軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第170話 異世界よ、これがジローだ

ポーチからポーションを取り出して、男性に差し出した。

「…………」

警戒した目で見つめてくるだけで、受け取ろうとしない。

まあそうだよなと思いつつ、ポーションを一口飲んで、口をつけたとこを袖で拭ってからもう一度差し出した。

”異世界のおっさんとの間接キス嫌がってて草”

”嫌がったというより、相手への気遣いちゃうか”

”どっちにしても、そういうの気にしてる場合じゃないやろ”

”ジローらしくて俺は好き”

「…………」

警戒した目はそのままで、でも一応受け取ってくれた。

飲み口に鼻を近づけてくんくんと臭いを嗅いでいる。

「あ……」

それはちょっとやめてほしい。

今さっき口をつけたところなのだ。

俺が声を発したせいで、男性の顔に緊張が走る。

「あー、どこだっけな……」

誤魔化すようにそう続け、意味もなくポーチを漁った。

言葉の意味はわからなくとも、独り言だってことは伝わるはずだ。

警戒心は若干薄れたっぽいものの、不審そうな目で見られてしまった。

男性は指にポーションを垂らし、その指ですっと下唇をなぞった。

なんか昔の口紅の塗り方みたいだなぁ、と思ったけれど、多分別世界でのスタンダードな毒の確かめ方なのだろう。

動きが様になっていたし。

毒味を済ませた彼は、恐る恐るではあったもののポーションを口に含んだ。

これだけ血を流しているから、普通に水分補給もしたほうがいいだろうと考え水筒を取り出す。

まあなんか流れでポーチを漁っちゃったから、何かを取り出さないと収まりが悪かったってのもあるけど。

とにかく水筒を彼の傍に置き、ジェスチャーで「これも飲んで」と伝える。

「…………」

彼は身振り手振りで意思疎通を試みる俺を、じっと見つめてくるだけだった。

頷くことも、首を振ることもしない。

(これ、伝わってるのかな……)

せめてリアクションくらい……と思ってから、向こうにとっては頷くことが肯定の意思表示とも限らないよな、と考え直す。

こちらの世界にだって、親指を立てることが侮辱を意味したり、首を傾げることが肯定を意味する文化圏があるのだ。

別世界のジェスチャーなんて、想像もつかない。

(もしかして俺が気づいてないだけで、向こうも何かを伝えようとしていたり……)

じっと見つめることが敵意のないサインだとか、瞬きの回数や呼吸のリズムに意味があるとか、そういう可能性もゼロじゃない。

俺は彼の様子に注意を払ってみたけれど、

(やばい、何もわからん)

警戒してじっと見つめてきているようにしか思えない。

まあ実際に警戒してじっと見つめてきているだけかもしれないけれど。

だとしたら一人相撲もいいとこだ。

(でもそっか。俺の何気ない仕草が、この人の逆鱗に触れるかもしれないんだ……)

そう考えると怖くなる。

畢竟、弱っているところに手を差し伸べる行為が、別世界の人にとっては最大級の侮辱である可能性だってあるのだ。

(……まあでも、そんなこと考え始めたらキリがないよな)

その時はもう仕方がない、甘んじてブチギレられよう。

俺はこの人を助けたいのだ。

すでに手遅れで治療は悪戯に苦痛を長引かせるだけ、とかなら話はちょっと変わってくるけれど、そうじゃない限りは最善を尽くす。

今この瞬間に、そう決めた。

顔を近づけて、傷の具合を確かめる。

ひしゃげた鎧がお腹の肉を抉っていた。

「うわ、痛そ……」

でも不幸中の幸いと言っていいのか、鎧が刺さっているおかげで出血が抑えられている。

(それにしても、この臭い……)

ただの体臭なのか、傷口が腐ってしまっているのか、判断に困る。

「痛かったらごめんなさい」

通じないとわかっているけど一応声をかけ、彼の腹部に手を伸ばした。

いきなり鎧を引き抜いたら血が溢れ出してしまう。

傷口が開かないように気をつけながら、ちまちまと鎧を千切っていった。

”おいおいおい……”

”そんな紙を千切るみたいに鎧を……”

”異世界人のあの顔よ”

”ファーストコンタクトでドン引きさせてて草”

”反応からして別の世界でもジローみたいなんはイレギュラーっぽいな”

”なんか知らんが誇らしいぜ”

”異世界よ、これがジローだ”

改めて確認し、傷の深さを思い知る。

内臓まで届いてしまっているのだ。

でも化膿したりはしておらず、そのことには安堵した。

新しいポーションを取り出して、傷口に直接かけた。

「ぐっ」

男性が呻き声をあげ、それからボソリと小さく何事かを呟いた。

意味はわからなかったけれど、多分「痛ぇ……」とか「クソ……」みたいな悪態だろう。

それか「マイゴッド」的な祈りの言葉とか。

どちらにしても俺は嬉しくなる。

「あ、喋った」

”なんやその笑顔”

”怖”

”……治療してるんだよね?”

”サイコキラーかな?”

痛覚が麻痺しておらず、喋る余力もあるということは、手遅れということはなさそうだ。

とはいえダンジョン内でできる処置には限度があるし、いつモンスターに襲われるかもわからない。

(早く運び出さないと……)

ポーションを惜しげもなく使い、傷口を包帯でキツく縛る。

男性をマントで包んで、おんぶ紐の要領で俺の体に固定した。

それから俺は、ドローンに手を伸ばす。

「おいで」

「……ピ」

なぜか照れくさそうにおずおずと近づいてきたドローンを懐に入れる。

さすがにもう置いて行ったりはしない。

”クソ、俺のドローンちゃんを 誑(たぶら) かしよって”

”……なんかドキッとしたわ。男なのに”

”そういやこの人ってイケメンなんだよなぁ”

”いつも忘れかけた頃に見せつけてくるよな”

”ジローのそういうとこ好き”

”やってることほぼDV男と一緒やけどな”

忘れ物がないかの最終チェックをする。

「よしっ」

そして俺は剣を抜き、帰還するために駆け出した。

ここはダンジョンの深層だ。

それも別世界の。

本当なら細心の注意を払いつつ、少しずつ進んでいくべきだ。

そんな場所を、人ひとりを背負いながら強行突破するなんて、自殺行為と言ってもいいかもしれない。

モチモドキモチモドキモチを追いかけていた時は、出会ったモンスターをモチモドキモチモドキモチが蹴散らしてくれていたから問題なかったけれど、今はそうはいかない。

だから俺は、事前に剣を抜いておいたのだ。

「道を開けろ!」

左手には鞘を持ち、二刀流スタイルでモンスターを薙ぎ払っていく。

蛮勇だと自覚しつつも、急がないといけない理由が俺にはあるのだ。

「早く、早く……このままじゃ手遅れに……」

”ジロー、お前ってやつは”

”名前も知らない異世界人のために、そんな必死に……”

”なんか泣きそう”

そもそも俺は用を足せそうな場所を探していたのだ。

そしたら彼と遭遇し、今に至る。

つまり俺の膀胱はもう限界で——

「お、おしっこ漏れそう……」

”異世界人の治療のために、事前に救急隊とか呼んどいたほうがいいんちゃう?”

”それくらい向こうで勝手に手配するやろ”

”オランダの管理局やぞ?”

”そう言われると不安になるな……”

”なんかあるよな。事故現場とかで「誰かが119してるやろ」ってみんなが思ったせいで救急の到着が遅れる、みたいな”

”「傍観者効果」とか「責任の分散」とか言われるやつやな”

”でも俺らにできることあるか?”

”とりあえずオランダ人の知り合いに連絡してみるわ”

”有能”

”もう誰もツッコミすらしないんやな……”