冒険者となったサッシュが軽く語った冒険譚ほどの面白い話題はないし、ベルジュの珍しい料理や食材の話ほど興味がある話題もない。

割と普通に過ごして来たと思う。

「あるだろ。おい。あるだろ。てめぇあるだろ。あるだろが」

なんだよ絡むなよチンピラ。

「俺も少し気になるな。――セリエと同棲を始めたとかなんとか噂で聞いたが」

同棲? ……ああ、

「違う違う。ロロベルさんに二人で家の留守番を頼まれただけだよ」

俺が仕事で出る朝から夕方まではセリエが、夜は俺が住み込みで。

そういう役割分担で、今住んでいるロロベルの家の管理をしていたのだ。客が来たり、伝言が届いたりと、彼女はそれなりに秘密の仕事が多いのだ。

それこそ、彼女の秘密などを知りたいと思っている輩もいないわけではないそうなので、泥棒除けとしても留守番は必要だった。

で、住む場所に困っていた俺に話がやってきたわけだ。

住み込みで家を守ってくれないかと。

――ちなみにロロベルの正体は、わからない。暗殺者関係でもあるし、冒険者でもあるし、国の仕事もしているようだ。まあ、国の密偵という感じなんだろう。あるいは正確な肩書は存在しないのかもしれない。

「そもそもセリエは、養女だけど貴族の娘だからね。いくらなんでも実家のある同じ街で庶民と同棲なんて、絶対に無理でしょ」

もしやるなら駆け落ちして、街を離れる覚悟もしないといけないだろう。

当人同士がどんなに対等な付き合いをしていようと、身分差はどうにもならない。

「……そう言われてみればそうだな。忘れがちだけどあいつ貴族の娘だもんな」

忘れるなよ。……まあ、忘れがちになるのはわかるけど。

「村に帰るという話はどうなった? おまえはそう言って俺たちの前から消えたよな。最後の挨拶もしないで」

んっ?

……ベルジュが不意に放った言葉のトゲが、いい感じに酒が回り頭に掛かっていた霞を吹き飛ばした。

うまいこと時間が解決してくれていたかと思ったし、料理以外はあまり気にしないベルジュなら笑って流してくれているかとも思ったが……

「もしかして、あの時のこと、気にしてる?」

俺も少し気になってはいたし、今も時々思い出しては気にしていた。

あの時黙って去ったのは、あまりよくなかったのではないか、と。

別れ際、冒険に誘われたり、旅に誘われたりしたら、それに乗ってしまいそうだった……それくらい俺も同期たちには強い思い入れがあったのだ。自分でも驚くほどに。

でも、傍から見ると、まるでわからなかったと思う。

それこそ挨拶なしにさっさと消えた薄情者にしか見えなかったかもしれない。いや、見えていたと思う。

時々思い出しては誤解を与えてしまったのではないかと思っていたが……

「するだろう。どうでもいい通行人とすれ違ったのとは訳が違うし、あんな別れ方をするほど薄い関係ではないと俺は思っていた」

俺もだ。……信じてもらえないと思うが、俺もです。やっぱり誤解を与えていたようだ。

「エイルがいなくなったと知って、しばらくはリッセも荒れていたんだぞ」

リッセが? 荒れてた?

「――そうだリッセだ。おまえあいつに何したんだ? 今回おまえに会いに行くけど一緒に行くかって話したら、めちゃくちゃ怒ってたぞ」

…………

「ごめん、それは本当に心当たりがない」

リッセが荒れる理由も、怒る理由もわからない。

「俺が代弁するのもなんだが、リッセは俺よりエイルに思うところがあったんだろう」

思うところ、か。

よくわからないが、そういうものなのかもしれない。

アルバト村には一度帰った。

予定通り両親にも会ったし、師匠にも会った。

そして、そのまま村で過ごすことも考えたのだが。

だが、村の狩人は師匠だけで足りた。

足りた上に、どこから見つけたのかまた弟子を取って育てていたくらいなので、本格的に俺の居場所がなかったのだ。

師匠も「エイルはもう一人前だろ。俺が教えることなんてないから、どっかで稼いでこい」と追い出しに来たので、仕方なく王都に出てきた。

同じ狩場で狩りを……とも思ったが、別口で下手に動くと弟子の育成に障りそうだったから。

だから王都に出てきて、狩人の仕事をし始めた、というのが、今俺が王都にいる理由である。ある意味出稼ぎと言えるのかもしれない。

――それと、やはり不安が拭えなかった、というのもあった。

色々と裏のことを知り過ぎた俺は、果たして本当にこのまま田舎に引っ込んでいて大丈夫なのか、と。

今後は常に監視され、必要とあれば村を人質にして力を求められるのではないか、と。

もしかしたら、このまま村に引っ込んでいては却って村が危ないかもしれないと思い、暗殺者の代表がいる王都の足元にしばらくいようか、と考えた。

これも、王都に出てきた理由の一つだ。

田舎に引っ込むのは、ワイズ・リーヴァントの代替わりと、暗殺者組織の今後がどうなっていくかを見極めてからにしようと、そう決めた。

どうせ田舎に居場所がないので、帰っても仕方ないというのもあるし。

「相変わらず色々考えてんだな」

リッセの名前が出て少し話が逸れたが、改めて俺の二年間の話を掻い摘んで話した。

「俺なんかなんも考えずに冒険者やってたぜ」

「俺もそう変わらん。時折 そっちの繋がり(・・・・・・・) で料理人として呼ばれることがあったくらいだ」

そうだね。俺も概ね何もないし、俺の考えすぎってだけならそれでいい話なのだ。ただ用心はしておきたい。

特に、いざという時に「裏切られた」なんて思わないように、信じ切ることだけはやめておきたい。

暗殺者組織の意向は、国の意向だ。

ワイズが信じられようが先輩暗殺者が信じられようが、結局国の意思で大きく方針が変わるのだ。

いずれ信じられない方向へ向かうことも、あるかもしれないのだから。

「まあ、それはそれとしてだ」

サッシュがそう言った時。

そこそこの酔っぱらい特有の、酒精という底なし沼に片足を突っ込んでそのまま溺れてしまいそうな、彼のだらだらした雰囲気がピンと張り詰めた。

「実は俺な、エイルに伝言を預かってきて、それを伝えるために来たんだ。ああついでにベルジュもな」

ベルジュは、ナスティアラに来る途中で拾い、「詳しいことはエイルと一緒に話す」と、ここまで連れてきたそうだ。

「いいか、何を聞いても騒ぐな。心して聞けよ」

周囲を伺い、誰も聞いていないことを確認すると、サッシュは低い声で言った。

「――ハイドラが投獄された。手が空いてたら脱獄を手伝ってくれ、だとさ」