軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

383.メガネ君、懐かしい顔に会い、猫の名前を決める

「――やっぱりおまえか!」

若干見覚えがあるようなドラゴンに乗ってやってきたのは、確実に見覚えがある男だった。

確か、クラーヴァ……一度聞いただけでは覚えられない名前を持ち、クラーヴと呼んでくれ、と言っていた竜人族の男性だ。

ドラゴンにも見覚えがあるはずだ。

あのドラゴンは一度見てるし、運ばれたことだってあるのだから。

変装を解いたり猫を出したり、最後の打ち合わせをしたりして、サジータは竜人族を呼ぶための小さな角笛を取り出して吹いた。

ヒューと隙間を抜ける風のような音にしか聞こえなかったが――笛の音の代わりに、かなり遠くで大きな何かが木々を揺らしている音が聞こえた。

犬笛のようなものだろうか。人には聞こえない音が出ているのだろう。

――大して待つまでもなく、すぐに迎えがやってきた。

クラーヴなんとか。

両手足と瞳にドラゴンの特徴がある男。

暗殺者の村から、無法の国クロズハイトへと移動する時にお世話になった、グレーゾーンで仕事をしている運び屋である。

さすがにドラゴンも運び屋の方も、そして俺に「ゴーグル型」という「メガネの可能性」を教えてくれたことも印象深い、ちょっと忘れるのは難しい人だ。

そして彼も、俺もことを憶えていた。

到着してドラゴンから降りるなり、俺を見付けて歩み寄ってきたくらいだから。――ちなみに俺の変装はもう解いてある。

「なんか村の年寄りどもから『メガネ』がどうこうって話を聞いてから、おまえの メガネ(それ) をすぐに思い浮かべたぜ。きっと絡んでるだろうな、ってよ」

どうやら彼には俺自身というより、「俺のメガネ」の方が印象深かったみたいだ。……あの時は「レンズ」の透明感がどうこう言っていたっけ。

「クラーヴさん」

「おう、サジータ。また村に泊まるんだろ? ご苦労さん」

「――僕らのことに関しては、くれぐれも内密にお願いしますね?」

…………

どこか気の弱そうな優男、という感じだったいつものサジータから、笑みが消えていた。

それどころか、感情も見せない仮面のような表情で、どこまでも冷たい声で言う。

――ああ、やっぱりあの人も暗殺者なんだな、と思い返すには充分な態度だった。

そうだよな。

サジータが弱いわけがないし、本気になったら容赦することもないよな。俺たちなんかよりよっぽどのプロだもんな。

「――わかってる、わかってるよ。俺は荷物は運ぶが、荷物の情報は漏らさない。特にお得意さんを裏切るつもりはねえ」

そういえば、確かめたわけではないが。

初対面時の態度からして、クラーヴは俺たちが暗殺者関係の組織に属していることを、知っているような感じだったな。

あの時は、暗殺者組織と彼との関係がわからなかったから、何か引っかかることもなかったけど……

サジータがあんな念を押すってことは、割と「ただの運び屋と上客」ってだけの関係なのかもしれない。

「お願いしますよ。僕はあなたを殺したくない」

「俺だって死にたくねえよ。そしてそれ以上に、運び屋の矜持を捨てたくもねえ。俺が裏切る時は客に裏切られた後からだ」

――察するに、クラーヴの口から竜人族の里の人たちに俺たちの正体を教えるなよ、という話だろう。

クラーヴと暗殺者組織の関係、か。

いずれ聞く機会があるかもしれないし、俺は知らなくていいことかもしれない。

だがいずれにせよ、今は深入りする場面ではないだろう。

サジータの忠告を受け入れたクラーヴは、咳払いして俺たちに向き直った。

「――俺はクラーヴァエロシュテンス。クラーヴと呼んでくれ。今からおまえらを里に連れて行く、と言いたいところだが……」

クラーヴは振り返る。

大人しく待機している己のドラゴンと、そのドラゴンの様子をおっかなびっくり近づいたり手を伸ばしたりして、様子を見ている猫を。

「あの毛玉はなんだ? あれも連れか?」

「まずいですかね?」

すっかりいつもの顔に戻っているサジータに、クラーヴは唸った。

「うーん……猫なんざ運んだことがねえからなぁ。どうやって載せたもんか」

「いやそっちではなく、里で一緒に暮らしてもいいかと」

疑問点のズレを修正すると、クラーヴは更に唸った。

「……ううーん……里に猫はいねえし、里から出たことがねえ奴が多いから、きっと見るのも初めてって連中ばっかだぜ。俺には判断できねえ」

ああ、竜人族の里には猫はいないのか。

「でもあれ 灰塵猫(アッシュキャット) じゃねえか? 魔物だよな? 俺、あれに襲われたことあるぜ」

「契約している使い魔なので大丈夫ですよ。――おいで、 ネロ(・・) 」

大人しいドラゴンにちょっかいを出していた猫は、サジータに呼ばれてすぐにやってきた。

「彼に挨拶を」

「にゃあ」

「というわけです」

「ああ……なんかよくわからんが、とにかく言うことを聞くってのはわかった。でもそれは俺じゃなくて里の年寄りどもに言ってくれ。俺は運ぶだけだ、里での決定権はねえ。

おまえらの連れってんならちゃんと運ぶさ。ただ運び方がな……」

こうして、俺たちは再びドラゴンに運ばれる――のだが。

「すまん。猫どうこう以前に、今回は 人数(にもつ) が多すぎる。往復して飛ぶから二班に分けてくれるか?」

俺たちに加えて、数ヵ月滞在するための荷物もある。

ついでに大の大人ほど大きい猫も。

どうも重量オーバーのようで、俺は二回目に猫―― ネロ(・・) と一緒に飛ぶことにした。

――ついさっき、ちょっとショックなことがあった。

それは――猫がすでに自分の名前を「ネクロ」と記憶していたことだ。

ほかの連中も勝手にいろんな名前で呼んでいたが、とにかくカロフェロンのネクロ呼びの回数が、他の追随を許さないほど多かったことが起因である。

ちなみに猫の意志では――「名前なんてどうでもいいけど、いいかげん猫って呼ばれるのは嫌ね。あんただっていちいち人間って呼ばれるの嫌でしょ? もういっそネクロでいいじゃない」とのことだ。俺の猫なのに。俺の猫なのに!

だが本人ならぬ本猫が「ネクロでいい」と言ってしまった以上、俺は強く異を唱えることができなかった。

できるだけ自由に過ごしてもらいたい――それが彼女を召喚獣として束縛した、せめてもの償いだと思っているから。

ただ、ほんの少し、ささやかな抵抗をするだけだ。

だって、さすがにネクロ本決定は、アレだから。

「――確かネクロって、死体とか死者って意味でしょ? それは嫌なんだけど」

どういうつもりでカロフェロンが、そんな意味の名前を言い出したのかはわからない。

あの可愛がり方や愛着の持ち方からして、悪意や害意があって呼び始めたわけではないことはわかるが、それにしたってアレだ。意味があんまりだろう。

というわけで、ネクロを少しもじってネロと名付けることにした。

ネロも「黒」という意味があるらしいけど、まあ体毛は灰色だし、そう遠くないからいいだろう。

どうしても意味を求めたいなら、肉球は黒いから。それでいいじゃないか。

――と、すでに猫が自分をネクロだと思っていた、という事実がはっきり露呈し、ちょっとショックだったのだが……

「ちょっと」

と、俺はリッセに声を掛ける。――先発のサジータ、ベルジュ、セリエ、リオダインと全員の荷物は、すでにドラゴンで運ばれていった。じきに戻ってくるだろう。

「ん? 何?」

携帯食のドライフルーツを食べていたリッセは「食べる?」と勧めてくれたが、丁重にお断りした。

正直それどころではない。

「カロフェロンとネロ、仲良すぎない?」

木の幹に座るカロフェロンと、彼女の膝に頭を乗せて撫でられてゴロゴロいっているネロ。

なんというか……………………飼い主感なんて絶対感じないし、あるわけがないし、俺の猫だけど。

でもちょっとだけ飼い主感を感じると言うか。

「いつもカロンがお世話してるからね。最近は熱心に、猫のおやつを錬金術で作ったりしてたよ。才能の無駄使いって気もするけど、気持ちはわかるなぁ。

まああの様子だし、嫌われてはいないんじゃない?」

なんということだ。汚い。やり方が汚い。「錬金術の素養」を猫のために使うなんて、なんて汚いやり口だ。

「あいつやってるの? やり始めてるの?」

「や……え、何? エイル怒ってるの?」

「別に俺が怒る理由なんてないけど。それよりあいつやってるの?」

「やってるって……何を?」

「餌付け」

「あ、やってるって餌付けの話ね!? ……いや、ちょっとあの、巻き込まれたくないんだけど……」

「なんで他人事みたいな顔してるの? あれ俺の猫なんだけど」

「本人に言いなさいよ……」

嫌だ。

ただでさえ猫の名前の件でショックを受けているのに、今これ以上のショックを受けたら、しばらく立ち直れなくなってしまう。

「ここはぜひリッセから強い口調で言ってやってほしい」

「いやほんとに巻き込まれたくないんだけど……」

ちょっと納得がいかないこともちらほらありつつ。

俺たちは引き返してきたクラーヴのドラゴンに運ばれ、竜人族の里へ向かうのだった。

こうして、調査隊は無事、現地に到着した。

――若干一名の心に闇を落としながら。