軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.メガネ君、危機感に囲まれる

ノックしてから間を置かず、待ち構えていたかのように門が開いた。

「ご苦労様です。ロロベル殿」

黒いスーツを着た、五十を超えているだろう爺さんが出てきた。まず使いを頼んだロロベルを見る。

「こちらが、昨夜のあの事故に遭った時、 通りすがり(・・・・・) に助けてくれた者だ。確かに届けた」

「はい。報酬はいつもの通りに」

「わかった」

あ、そういうアレか。ロロベルは俺を連れてくるだけが仕事で、だから貴族と会う時に同席はしていないと言ったのか。

「ああ、そうだ。この子がだいぶ不信感を抱いているのだが、私が同席しても?」

あ、言った。忘れてなかった。

「それは難しいですな。主人は内々の話をされるおつもりのようなので」

受け入れてくれなかったけど。爺さん即答で断ったよ。なんだよ内々の話って。ほっといてほしいんだけど。

「だそうだ。すまないな、エイル」

もうちょっと食い下がってもいいんじゃなかろうか? あっさり引きすぎじゃないか? ……一応同席する努力はしてくれたから、まあいいか。

ロロベルが踵を返して歩き出すと、爺さんが俺を見た。

――あ、まずい。

「お名前はエイル殿、でよろしいかな? 主人がお待ちです。中へどうぞ」

爺さんは何食わぬ顔で、俺を中へ促す。

本当に、何食わぬ顔で。

目が合った瞬間にわかった。

この爺さん、まずい。かなり強い。

それもただ強い奴のそれじゃなくて……そう、危険だ。

強いより強烈に感じるのは、危機感だ。

矢もない、逃げ道もない、道具もない、そんな時に魔物と遭遇した。そんな危機感を感じる。

俺たちと同種、そんな感じの強さだと思うが……

――狩人なのか? それとも違う似た何かか?

「……失礼します」

目が合った瞬間に、はっきりわかったことは三つだ。

一つ目は、俺では爺さんには絶対勝てないこと。

二つ目に、俺はすでに爺さんの攻撃範囲に入っていて逃げられないこと。

そして最後に、この爺さんはきっと、何も躊躇うことなく人を殺せるってことだ。

いやあ……まだ入り口なのに、すでに来たことを後悔してきたな……

リーヴァント伯爵の敷地に入ると、まず目に入ったのは、壊れた馬車だった。

昨日事故に遭ったものだろう。回収してきたようだ。

片方の車輪が外れ、車体にはたくさんの残り、損壊している部分も多い。もはや馬車の原型は留めていない。

「エイル殿は、狩人でしたか?」

俺を導き前を歩く爺さんが聞いてくる。……なんで背中を向けているのに見られている気配がするんだろうな。

背を向けているから警戒しているとか、見えない場所も警戒しているとか、そんなぬるいものじゃない。

なんというか、前を歩いているくせに、すでに俺に対して攻撃態勢に入っていて、狙いを付けた状態で構えている。たとえるならそんな感じだろうか。

「まだまだ半人前ですけど」

あんたと比べれば、もはや赤子同然だよ。半人前ですらないよ。弓を覚え始めた駆け出し程度のもんだよ。

……都会って怖いなー。冒険者みたいに武装してればわかりやすいのに、武装してないけど強い人ってのがちょいちょいいるよね。こっちの方が怖いよ。

特に、強さを見抜けない人が、怖い。狩猟ギルドの受付嬢とかな。あの人は「メガネ」がないとわからなかったから。

俺が気づかなかっただけで、ほかにも強者はいたかもしれない。やっぱり脅威がわからないのが一番怖いな。

「ご謙遜を。瞬く間に狼を三頭も狩ったとか」

あんたなら同じ時間で六頭全部狩れたでしょ。なんならもっと短い時間でもできるでしょ。

「ロロベルさんから引き継いだから、狼たちも疲れて動きが鈍っていたんですよ」

「三頭。寸分違わず頭に矢を一本ずつで仕留める。この事実だけでもかなりの腕ですな」

あんたなら素手でもできるでしょ。

屋敷の中に招かれると、これまでに感じたことがないほどの危機感に囲まれた。

「……」

そのくせ、人の気配がなさすぎる。わかるだけで五つだが、でも俺の本能は「もっといる」と訴えている。

殺気はない。

視線もない。

人の気配も近くには感じない。

そのくせ、全方位から囲まれたかのような、この危機感。いったいなんなんだ。

足が止まり、入れない俺を、爺さんが振り返った。

「安心なさい。本当に やる気(・・・) であるなら、もう終わっておりますゆえ」

…………

ということは、アレか。

「この屋敷流の歓迎という解釈で?」

「概ね構いませんな」

……意図がわからん。

この爺さん、完全に俺に会ってから、俺を試していた。この屋敷にある不気味な危機感も、俺を試すためだろう。何かの、誰かの意図で。

薄々そうかと思っていれば、「試している」とはっきり言ったしね。

本当に 殺す気(・・・) ならもう終わっている、と。

それになんの意味があるんだよ。嫌な予感しかしないよ。

「――あ、来られたのね!」

ん?

鈴のような澄んだ声が飛んでくると同時に、不気味な危機感が嘘のように霧散した。対象は俺だけかよ。

「昨夜はありがとうございます!」

長い金髪を乱して駆けてきたのは、「メガネ」を掛けた少女だった。

そう、「俺のメガネ」を掛けた、あの少女だった。

……確か彼女は貴族の娘って言ってたな。口に気を付けないと不敬罪か。怖い。

「ああ、はい。……怪我はもういいんですか?」

ロロベルは軽傷と言っていたが、半日前は馬車の下敷きになって気絶していたのである。さすがに小走り程度だが軽妙に走れるとは思えない。

「はい。軽傷だったのもあり、魔法治療で跡形もなく」

あ、魔法治療か。

さすが貴族、お金があれば魔法医にも頼めるわけだな。

この魔法治療という即効性のある治療法を取れるのも、魔術師が貴重である所以である。見る見る内に治るって話だ。すごいね魔法って。俺まだ魔法ってひょろい飛ぶ刃しか見たことないんだよね。……あ、一応「メガネ」もそうか。

「ちょうどいいですな。今お呼びしようと思っていました。

――ではお二人とも、そのまま主人の下へいらしてください」

え? なんで二人で?

……想像以上に嫌な予感がしてきたな。

これは、なんか……すぐ帰れそうにない予感がしてきた。