軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

299.メガネ君、一抹の不安を覚える

リッセに助けを求められたので、仕方なく同席することにした。

「もしかして結構飲んでる?」

テーブルには三本ほどの瓶があり、すでに二本空けているという状態だが。

だが、もしかしたらこの前からも飲んでいる可能性がある。

「うーん……量はさほどでもないと思うけど、強くないって言ってたから……」

俺とリッセがこそこそとそんなやり取りをしている間、トラゥウルルはぐいぐい飲んでいる。「バカ野郎」とか「そんなに胸毛がいいのか」とかブツブツ言いながら。

……近くで見ると、目が据わってるなぁ。

いつもの陽気なトラゥウルルとは別人のように、イライラした表情でやけ酒に逃げているような――あ。

目が合った。

「――なんだエイル! いつからいたの!?」

「あ、今しがた」

「おまえも飲めよ! いっつもメガネなんて掛けてさっ! セリエとペアルックしちゃってさっ! 仲良しアピールしちゃってさっ!」

…………

地味に心に響いたな。

いつもの何も考えてなさそうな陽気な顔した裏で、普段そんなこと考えてたのかな。

結構ショックだな。

ペアルックと言えばペアルックだけど……これは必要だから装着している物であって、系列で考えれば衣服と同じ類になると思うんだけど。

まあ、俺にとってはもはや顔の一部と言えるけど。

顔じゃなくても「俺の素養」の一部だし。

……まあ、酔っぱらいに筋道通った理屈や理由なんて求めないし、言う気もないけどさ。

「あーそれよりアレだよ! アレ! ほら! あのー……あれ!」

俺が地味にショックを受けている間に、リッセが話の矛先を変えようと必死である。

ありがとう。

俺に酒を飲ませる流れを防ごうとしてくれてありがとう。

でも欲を言うなら、もう少しだけうまくやってほしい。それは下手すぎる。

「アレってなんだよ! リッセも飲めよ!」

「飲んでるってば……はあ」

と、リッセは疲れた顔してこっそり溜息を吐く。

うん、この酔っぱらいの相手は疲れそうだね。性質が悪いね。

「何が胸毛だ! ちょっと毛が生えてるからってさ! ちょっとふさふさだからってさ! どうせリッセもエイルも胸毛が好きなんでしょ!」

まあ、嫌いではないけど。

俺もふさふさに生える予定だし。

「ずっとこの調子でさ……エイルもなんか言ってやってよ」

え? 俺?

酔っぱらいに言うことなんて特にないんだけどな……聞き入れるかも怪しいし。

「いいと思うけどな、胸毛。フロランタンと一緒に触れば?」

「何それ!? 二人で同時に触るとか、ただのヘンタイだよ!」

え? そう? ヘンタイか? ……え、本当に変態か?

「そんな特殊なことなんてしたくない! そんな性癖いらないの!」

特殊? 性癖? ……性癖か?

やっぱり、なかなか性質が悪いな。

トラゥウルルは酔っぱらうと性質が悪い。

いつからこの調子なのかはわからないけど、これはもうアレだ。

さっさと酔い潰した方が早いかもしれない。

となると――アレか。

「いい機会だし、トラゥウルルの『主人』の話を聞かせてよ」

噂で漏れ聞いた程度ではあるが、トラゥウルルは飼い猫……いや、……まあそんなに遠くはないのかな?

とにかく、飼い主に当たるような存在が いた(・・) らしい。

リッセ辺りは、すでに何回か聞いているだろう。

彼女が「主人」について話している姿は、俺も何度か見たことがあるから。

トラゥウルル自身も結構しゃべりたい話のようで、「主人」の話をしている時は、かなり上機嫌に見えた。

俺はあまり興味ないけど、しゃべる話題の的が定まっていれば、変な絡み方もしない……と、いいなぁ。

「え? 主のこと? 聞きたいの? えー? どうしようかなぁー?」

あ、笑った。

すごく性質が悪い絡み方してたのに、あんなに機嫌が悪そうだったのに。

「ねえリッセー? どう思うー? エイルがメガネをぎらつかせる勢いで聞きたいってー。興味津々だってー。話してもいいと思うー?」

……まあ別にいいですけど。それでも。

とにかく、この方向はよさそうだ。

話を聞きながら酒を勧めて、さっさと潰してお引き取り願おう。

「……にゃー……」

作戦は成功した。

思いっきり話の途中だが、トラゥウルルはテーブルに突っ伏した。

さっきから首がこっくりこっくりしていたが、ようやく寝入ってくれたようだ。

「はあ……長かったね」

「お疲れ」

途中参加の俺はそうでもなかったけど、リッセにとっては長かったみたいだ。

トラゥウルルの主人の話も、やっぱり何度か聞いているみたいだし、そんなに何度も聞かされてもって感じだったのだろう。

初耳の俺は、結構面白かったけど。

「はるか彼方の地に住む獣人の部族か。そういう人たちもいるんだね」

話をまとめると。

トラゥウルルは、遠い地に住まう国とも言えない獣人の国に生まれた。

なんでも猫獣人族の族長の末娘で、意外と身分があるらしい。

獣人の国は、国とは名ばかりで、実際はいろんな種類の部族が集まる場所……簡単に言うと「獣人が多い大地」という感じになる。

広大な敷地に、いろんな種族が分かれて住んでいるとか。

必要な時だけ、部族の長が何人か集まり国として決定を下し、外交をしたり輸入輸出をしたり、大きな決め事をする。

どれくらい他国と交流があるのかは、いまいちわからないけど。

そんな族長の娘として生まれたトラゥウルルだが。

実は、小さい頃に獣人と人間とで小さな諍いが起こり、解決の段で、人質に差し出されたそうだ。

彼女は猫獣人の族長の末の娘だから、家格もそれなりにあるものとして――まあ、言い方は悪いが、貢物のように差し出されてしまったそうだ。

――ここで少しリッセの補足が入ったが、人間とは少し文化の捉え方が違うらしく、人を貢物として渡すのは、獣人界隈では割と普通にあることのようだ。

異種族同士これから仲良くしましょうね。

こちらはその意志がありますよ。

その証拠に族長の娘を差し上げますよ、と。

こういう意味合いがあるらしい。

そして、あくまでも友好の証として渡される以上、よっぽどのことがなければ無下な扱いを受けることもないとか。

こうしてトラゥウルルは人間の国に行くのだが。

行った先で「主人」に出会い、非常に手厚く飼われ……可愛がられた。

狩猟部族である人間の国の姫君に渡され、護衛兼飼い猫として常に傍に置かれ、狩りにも護衛にも愛猫にも全力で当たり、それはそれは幸せな年月を過ごしたとか。

転機が訪れたのは、姫君の結婚だ。

元々決まっていた婚約者と結婚するという姫君は、嫁ぐ直前に、トラゥウルルに暇を出したそうだ。

そして――なんだかんだあって、今ここにいると。

途中で話が終わったから、どういういきさつでここにいるかは、わからないんだよね。

「それにしても、男とくっついてるのは見たことなかったけど、理由があったんだね」

その主人である姫君に言われたらしい。

「誤解されるから男に抱き着くのはダメ」と。

人懐っこい猫……猫獣人であるトラゥウルルは、よく誰かにくっついている。

近頃はフロランタンばかりだけど、思い返せばハイドラにもリッセにも抱き着いていたところを見たことがある。

たぶん俺の知らないところで、ほかの女子にもくっついているだろう。

思えば、「メイドのエル」としてはじめてトラゥウルルと話した時も、なんか妙に距離感が近かったしな……あれは俺が女性だと思っての距離なわけか。

要するに、トラゥウルルは女好きの猫獣人の女の子というわけだ。

「獣人だからだと思うけど、ウルルは体温がちょっと高くてね。こう、抱き締められたあとに離れられると、なんか喪失感がすごくてさ」

喪失感。

ちょっと前にも聞いた表現だ。

確かゾンビ兵団討伐の時に、リッセがバカみたいに木に抱き着いてた時だっけ。

「明日もあるし、もう寝たら?」

空き瓶が五本になったテーブルを見て「ここは俺が片付けとくから」と言うと、リッセは「そう? 悪いね」と笑った。

「酒も入ったし、私も眠いし、お言葉に甘えてもう寝るよ。でもウルルどうするかな……」

完全に寝てるしね。

「リッセの部屋に連れてって一緒に寝たら? 喪失感がアレなんでしょ?」

「え? い、一緒に……?」

……ん?

リッセの顔が赤くなったような……いや元からだっけ? 酒が入ってるし。

「だ、だめだよ。酔った勢いで女の子を部屋に連れ込むなんて……」

「そうなの? 女同士だから別にいいと思うけど」

「お、女同士だから……?」

……んん?

今、リッセの喉がごくりと鳴ったような……気のせいかな。

「そ、そうだよね。女同士なんだし、いいよね? 一緒に寝るだけだしいいよね? やましいことなんて何もないし一緒に寝るだけだしいいよね寝るだけだし。寝るだけだし」

知らないけど。

いいんじゃないですかね。どうでも。なんでそんなに必死なのかは知らないけど。

「――にゃー……」

いそいそとトラゥウルルを抱きかかえると、彼女はにゃーと鳴きながらリッセの首に両腕を回す。

「……胸毛になんて負けたくないよぉ……」

なんて寝言だ。

彼女は何と争うつもりなんだ。

「だ、大丈夫。胸毛のことなんて忘れさせてあげるから。というか私が胸毛になるから」

なんて返しだ。

リッセはトラゥウルルを、そして胸毛をどうするつもりだ。胸毛になるつもりなのか。どうやってなるんだ。

「じゃあ、あと、よろしく」

そう言うと、リッセは行ってしまった。

…………

なぜだか知らないけど、すごく不安になってきた。

これでよかったんだろうか。

果たして酔ったリッセに任せてしまって、よかったのだろうか。