軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

341.メガネ君、借金取りのようなものがやってきた

「できた?」

「はい」

用事は済んだ。

離れた場所でぼんやり立ち尽くしていたソリチカ教官と合流し、とっとと引き上げることにする。

まだ空は暗い。

初めてにしては、かなり手際よく事が運んだんじゃなかろうか。

半分くらいはソリチカ教官のおかげだと思う。

単独では、こんなに早くは終わらなかっただろう。

と――

「随分手際がよかったね」

どうやら彼女も似たようなことを考えたらしい。

「前に召喚獣を捕まえたいって人に同行したことがあるけど、結局半日掛かった」

半日も。

……いや、意外とそんなものなのかもしれない。

俺は拘束して身動きが取れないようにする方法があったから楽だったけど、そういう方法がないとかなり苦戦するだろう。

特に、「弱らせる」とか「上下関係を思い知らせる」とか条件がつくと、かなり難しい気がする。

弱ったり上下関係を教え込んだら、魔物は逃げるからね。勝てない相手だと悟ればさっさとその場を離れようとする。

力加減を誤って殺してしまうケースもありそうだし。

「戦うよりも捕まえる」という意識が最初にないと、難易度は跳ね上がると思う。

「これなら手伝いはいらなかったかな」

「そんなことないですよ。充分助かりました」

色々と不透明だったことも多かったので、一緒にいるというだけでも頼もしかった。

それに――

「まだ終わってないですし」

「……まだ? まだなにかあるの?」

お、鋭い教官にも予想できないか。

じゃあギリギリまで黙っておいて、逃げられないようにしてから明かそうかな。

「――図ったな、弟子よ」

「――何言ってるんですか。しっかりサポートしてくれるって言ったのは、ソリチカ教官でしょ」

「――こういうのはやったことがないんだけど」

「――ああ、それっぽいですよね。じゃあこれが初めての経験になりますねアハハ。よろしくお願いします」

「――……」

「――……」

「――……やるしかないか」

いつも焦点が定まらないぼんやりした瞳に、どことなく苛立ちみたいな色が見えるが、どうやら折れてくれたようだ。――今日は朝から色々と珍しい顔を見せてくれるものだ。大サービスだな。

まあいい。

とにかく始めよう。

俺は目の前で大人しく伏せている、契約したばかりの 灰塵猫(アッシュキャット) に「今から洗うから」と声を掛けて、湯船のお湯を足の先に掛けた。

灰塵猫(アッシュキャット) は少し警戒心しているようだった。

湯を掛けると、こちらを見つめている空色の瞳がビクッと震えるが……問題はなさそうだな。

さあ、少しばかり野生を洗い落とそう。

クロズハイトの孤児院に戻ってきて、まっすぐに風呂場に向かった。

子供たちがまとめて入れるここの風呂は、かなり大きいのだ。

おまけに、誰が管理しているのかは知らないが、いつも湯が張ってある。

ブラインの塔にも風呂はあるが、一人用だから誰かが使っていると入れないんだよね。

その点こちらはいつでも、先客がいても入れる。

俺も何度もお世話になっている。ちなみに男女の風呂場は別々である。

まず、毛皮の全体に水気を馴染ませる。

泥などが固まっている毛もこの段階で落としておく。

次に、動物の洗剤として使える草と少々の石鹸を大きな桶に溶かし、少しずつ掛けながら泡立ててがしがし毛を洗う。

「肉体労働は苦手……」

ぼやきながらも、袖をまくったり素足になったりして水仕事をするソリチカ教官は、ぼやくわりにはしっかり猫を洗っている。

灰塵猫(アッシュキャット) は大きい。

二人がかりでも重労働である。

しかもこれ……一回洗うだけじゃ足りない感じだ。なんか洗ったのに毛がざらざらしている。毛の奥の方の汚れも残っているようだし。

それとも洗剤が悪いのかな?

今朝、森に行ったついでに採った、動物に使える洗剤になる草をすり潰し、少量の石鹸と混ぜて湯に溶いたんだけど……精製したわけじゃないから効果が弱いのかもしれない。

「…………」

当の本人、いや、本猫は、それなりに気持ちいいのか、いつの間にか寝ていた。まあ大人しくしていてくれるならその方が助かる。

「その草じゃダメなんじゃない?」

「俺もそう思ってました」

緑色の泡を流した結果、まだまだ汚れが残っている。

「ちょっと取ってくる」

「あっ」

ソリチカ教官が逃げた。

……いや、さすがに逃げていいか。もう充分働いてくれたし。俺も中腰が長かったせいですっかり腰が痛いし。

とりあえず、去り際の言葉からしてソリチカ教官がそのまま逃げっぱなしということはなさそうだ。

なので、猫の泡を流しながら、応援なり洗剤が来るのを待つことにする。

――すっかり泡を落としきった頃、待っていた 両方(・・) がやってきた。

「お待たせ」

ソリチカ教官は、応援と洗剤を持って帰ってきた

「お、お、大きい……」

やってきたのはカロフェロンである。恐らく薬物のプロである彼女に洗剤があるかどうか聞いたついでに、強引に引っ張ってきたのだろう。

「ごめん。訓練中だったんじゃない?」

猫と呼ぶには大きすぎる猫に目を丸くしているカロフェロンに声を掛けると、彼女は首を横に振った。

「い、いいよ。ちょうど、休もうと、思ってたところだったから……」

……気を遣ってるんだろうなぁ。

それに洗剤も、わざわざ用意してくれたに違いない。

そのうちなんか穴埋めしないとな。

その後、三人掛かりで続けて二回ほど丸洗いし、 灰塵猫(アッシュキャット) の毛根まで染みついた野性味をしっかり落としたのだった。

「ほう……」

「す、す、すばらしい……」

三人がかりで洗い、前に使っていた孤児院の個室に移動し、三人がかりで乾かした結果。

もう、ふわっふわの仕上がりとなった。

猫である。

これは猫である。

正直初めて見た時から召喚の契約を結んだ後まで、果たしてこの猫を愛せるだろうか、顔が怖すぎる猫だけど付き合っていけるだろうか――そんな心配があった。

しかし、拭えぬ心配は杞憂であった。

毛足の長い毛は根元が灰色で、毛先は白い。そしてふわふわだ。非常に柔らかく手触りもいい。さらさらである。ずっと触っていたいさらさら感だ。

しかも、心なしか猫の人相まで穏やかになっている気がする。

出会った頃の殺気と食欲が嘘のように。

この世の全てを憎んでいるようなチンピラのようだった彼女が、今や完全に普通の猫の顔をしている。というかずっと寝ている。今はベッドに横倒しだ。

これは完全なる猫である。

誰がどう見たって、大きな猫である。

その証拠に、ソリチカ教官とカロフェロンの懐きが止まらない。

ぎゅーと首元に抱き着き毛皮に顔をうずめるソリチカ教官に、憑りつかれたように腹毛を撫で続けるカロフェロン。

苦労して手を掛けた分だけ愛着が湧いたのかもしれない。

俺はすでに湧いている。

窓を見れば、もう夕方だった。

猫を洗うだけで半日掛かった、という感じである。

本当に手間も時間も掛かったが――欠片ほどの悔いもあるはずがない。

俺は手に入れた!

猫を!

念願の、猫がいる生活を!

俺、今日から猫と一緒に寝るんだ! あっ、そうだまず名前とか考えなきゃ! 名前何にしようかな!

――と、内心興奮していた矢先のことだった。

「おう! なんぞかわいい子ぉが入ったんじゃってのう!」

「にゃははー。遊びに来たよー」

来やがった。

どこで話を聞きつけたのか、無二の可愛いもの好きの女と、その相棒が来やがった

このタイミングで来たフロランタンとトラゥウルルの襲来――それはたとえるなら給料日にやってきた借金取りのようであった。

「おお……ええもん仕入れたのう!」

「うわーおっきい猫ー」

フロランタンはすたすたと誰に許可を取ることもなく部屋に入ってくると、寝ている猫をひょいと持ち上げた。

「よしよし、うちが一晩かわいがったるけぇのう」

「にゃははー。あたしも一緒に寝よーっと」

おい。……おい!

「俺の猫なんだけど!」

なんだこの展開! 猫を横から掻っ攫うなんて許されるものか! ……あっ、ちょっと猫に懐かれなかった大帝国の猫好き軍人の気持ちが今ちょっとだけわかる!

「一晩だけじゃ! ええじゃろ、また可愛いお人形やるけぇ!」

何があっても絶対いらんから猫を置いていけ! むしろあげないがら連れて行くって言った方が可能性が高いけど!

「ま、ま、待って! 今日は、その、待って!」

突然の借金取りの来訪に呆然としていたカロフェロンが、猫を取り上げられると聞いて、彼女には聞いたことがないような大きな声を上げる。

「――ネクロと、今日寝るのは! わたし、だから!」

待って。二つの意味で待って。勝手に名前決めてない?

「――フィリスのことは譲る気ないけど」

ソリチカ教官も待って。二重の意味で待って。そっちも名前決めてる?

「――え? ギンガはうちと寝るけど?」

おいフロランタンふざけるなよ。正直抱いてるのも不愉快なのに。俺より先にそういうことをしているのも不愉快なのに。

「――にゃははー。ネコルルはかわいいにゃー」

あ、トラゥウルルはこのウェーブに乗ると思ってたから別にいいです。

なんだか収集が付かなくなってきたその時、猫が起きた。

知らぬ間に揉め事の中心となっていた猫が覚醒した。

「お、起きたか」

身をよじり出したので、フロランタンは猫を降ろす。そして撫でる。

「なー? 今日はうちと一緒に寝るもんなー?」

「……」

猫は振り返る。

俺。

今朝契約したばかりの主とも呼べる言わば一番大切にしなければいけない俺を。

あとはまあ適当に一人一人見回し――

「ニャー」

一鳴き。

今朝のケンカ中の猫のような殺気走った唸り声ではなく、非常に猫らしい猫の声で一鳴きし――

「はっはっはっ、そうじゃろそうじゃろ。ほなら行こか」

あろうことかフロランタンの奴に頭を摺り寄せた。

衝撃の結末に固まる俺たちを横目に、奴らはとっとと行ってしまった。

なんてことだ。

あんなに、あんなにも苦労して洗って、尽くしたというのに、ポッと出の借金取りに付いていくというのか。

誰でもいいのか。

俺じゃなくてもいいか。

契約したばかりの俺じゃなくて、別の人を選ぶというのか! あの猫め!

――すごく猫っぽいけど!

「あ、フロランタン! エサあげといて! あとなんかあったら俺を呼んで!」

出ていった彼女にそう告げると、「わかったー」と返事があった。

まあ、ちょっと予想外が過ぎたけど、でもまあこんなこともあるだろう。

猫とは今日だけの付き合いってわけじゃないのだ、焦る必要もない。

それに、俺の都合で捕まえた代わりと言ってはあれだけど、できるだけ猫の自由にさせてあげたいとは思うし。

「…………」

「…………」

むしろ問題は、こっちの女二人である。

二人とも、なんの問題もないと言わんばかりにすっと無表情になっているところが、逆に怖い。

……変な遺恨が生まれなければいいけど。