軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

306.メガネ君、キツネに手を噛まれる

本当にいきなり、出会い頭で確かに感じられた。

ヨルゴ教官が「大帝国は面白い」と言った理由が、すぐに感じられた。

暗くなってから到着した、ネルイッツという街。

大帝国領地においては最も国境近くに位置する、隣国に面した街――言わば諸外国から見たら玄関となる街。

俺の育った小さな村はともかくとして、ナスティアラ王都やハイディーガの街、万全ならクロズハイトよりも低い外壁に守られていた。

ともすれば越えられそうなくらい低いんだけど、大丈夫だろうか。この辺の魔物は強いって話なのに。

「入国証か身分証はお持ちか?」

そんな頼りなさげな壁に囲まれたこの街の門番だが――

「……」

「……」

俺とヨルゴ教官に対応するために出てきた、馬車襲撃事件の時に来たあの翠色の制服を着た二人の軍人。

そのほかに――キツネがいた。

俺たちに対応するために歩み出た軍人と一緒にキツネが出てきて、俺のことを近くに座ってじっと見ている。

いや――正確にはキツネではない、というか、魔物かもしれない。

一般的なキツネよりは二回りくらい大きいだろうか。

体毛はあざやかな山吹色で、鼻と耳と尾の先が黒い。顔は長く尖っているし、ふさふさのシッポは太いし。

ただ、キツネの額に青い宝石が埋め込んであるのだ。

そう、宝石だ。

門の近くに設置されている明かりに照らされ、透明度の高い青い宝石が輝いている。

すごく高価そうだが、当然普通のキツネにはない特徴だ。

それに、やっぱりキツネとしてはちょっと大きいしね。ただの動物ってことはないだろう。

「大帝国は初めてか?」

軍人は二人。

一人はヨルゴ教官に色々聞いていて、もう一人が俺に声を掛けてきた。

個別対応というやつだ。

帽子が影を落としているので、顔はよく見えない。

しかしながら、身体は大きいが、声や雰囲気は意外と若い男のようだ。もしかしたら同年代くらいだったりかもしれない。

「初めてです。このキツネは……魔物?」

素直に聞いてみた。

まさか無関係の野生のもの、ってことはないだろうし。

だが、返ってきた答えは野生だのなんだのより、よほど驚くべきものだった。

「――いや、召喚獣だ」

召喚獣……

魔法で呼び出す生物がいるとかいないとか、噂には聞いたことがあったけど……

「初めて見た。大帝国では珍しくないの?」

「いや、珍しいだろうな。……まあ俺も詳しくは知らんのだが」

あ、そう。

ということは、彼の魔法で呼び出した獣、というわけでもないのか。

「触ってもいい?」

そう問うと、軍人は帽子の下で頷き笑った。

少し気になる表情の変化だが、まああまり気にせず、近くでじっと見ている召喚獣キツネに手を伸ばし――

かぷっ

…………

噛まれた。

普通に噛まれた。

びっくりした。

手をまるごと一口でいかれた。

「――はは、やはりか」

おい何笑ってやがる。絶賛噛まれ中だぞ。

「それは強い者を好む。噛むのは親愛の証だ。痛くないだろう?」

うん……甘噛みってやつだね。俺の左手は完全に口の中に入ってるけど。

本当にびっくりした。

――牙が立っていたら噛まれた腕を押し込んで地面に倒してナイフを突き立てていたと思う。反射的に動きそうになったよ。説明しとけよ。危ないな。

手を引けばすぐ離してくれた。

そして今度こそ撫でさせてくれた。

無遠慮に撫でまくると、キツネは気持ちよさそうに目を細める。おお、なんという毛足の長さ……シロカェロロに勝るとも劣らぬ胸毛……手首まで埋まる……

「――小僧、身分証はあるか?」

こっちで撫で回している間にあっちの話が着いたようだ。あ、ヨルゴ教官の傍にもキツネがいるな。すごい身体を擦り付けられている。……このキツネは、人の強さを測るための生物なのかもしれない。

まあ、それはいいか。

ヨルゴ教官に言われ、狩猟ギルドのカードを出す。――こういうところで簡単に名前を出さない辺り、やはり教官は抜け目がない。

まあ、身分証を見せたら速攻で名前を知られるから、あまり意味はなさそうな気もするが。

「狩猟ギルド? ……初めて聞いたな」

俺の対応をしている若い軍人に渡すと、首を傾げられた。……狩猟ギルドの、ひいては狩人の衰退は著しいな。寂しい限りだ。

「――まあいい。入国料と入街料を払えば入っていいぞ」

と、軽いチェックで狩猟ギルドのカードを返してくれた。

「もういいの? 荷物のチェックとかは?」

こんなにあっさり通していいのか、と問うと、若い軍人は「構わん」と応えた。

「強い者は歓迎する。強くて悪い者も歓迎する。弱い善人も歓迎する。――歓迎しないのは弱くて悪い者だけだ」

…………なんだそれ。

正直、言葉も出ないほど驚いている俺に、彼は笑った――好戦的な本性を思わせるような闘志を放ちながら。

「――弱くて悪い者など、斬ってもつまらんだろう?」

いえ、知りません。

いきなり漲られても知りません。

というかその理屈はなんなんだ。こんな極端な主張も初めて聞いたよ。

……なんというか……そうだね、前情報通りと思っていいんだろうね。

大帝国。

武を尊ぶ実力主義の国、か。

――確かにちょっと面白い。

ヨルゴ教官に税金を払ってもらい、俺たちはネルイッツに踏み込んだ。

夜だけに人気はない。

しかも、もう夜中と言っていい時間だ。

人もいないし、明かりが付いている建物も少ない。

入ってきた道から先は、街灯が続いている。

街道から門を経て、街中へと続く大通り沿いには、背の高いレンガ造りの建物が並んでいる。

明るい時に見たら、色鮮やかでなかなかオシャレな街並みだったりするのかもしれない。

――まあ、そんなことより、今は早く休みたいところだ。

今は夜だし、まだ雪も降っている。

ここまでの強行軍が祟り、身体が悲鳴を上げているような状態だ。

正直、景色やら景観やらはいいから、早く休みたい。

「到着だ。ここに泊まる」

そんな俺の気持ちが通じたのか……いや、俺の事情なんて知ったことじゃないか。

とにかく、ヨルゴ教官が大通りにある大きな建物の前で止まった。

東洋の言葉で看板が出ているが、読めない。

まあ、その横に俺の読める字で「粉雪亭 宿・食事処」と書いてあるが。

「結構いいところじゃないですか?」

四階建てくらいありそうなレンガ積みの建物で、近くで見ると本当に大きい。道に面した壁はガラス張りで中が伺える仕様となっているが……夜だからか、赤いカーテンが閉まっていた。それでも明かりが漏れているが。

俺が泊まるところなんて、すごい狭い部屋ばかりだったんだけど。

でもこの外見となると、一番安い部屋でも、これまで俺が泊まった狭い部屋とは雲泥の差がありそうだ。

「そうだな。こんな時でもなければ自分も躊躇うような、なかなかの高級宿だ。まあ金はワイズ払いだから気にしなくていい」

あ、俺を呼んだ人の払いなんだね。

「疲れただろう? ひとまず風呂を貰って今夜は休もう。細かい話は明日だ」

それはありがたい。

本当にもう疲れ切っているし、身体も冷えているから。

風呂に入って温まって、しっかり休むことにしよう。

――今日の予定を簡単に決めて粉雪亭に入るヨルゴ教官を追って、俺も気後れして一人じゃ入れないだろう高級宿に入るのだった。