「命がつきるまで君だけを愛する」と言われた次の日に愛人をつくられたので
作者: へんりん毎朝7時投稿
本文
「俺は命つきるまで君の事だけを愛すると誓う!――だからダレーナ。俺と結婚してくれ!」
伯爵家の庭園で、膝を地面に突き、プロポーズされた。
嬉しかった。家に決められた相手とはいえ、愛の無い家庭は築きたく無かった。そんなの、生まれてくる子供が可哀想すぎる。でもカスール伯爵は宣言してくれた。愛してくれると。命つきるまでたった一人、私の事を愛してくれると。
だから私に断るなんていう選択肢は無かった。
結婚が決まって、家に報告しに戻った。父も母もとても喜んでくれた。もちろん伯爵家と親密な関係になれるというのもあるが、あまり両親はそれを重視しない人達だった。我がベルナード領は気候が安定しており、美味しい果物がたくさん採れる。あまり周りの貴族に頼らなくても生きていけるのだ。
父も母もとても優しい人で、私の幸せを心から祝福してくれた。それが本当に嬉しかった。
まだ何も知らないこの時は、彼も同じなのかななんて、そんな生易しいことを考えていた。
その日、私は幸せな眠りについた。
「すまない!」
翌日の夕方、出会ってすぐカスール伯爵の謝罪から始まった。頭を下げる彼に、私は戸惑うばかりだった。
「顔を上げてください。カスール様。一体どうなさったんですか?」
「顔を上げることは出来ない。君には謝らなければならないことがあるんだ」
そう言ってカスール伯爵は、一度言葉を区切る。私は、胸のざわめきが止まらなかった。
「……昨日、夜会でウルナ子爵令嬢と仲良くなって――会話が弾んでたくさん話して――家でもお話をすることになって、その、彼女と関係を持ってしまって……」
耳を疑うような内容だった。
昨日の今日で?片膝ついて格好よく宣言したその日に?
「それでさ、その――ウルナを第二夫人として迎え入れてくれないかな?」
「は?」
思わず声が漏れる。
昨日の私の気持ちを返して欲しいと思った。告白されて嬉しかったあの純粋な気持ちを。私の父と母に謝って欲しいと思った。彼らの純粋な喜びを踏みにじったことを。
「ほらさ!ウルナとダレーナって歳も近いし、たぶん仲良くなれると思うんだよね!」
顔を上げるな。こっちを見るな。というかさっきからウルナって誰ですか?もう呼び捨てですか?歳が近いとか知らないし、何を言っているんですか?
「だからさ!歓迎してやって欲しいんだよね!」
「……あの」
「どうした?」
「昨日の言葉覚えていますか?」
「もちろん君の事は愛しているさ!俺は二人ともしっかり愛しているのさ!」
「……もう死んじゃったんですね」
「へ?」
腑抜けたカスール伯爵、略してカスの顔。こんな男のどこが良かったんだろう。告白されたときは、顔面も輝いて見えたのに、今では良いとこなんて鼻の穴がでかくて呼吸しやすそうな所しか思い浮かばない。たぶん、告白したときの彼は死んだのだ。「命つきるまで私だけを愛する」と誓ったのだから。そう思うと、不思議と悲しくなかった。目の前の蠢いている死骸は、私の記憶に存在しなくなった。
「結婚は取りやめとしましょう。まだ式も挙げていなくて良かったです。無駄なお金を払わずにすみました」
「ど、どうしてだ。ダレーナ!そんなに怒る事じゃないだろ!」
「……怒る?別に怒っていません。そんな感情もう通り過ぎました。――呆れ果てているんです。もはやその無能さに哀れみすら覚えています」
カスは、私の言葉に顔を赤くする。
「そ、そこまで言う必要はないだろう!」
「――あと、今後私の名前を呼び捨てにするの止めてください。不愉快なので」
私はそう言うと彼に背を向け歩き出す。後ろから「おい!」だの「待て!」だの声が聞こえたけれど、止まることは無かった。
家に帰って父母の顔を見たら、なんだか涙が出てきた。
両親は何も言わずにそっと抱きしめてくれた。私はその暖かさに安心して、気が付くとソファに寝かしつけられていた。
******
ダレーナが俺の元を去ってから数日が過ぎた。
初めは不愉快だった。二度と顔も見たくなかった。俺にはウルナがいるのだから、ダレーナなんてどうでも良いとすら思っていた。
……でもウルナとはだんだん馬が合わなくなっていった。ウルナはダレーナと違って俺の事を尊重してくれなかった。ウルナはダレーナと違って俺の事を大切に扱ってくれなかった。
一日が過ぎるごとに、ダレーナと婚約していた頃よりも、彼女の事を考える時間が長くなっていった。憎く思うのと同じぐらい、愛おしく思うようになっていった。
そうだ!また縒りを戻してやろう!どうせ向こうも意地を張っているだけなのだ。俺のことを恋しがっているに違いない。俺ですらこの状態なのだ。ダレーナなんてもっと恋い焦がれているのだろう。可哀想に。ダレーナには俺がいないとダメなのだ。
「ダレーナがあなたに会うことはありません。申し訳ございませんが、お引き取りください」
ダレーナのいるベルナード領に行ったら、彼女に会うこと無く、その両親にすげなく追い返された。ベルナード家の使用人達も、俺の事を睨んでくる。
――そ、そうか!あまりにも俺の事を思いすぎて、でたらめな悪口を親や使用人に言っているのだろう。それがばれて、俺に嫌われるのが怖くて、顔を出すことが出来ないのだろう。まったく、手間のかかる奴だ。
俺は、伯爵領に戻ったふりをして、男爵家の前を観察することにした。こうすればいつかダレーナにも会えるだろう。そのときは、一度悪口を言ったことを叱った後、仕方なく許してやることとしよう。
そこまで時間はかからず、ダレーナは男爵家から出てきた。声をかけようとしたが止めた。男と一緒だったのだ。あれはライト侯爵令息だ。
「そうなんですか?意外です!てっきり毎日稽古をしているものかと!あんなに強いのですから」
「力はあまりないのです。ただ、ずる賢くて……」
はにかむように笑うライト。それを見て笑うダレーナ。俺は伯爵領に戻った。
妙にむしゃくしゃした。ライトの笑った顔が、ダレーナの笑った顔が、何故か嫌みたらしく感じた。むかつく。むかつく。むかつく!
「カスール。どこ行ってたのよ!――まあいいわ。そんなことより、ベルナード領の果物が手に入ったのよ!一緒に食べましょう!」
ベルナード!?
「黙れ!黙れ!」
「キャッ!」
うるさいうるさいうるさい!俺は負けてなんかない!俺は振られてなんかいない!俺は!俺は!
どこか遠くで女性の悲鳴が聞こえた気がした。
******
カスール伯爵はウルナ子爵令嬢を半殺しにした罪で投獄されることとなったらしい。身も心もカスだったようだ。あの男と結婚しなくてつくづく良かった。私は胸をなで下ろす。
私はカスとの結婚を取りやめた後、ライト侯爵令息と出会い、婚約を結ぶこととなった。今日は我が家にライトがやってきている。
「ダレーナ。すまない!」
二階から下りてきたライトが、唐突に頭を下げる。フラッシュバックする記憶。
「な、何?」
「それが……ダレーナに格好いいところを見せようとご飯をつくろうとしたら失敗して、食材をダメにして……」
思わず笑ってしまう。ライトは、笑い事じゃないのに、みたいなしょげた顔をしている。それがとても可愛くて愛おしくて、私の口角はさらに上がった。