軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

294.メガネ君、帰って早々呼び出しが掛かる

いつからかは思い出せないが。

あの動く山のような巨大生物 聖巡牛(アンジ・ヤガ) を見ると、ああブラインの塔に戻ってきたな、という気がしてくる。

初めて見た時こそ脅威を感じたものの、今では姿を見たら安心感を……そこまではいかないか。

ああ今日も元気に歩いてるなぁ、と呑気に思えるようにはなったかな。

「不思議ですよね、あれ」

彼方をゆったり歩いている 聖巡牛(アンジ・ヤガ) を見ていると、一緒に戻ってきたセリエがそんなことを言った。

「魔物なのかな」

「どうでしょうね。魔物にしても動物にしてもおかしいとしか言いようがないですから」

だよね。

どっちにしろおかしいよね。

何百年も前から歩いているらしいし、そもそも生物なのかさえ怪しい気が……まあ、考えたって答えは出ないから、もういいか。

「あれも気になりますが、私は向こうの浮かんでいる大陸の方が気になりますよ」

あ、俺も。

セリエが見詰める先には、空に浮かんだ大岩がある。

ここからはかなり距離があるので、近くで見たら大陸と言ってもいいほど大きいのかもしれない。

ただ、この塔の場所が正確にわかってしまいそうだから、あえて知らないようにしてきたけど。

だから誰にも質問しなかったし、興味を持たないようにもしてきた。

でも、よくよく考えたら今更である。

あの浮いた大岩もだが、もっと目立つ牛がいるのだから。

あれだけ異質なら、問答無用で目に入ってしまう。

「――どうしたの?」

振り返ると、一緒に孤児院に戻ってきたマリオンと、子供たちに散々いじられていたシロカェロロもやってきた。

ハイドラは、なんか用事が入ったからまだ来ないんだっけ。

「あの浮いている大陸が気になる、という話をしていました」

いや俺はしてないけど。

「ああ、気になるよね、あれ。浮遊石の一種だと思うけど、あんな大地そのものみたいなサイズの浮遊石なんて、聞いたこともないしね」

浮遊石。

ああ、あれがそうなのか。

読んで字のごとく、ふわふわと宙に浮かぶ石だ。

田舎者の俺でも知っているくらい名前は有名だけど、実物を見たことはないんだよなぁ。

「――帰ったか」

塔の前で取り留めのない話をしていると、中から扉が開き、ヨルゴ教官が出てきた。数日ぶりの再会である。

「今日の座学は始まったばかりである。出る気があるなら急げ。疲れたなら休むがいい」

あ、そうか。まだ朝だもんな。

志望コースが違うので教室も違うのだが、俺たち三人と一頭は即座に出席を決め、まず荷物を置くために部屋に戻るのだった。

――そういえば、ヨルゴ教官が来たな。

その事実になんだか違和感を感じたが、違和感の答えはすぐに判明する。

珍しい。

すでに座学が始まっていて、静まり返った魔物狩りコースの教室に入ると、見慣れた連中が振り返った。

リッセ、サッシュ、フロランタン、リオダイン、トラゥウルル、ハリアタン、ベルジュ。

たった数日いなかっただけなので、大きな変化があるわけもないが、彼らの顔を見ると帰ってきたって実感が湧く。

そしてすぐに、珍しい顔があることに気付いた。

そうか。

今日はソリチカ教官が教壇に立っているのか。

違和感の正体はこれか。

座学が始まっているなら、いつも教官二人は教室にいるのだ。

ソリチカ教官は滅多に教壇に立たないから、この時間に教室にいないのは彼女である確率が高いのだ。

だからヨルゴ教官が来て、違和感があったわけだ。

にしても珍しいな。

これまでにも、一回二回くらいしかなかったと思うけど。

「――早く座るように」

言われた通り、空いた席に座ると。

ソリチカ教官は、やはりどこを見ているのかわからない虚ろな視線を漂わせながら、珍しい魔物と遭遇した話をし始めた。

――食い入るように耳を傾けた興味深い話も終わり、ソリチカ教官は「さて」と仕切り直した。

「冬が来るので、冬支度をすること」

あ、そうだ。

さっき転送魔法陣に乗ってきた時に思ったが、やっぱりここらはクロズハイト周辺より寒いんだよね。

すでに冬と言っていい季節なので、本格的な寒さはこれから来るのだろう。

何せ教官が注意喚起するくらいだから、結構危険な寒さがやってくるんじゃなかろうか。

「まず、薄着の者は冬服を用意すること。ベルジュ、食料の備蓄は万全?」

「できてます。けど、不測の事態があることを想定するなら、もう少しあってもいいかもしれません。余る分にはどうとでもなりますが、足りないのは困ります」

「わかった。任せてもいい? お金が必要なら出すから」

「もちろんです」

おお、やっぱり食い物関係はベルジュが強いなぁ。……おいしい肉の焼き方、やっぱり教えてもらおうかなぁ。

「――先生。この塔って暖炉とかないんですか? 薪とか全然集めてませんけど大丈夫ですか?」

リッセが一般的な暖を取る方法を問うが、ソリチカはぼんやり言った。

「塔の中は大丈夫。温度は『適温からやや寒い』で固定されているから。ただし地下は例外だから、用がなければ近づかないこと。

あ、窓の近くも寒いかも。寝具の準備もしておいた方がいいかも」

へえ。温度が固定されている、か。

塔自体に何かしら魔法効果があるのかもしれない。

「毎年この地方は雪が降る。雪が降ったら外での訓練は禁止だから。その時はこちらで訓練メニューを用意するので、楽しみにしておくといいよ」

教官からの訓練メニュー。

塔に着いてからは自主訓練ばかりだったので、初めてのことである。

もしかしたら、そろそろ秘術の訓練に入るのではなかろうか。

いよいよ七つの秘術の習得か……いくつ身に付けられるかな。

滅多に教壇に立たないソリチカ教官の座学が終わると、全員が俺を見た。

「――馬車襲ったの? どうだった?」

全員を代表して、リッセが聞いてきた。

どうやらその辺の事情は、全員知っているようだ。

「どう、と言われても……ん?」

全員の視線が向く中、これまた珍しい人の顔もそこにあった。

今座学を終えたソリチカ教官である。

俺の視線に気付いた皆も、珍しい顔が参加していたことに軽く驚く。

この人はほとんど人前に出てこないし、教壇にもなかなか立たないし、話をするということもあんまりないのだ。

人見知りなのか、単に面倒なだけなのかは、俺にもわからないけど。

軽く視線を集める中、彼女の目は虚ろに俺を見ていた。

「お話し中ごめんね。エイルと話さないといけないことがあるから、借りるね」