軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

324.代官屋敷侵入作戦開始 2

「――候補生、屋敷に入ります」

代官屋敷を囲むようにして広範囲に待機している闇と「影」は、もうすぐ来るであろうタイミングを計っていた。

屋敷周辺にて合流したヨルゴとサベージに告げた暗殺者は、状況把握能力系の「素養」を持つ者だ。

まだ見学に適したタイミングが来ていないので、静かに事を待っているのが現状である。

そして、屋敷に忍び込む、というのは契機である。

「全員に通達してくれ。すぐに動けるよう構えておけ、と」

「それと、くれぐれも候補生に迷惑を掛けるような失態は犯すなとも伝えておけ」

ヨルゴの返事と、ついでに付け加えたサベージの言葉を持って、報告に来た暗殺者は去っていった。

「あえて言う必要もあるまい」

「馬鹿言うな。何人かはあのメガネのガキに発覚されているんだぞ。

現役が訓練中のガキに見つかるなど許されるか。

『影』じゃないが、俺たちもどこか気が緩んでるんだよ。ここらでちょっと優秀な候補生の実力を見といた方が薬になるんじゃないかってくらいにはな」

サベージが言いたいこともわかるが、ヨルゴからすれば、あのメガネのガキがただの訓練生ではないからこういう状況になっているのだ、とでも返したいところだ。

まあ、毒づくサベージの気持ちもわかるので、言わないが。

――まだ誰かが侵入しているという事実が静寂に埋もれているが、もうすぐ騒動が起こる。

その機会を見て、闇と「影」は代官屋敷の屋根の上に移動し、近くからしっかり見物するつもりなのだ。

その動きを、現場の人間に悟らせない事。

軍人、若い「影」たち、屋敷の住人、もちろん侵入しているエイルにも見つからない事。

もし見つかれば、潜入しているエイルに迷惑が掛かる。

これはあくまでもエイルの単独任務であって、邪魔をすることは許されない。

……だったら見学なんてするな、という話でもあるが。

何、極論を言えば、見つからなければいないのと同じである。

「ヨルゴ、おまえは『単身で逃げ切る』に賭けたよな?」

「そういうサベージは『降参して投降する』に賭けていたか」

「言っておくが、俺が賭けた線が一番人気だからな」

「だろうな」

軍人は強い。

現役でさえ、真正面からの一対一は避けたい相手だ。

むしろエイルが賢明なら、さっさと降参して命が助かる道を模索するのが、一番助かる可能性は高いとわかっているだろう。

しかし、だ。

それは常道であり、闇や「影」からすれば一般常識の範疇にある。

どこまでも予測しうる結果である。

だから人気が高いのだ。

しかし、ヨルゴは考える。

――困難な課題でさえどこか余力を残している節があったエイルが、どう判断し、どう動くのか。

――単独行動という状況下で、厳しい状況に追い込まれた結果、どこまでやってくれるのか。

「楽しみだな」

そこら辺の判断力も含めて、ヨルゴはこの後に起こることが楽しみで仕方なかった。

一夜も掛からず、雪が地面に降り注ぐより静かに屋敷中皆殺しにされるだろう、前代未聞なまでに闇や「影」に囲まれている代官屋敷の内部では。

今まさに、エイルが屋敷に侵入しようとしていた。

壁に背を付けたまま、ほんの少しだけ障子戸を開き――中を見る。

人はいない。

どう見ても人はいないが、念のため「体熱視」で仔細に観察するも、やはり何もいない。

召喚獣を見張りに置いている、という可能性も考えていたのだが、いないようだ。

(――行こう)

派手に外気が入らないよう、小さな隙間から「 霧化(ミスト) 」で部屋に侵入した。

室内は暗いが、「メガネ」のおかげでよく見える。

小さなタンスがあったり、背の低い机のようなものがあったりと、見慣れない物が多いが……特に警戒するべき物はなさそうだ。

ちなみに、屋敷は完全に東洋の造りである。

本来、堅く草を編んだ床……タタミというものには靴のまま上がることはないらしいが。

さすがに今この状況で、靴を脱いだり履いたりする余裕はないので、心苦しいが土足で上がり込んでいる。

(――はずれ……というわけでもない、かな)

アヤはいない。

だが、ここはきっとアヤの部屋だ。

部屋にある小物の数々が、可愛らしいものばかりだ。

小さなタンスの上には花の刺繍を施された赤いクロスが敷いてあったり、その上には小さな木彫りの動物が並んでいたりする。

これで男の部屋、ということはないだろう。

女性、それも女の子の部屋、という感じである。

代官屋敷に住んでいる女の子は、使用人たちを除けば、代官の娘アヤだけであることは、調べてある。

そしてこのそこそこ広い部屋を私室にする者など、アヤ以外ありえないだろう。

(――寝室が別にあるパターンだな)

寝る場所と過ごす場所が違うなんて、庶民であるエイルには考えられないことだが。

しかし、今侵入しているここは、お金持ちの大きな邸宅である。

このサイズの家に住んでいて、むしろ庶民感覚なわけがない。

奥へ行く襖と、庭に面した横へ行く襖がある。

頭に叩き込んでいる間取りから、奥の部屋へ向かう。ここより小さいが、それでも個室があったはずだ。

もし寝室にするなら、隣にあった方がわかりやすいだろう。

――果たして襖を少しだけ開き、中を覗くと……人が寝ていた。床に敷いた布団に横たわり、規則正しい穏やかな呼吸を繰り返している。

まだ入室せず、しっかりと観察する。

(――長い黒髪だな)

少女の部屋の隣にある寝室。

そして長髪の女性は、代官の家族には、アヤだけである。代官の嫁は、黒髪だがあまり長くない。

顔は、遠目に見ていただけにはっきり判別はできなかった。

周囲の人や物と比較して体格などはわかったが、顔はさすがに無理だった。

だから、長い黒髪を一応の目印としていたが。

――掛け布団の上に垂らしている黒髪は、長い。

十中八九間違いないだろう。

観察し、調査した結果、この部屋が一番可能性が高いと考え、侵入した。

その結果、当たりだった。

そういうことだ。

ただ、もし違ったら……

失敗として引き上げるか、少し探してみるか――

エイルは「違ったら引き上げるか」と割り切って考えて、部屋内に室に滑り込んだ。

(――よし、さっさと終わらせよう)

音もなく寝ている女性の枕元に近づき、相当若い娘だということが……というか、彼女で間違いないだろう。

十四歳の代官の娘アヤの顔を、この時ようやくはっきり見ることができた。

ここ三日――いや、大帝国領ネルイッツにやってきて召喚魔法のことを知った時から、エイルはずっとアヤのことを考えていた。

好意とは程遠い感情ではあるが、執着していたのは間違いない。

そして今、ようやく、手が届くところまでやってきた。

感慨深いとも思わないし、感動も特にない。

(――無事帰ることができたら、達成感で気が抜けるんだろうな)

そう思いながら、エイルはアヤの顔に手を伸ばし、「メガネ」を――

「手は出さないと聞いておりましたえ?」

不意に聞こえた声。

エイルは言葉が終わるより早く反応――は、したのだが。

(――……なん、だ……!?)

身体が動かない。

何かが足に巻き付いている。

(――これは、糸……か? いつ……?)

いや、それよりだ。

身体は動かないが、首は回る。

振り返る先には――女が立っていた。

どこか妖艶な雰囲気を感じる、肩を露出させるように崩している着流しを羽織った、大人の女性。

――「体熱視」で熱が視えていれば、人間だと判断しただろう。

体温がない女性。

何者だ。

いや、そんなことはどうでもいい。

この状況で立ち塞がるなら、敵以外であるはずがない。

「おや、女人が女人に夜這いとは珍しい。まあ惚れた者を抱くという喜びに、男も女もありませんえ」

何か言っている女性には構わず、エイルは「怪鬼」をセットして、強引に糸を引き剥がした。

が。

「――くっ!」

剥がした瞬間、音もなく擦りよった女性に殴られ、部屋の隅――天井まで吹き飛ばされた。

――今、何で殴られた?

両手は見ていた。

刃物でも持っていたらシャレにならないから。

だが、両手はおろか両足さえ、エイルに攻撃を加えるために動くことはなかった、はずだ。

――そして、なんだこれは?

身体が天井に当たった直後、飛んできた無数の糸が、エイルの身体を天井に貼り付ける。粘着性が強く、また伸縮もする糸は、「怪鬼」ではなかなか剥がせない。

剥がそうとしても、実際少し剥がれても、追加の糸が飛んでくるのだからたまらない。どんどん拘束されていく。

というか――

「あら。本当に来たのですね」

標的。

代官の娘アヤが、起きてしまった。

「 八刀(ヤト) さん、ありがとうございました」

「うふふ。この八刀、綾様に呼ばれればいつでもはせ参じますえ」

寝室でまさかの何かが色々起こっているのに、アヤは体温のない女――ヤトという女に礼をいい、平然とエイルを見上げて口を開く。

そして、衝撃の言葉を吐いた。

「――伝言を預かっていますよ。このまま大人しくしていれば命は助かる、しかし無理に動こうとしたら保証はできない、だそうです。

もう察していると思いますが、あなたが来ることは事前に聞いていました」

一瞬言葉の意味がわからなくて止まってしまったが――エイルはすぐに状況を察した。

ヨルゴが言っていた「最低限の保証」という言葉。

その意味が、これだ。

裏切り?

違う。

(――事前に話しておくことで、何かしら命を奪われかねない脅威を遠ざけたんだろう)

さっきの、というか今拘束されていることに関しても、殺す気ならばとっくに殺されている。

そう、「何も聞いていないただの不審者」だったら、死んでいたのだ。

――いや、それも少し違うかもしれない。

アヤは事前に聞いていたから、体温のない女を部屋に置いておいたのだ。

もし事前に聞いていなければ、もう少し警備は薄かっただろう。

三日間観察していた中では、体温のない女は見なかったから。

確実に今夜だけピンポイントに狙って置いていたのだ。

「どうします? 警備の人を呼んだ方がいいですか? それとも降参しますか?」

つまり、ここでどうやっても一度見つかる。

それが、ヨルゴが用意したシナリオだったのだろう。

とりあえず、部屋の上方片隅に貼り付けられているエイルの打つ手は、もう決まっている。

(――『メガネ』は掛けさせた)

アヤもヤトも気づいていないだけで、エイルはすでに仕事を終えている。

ヤトに声を掛けられた時、エイルは「メガネ」を装着させることを諦めたわけではない。

とりあえず、まず掛けさせればいい。

そう考え、逃げると同時にアヤに「メガネ」を掛けさせた。――実際は逃げられなかったが。

糸に拘束されて動けない時に、「だったら」ともがくのと同時に強制情報開示で「召喚魔法」を読み取った。

そして、天井まで殴り飛ばされた時に、「メガネ」を消した。

逃げるためだけの「素養」を選ぶなら、「怪鬼」を使う必要はなかったのだから。糸を引きはがす力と防御を両立させるために選んだのだ。

現に、天井まで殴り飛ばされる目に遭っている。

もし「怪鬼」をセットしていなければ、それなりのダメージも負っていただろう。

(――もうここに用はない)

あとは本当に逃げるだけだ。