軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

129.メガネ君、三つの課題を出される

「――大サービスだ。ここからは見ていてもいいぜ」

辺りを見回す俺たちの前に、運び屋のクローヴがドラゴンから降り立つ。

「ただしここに一人残す。ねえちゃん、説明は終わってるな?」

ソリチカは頷く。

「リッセ。残って」

「わ、私?」

バラバラに降ろすと言っていたので、まずリッセがここでお別れらしい。

「ブラインの塔で待っているから」

ソリチカがリッセに結んでいた命綱を外し、クローヴがドラゴンの背……俺たちとは別に積んでいた彼女の荷物を降ろす。

「これ見よがしに剣なんて持ってると、腕自慢どもに絡まれるぜ? それが嫌ならどこかに隠していくんだな」

クローヴの冗談だか挑発だか判別できない言葉と荷物を受け取り、リッセはニヤリと笑った。

「剣士が剣を捨てる? 私が負けるくらいありえない」

お、強気な発言。

でも実際、このメンツの中では直接戦えば彼女が一番強いだろう。魔物にも強いが、単純に剣士としても強い。頭の回転も早いし、判断力もある。

……まあ、だからこそ、一番最初に降ろしたんだろうね。

誰がどこに降ろされるか。

一番最初に別れた人だけ、それを知ることができないから。

リッセなら、誰がどこに降ろされたかの場所さえわかれば、すぐに合流できるだろう。

荷物の中身を背負い、剣などを腰に帯びるリッセに、ソリチカは独り言のように呟いた。

「せいぜい死なないようにね。何年かに一人は、街に到着したらすぐ死ぬから」

おっと。

さらっと恐ろしい情報がこぼれたな。俺も他人事じゃないけど。

「……は? 私を誰だと思ってるの?」

返答の前に、ちょっとなんか考えた間が空きましたけどね。

まあとにかく、俺も知り合いに死んでほしいとは思わない。

気を付けて行ってほしい。

「――生意気だけどいい奴だったよな……」

「――そうじゃのう。決して好きではなかったけど、いなくなっていい奴ではなかったと今更気づいたわ……いつもそうじゃ。うちはそこそこ大切なことに気づくのが遅すぎるんじゃ」

「私が死んだ体で話してるよね!? 私まだ生きてますけどねぇ!? ピンピンしてますけど!? ねえ!? 特にそっち!」

特にフロランタンにイラついたようで、リッセは鬼の形相でフロランタンの顔を至近距離で睨みつける。だよね。長文セリフだったもんね。

「私はそこそこレベルの大切なのかなぁ!? あんたには肉とかたくさん上げた気がするけどなぁ!?」とカリカリ問いかけているが、フロランタンは顔を背けて完全に無視している。いい無視だ。見習いたい。

俺やセリエも、本当に話すのが最後になるかもしれないので何かしら言いたかったのだが。

しかし、どうもそういう雰囲気でもなかったので、もう何も言わなかった。

リッセなら大丈夫だ。

彼女の実力はよく知っている。

こんなところでさっさと死ぬような奴じゃないし、どうせブラインの塔で会うだろうから、別に何か言うこともないだろう。

「何も言わないの?」

俺は決めたが、隣にいるセリエは違う。

何か言いたげなセリエに問うと、彼女は……何か言いたげだった迷いのある顔から、それを振り払った。

「いいえ。どうせブラインの塔で会うので、今は言いません」

あ、そう。

「俺もそう思う」

ブラインの塔で会おう。

お互い無事に。

そんな祈りを込めて、別れの言葉は残さないことにした。

――その場にリッセを残し、俺たちはまたドラゴンがぶら下げる板に乗り、次の場所に向かう。

短い空の旅に思いのほか恐怖しつつ、次の場所に着いたのかドラゴンが下降していく。

……空を飛ぶって、すごいね。すごく怖い。

命綱があるってわかっていても怖かった。

強風というか、空気にぶつかって落とされるんじゃないかって、何度も踏ん張った。

あれは、布があってよかったのだろう。

周囲が見えない不安より、落ちたら間違いなく死ぬという状況の方が不安だ。

命綱が本当に命綱で、本気でそれに捕まりながら。

しかも安定しない、揺れまくる椅子代わりの板に、なすすべなく座っているしかないのだから。

「どうだ? 良い眺めだったろ?」

と、クラーヴがドラゴンから降りる。

景色を楽しむ余裕なんて一切なかったですけど。

「サッシュ。ここで降りて」

「お、おう」

俺と同じく、空の旅が怖かったのだろうサッシュは、若干顔色が悪い。

だがどこかほっとしたような表情だ。

きっと「次の空の旅」に行かなくていいから安心したのだろう。羨ましい。

「君はたぶん馴染めるから、あんまり心配してない。くれぐれも目的だけは忘れないように」

クローヴから荷物を、ソリチカから忠告を。

それぞれに受け取るサッシュは、訝しげである。

「それなりに悪いことはしてきたけどよ。さすがに無法の国に馴染めるほどの悪事は働いたことねえぞ」

「知っている。その上で言っている。言葉の意味は追々わかるから覚えておけばいい」

「……そうかよ。わかったよ」

ソリチカの言葉の意味は、俺にもわからない。

ただ、そう。

サッシュはバカだが、あれで状況に対応する柔軟性はある。

無心にめちゃくちゃに木剣を振り回していたあの時からすれば、考えられないくらい雰囲気も変わったと思う。

「おうチンピラ、一人で大丈夫か?」

「俺はおまえの方が心配だよ。いいか、やべぇと思ったら俺を探せよ。大声で呼んでもいいし、大っぴらに捜し歩いてもいい。すぐ飛んでくからよ」

「こっちのセリフじゃ! ええか、うちの知らんとこで死ぬなよ!? 絶対じゃぞ!? 死ぬなら目の前で死ぬんじゃぞ!? ……いやいかん! うちが殺すまで死ぬな!」

「おまえが殺すのかよ!」

「われはうちが殺すけぇのう!」

「なんの宣言だよ!」

最初は険悪だったフロランタンとは、気が付けばずいぶん仲が良くなっていた。

というか、そもそもサッシュは意外と面倒見がいいのだ。

きっと懐に入れる者は相当選ぶのだろうけど、懐に入れた者は大切にする。そんな極端に仕切るタイプなんだと思う。

「サッシュ君。ブラインの塔で会いましょう」

「おう」

あ、セリエ、今度はさらっと言ったな。やっぱりリッセとは微妙な距離があるのだろう。

「……」

うわ。見てる。青髪がこっち見てる。なんだろう。

「……おいメガネ、俺に言うことは?」

え? 俺の言葉待ち?

「特にないけど?」

「おい。死に別れするかもしれねえんだぞ。なんかあんだろ」

しないと思うけどなぁ。

きっとブラインの塔で会えると思うけどなぁ。

……でも確かに、いつどこで何があるかはわからないからね。

「拾い食いはほどほどにね?」

「したことねぇよ! ……え、最後の言葉それだけ!? マジでそれだけ!?」

ええそうです。俺から言うことはもうありませんよ。

――リッセに続きサッシュを降ろし、俺たちは再びドラゴンがぶら下げる板に乗り、次の場所に向かう。

「次はセリエだから」

「あ、はい」

ドラゴンが下降し始めたところで、ソリチカが宣告した。

「さあ、降りた降りた」

ドラゴンとクローヴが降り立つと、まるで急ぐかのようにさっさとセリエに荷物を渡す。

「悪いな、急かして。空が明るくなってきた。街の連中に見られると面倒臭いんだ」

街からはだいぶ距離があるが、大きな何かが飛んでいるくらいは見えてしまうだろう。

目がいい人には、ドラゴンで、しかも誰かをぶら下げていることまで、判明するかもしれないという危惧だ。

この未開拓地がどの辺に位置しているかはわからないが、ドラゴンを繰る者というのはこの地でも珍しいのだろう。

「セリエは……あんまり心配いらんな」

「そうだね」

目立たないが、何事もそつなくこなせるのがセリエだ。

何事もできるだけに突出することはないが、後れを取ったことはほとんどない。

「そ、そう? だいぶ緊張してるんだけど……」

見送る俺とフロランタンは微塵も心配なく平然としたものだが、見送られる方はそうでもないらしい。

「君に足りないのは自信」

ソリチカがぼそりと口を開く。

「典型的なやればできる子なんだから、やるべきだと思ったことをやれる範囲でやるだけでいい。気負いなく、無理もせず。セリエはそれだけでいいから」

「は、はい。…………初めてソリチカさんから教官らしいことを言われたような……」

「失礼な。いつでも教官らしいことを言っているよ」

それは嘘だ。

仮に嘘じゃないとしたら、すごく嫌な教官ってだけだ。

――リッセ、サッシュ、セリエを降ろし、残り二人となった俺たちは次の場所へ向かう。

怖いは怖いままだが、意外と慣れてきた。

慣れてくれば余裕が生まれ、やっと景色を眺めることができた。

大きい。

空から見る無法の国クロズハイトは、巨大である。

もしかしたらナスティアラ王国の王都と同じくらい大規模かもしれない。

……国、か。

正確には「街」である。

でも、クロズハイトを語る時は「無法の国」である。

国として機能していないのだから「国」ではないが、しかし、あれだけ巨大な街となれば、一つの国と言いたくなる気持ちもわかる。

たぶんどっちの呼び方でもいいのだろう。

国と思いたい人もいそうだし、正確に街と呼びたい人もいるだろうしね。

「フロランタン。君はここで降りて」

ドラゴンが下降し、今度はフロランタンが指名された。

つまり、俺が最後というわけか。

「フロランタン」

「ん?」

そう言えば、彼女は空の旅でもほとんど動揺していなかったな、とふと思った。

そうだね。

なんだかんだ一番度胸があるのは、フロランタンだよね。

とっつきにくいようで対応は柔らかく、拒絶しているようで気に掛けている。

口から出る言葉は悪くとも、彼女は周りの人を一番気にかけていた。あと呆れるほど肉が好きだ。

「サッシュじゃないけど、何かあったら俺も探して。すぐに行くから」

「……われはいっつもうちに甘いのう」

知っている。自覚もある。

年下の面倒は見ろ、と言われて育てられたから。

俺も年上に面倒を見られて育てられたから、やらなければいけないことだと思っている。

「だからこそ、甘えとうないわ。われが傍におったら、うちのやるべきことが減るからのう。われにはチンピラより頼れんわ」

……そうか。ごめんね、甘くて。

「しかしまあ、肉の人としては、肉の供給はしてほしいかの?」

「さようなら。元気で」

「…………リッセと同じ対応せんでくれ。われに言われると心が痛いわ……」

いいえ、リッセにはもっと冷たい対応をしていますよ。

リッセ、サッシュ、セリエ、フロランタン。

それぞれと別れ、ドラゴンはついに最後の地点へ到着した。

「エイル」

腰に巻いてある命綱を自分で外していると、ソリチカが声を掛けてきた。

「君が最後まで残った理由、わかる?」

最後まで残った理由、か。

「……俺がどこに降ろされたか、みんなに知らせないため?」

「正解」

あ、そうですか。

「君には簡単すぎるから。この課題」

……おい。

「それ、言っていいの?」

「隠す理由がない。君ならきっと今日中にブラインの塔に辿り着く。なんの苦労もなく、なんの障害も感じず。

でも、それじゃ学ぶことが少なすぎるから。

だから君には特別に、三つの条件を付加したい」

……おいおい。

「かの無法の国で活動する俺の行動を制限するの?」

「――君は私の弟子だからね。だから特別扱いするんだよ」

嬉しくない特別扱いだね。

「でもやりたくなければいいよ。死んでほしいわけじゃないから。それくらいで死ぬとも思えないけど」

はいはい。

「一応聞いておくよ。何?」

ソリチカはやはり、どこを見ているかわからない虚ろな瞳で、俺を見据えた。

「一、弓の使用禁止。

二、お友達との合流禁止。

三、五人の中で一番最後にブラインの塔に来ること。

以上の三つ」

…………

なるほど。面白い。

「得意な武器を禁止し、みんなと合流せず、彼らの中で一番最後に塔に来いと」

「そう。どう? やる?」

「……そうだね。せっかくだからやろうかな」

俺は、ソリチカを初めとした教官役たちの教えに対し、疑問を抱いたことはあっても「やらなければよかった」と思ったことはない。

師匠(ソリチカ) が俺に出した課題だと言うなら、今不可解ではあっても、最終的に損はないはずだ。

そう思えるくらいには信頼している。

「もう一度言うけど、嫌になったらやめていいからね。自分の命と天秤に掛けるようなことがあれば、迷わず命を取って」

「もちろん」

そこを迷うつもりはない。

最優先は、自分の身を守ること。課題は二の次だ。

ソリチカに弓矢を預け、そしてクローヴの繰るドラゴンは彼女を連れて行ってしまった。

これで俺は、解体用ナイフしか持たない、ほぼ丸腰のまま放り出されたことになる。

しかも、弓の禁止だもんな。

街で調達もできないし、しばらく弓を引くことはできなくなる。

……まあ、なんとかなるかな。

そして俺は、彼方に見える無法の国を目指して歩き出した。