軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第129話 鈴木ジローラモという男 その2

ダーリンさんが立ち去ってから、数時間後のこと。

私たちはゲート近くの簡易拠点で話し合いを続けていた。

この世界の真実を知らされた衝撃は、部屋の中を未だに色濃く漂っている。

「これから、どうするべきだと思う?」

アマンダさんが誰にともなく問う。

「…………」

情報があまりにも不足していて、答えられる者はいない。

わからないことだらけだ。

もちろんアマンダさんだって、答えを求めて尋ねたわけではないだろう。

彼女がしているのは、指針や方針の話だ。

「……そもそも、戻ってくるんですかね?」

ダーリンさんは別世界の目的を「侵略」だと言っていた。

でも私には、とてもそうは思えないのだ。

この平凡な世界に、わざわざ侵略するだけの価値があるなんて。

この世界にやってきたフルメイルの別世界人は、石と枝を——つまりこの世界のサンプルを持ち帰っていった。

(なぜかダンジョン内に捨てられてたらしいけど……)

その行動の意味も、よくわからない。

無理やり理屈をつけるとするなら……。

「……この世界って、ハズレだったりしませんかね?」

「ハズレ?」

「世界がたくさん存在するなら、きっとアタリハズレというか、良し悪しみたいなものがあると思うんですよ」

「例えば?」

「例えば……金銀財宝がわんさかあったり」

私の貧困な発想力では、それくらいしか咄嗟に思いつかない。

「とにかく、くじを引くような気持ちでダンジョンを攻略していて、でもハズレだったからさっさと引き返していった。一応サンプルを持ち帰ろうとしたけど、やっぱいらないなって思って捨てたとか」

「ふむ」

アマンダさんが顎に手を添えて考え込む。

「面白い仮説だね。この世界がハズレか」

「いや、あの……ちょっと言い方が悪かったです。つまり平凡というか、わざわざ侵略するだけの価値はないんじゃないかなぁ、なんて」

「確かにその可能性はあるだろうね。筋も通ってる。でも楽観的に考えるメリットがない。最悪を想定して、それに備えた方がいい」

「もちろん、それはそうですけど……」

「もしかしたら侵略すること自体が目的かもしれない。あの男は……」

アマンダさんはそこで言い淀み、「失礼」と言った。

そして「ダーリン氏は」と言い直す。

お兄さんとアンリに気を遣ったのだろう。

「これをゲームだと言っていた。だったら、侵略することそのものにメリットがあるのかもしれない」

「メリットって?」

「ポイントでももらえるんじゃない?」

アマンダさんが投げやりに言う。

「そんな……」

咄嗟に否定しそうになるが、否定できるだけの根拠が何もないことに気づく。

あるとすれば『常識』くらいのものだ。

そんなものはとっくの昔に——ダンジョンが出現したその瞬間に、無価値なものになってしまった。

「でもポイント……」

私は首をひねる。

そんなものがあるなら、ダンジョンにもあって良さそうなものだ。

いわゆる経験値だとかレベルだとか。

でもその手のものは存在しない。

急にポイントみたいなシステマチックなものが出てくるのは、さすがに違和感がある。

「あくまで一例だよ。もしかしたらダーリン氏たちの階層には、そういうものがあるのかもしれないじゃないか」

「階層、ですか……」

私たちよりも上位の存在。

ゲームのキャラクターから見たプレイヤーのような……。

「まあ、そんなこと言い始めたら、なんでもありになっちゃうけどね。とにかく今は、最悪を想定して行動するべきだ」

「……そうですね」

「もちろん、春奈の気持ちもわかるけどね。私も、ちょっと信じたくないから」

アマンダさんが苦笑する。

彼女らしくない自嘲的な笑みだ。

私は自分の思いを、ふと自覚する。

アマンダさんのいう通り、私は信じたくないのだ。

お兄さんよりも強大な力を持った人がいて、しかもこの世界を侵略しにくるかもしれないなんて。

(やっぱり、アマンダさんはすごいな……)

地上なら近代兵器を使うことができる。

でもそんなものが通用する相手とも思えない。

あのフルメイル。

たとえ対戦車ライフルだとしても容易に弾いてしまいそうだ。

地雷や爆撃なんかも同様だ。

それこそ核兵器でも持ち出さない限り——

(さすがにそれは現実的じゃないし……)

今の段階で、オランダ政府が自国に核を落とす決断をするとは思えない。

仮にしたとしても、危険を察知した相手がダンジョンに引き返してしまったら意味がないのだ。

地上で核の雨が降ろうと、ダンジョンにはなんの影響もないのだから。

ならダンジョンに引き返せないところにまで引きつけてから——なんて考えも、さらに現実的じゃなかった。

ここが田舎の牧草地なのは、不幸中の幸いかもしれない。

すぐに民間人に被害が出ることはないのだから。

でもそれがかえって決断のストッパーになってしまう。

世界が脅威を認識した時には、多分もう取り返しのつかない状況になっているはずだ。

「……最悪を想定するっていうなら」

私は独り言のように呟く。

言葉にするべきではないと思いつつも、抱えきれずに口から溢れ出してしまう。

「そもそも対策を立てたところで、どうにかなるんですかね? お兄さんですら、手も足も出ない相手なのに……」

「…………」

部屋の空気が澱む。

やはりみんな、同じような思いを持っていたのだ。

言葉にしてしまった後悔と、気持ちを共有できた安心感が胸の中でぐちゃぐちゃになって、私はなんだか泣きそうになる。

「あの……」

その時、話の中心にいるお兄さんだけが、気の抜けた様子でおずおずと手を挙げた。

「手も足も出ないってことはないけど……」

「え?」

「確かに俺より強そうだったけど、でもそこまでの差はないと思うよ」

「…………」

驚きのあまり、言葉が出てこなかった。

「あの鎧の傷み具合からして、ダンジョンを突破するのに相当体力を使ってそうだったし、スピードで撹乱して長期戦に持ち込めばワンチャン……」

「言ってることとやってることが全然違うじゃないですか!」

私は思わず叫んでしまう。

「え? な、何が?」

「あの時お兄さん、武器を捨てたじゃないですか。無条件降伏するみたいに。武器があっても意味がないから、なんて言って」

「ああ、うん。そうだね」

「そうだねって……戦おうと思えば、戦えたんでしょ?」

「まあ」

「じゃあ意味あるじゃないですか! なんであんな危険なことを……」

「俺一人ならそうだけど、でもみんなを守るのは無理だったし」

「……だから、武器を捨てたっていうんですか?」

戦おうと思えば戦えたのに、私たちを守れないなら意味がないと、一切迷いもせずに。

「うん」

なんでもないことのように頷くお兄さん。

「……何それ」

私は机に突っ伏す。

はぁ、と腹の底からため息が出てきた。

好きだ。

お兄さんのそういうところが、たまらなく好きなのだ。

私だけじゃなく、アンリもギンも、そしてアマンダさんでさえ、ぐったりとしている。

(そうだよね……)

不意打ちにこれは、さすがに耐えられない。

私たちに大ダメージを与えた当人だけが、状況を理解できずにおろおろしている。

「ご、ごめん。なんか、その……」

「……その『ごめん』は、なんのごめんですか?」

「えっと……」

「次、同じような状況になったら、もうしないってことですか?」

「…………」

お兄さんは、むぐっと口をつぐむ。

(ああ、この人は何度でも同じことをするんだろうな……)

そのことがわかるから、私はもう本当にダメだった。