軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第61話 別荘

「さて、どうしたものか」

そうアマンダさんが言う。

「私たちには二つの道がある。このまま別荘に向かうか、今のうちに地上を目指すか」

「お兄ちゃんはどうするの?」

アンリが問う。

このまま放っておく気かと、若干の非難の色が混じっている。

「ダンジョン内を当てもなく探すのは現実的じゃない。私たちが別荘を目指してるのは知ってるんだ。あのジローが一人で逃げるとは思えないから、切り抜けたら彼も別荘を目指すはずさ。正確な場所を知らなくても、八階層にあるってことは知ってるんだから」

「『あのジロー』って……」

「ん? なんだい?」

「別に……」

アンリがつまらなそうに、唇を尖らせる

その気持ちはわかった。

昨日今日知り合ったばかりの人が、お兄さんのことを知ったふうに言うのが気に入らなかったのだ。

でもアマンダさんの言う通り、お兄さんならそうすると思う。

「問題は、戦力だね」

「戦力?」と私が尋ねる。

「ジローがいない状況で、またあの規模のダンジョンエラーが起きたら、二人を守り切れる保証がない」

ゾッとする。

落ち着いたとはいえ、ここはダンジョンの中なのだ。

「そもそもどうして……。いや、考察は後回しにするべきだね。別荘までは、そう遠くない。そこでジローの合流を待つか、それとも地上を目指すか。二人はどうしたい?」

アマンダさんが、私とキャスパー博士に問いかけてくる。

非戦闘員である私たちに意見を仰ぐ理由は、一つだけだ。

命が危険に晒されているのは、私たちなのだ。

「私は……」

どちらが正解かなんてわからない。

本音を言えば、さっさと地上に戻りたかった。

自分の身の安全のためだけじゃない。

もちろんそれもあるけれど、それ以上に私が足を引っ張っているせいで、彼女たちまで危険に晒されている現状が耐えられなかった。

「負目を感じる必要はない」

表情を読んだのか、アマンダさんがそんなことを言う。

「連れてきたのは私の判断だ。君たちは悪くないよ」

アンリもギンも頷いてくれた。

でも心苦しさは去らない。

どちらを選んだところで、私は足手纏いにしかならなくて……。

「とりあえず……」

アンリに背負われたままのキャスパー博士が、ボソリと言う。

「着替えたい……」

その一言で、私たちの方針は決まった。

アマンダさんが言っていた通り、別荘まではそう時間がかからなかった。

かなり開けた空間だ。

東京ドームより広いかもしれない。

綺麗な湖があり、草木が生い茂っている。

壁や天井には無数の鉱石が張り付いていて、星空のように煌めいていた。

さすが初期のダンジョンだ。

後期ダンジョンでは、低階層でこんなボーナスステージのような場所は存在しない。

人の成長に合わせるように、ダンジョンの難易度も上がってきている。

それにここは、忌み地と呼ばれるラストヘイブンだ。

本来なら取り尽くされていたはずの鉱石が、手付かずのまま残っていた。

(確かにこれは、別荘を建てたくなるかも……)

そう思ったものの、別荘を見て考えが変わる。

ほとんどお城だ。

いくらなんでもやりすぎだった。

「……まさか、寝具は持ち込んでないですよね」

「もちろんあるよ」

「もちろんって……寝具の持ち込みは国際法で禁じられているじゃないですか」

「『ダンジョンパークへの』ね。ここは見ての通り、ダンジョンパークじゃないから」

「…………」

ヤクザ並みの屁理屈だ。

そうやって法の抜け道を突くのかと、感心すらしてしまう。

(いや、抜け道とはちょっと違うか。アマンダさんにしか、こんなことできないし)

普通ならこんな建物、魔物によって壊されてしまう。

いやそれ以前に、建築することすら不可能だ。

それができてしまうのは、ここがアマンダさんの縄張りで、魔物が寄り付かないからだ。

法やルールが、アマンダさんに追いついていない。

(なんかやっぱり、お兄さんと通じるところがあるな……)

認めたくはないけれど。

別荘の中は、さすがにシンプルな造りだった。

調度品なんかは最低限で、それでもダンジョンの中と考えれば、十分に 寛(くつろ) げる空間だ。

雷羅鉱石を使った照明が、淡く綺麗だった。

ここが安全地帯というわけではないけれど、少しだけ気を緩めることができた。

(それにしても、どうしてダンジョンエラーが……)

これまでは、そのことに頭のリソースを割く余裕がなかった。

でもこうして一息ついてみると、異常性がよくわかる。

ダンジョンエラーの原因になるようなことは、何一つなかったはずだ。

それも、あの規模の……。

「考え事かい?」

アマンダさんが尋ねてくる。

「あ、はい。どうしてダンジョンエラーが起きたんだろうって……」

「言っておくけど、私は何もしてないよ」

「え?」

アマンダさんが目を丸くする。

「まさか、疑ってなかったのかい? ここは私のホームだ。罠だと思われても仕方ないって思ってたんだけどね」

「あ……言われてみれば」

アマンダさんが声をあげて笑う。

「君は本当に、人がいいね」

「……褒めてます?」

「もちろん」

「だってさすがに、人為的にダンジョンエラーを起こすなんて……」

「むしろダンジョンエラーは人為的なものだろう。ほら数年前にオランダで、ダンジョンエラーを使った無差別殺人が起きたじゃないか」

その事件は私も覚えている。

三十代の男性が、ダンジョンパーク内で刺されて死んだのだ。

その結果、ダンジョンエラーが起きて大勢の怪我人が出た。

幸い、死者は最初の殺人事件の被害者だけだったけれど……。

その犯人が、

「ダンジョンエラーで大勢が死ねばいいと思った」

と供述したのだ。

だから結果的に死者が一人だけだったとしても、あれは無差別殺人だ。

(そっか。トリガーさえ把握すれば、ダンジョンエラーを利用できるのか……)

チラッとアマンダさんの様子を窺うと、彼女は肩をすくめた。

「私にとっても、イレギュラーだったよ」

「……まあ、ですよね」

キャスパー博士なんて漏らしていたし。

着替えを終えたキャスパー博士とアンリがやってくる。

それから少し遅れて、ギンも集まった。

「ボス、言われた通り避難指示を出しておきました」

「ありがとう」

やっぱりここには、配信端末が常備されていたみたいだ。

「これであとは、ジローを待つだけだね」

「本当に来んのかよ」

着替えを済ませて元気が出たらしいキャスパー博士が、そんなことを言う。

「どさくさに紛れて、ソロキャンプにでも行ったんじゃねえの」

「それは……」

そんなわけない、と否定して欲しくて、私はアンリを見た。

アンリも私を見ていて、向こうも同じ期待をしているのがわかった。

「…………」

「…………」

結局、何も言えず、私たちは俯くしかなかった。

「あ、いや……冗談のつもりだったんだけど……」