軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

105.メガネ君、ダメな大人と判断する

「こんにちはー。こんにちはー。こんにちはー。こんにちはー。おはようございまーす。こんにちはー。いるのはわかってますよー。こんにちはー。絶対いますよねー? こんにちはー。こんにちはー」

ねばり強くノックして。

忍耐強くノックして。

しつこくノックして。

雑念を殺し心を無にしてノックして。

とにかくノックし続けた結果、やっと部屋の主がのっそりと出てきた。

「……早い。来るのが早い」

焼けた土みたいなすごい顔色の無精ヒゲのおっさん・グロックである。酒臭いわ目に生気がないわ、生ける屍のようだ。

「早くないです。もう昼です」

黒皇狼(オブシディアンウルフ) 討伐から一夜明けた。

相変わらず街は浮かれてお祭り騒ぎだが、俺にはまったく関係ない。

というか、ダメな大人にしか関係ない。

真面目な大人は自分の仕事をしているし、普通の大人はダメの大人の後始末をしたり、ダメな大人相手に商売をしたりしている。

ダメな大人は今日もダメなままみたいだけど。

そして、俺の目の前にいるおっさんも、若干ダメな大人だったようだ。

約束していた通り、俺は「夜明けの黒鳥」に挨拶に来ていた。

宿の場所はアインリーセに聞いていたので、すぐに見つかった。

結構高いしっかりした宿である。

間違っても「寝るだけ」みたいな、俺が王都で泊まった狭い宿とは雲泥の差だ。まあ風呂はあったけどね。

受付でグロックが泊まっている部屋を聞き、訪ねてみた。

昨日は酒盛りがあると聞いていたので、深酒して二日酔いになることを予想し、訪ねてきたのは昼過ぎだ。

普通に生活している人なら、昼食が終わって少し経った頃である。

だが、どうも、予想が甘かったらしい。

「昼……? もう昼か? マジか……」

死にそうな声でぼそぼそ言うのを拾い集めると、どうも朝まで飲んでいた記憶はあるが、気が付いたら借りている宿 、つまりここで寝ていたらしい。

昨日は、昼には冒険者たちは帰還していたので、昨日の昼から今朝まで酒を飲んでいた、ということになる。

グロックとか騎士の人たちとか、すごく酒は強そうだけど。

でもさすがに、量も、飲んでいた時間も、俺の予想をはるかに超えているようだ。

具体的には半日以上。

いくらなんでも、遅くとも夜には切り上げていると思っての、この時間である。

昨日の昼から、今日の朝まで。

そりゃそんだけ飲めば前後不覚で眠りに落ちて、案の定の二日酔いにもなるだろう。

まあ、まだ酒の味を知らない俺には、色々と理解できないことばかりだが。

わざわざお金を払って水分を摂取し、翌日には「飲み過ぎた」と言っては死にそうになって吐くのだ。おえって。

吐くなら飲むなと。もったいないと。

飲まない俺は思うわけで。

「約束通り挨拶に来ただけなので、もう行きますね。お大事に」

目の前で吐かれても困る。

見てしまったら、後始末とかしなければいけなくなりそうだ。

ここは即逃げ以外の選択はない。

「待て。今夜来い」

えー。

「だいぶ具合が悪そうですけど大丈夫ですか? 俺なんかと会うより寝ていた方がよくないですか?」

「あー、大丈夫。この感じだと夕方まで休めば大丈夫だ。晩メシ一緒に食おうぜ」

……まあ、さっきよりは目に生気が戻ってきているので、意識はそれなりにはっきりしているようだ。約束してもいいのかな。

「あ、じゃあ、夕方に風呂場で待ち合わせします? 飯なら外に出ますよね? 風呂に入ったらすっきりすると思いますけど」

「あ? 近くに風呂があんのか?」

俺は「大浴場ゲルツの湯」の場所を話した。

「あのジジイ、この街にも風呂持ってんのかよ……」

あれ? 知り合いかな? 確かゲルツ商会っていう商人グループの頭取が風呂好きで、それで土地を買ってわざわざ大浴場を作ったらしいけど。

まあ、「黒鳥」と言えば王都で一番の冒険者チームだからね。

お偉いさんや精力的に活動している商人とも、仕事をしたことがあるのかもしれない。

「よし、じゃあ、風呂場で会おうや。夕方から夜くらいに」

改めて約束を交わし、俺は一旦引き上げることにした。

「あ、ちなみに姉とアインリーセさんは?」

「あいつらも派手に飲み食いしてたが……確か夜遅くには帰ったな。まだ寝てるんじゃねえのか? ちなみに二人とも隣の部屋だ」

ああ、隣。二人部屋なのか。

……その「隣の部屋」には、寝ているらしき人の気配が二つあるので、グロックの言う通りみたいだ。

一応挨拶を、と思っただけなので、寝ているなら別にいい。

このまま一度戻ることにしよう。

それにしても、姉も酒を飲むようになったんだなぁ。

俺も成人したので飲んでいいはずだが……でも、あんまり飲みたいとも思わないんだよなぁ。

酒飲んで失態を見せつける大人を見ているせいで、あんな風にはなりたくないと。どうしても思ってしまうなぁ。

午後はいつも通りの訓練……今は師がいない状態なのでひたすら「道」を走り、少し早めに切り上げた。

なお、小汚いおっさん・ザントはいつものごとく汚いが普段通りだが、ロダは顔も見せなかった。

もしかしたらグロック並みに深酒して、今日は死んでいるかもしれない。

地下訓練室から出て風呂場に移動する。

「――はーっはっはっはっ! これが酒豪たる俺様の飲みっぷりよぉ!!」

「――なんの! てめえなんかに負けるかよ!!」

…………

表でも騒いでいるダメな大人がいたが、風呂場にもいたか。二人ほど。二人倒れてるけど。

ぶらぶらさせながら仁王立ちして酒瓶を煽る様は、とにかく「見るに堪えない」の一言である。

…………

…………知らない人なら、見て見ぬふりして無視したんだけどなぁ。

「グロックさん、何やってるんですか」

長年鍛え抜いたのだろう強靭な肉体は、今は覆う物がないので大胆に露呈し。

決して楽ではなかった人生を感じさせる、いくつもの古い傷跡は、彼が荒事に従事していたことを証明している。

普段は後頭部で結んでいる金髪を降ろしているのでだいぶ印象は違うが、清潔感を損なう無精ヒゲは、会う約束を交わしていた彼である。

裸なのでぶらぶらさせて。

隠すこともなくぶらぶらさせて。

決して見たくはないものをこれ見よがしにぶらぶらさせて。

酒瓶を握りしめ、躊躇なくグイグイ喉に流し込むその雄々しき姿は……うーん……男らしいとは思うが、ダメな大人にも見えるかなぁ……

昨日怒られたせいで、だいぶお堅い人ってイメージがついてしまったが。

でも、実はこの人、割と本当にダメな人かもしれない。

「何と聞かれりゃ――迎え酒としか応えられねえぜ!」

うん。ウインクとかしなくていい。かわいくない。

これはもう、アレだね。

どっちかって言うと、男らしくてダメな人、だね。

どっちかじゃなくて、どっちもだね。

「どうもお邪魔なようなので、酒飲むなら帰りますね」

さっさと踵を返すものの、べちゃり……風呂に入ったせいか酒を飲んだせいか、濡れているグロックおじさんの身体がたっぷりの湿度とともに触れる。うぅ、やたら高いおっさんの体温が気持ち悪い……

「まあ待て。会えたのは偶然だが、話したいことが二つある」

肩に置かれた手から、びちゃり……あろうことかグロックは、肩を抱くようにして俺の耳元に囁いた。酒の臭いとともに。うぅ、素肌同士で密着されるとおっさんじゃなくても気持ち悪い……

「――そして一つは、おまえの『メガネ』のことだ。聞く価値はあると思うぜ?」

…………

……あ、そう。

どうやら、このまま帰るというわけにはいかないようだ。

――どの道まだ風呂にも浸かっていないので、すぐには帰れないけどね。