軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

396.竜人族の里で 5

各家庭で夕食が済めば、もう深夜という扱いである。

里の夜は早い。

主な理由としては、夜行性のドラゴンの脅威を知っているからだ。

日中に行動するドラゴンと比べても、そう大して強さは変わらないが――しかし夜が奴らの味方をする。これが厄介だ。

かがり火や松明などは掲げるが、光源が乏しい。

いくら夜目が利いても、昼のように活動できるのかと言われれば難しい。

その状態でドラゴンと戦うのは、やや分が悪い。

しかも今は冬だ。

寒さのせいで運動能力が落ちているとなれば、もっと分が悪い。

なので、夜は極力活動を抑え、ドラゴンに発見されないように大人しくしている、というのが一般的な里での過ごし方である。

一応毎日、夜の見張りも立てているが。

それよりは、この里を縄張りにしている 四足紅竜(ラウジオ) の子供たちの警戒網が優秀である。

夜、彼らが吠えたら外敵がやってきた、という合図だ。

それに助けられたことは何百どころか何千回もある。

そんな深夜帯に、長老の家には若い者を中心に、十数名ほどの里の戦士が集まっていた。

「――おまえらに集まってもらったのはほかでもない」

自分の特等席に座る長老の視線が、じろりと全員を見回す。

男の戦士は若者が多く、古参を中心にちらほら見えない姿があるが、女の戦士六名は全員参加している。

若い戦士の中心人物は、戦士長の息子アヴァントト。

そして女戦士の代表は、サキュリリンである。

女戦士は数が少ない。

腕っぷしの有無もそうだが、何より「素養」が向いていないと判断されたら戦士にはなれない、という規律があるからだ。その辺りは男よりハードルが高い。

里の方針としては、女には子を産んでほしいという希望が強いのである。

狩りは腕っぷしくらいしか能のない男に任せて、女には里や家庭を守ってほしい、という、都会の者が聞いたら笑いそうな古い習わしが現役で残っているのだ。

ちなみにサキュリリンは、女の戦士の中では最年少になるが、狩りの腕は文句なく一番である。下手をすれば男の戦士よりよっぽど有能だ。

「――まず、ガガルダとオクイリ。おまえらは毎日来すぎじゃ。というか日に何度も来るな」

まず名指しで呼ばれたガガルダとオクイリの二人は、お互い顔を見合わせ声と手を上げた。

「何度でも調整していいと言っていたではないか!」

「そうだ! 俺はまだ納得してないぞ!」

彼らが上げた声には不満が、手には何度も何度も姿形を変えてきた「ゴーグル」があった。

――この二人の男は派手好きである。

そして、ある種オシャレというか芸術家肌というか、人と同じ物は好まず、独自性を非常に大事にしている。

認め合っているのか内心お互いバカにしているのかは知らないが、仲良く口論している姿はよく見られた。

そんな彼らの「ゴーグル」は、ああだこうだと毎日毎日注文を言い付けては、エイルに手間を掛けさせている。

客人であるエイルは、「ゴーグル」の新調や調整をするために、毎日朝から夕方まで長老宅に詰めている。傍目には大変でしかない生活を送っているのだ。

いや、それ自体はまだいいのだ。

エイル自身、身に合った装備がどれほど大事なのかよくわかっている、だから何度でも応じる、と言っていた。

確かに言っていた。

せっかくだから何度でも調整をして、「ゴーグル」を贈った相手に完全に合う物を造りたい、と。

しかし。

「おまえらはやりすぎ」

最初はシンプルな形だった。

なのに、ガガルダとオクイリは、毎日毎日やってきては変な注文をしておかしな形の「ゴーグル」にして、満足して帰り――すぐにまた調整しろと言ってくる。

「おまえらはな、お互いに比べすぎなんじゃ。だからいつまでも納得できんのじゃ」

そう、長老の言う通りである。

新しく調整した「ゴーグル」を相手に見せると、相手の方が自分の物よりオシャレになったと勘違いするのだ。だからまた調整する。その繰り返しである。

それが一日に二、三回。多ければ五、六回は起こる。

一応、戦士の間でも「ゴーグル」のことはまだ秘密にする規律を課しているが――この二人は調整に来たことでかち合って以来、その辺のことが曖昧になってしまった特殊なケースである。

「だいたいなんじゃその色は。毒の色と牛の毛皮のような模様を入れおって」

毒々しい紫色のレンズがあやしく輝くガガルダの「ゴーグル」と、全体的に白と黒のまだら模様の色が付いたオクイリの「ゴーグル」。形も微妙におかしい。

「――なんだあれは」

「――気持ち悪いな……」

「――あいつらは何か勘違いしているんじゃないか」

女の戦士たちがぼそぼそと吐き捨てるように言うのが聞こえると、さすがにガガルダとオクイリも心に響くものがあったのか、掲げた「ゴーグル」を隠すように降ろした。

「ええか? 今後はせめて一日一回にしろ。しっかり考えてから調整せい」

「「ええー……」」

不満げな声を漏らす二人に対し、長老は「黙れ」と一喝した。

「客人の負担を考えろ。あの二人はここに来て以来、まだ満足に表を歩くような時間さえないんじゃぞ」

――エイルとサジータは、毎日ここ長老宅にやってきて、ずっと詰めて「ゴーグル」の新調と調整をしている。

一日一人、アヴァントトとサキュリリンが選出した戦士を呼び、新調した「ゴーグル」を渡す。

そして残りの時間は、これまでに渡した「ゴーグル」を試行した戦士たちの調整に当てる時間となる。

自分の命に関わる大事な物だ、というのが渡された時点でわかるだけに、戦士たちは遠慮なく調整を頼み、エイルはそれに応え続けている。

その頻度が、ガガルダとオクイリは非常に多い。多すぎる、という話である。

「――次に、女ども」

長老の視線は、ガガルダとオクイリに冷めた目を向けている女の戦士たちに向けられる。

「客人に色目を使うでない。贈り物もダメじゃ」

その言葉に、適齢期まっただ中の女戦士たちが憤慨した。

「――なっ……横暴だぞ!」

「――里は自由恋愛のはずだ!」

「――……枯れたジジイが偉そうに……」

「おい誰が枯れたジジイじゃ!? 聞こえとるぞ!?」

どさくさに紛れて暴言を吐いた女戦士がいるが……ともかくだ。

「オホン……あえてこの場で名を出すことはせんが、夜這いに行った者もおるようじゃしな。少しは控えろ」

「――夜這い!? 誰が!?」

「――おまえか!? おまえだろ!?」

「――違う! そういう貴様が怪しいだろうが!」

始まる前から醜いことこの上ない、すでになかなかの醜態を晒しつつ女同士の争いが始まりそうだったが――

「静かに!」

女戦士の代表であるサキュリリンが声を上げた。

「私以外の全員行っただろうが」

静まった場にぽろっと出たのは、なかなか衝撃的な事実だった。――密かに想いを向けている男の戦士たちにも衝撃的だった。今夜は飲むしかない。

「全員私が止めたのだから間違いないし、この期に及んでの言い訳も許さない。

エイルが欲しいと思う気持ちは私もある。ぜひ里に残ってほしいとも思うが――彼の気持ちを無視するな。すでに沢山のことをやってくれている恩人だぞ。

今エイルに逃げられるのは困るが、それ以上に恩を仇で返すようなことはしたくない。

頼むから、里の恥になるような真似はしないでくれ」

まだ全員の手に「ゴーグル」が渡っているわけではない。

特に、新しい物を認めたがらない古参の戦士連中が丸々残っている。

――だがそれ以上に、毎日毎日朝から夜まで、戦士たちの勝手な都合とわがままな注文に応えているエイルの負担を思えば、もはや恩や義理を欠ける相手ではない。

長老の言葉よりも効いたサキュリリンの言い分に、女の戦士たちは神妙に頷くのだった。

あとは一応言っておく程度の細々とした苦情や、猫にエサを与えすぎ問題への苦言。

逆に戦士からの「あの料理人が恋人をたぶらかしている」などの発言もあったりなかったりしつつ、集まりは解散となった。

「――アヴァントト」

「――なんだ」

ぞろぞろと引き上げる戦士たちを見送り、長老は最後まで残っていたアヴァントトを呼び止める。

「おまえの『ゴーグル』はまだ決まらんのか?」

「決まっていない、というのもあるが……俺は親父の後にしたいと思っている。戦士長の息子だからな」

先んじることなく父親を立てる、という意味である。一種の礼儀である。

「そうか。それで……ジジュラの奴はいつ連れてくるつもりじゃ」

「近い内に。ただ親父は拒むかもしれん」

アヴァントトの父親にして戦士長であるジジュラは、そこそこの余所者嫌いで、外界からの文化や風習を拒む閉鎖的な男である。

その根幹には、戦士長として里を守る義務があると考えているからだが――それを差し引いても、かなり頭の固い頑固おやじである。

そして、ジジュラと同世代の古参たちは、だいたいジジュラの味方である。だから後回しになった。

先に若者から選出して「ゴーグル」を渡していったのは、戦士長ジジュラが戦士たちに「ゴーグルを受け取るな」などという勝手な命令を出しかねないと思ったからだ。

そうなると、かなり揉めることが容易に予想できた。

ただでさえ長くなりそうなエイルらの滞在を、更に長引かせるわけにはいかない。

「できればエイルと引き合わせたくないが……」

「そこは譲れないだろう。『ゴーグル』は調整してこそ自分の物になると思う」

副産物的な効果も高いようだが、竜人族が求める「ゴーグル」の用途は、毒から目を守るためだ。

装着しても隙間があって毒を防げない、なんてことになったら本末転倒である。

「親父を連れてくる時はサキュと同席する。いざとなったら二人で親父を止める」

「止められるか?」

「わからん。だがエイルには絶対に手出しさせん」

――わからん、とは答えたが、アヴァントトも長老もわかっている。

たとえサキュリリンと二人がかりでも、ジジュラには勝てないだろう、と。