軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第122話 神門域、御灯の宿

それから二時間ほどでシュルムヴァンテに到着した。

神門域(シュルムヴァンテ) という名前の通り、ゲートを中心に発展した城塞都市だ。

規模も常駐している兵士の数も王都に次ぐ。

いや殉教者の存在を考えたら、王都以上に堅牢かもしれない。

それも当然のことだ。

もしダンジョンが奪われでもしたら、全ての希望が潰えてしまうのだから。

こんな世界では王の求心力など、たかが知れている。

隣国のノグレシア帝国なんて、封建制がほとんど瓦解していると噂に聞く。

ゲートのあるスラノ地方を治める将軍が実権を握り、皇帝ですら平伏してダンジョンの産出物にすがっているらしいのだ。

ヨルの目的や立場を考えれば、このシュルムヴァンテに居を構えた方が何かと便利だ。

それでも頑なに王城に住まうのは、それが理由だったりする。

ロダスは先代の愚王を弑したことで民から慕われているけれど、いつノグレシア帝国のようになってもおかしくないのだ。

英雄である自分が王に 傅(かしず) くことでロダスを——姉を守っているのだ。

シュルムヴァンテの建物はどれも背が低い。

防寒のために建物の半分以上が地下に造られているためだ。

それに窓がなかった。

そんなものを作ったところで、日光が差し込むことなんてないのだから。

代わりに換気のための通風口と煙突がどの建物にもついている。

意匠を凝らす余裕などあるわけもなく、整然と並ぶ画一的な石造の建物は、 土塊竜(バルノード) の巣のようにも見えた。

比較的最近になって造られた建物は、どれも似たような見た目だ。

王都には伝統的な街並みが残っているのだけど……。

この寒風が、文化やアイデンティティすら剥ぎ取っていくような、そんな錯覚をヨルは覚える。

「ヨル様」

馬車に気づいた人々が声をあげる。

「ダンジョンを突破したって本当ですか?」

「ああ、私はあなた様を信じておりました」

「ヨル様、どうかこれを持っていってください」

集まってくる群衆は誰もが笑顔だった。

ダンジョンを攻略したことは周知されているのだ。

下界が豊かな世界であることも。

ただし——あの男の存在は伏せて。

ダックが不満そうに鼻を鳴らす。

「ヨル様、ヨル様ってよぉ。俺たちもいるってのに」

「本当ですか? あなたがそう思い込んでるだけじゃないですか?」

「おい、カッシ。人をハグレ者みたいに言うな。洒落になってねえぞ」

ダックは本当に嫌そうだった。

馬車が住宅地を抜け、シュルムヴァンテの中心部に着く。

見えない障壁が存在するみたいに、群がっていた人々は、いつの間にか姿を消していた。

ゲートを取り囲むように大きな建物が三棟建っていた。

御灯(みあかし) の宿——殉教者たちの住まいだ。

ダンジョンに潜る者全体を殉教者と呼び、その中から役割に応じて採掘者、探索者、討伐者、運搬者とさらに細かく分類されている。

殉教者に上下の区別はなく、いくつかの隊に分かれているものの、彼らは一つの共同体だった。

本来は攻略者も彼らと対等な存在だったのだが、ヨルが加わったことで力関係に変化が生じた。

昔は大勢いた攻略者も、今ではヨルたち四人だけだ。

他の者たちは全員サポートに回り、攻略者は殉教者の中で特別な立場になった。

そのことに不満を漏らす者はいない。

それだけの実績をヨルたちはあげているからだ。

御灯の宿の前に、二人の男が佇んでいる。

壮年の男性と、幼さが残る青年。

馬車を降りると、二人は恭しく両掌を見せる。

「お待ちしておりました」

本当に長い間待っていたのだろう、鼻と頬が真っ赤になっていた。

「私は六番隊の隊長、ザガン・ボルガンです。こっちは息子のエルディ。同行させていただくこと、光栄に思います」

彼らに近づこうとすると、

「おっと、それ以上は」

とザガンがおどけるように手をあげ、ヨルの接近を拒んだ。

不敬と捉えられてもおかしくない振る舞いだが——ザガンは「わかるでしょ?」とでも言いたげに苦笑する。

「…………」

すぐそこに街があるのに、彼らがこうしてゲート付近で共同生活をおくる理由。

そこには理由があった。

彼らは大半の時間をダンジョンの中で過ごしている。

貴重な地上の食糧を持ち込むことはせず、魔物の肉を主食にしていた。

欺果で臭いを消すこともせず――いや、そんな余裕がないと言った方が正しいか。

そのせいで、彼らはひどく臭うのだ。

それこそ、魔物の臓物に似たような……。

御灯の宿と街の境界に、大きな東屋が建てられている。

シュルムヴァンテでは珍しく、伝統的な意匠が凝らされた建造物だ。

殉教者たちはダンジョンの産出物をそこに置き、街の人々がそれらを回収する。

必要なものがあればメモを残しておくと、街の人々が用意してくれる。

そうして彼らは交わることなく、見えない壁越しにやりとりしているのだ。

殉教者たちが嫌われているわけではない。

彼らの住まいを『御灯の宿』と呼び始めたのは、周囲の人々なのだから。

ヨルたちと同様に、殉教者たちは民から慕われ尊敬されている。

それでも彼らの臭いを嗅ぐと、嫌悪感を惹起してしまうのだ。

それはきっと、生得的なものだ。

人間は魔物の臭いを嫌悪するようにできている――いや、逆だろうか。

人間が嫌悪する臭いを、全ての魔物が有している。

卵か先か鶏が先か……という議論になってしまうけれど、多分後者が正解だろうとヨルは思う。

そういうふうに、魔物は作られている。

ともかく街の人々と殉教者は、お互いに嫌な思いをさせないようにと振る舞った結果、自然と見えない壁が生まれたのだ。

そのことはもちろん、ヨルだって知っている。

特別扱いされていても、彼女だって殉教者の一員なのだから。

だからこそヨルは、躊躇わずに二人に歩み寄った。

「よろしく頼む」

ザガンは驚いたように目を見開き、それから悪戯っ子に向けるような笑みを浮かべた。

「ええ、こちらこそ」