軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37.メガネ君、心底「なんなんだよ」と思う

六日目の昼過ぎ。

なんだかんだの共同生活の甲斐もあって、馬車内の雰囲気はそこまで悪くなくなっていた。

チンピラのサッシュもボスの娘フロランタンも、この状況的に、どんなに嫌い同士でも、協力し合わないと自分の首を絞めることを理解したのだろう。

まあ、完全にとばっちりを受けているのは、実は俺だけだったりしたけど。

暗殺者志望セリエは、ずーっと乗り物酔いがひどくて、雰囲気どころじゃないって感じだし。なんならこいつが一番まんべんなく全員の雰囲気を悪くしているし。完全に一人病気みたいにぐったりしてるし。

だから、雰囲気の悪さをモロに感じているのは、俺だけだ。

まったく。

俺が気にしすぎな性質だったら大変なことになっていた。俺は気にしないタイプだからまだよかったよ。

旅の行程的には、今日を除いてあと二日。

順調に行けば、明後日には暗殺者育成学校に到着するそうだ。

なお、どこへ向かっているかはわからないし、それは知らされていない。

王都ナスティアラから北東方面に走っているとは思うが、ずっと馬車に詰められているだけに、もしかしたらそうでもないのかもしれない。

食事の際には馬車を止めて休憩となるが、今日の昼休憩はさっき終わったところだ。これからしばらく……夜が訪れるまで、馬車が止まることはない。

そんな時、さすがに、という感じでチンピラがわめいた。

「ああっ! 退屈で死にそうだ!」

わかる。

自分のことで精一杯のセリエを除いて、俺もフロランタンも退屈している。

休憩はあっても、基本ずっと馬車で移動しているだけなのだ。身体も痛いし。何より雰囲気も悪くはないが良くもないし。

意味もなく走り出したい衝動が湧き起こるほどには、ずっと窮屈で退屈だ。

「エイル! なんか面白い話しろ!」

え、何その無茶ぶり。これまで雑談さえほとんどしてなかったのに、そんな急に。

「うーん。とあるチンピラと裏社会のボスの娘が出会った話くらいしか思いつかないなぁ」

「あ? ……なんだ、恋愛物語か?」

「どうかな。それは聞いた人の解釈次第なんじゃないかな」

「ふん。顔に似合わず色気づいてんな、てめえ。いいぜ、その話してみろ」

そうか。じゃあ話そうかな。

「出会いは数日前だった。

いつも路地裏にいて人に迷惑を掛けてばかりのうるさい・口が悪い・性格も悪いし夢も希望もない人として最底辺のチンピラは、一人の女の子と出会う」

「ほう」

「その子は年下で、忌子と呼ばれる特殊な生まれだった。女の子の名前はフロ」

「俺とこいつの話じゃねえか!!」

あ、バレた。

「でも面白いなぁと思って」

「面白くねえ!」

「ほうじゃ」

怒るサッシュの横で、フロランタンも憮然とした顔で口を挟んできた。

「うるさい・口が悪い・性格も悪いし夢も希望もない人として最底辺のチンピラっちゅうところは的を射ておるが、うちとこいつを同じ話に出すな。不快」

「あぁ!?」

「全部事実じゃろうが。あ?」

おいおい。

「二人ともケンカするなよ」

「おまえのせいだろ!」「われのせいじゃろが!」

そんなことないだろ。

「急に面白い話をしろと言われた。

がんばって個人的に面白いと思った話をしようとした。

がんばって話した結果責められた。

ケンカの原因だと罵られた。

これは本当に俺が悪い話なんですかね?」

それこそがんばって言葉多めに反論してみた。なお、俺はすでに面倒臭くなっている。ケンカの原因? きっと俺だと思う。

「チンピラが悪いな。そがな急に振ってええ要望じゃないけぇ」

「そう思ったならその時止めればいいだろうがよ! 黙って聞いてたくせに!」

「うちも退屈なんじゃい!」

「俺もだよ!」

「あ、俺も」

「ううぅ……私も、一応……」

つまるところ、全員が退屈しているのだ。ぐったりしているセリエでさえ同意するほどに。

「エイル君……」

更に、ぐったりしているセリエが、俺を呼んだ。

「もう一度、なんか、お話してぇ……気がまぎれるからぁ……」

えー。こいつまでこんなこと言うのかよ。

「おうエイル。もうほんとなんでもええ。面白くなくてええからなんか話せや。死ぬほど暇なんじゃ」

フロランタンまで言い出した。なんで俺に言うんだよ。……俺しかまともに話せるメンツがいないからか。チンピラは口が悪いし、ボスの娘はたぶん口下手だ。セリエはぐったりだし。

雰囲気といいこの雑な話の振られ方といい、俺だけ異様に貧乏くじを引かされている気がするけど……でもまあ、いいか。あんまり気にしないでおこう。

第一、俺もさすがに退屈だしな。もう寝ようと思っても寝すぎて寝られないくらいだ。

何か話していれば気がまぎれるかもしれない。

うーん。

まあ、そうだな。

……あ、あの話なんてどうだろう。

「話すっていうか、フロランタンに聞きたいことがあるんだ。正直ずっと気になってたことがあって」

「うちにか? なんじゃ?」

「その前に一つ言っておくけど、俺は忌子についてよく知らない。だから聞きたいんだ。決してバカにしているわけでもないし、見下してるわけでもない。ついでに言うと特に信心深くもないし迷信も気にしない。

それを踏まえた上で、質問に答えてくれる?」

俺が、彼女の触れがたい部分に触れることを予期させると、フロランタンは不快そうに眉を寄せたが、

「まあええじゃろ」

拒否はしなかった。

「われは一度もうちをおかしな目で見んかったしな、他意がないのはわかった。どうせこれから一年、嫌でも付き合うことになるんじゃ。質問くらい答えたるわ」

よし、じゃあ、聞くぞ……あ、もう一つ。

「変な口挟むなよ、サッシュ。ケンカしたって疲れるだけだし、俺はもう止めないからな」

「あ?」

「きっと君よりフロランタンの方が強い。力とか見てるだろ。殴られたら絶対死ぬと思う。この狭い馬車で逃げ場もないし。でも俺は止めないぞ」

「……チッ、わかったよ。俺はなんも言わねえ」

「君の分の肉ももうあげない」

「わかったっつってんだろ! ……肉はくれよ。もうこの馬車移動、晩メシくらいしか楽しみがねえんだよ」

疲れ切った溜息とともに、弱音まで漏れた。

まあいい、とにかくサッシュの口も封じたし、言うぞ。

「忌子って俺たちとなんか違うの? 俺、初めて見たんだよ」

白い髪に赤い瞳。

これが、悪魔の生まれ変わりと言われる忌子の特徴である。まあフロランタンの髪は、白よりは灰色っぽいけど。

子供の髪や目の色は親から譲り受けることが多い中、忌子だけは例外だと言われていて、まるで両親の特徴を継がずに生まれる似ていない赤子……ゆえに悪魔の特徴を継いだ不吉の象徴、と俺は聞いている。

でも、フロランタンを見た感じ、変わっているなーとは思うけど、それ以上の何かはないんだよね。気配が人と違うってこともないし。

「なんも変わらんと思うぞ。われどもには邪悪だのなんだので散々嫌がらせを受けたし、悪口陰口もよう叩かれた。うちがなんぞしたかよ。ガキの時分はずっとそう思っとったわ」

「じゃあ、見た目が違うだけ?」

「たぶんな。あとは人らしい個体差くらいはあるかもしれんの。食い物の好みとか、好きな色とか」

ほうほう。

「生肉食う?」

「それ前にも聞いたのう。食わん。普通は食わんじゃろ」

「骨を埋めたら肉の木が生えると思う?」

「なんじゃそのメルヘン。あるわけないじゃろ。……メルヘンにしても気持ち悪いな」

「毒キノコだとわかっていてもイチかバチかの賭けで口に入れたりする?」

「阿呆か。なんで毒だとわかってて食うんじゃ。死ぬわ」

「はじめて魔物を討伐したのは八歳くらい?」

「無理じゃろ。うちはまだ魔物をしばいたことはないわ」

「地面に落ちている、という強引なこじつけで野菜をかっぱらったことは?」

「……それはある。ただ、こじつけはしとらん。うちのはただの畑泥棒じゃ」

「やたらケンカが強い?」

「まあ、強いな。ずっと理不尽な目に合うとったけんど、いつだったかブチギレてやってやったわ。もううちは我慢はせんからな。気に入らん奴はしばきあげたる」

…………そっか。そうか。ああ、そうですか。

「ずっと疑問だったんだ」

「あ? もう終わりか? ずいぶんおかしな質問ばかりじゃったのう。そがな人間おるかい。阿呆臭い」

…………うん。

「今のさ、全部、俺の姉の話」

「は? 姉……?」

「全部、俺の、姉の話」

――そう、俺はいつからだったか、姉は実は忌子なんじゃないかという可能性を持っていた。

何せ常識では計れない人物だったから。すべてが規格外というか、うん、すごい奴だったから。

とてもじゃないが、普通の人間とも、俺の身内とも、思えなかったんだよね。

だから、突然変異の――忌子的なものなんじゃないかと推測したんだ。見た目だけは普通だけど中身は忌子みたいな。

忌子は生肉をいくし、とにかく肉に執着するし、毒キノコだと何度説明しても食べるし、挙句「食べ続けたら毒の耐性がついた」とかわけのわからないことを言い出して毒キノコを平気でバクバク食べるようになったりするんだろうと思っていた。

…………

フロランタンから聞いた話を総合すれば、こういうことになる。

「俺の姉、普通に忌子より忌子っぽかった」

「…………」

「…………」

「…………」

…………

「この件について、君たちはどう思う?」

「…………」

サッシュは目をそらした。

「…………」

フロランタンも目をそらした。

「…………」

セリエはぐったりしていた。

…………

俺の姉なんなんだよ。……なんなんだよ。

車内はかつてない重い雰囲気に満ち、沈黙が支配していた。

馬車はごとごとと揺れている。