軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第175話 事後

博士は立ち上がり、窓に近づくとシャッとカーテンを閉めた。

すぐに戻ってきて、また当たり前のように俺に腰掛ける。

「……あの、博士」

「なんだ」

「できればもうこれ以上は……」

「あぁ? なんだ、これ以上はって。やり過ぎだって言いてえのか?」

「いえ、決してそういうわけじゃないんですが……これ以上は本当に、椅子としての自我が花咲きかねないんで……」

「……すでに芽生えてはいんのか」

「まだ蕾の段階です」

「もう手遅れなんじゃねえのそれ」

博士が気味悪がるように立ち上がる。

でもここで引き下がるのはプライドが許さなかったのだろう。

「こっちも背もたれがねえのは疲れるからな」

そう言い訳するように言って、ソファにどかりと腰を下ろした。

それから右足を持ち上げ「ん」と喉を鳴らす。

俺は忠犬のように意図を察し、博士の元に駆けつけその場で土下座し直す。

そんな俺に、博士は両足を乗せた。

オットマンだ。

「これなら問題ねえだろ」

確かに椅子ではなくなったけれど、これだと結局オットマンとしての自我が花咲いてしまうだけのような……。

まあでもオットマンって響きがバットマンっぽくてかっこいいし、よしとしよう。

博士は差し詰め「ジョー(放尿音)カー」と言ったところか。

「お前、なんか失礼なこと考えてねえか?」

「とんでもない」

その状態で俺たちは会話を続ける。

要するに情報交換だ。

博士は後始末に追われながらだったから、断片的にしか配信を観ていないそうだ。

それにカメラ越しじゃ伝わらないこともたくさんある。

映画館で流れていた映像に至っては、意図的に映らないようにしちゃったし。

俺が別世界のダンジョンで見たもの感じたことを全て詳細に話した。

それから博士の話も聞く。

ラストヘイブンダンジョンの管理人——ラスト。

なぜ彼が俺の前にだけ姿を現したのか。

ずっと疑問に思っていたけれど、なんてことはない。

俺の父親が特別だったのだ。

ラストからすると俺は多分、ご主人様の息子みたいなポジションなのだろう。

あの 謙(へりくだ) った態度というか、俺をとにかく持ち上げてくるのにも、ようやく納得がいった。

ともすればだ。

アンリも俺と全く同じ立場なのだ。

なら俺がいなくても、アンリならラストとコンタクトが取れるのではないか。

俺がいない間に話し合い、そういう仮説に至った。

前回みんなでラストヘイブンダンジョンに潜った際は、ダンジョンエラーに巻き込まれた。

あれはラストが俺と二人きりになるために起こしたものだったけれど、戦力があるに越したことはないからと、アマンダとギンも一緒にラストヘイブンに向かうことになった。

春奈ちゃんは「私は力になれないから」とオランダに残って後始末の手伝いをすると申し出た。

でもアンリが「不安だから付いてきて欲しい」と駄々をこねて、春奈ちゃんもしぶしぶ帯同することになった。

(……アンリの方が先輩のはずだよね?)

春奈ちゃんと初めて会った時のことを思い出す。

「この子、私の後輩っ!」

そうアンリに紹介されたのだ。

ふんすと鼻息荒く背伸びをして、一所懸命に先輩風を吹かせていた。

春奈ちゃんもそんなアンリを心から慕っているのが傍目にもわかって、とても微笑ましかったものだ。

(あれからもう五年近く経つのか……)

時の流れとはなんとも。

そんな感じで情報交換を終える。

おしっこをかけたことに関しては、俺の生殺与奪の権を博士が握るということで許してもらえた。

まあなんかそれはつまり許してもらえなかったことと同義な気がするけれど……。

とにかく俺は満を持してオットマンから人へと戻る。

急激な変化は自我に多大な負荷を与えるから、減圧症を恐れるダイバーのように、俺はゆっくりと立ち上がった。

それから俺はまたダンジョンに向かう。

別世界人は、もうすぐそこまで来ているのだ。

ちなみに、配信のいざこざに関して——

拠点から締め出されたドローンは、しばらく扉の前で行ったり来たりしていたが、俺と博士の声が聞こえて建物を回り込んだ。

そうしてあの場面を目撃するわけだ。

つまり俺が博士のツラに小便をかけた場面や、会話の内容までは配信に載っていない。

不幸中の幸いと言っていいのか……。

でも問題はその後だ。

博士がカーテンを閉めて、小一時間ほど音沙汰がなかったのだ。

密室の中で妙齢の男女が二人きり。

しかも直前に何やら変なことをしていて……。

当然、視聴者の想像を間違った方向に掻き立ててしまった。

つまりは男女のあれこれといった。

博士が世界的に有名なこともあって、かなりの騒動になってしまったそうだ。

実際のところ、俺はただオットマンとしての責務を全うしただけで、やましいことなんて一つもないのだけれど。

でも俺たちがどれだけ事実を話そうが、潔白の証明はできず、この話は一生ついてまわる——はずだったのだが……。

ダンジョンに舞い戻る際に、俺が博士に深々と頭を下げて、

「では、行ってまいります!」

「おう、行ってこいボケナス」

というやりとりもしっかりとカメラに捉えられ、

「あ、なんかそういう感じじゃなさそうだなこいつら」

ってことで騒ぎは一気に沈静化した。